新城奏多の過去2
2時間ほど意識を失った後、俺はなんとか帰宅した。
そこまで遠くに連れて行かれたわけではないので、ボロボロの体を引きずってもそう時間は掛からなかった。
親にはもちろん何があったのか聞かれたが、俺は当然のように黙秘し、「転んで怪我した。」などと下手な嘘を吐いた。
もちろん気付かれてはいるだろうが、俺が明らかに話したくなさそうな雰囲気を察しそれ以上追求はしてこなかった。
こんな目に遭うとは昨日の同じ時刻には全く想像もしていなかったし、自分の考え方がそっくりそのまま反転するとも思っていなかった。
玲奈を追いかけ、横に並ぶと決めて頑張ると強い意志を持っていたと思っていた自分の心はあっさりと崩れ去り、今残されたのは酷い虚無感とこれ以上頑張らなくても良いのかと思う安堵の気持ちだけ。
そもそもなぜそこまでして、隣に並ぼうとしていたのか、今考えれば恋心だったのだろう…玲奈といることを恥じる必要もないくらい俺に何か輝くものがあれば悩む必要もない。
「俺にはちょうどいい報いだな。」
玲奈に並ぶ資格など無いくらいとんでもなく小さくて、みっともない自尊心。
それを痛いほど先輩方から、いや周囲の多くの人間から教えられた。
「俺は何でこんなに情けないんだろうな。」
涙は流れない。
体は悲鳴をあげたいくらい痛いし、心も疲れ切っているが…それも自分にはそもそも玲奈に並ぶ力などないのだと知った今となってはどうでもいい。
せめて、それでも諦めないで玲奈に並ぼうとするくらいの気概があれば、違ったのかもしれない。
残念ながら俺にはそんな覚悟もなければ白い目で見られることに耐えられるほどの鈍感さもない。
「でもまあ、しょうがないよな…人の忠告を聞かなかった代償なんだから。」
多くの人がシグナルを出していた。
玲奈に俺は釣り合いが取れないと、それはもちろん俺を気にかけた言葉なんかじゃないけれど俺の考えを正すためのヒントではあった。
それでも俺は傷つくことを選んだのだから、、、そしてその終着点がここだとするなら最早悔やむこともない。
これからは傷つかずに生きていく術を探せばいいだけなんだから。
「奏多、急にどうしたの?それにその怪我…何かあったんでしょ。」
玲奈は翌日俺に詰め寄った。
まあ絆創膏やら包帯やらで怪我しているのは丸わかりだ。
「もうこれからは学校で話すのはやめようって言ったんだ。ーーーそれに怪我は俺が勝手に転んでできたものだ。」
親についた嘘で玲奈まで押し通せるとは思ってないけど、それ以外に俺に言えることはない。
玲奈は今までにない泣きそうな表情で俺を見ている。
いや、実際に泣いているのかもしれない。
涙が出ていなくとも、表情からそれ以上の感情が溢れていることは十分にわかる。
「そんなの嘘だよ…私には理由は話せないの?」
多分、どちらの答えにも尋ねた質問だろう。
「ああ、身勝手なのはわかってる。けど、それが俺たちにとっていいと思うんだ。」
俺だって、辛い。
これだけ長い間共に過ごした玲奈にこんなこと言うことになるなんて。
まあ、同じようなことをもう一度する愚かさは高校生になっても何も変わっていないが。
「奏多が話してくれないのはわかった…でも、絶対に離れないからね。」
そう言って玲奈は俺から離れ、学校に歩いていく。
「離れないか…」
玲奈は俺以上に頑固だ。
俺が何をすると言っても一緒にやるって聞かなかったし、逆に俺がしたくないってことは誰が勧めてもやらなかった。
そんな彼女が俺に対してここまで生きてきて初めて逆らったのを見たのかもしれない。
それからの日々は短くも長く感じた。
先輩からの指導と言う名の暴力はあの日で終わることはなかったし、中学生にしては随分巧妙に隠すなって思うくらい俺を陰湿に攻め続けた。
俺がそれでも平気な顔して学校に来て、部活にも休まず参加していたのが気に入らなかったのか激しさは日に日に大きくなっていた。
