新たな生活へ
奏多は帰ってしまった。
私は失意の底に沈んだまま。
奏多の言いたいことはわかる、多くの人に言われてきたことだ。
「玲奈ちゃんに奏多くんじゃもったいないよ〜。」
だったり
「玲奈ちゃんはにはかっこいい人が釣り合ってるよ。」
でも、そんな人たちの言葉はどうでもよかった。
最初から私の世界の登場人物は奏多と私だけ。
それ以外は全てモブで、名前も必要ないエキストラ。
興味もなければ必要もない。
けれどそんな態度を前面に出してしまったら、きっと奏多は私に失望するだろうから表には出さないけど。
「奏多は私のこと嫌いになっちゃったのかな…ーーーううん、それはきっとない。」
確信を持って言える。
奏多は私のことを嫌いになったり、どうでもいいなんて思っているわけじゃない。
それでも私を遠ざけようとしている。
「奏多は私のこと好きなんだもん。」
私の世界に奏多と私しかいないように奏多の世界も少なくとも最近までは私だけだったはず。
それなのにたったこの数ヶ月で奏多は考えを変えてしまった。
猫の面の女。
恐らく健人に接近した女と同一人物。
奏多に余計な考えを吹き込んだに違いない。
奏多は交友関係は少ないけれど、初対面の人の話を鵜呑みにして騙されるような性格じゃない。
「その女をどうにかすればまた奏多と元の関係に戻れる。」
今の私にとってそれが唯一の希望だった。
奏多自身の口から否定の言葉を聞いたのは初めてだった。
いつも私を尊重してくれたし、私のせいでいじめられても私に文句を言ったこともないくらい優しい。
「絶対に奏多のことは渡さないから。」
まだ見ぬ敵を相手に私は宣言する。
私の世界を壊そうとした代償は大きすぎると。
「辛いな…やっぱ。」
自分から別れを告げておきながら、俺の気分は過去最悪と言ってもいいくらいだった。
正直面の女に図星を突かれた時なんかとは比にならない。
玲奈のことは自分のこと以上に大事に思っている。
そんな相手に自ら拒絶の言葉を口にすることがどれだけの重さか。
全て自分が選んでしたことで、後悔もなければこれから玲奈のいない世界で生きていく覚悟もした。
だが、それでも玲奈を悲しませてしまったと言う事実は変えられないし俺が背負っていくべき罪だ。
「でも、決心はついた。あとは俺が頑張るだけだ。」
才能がないなんて言い訳はもうどうでもいい。
俺に才能があろうがなかろうが玲奈の邪魔をする理由にはならない。
俺の問題は俺が解決し、そして新たな生活に踏み出して行くんだ。
「蘭堂さん休みか〜、珍しいな。」
授業の休み時間、拓哉が俺に話しかけてくる。
玲奈は昨日の影響かわからないが、体調不良で休んでいる。
俺ももちろん気付いていたし、心配する気持ちがある。
「そうみたいだな。」
そんな素っ気ない言葉しか口から出すことはできない。
「つーか、そろそろ修学旅行じゃん?カップル増えてきてね?」
「確かに、そんな気がするな。」
俺たち2年生は6月の終わりに修学旅行がある。
とは言っても修学旅行自体、もう移動時の班決めやどこを回るかなんてのは一年の頃から少しずつ時間を取り進めているため後はもう行くだけといった感じだ。
俺は拓哉と今はクラスが違うが西島海星と言う男子生徒と班を組んでいる。
うちの学校は他の学校よりも比較的自由な方で、自由時間が長く取られているため班は決めているものの実際にその班で行動しない生徒も多いことだろう。
男子と女子で班を組んでいる生徒もいるし、恋人同士であれば班が違くとも勝手に合流することは可能だ。
俺たち3人にはそんな相手もいないため何の問題もないが。
「海星のやつ、サボらねえだろうな〜。」
「可能性は大いにあるな。」
大西海星と言う男は俺たちの友人であるが、何をするにも面倒を嫌うタチで修学旅行も不参加である可能性がある。
2年3組なので俺たちとは今はクラスが違うが、彼がまともに学校に来ていないのは風の便りで聞いている。
「あいつ、顔だけは良いのにモテねえよな。」
「性格があれじゃ付き合う女子いないだろ。」
海星はイケメンと言う種族に分類するにふさわしい顔の造りをしている。
