新城奏多の過去1
俺たちは図書館から場所を移し、学校から少し離れた公園に来ていた。
日もだいぶ落ちてきているため、公園には誰もいなかった。
「ここまで来てもらって悪かったな。ーーーはい、これ。」
俺は自動販売機で買ってきた、紅茶を手渡しベンチに座る高嶺の隣に腰を下ろす。
「いえ、話を聞こうと思ったのは私ですから。それと、飲み物ありがとうございます。」
6月にもなって気温も上がっているため、6時を回った今でも外で話すのに問題はないくらい暖かい。
図書館で気軽にできる話ではないし、何より俺が冷静に話すことのできる自信がなかったためわざわざ公園まで来てもらった。
「それで、まあ話そうと思うんだけど…高嶺はなんで俺が悩んでいると思ったんだ?」
「そうですね…言葉にするのは難しいんですが、何となく新城くんから寂しそうな感じがして。勉強しているときはしっかり話を聞いていてくれたのでそこまで気にする必要はないと思ったんですけど…。」
雰囲気に出てしまったってことか、俺自身気付いていなかったくらいのことを気付くなんて。
高嶺は話しているとわかるけど、とても人の感情の機微に敏感なのかもしれない。
「そっか。」
「ごめんなさい。言うべきかは迷っていたのですけど、新城くんには元気でいて欲しかったので。」
俺は自分のことで精一杯だった。
玲奈のことはもちろん悩んでいたのは事実だけど、玲奈を追いかけるのをやめて自分らしく生きていくと言うことにどんな方向に進んでいいのかはわからなかった。
そんな俺のことを高嶺は見抜いていたんだろうな。
「いや、言ってくれてありがとう。俺も悩んでいたのは事実だし。それに高嶺には何か話しやすい気がするんだ。」
「そうですか、ーーーならよかったです。」
高嶺はほっと息を吐き落ち着いた様子だ。
俺も深く息を吐く、これから話すことは俺の弱みであり見せたくなかったもの。
だが、猫の面の女と向き合うには自分のことをもっと理解しなくてはそもそも彼女の言っていたことを理解することすら難しい。
俺の記憶の中にあの女のヒントがあるのかもしれないから。
「じゃあ、まず…」
小学校の頃俺と玲奈は今よりもずっと仲良しだった。
俺の妹である愛理、玲奈の弟である健人とは4人兄弟みたいに遊んでいた。
「にいに〜、ゲームして遊ぼ。」
当時の愛理は俺にべったりで、玲奈も健人とすごく仲が良かった。
今はあまり健人と玲奈が一緒にいるところを見ないが。
「えー、今から出かけるんだけど。愛理も行く?」
愛理は不服そうに
「なんで〜、にいにの好きなゲームなのに。」
「これから玲奈と遊びに行くんだよ。愛理も外で遊ぼうぜ?」
「む〜。じゃあいいもん。健人くん誘ってやるから。にいにも帰ったら遊ぼうね。」
「はいはい、じゃあ行ってきます。」
「いってらっしゃい!」
愛理は今でもそうだが極度のインドア派で、学校くらいでしか外に出ない。
運動神経が壊滅的にないのもあったけど、それ以上に俺と違って頭は優秀だったからわざわざ外で遊ぶより、家で遊んだり勉強する方が楽しいのかもしれない。
俺は家を出て、玲奈と待ち合わせしてる公園に向かう。
高校生になるまで散歩でよく訪れていた公園だったが、子供の頃は遊具もたくさんあるので遊び場に最適だった。
「玲奈、お待たせ。」
俺は先に着いていた玲奈に声を掛けると
「おはよ、奏多。ーーねえ、これ見て。砂で作ったの。」
「お、すごい…。よくこんなの作れたね。」
玲奈は砂場でとても立派な城を建築していた。
まるでファンタジーの世界で出てきそうなほどに作り込みが細かい。
俺には到底できそうにない。
「えへへ、奏多に褒められちゃった。ーーー奏多が驚いてくれると思って頑張って作ったんだぁ。」
玲奈は嬉しそうに笑うと、俺に抱きついてくる。
昔の玲奈はとても人懐っこくて、俺や愛理によく抱きついてきた。
「俺もなんか作ろうかな〜。」
俺も砂場に足を踏み入れて、玲奈の城の隣にモノを作ろうとする。