それでも俺は止まることはなかったし、実際暴力をふるわれる痛みはそこまで響いていなかった。
もちろん痛いけど、そんなことより玲奈を追うことの辛さよりも全然楽で心地よいと思ってしまったからだ。
無言の圧力よりも明確な暴力の方が目に見えるぶんずっとマシだ。
なんて考えていた俺はとっくにぶっ壊れていたのかもしれない。
「流石に飽きたのか。」
先輩たちはある日を境に手を出してこなかった。
部活には参加しているため、毎日顔は合わせているのだが、まるで俺に関わらないようにしているかのようになった。
「まあ、それならそれでいいか。」
まあ、親に転んだで通すにはもう限界が来ていたので、やめてくれたのは純粋に助かった。
愛理辺りは感がいいから気づいているのかもしれないが。
俺にとっていつもの…いやいつもよりも何も背負うもののない退屈で穏やかな新しい生活がここから始まるのだと思った。
中学2年生の冬。
俺はバスケ部のレギュラーに選ばれていた。
先輩たちが引退したのもあって、ようやく俺たちの第で部活を回せることになったので同級生たちもみんな試合に出たがっていた。
部員がそこまで多いわけではないがレギュラーとなると5人なので、誰でもと言うわけには行かない。
背はそこまで高くなかった俺だが、シュートの精度はまあマシだったので選ばれたのだろう。
「これがちょうどいいのかな。」
中学に入ってから闇雲に部活や勉強をがんばったため、そこそこ上達をしていたが最近はそこまで無理をしていなかったので達成感はそこまでなかった。
無論、嬉しいけどきっと頑張り続けて得た嬉しさよりは遥かに小さなものだと感じるくらいには感情は動かなかった。
中学も半分を過ぎると次は高校をどうするのかを考えることになる。
今の俺にとっては自分の身の丈にあった、近くて普通の学校がいいなと思うようになっていた。
玲奈にももちろんどこの高校に行くかは聞いていないし、聞くつもりはなかった。
玲奈と学校で話さなくなったため、俺は無用なやっかみを受けることも無くなったしそう言った意味で注目されることもなくなった。
本当の意味で、どこにでもいる普通の男子中学生になったのだ。
「ウチに頻繁に来るようになったよな。」
俺は目の前にいる健人にいう。
「だってかなにいがウチにこなくなったからじゃん。遊ぼうと思ったらこっち来るしかないでしょ。」
当然と言わんばかりに皿に乗っているお菓子を手に取りながら話す健人。
「まあ、そりゃな…。ーーーそういや最近玲奈はどうしてる?」
「玲奈?ーーん〜、どうって言われてもな。」
俺は気になっていたことを尋ねる。
だが、健人ははっきりとしたことを言わない。
「あんまり、喋んないからな〜。てかかなにいも知ってるでしょ?玲奈はウチじゃ喋る方じゃないって。」
「まあ確かにな。」
玲奈は学校ではある程度周りを気にしているのか誰とでもしっかり話すし、俺と話しているときなんかはよく話す。
けど、家ではそこまで話さない。
別に家族が嫌いなわけじゃなくて本人曰く「話すことがない。」らしい。
「だから、どうなのかはわかんないけど、玲奈と喧嘩でもしたの?」
「いや、そう言うわけじゃないんだけど。ーーーちょっとだけ気になって。」
まあ、普通にしているなら問題ないか。
全く話さないわけじゃないけど、以前よりは話さなくなっているため感情の機微まではわからない。
「あ、そういえばこの前嬉しそうにしてたな〜。なんか欲しかったものが手に入りそうみたい。」
「そ、そうか。まあ、楽しそうならいいんだけど。」
玲奈も女子中学生だしな…欲しいものの1つや2つあるんだろう。
なんか俺もプレゼントした方がいいかもな。
前とは違う関係とは言え今でも幼なじみであることには変わりないんだし。
この時俺は知る由もなかった…この後あんなに後悔することになるなんて。
もっと、よく玲奈のことを見ておけば良かったと心から思うことになるとは。