もちろん、玲奈と同じようにすごいものができるとは思ってなかったけど、当時の俺は玲奈と一緒に何かするだけで楽しかった。
「うん、私も奏多と一緒に作る!!」
玲奈も楽しそうにしてくれる、それが何より俺の嬉しいことであり…この頃から俺は玲奈のことが好きだったのかもしれない。
小学校の高学年にもなると、男子と女子はあまり一緒に遊ばなくなってくる。
けど俺はまだ玲奈と遊んでいた。
普通の幼なじみよりも関わりは深かったし、俺には男子の友人が多くいなかったことも理由だった。
「え、玲奈ちゃん。全国模試で10番だったの?すごいね!!!」
玲奈の友人の女子…名前も思い出せないが、彼女がそう言ったのが始まりだった。
「うん、最近勉強の調子良くて。」
玲奈はこの頃から才能を次々と開花させていった。
まずは優れた容姿から恋愛というものに興味を持ち始めた男子から告白されることも増えていったし、勉強もいつの間にか俺や愛理をあっさりと追い抜かし全国で名前が並ぶほどになってしまった。
「いいな〜、玲奈ちゃん。中学受験とかするの?」
「ううん、しないよ。奏多や愛理ちゃんと同じ学校に行きたいから。」
「え〜、勿体無いね。先生も勧めてたのに。」
確かに玲奈の親と担任の教師が玲奈に中学受験しないかと勧めていた。
俺にとっては玲奈と同じ学校に行きたかったので、近くの中学の方がありがたかったので助かったと思っていたが。
その頃からかもしれない…俺が玲奈の才能を押さえ付けていたのは。
「玲奈、今日は何して遊ぶ?」
「奏多のしたいことしよ?玲奈は奏多と遊べるなら何でも楽しいから。」
玲奈は俺といるときいつも笑顔だった。
この日も玲奈の家で俺は遊んでいた。
愛理と健人はそれぞれもう俺たちと遊ぶことは少なくなっていったが、俺たちは変わらなかった。
「ん〜、何しようか。ーーーあ、ちょっとトイレ。」
「うん、待ってるね。」
俺は玲奈の部屋から出て、通い慣れた玲奈の家のトイレに向かうためリビングを通ろうとする。
そんな時だ…あの声が聞こえたのは。
「玲奈ってば、またテストで手抜いたのね。先生からこの前注意されたばかりなのに。」
その声は玲奈の母である蘭堂紫。
玲奈の親というだけあってとても美人で、今でも玲奈と姉妹と間違われるほど若々しい。
紫さんはやれやれと言った感じで、テストの点数を眺めている。
(あれは、学校のテスト?)
遠くから見る限り、学校で行われたテストの解答用紙だった。
その点数は…65点。
全国模試で10位を取るような玲奈が学校のテストでそんな点を取るのか、いやそんなはずはない。
担任教師や紫さんから中学受験を勧められた玲奈はテストで手を抜いていたのだ。
「俺と同じ学校に行くため?」
その頃、玲奈は俺に頻繁にテストの成績を聞いてきていた。
「奏多、この前のテスト何点だった?ーーーそっか、わかった。玲奈もそうする。」
そのときは何を言っていたのかわからなかったけど、玲奈は俺に合わせてテストの点をわざと落とせば俺と同じ学校に行けると考えたのかもしれない。
「そっか。俺が、がんばればいいんだ!!…うん、そうすれば玲奈も手抜く必要もなくなるし、ずっと一緒にいられる。」
俺はこの頃からスポーツはバスケ、勉強も必死にがんばるようになっていた。
何事も全力で、もちろん中学受験するくらいの実力はつかなかったので中学は地元の学校になったが、それでも少しずつ玲奈に近づいていければいいと思っていた。
「玲奈…マネージャーでよかったの?」
中学で俺はバスケ部に所属していた。
玲奈は色々な部活から勧誘を受けていたが、それら全てを断っていた。
小学校の時点で容姿や能力で有名になってしまった玲奈は中学にも知れ渡っていた。
「うん、奏多と一緒が良いから。」
玲奈はそれでも以前と変わらず俺と一緒にいることを最優先にした。
中学では多くの時間を部活動に割く。
そのため、別の部活になれば小学生の時のようにずっと一緒というわけには行かなかっただろう。
けれど、俺はその頃から疑問に思っていた…それでいいのかと。
勉強もスポーツも頑張ってる…でもそれだけじゃ玲奈と一緒にいられる条件を満たしていないんじゃないのかって。
「何が足りないんだろう。」
テストで初めてクラスで1位になった。
玲奈とは違うクラスだったが、とても喜んだのを今でも覚えてる。
今まで何かで一番なんかとった事無かったし、今まで頑張ってきたのが報われたような気もした。
「どうすればいいんだろう。」
けれど、玲奈は毎回学年で1番を取っていたし学校での人気者。
俺と玲奈は一緒にいるのに学校ではだいぶ立場が違う。
別にチヤホヤされたいわけじゃないけど、玲奈に釣り合ってるって周囲から認めて欲しかった。
「もっと頑張るしかないのか。ーーううん、玲奈のためだもん。頑張ろう。」
「おい、てめえが蘭堂の幼なじみだったのか…確か新城って言ったよな。」
俺はバスケ部の先輩数人に囲まれていた。
彼らは現在のスタメンで目の前にいる大岸剛先輩はチームのエースだ。
「はい、そうですが…俺に何か。」
先輩たちに囲まれたことなんかないし、何か怒っている様子だったので俺は恐る恐る尋ねた。
「いや〜俺が昨日蘭堂に告白したんだけどよ、フラれちまったんだわ。ーーー俺ってイケてるだろ?なんでフラれたのかと思ってよ。そういや蘭堂に幼なじみがいたって思い出してよ。」
なんとなく話のオチが見えてきた…大岸先輩は
「その幼なじみってのが邪魔だから俺と付き合えないんじゃねえかってな?ーーーそう思うだろ、新城?」
玲奈にフラれた腹いせに俺を虐めるつもりなのか、、、いや俺をどうにかすれば付き合えると思ってるのか。
「おい、なんか言ったらどうだ?お前のせいでフラれたんだぜ?」
俺に詰め寄りながら、顔を近づけてくる。
「すみません。」
そう言って俺は頭を下げる。
俺はこういう手合いに話をしても無駄なのはわかっていたので、素直に謝罪の言葉を言って終わらせたかった。
けど、そんなことで終わるはずがない…この頃の俺はこういう手合いが話が通じないだけでなく行動に躊躇いがないということを知らなかった。
「っち、そろそろ行こうぜ。お前ら。」
先輩たちは飽きたのか…その場を立ち去る。
「いてて、勘弁してくれよ。」
俺は誰も通らないような山道で放り出され、全身殴られたり、蹴られたりでボロボロだ。
彼らは最初から俺に暴力を振るうつもりだったのかもしれない。
もし今日のこと喋ったら部活にいられなくしてやるって捨て台詞まで吐いて。
「なんでこんなことになるんだよ…。」
俺はスポーツも勉強も頑張って玲奈に近付いたんじゃないのか?
なのになんでこんな目にあってるんだ。
「もう、わかってるよ、、、痛いほどな。」
先輩たちに俺がこんな目に遭わされたのは単に玲奈にフラれたからじゃない。
俺が侮られたからだ。
玲奈にあんな幼なじみじゃおかしいだろうって…だから俺のことが余計に邪魔に見えたんだ。
俺がもっと優れていて、玲奈に並んでも恥じないような少年だったならこんなことにはならなかっただろう。
先輩たちに限った話じゃない、世間の誰が見たって釣り合っていないと思う。
だから隣にいることをおかしく思う。
無邪気に遊んでいた頃とは違うんだ、、、俺たちは常に比較されている。
俺たちが望もうが望まなかろうが、勝手に判断する。
「ってのも全部言い訳だな。もう疲れたよ。」
そう全て言い訳。
誰に何を言われても玲奈に並ぼうとする努力自体が無駄になるわけじゃない。
勉強だってクラスで一番を取れたんだ、、、間違いなく成長はしてる。
でも、いつになったら追いつく?
いつになったら隣にいてもおかしいと思われない?
そんなの誰も答えてくれるわけない…けど少なくとも俺はその時一生追いつかないってそう思った。
「あーあ、もういいや。」
俺は動かそうとした最後の力までをも抜き、意識を手放した。