滝谷のような女子受けするタイプのイケメンとはまた違う色黒で整った顔で、身長も180cmと長身であり、まるで海の男というようなワイルドな容姿をした男だ。
そんな評価の高さを軽々と上回る問題点が海星にはある。
「俺、あいつになら勝ってる気がするわ。」
拓哉がそこまでハッキリ言うくらいだ。
でも、実際その通りだと思う。
俺も海星と拓哉ならまだ拓哉の方がマシだと思うから。
顔どうこう以前の問題で。
「誰が、テメェに負けてるだって?」
そんな時、後ろから低温で如何にもガラの悪い雰囲気の声が聞こえてくる。
俺の肩に手をかけて拓哉に話しかけているのだろうが、俺から手を退けてほしい。
「お、久しぶりじゃねえか、海星。」
拓哉は何事もなかったように目の前の人物に声をかける。
こいつの頭は鶏か何かなのか。
「ちっ。ーーーこいつはやり辛えな。奏多もそう思うだろ?」
「まあな、こいつとまともに会話しようと思ったらかなりの体力を使うハメになる上に結果的に会話できないってオチが待ってるからな。ーーーそして、お前は俺の肩から手を離せ。」
俺は海星の腕を逆の手で払う。
海星はあっさりと退いた。
「ったく、久々に学校来たが、相変わらずしけた場所だな。つまんねえ。」
海星はいつものように気怠そうに欠伸しながら腕を回す。
「学校が面白い場所だって奴もいるんじゃないか?」
「けっ、そんなん一部の頭の悪い奴等だろ。」
やれやれといった表情をする海星。
「そういや拓哉、もうじき修学旅行だがお前あれだけ言ってた彼女はできたのか?」
海星はからかうような口調で聞く。
「うっせえ、五十連敗だ、馬鹿野郎!!!」
また、記録更新してたのかよ。
「ふっ、ははは。ーーーだからいったんだよ、お前には早えってよ。」
「お前だって同じようなもんだろうが!!!」
「ぬかせ、俺は作ろうと思えばいくらでも作れんだよ。」
拓哉と海星…確かにタイプの違う男子だ。
拓哉は誰でも彼でも告白するため、噂が出回ってしまい、誰も引き取ろうと言う女子が現れない。
海星に関しても大きな問題がある…それは
「それは恋人じゃなくて、遊び相手だろうがよ!!」
そうなのである。
海星はとにかく縛られることが嫌いな超絶唯我独尊人間。
一般的な恋人という関係を全くと言っていいほど望んでいない。
いくらイケメンといえど、付き合う前から
「俺、3日もせずに多分飽きて別れると思うけどそれでも付き合う?」
と冗談でもなく聞くため、まともな女子はもちろん敬遠する。
素行は悪いし、そんな飽きっぽい性格からか顔の良さを圧倒的に台無しにする残念さで、海星に寄ってくるのは遊び慣れた女性ばかりだ。
海星自身、それで満足しているのだから俺から特にどうこういうつもりはないが。
「奏多はどうなんだよ?」
「俺も別に恋人はいないな。というかそんな相手がいるなら休み時間にわざわざ拓哉と話すなんて無駄な時間は送らない。」
「まあ、そりゃそうか。」
「お前ら俺をなんだと思ってんだよ!!!」
俺たちはひとしきり話した後、そういえば話題になっていたことを思い出し、海星に尋ねる。
「海星、お前ちゃんと修学旅行来るのか?」
「あ、そうじゃねえか。来ないつもりならハッキリ言えよな。」
男のムサイ3人部屋になるのか、ムサイ2人部屋になるのかの違いもあるし、海星の回りたいところも何も聞いちゃいない。
来るなら一応意見くらいは聞いておくのは筋というものだろう。
「あ〜、そういやそうだったな。ーーー多分行くぜ。面倒だが、気になることがあってな。」
少し言い方に含みがあった気はしたが、こいつは思ったより謎の深い男なので考えるだけ無駄か。
「ならよぉ〜どこ行くか決めなおそうぜ!!」
拓哉は盛り上がれることがあるなら何でもテンションが上がる。
特に修学旅行なんて行事は格好のネタだろう。
俺もこいつらと話しているこの時間は気に入っているのだ、ふざけて馬鹿なことして…それでも変わらない関係でいられる時間が。
「じゃあ、ホームルームを終える。来週から中間試験があるからしっかり勉強しておくようにな。」
担任のありがたい言葉を受け、それぞれの自由な時間が始まる。
修学旅行が月末に控えていると言っても、その前に試験があるのでは今のところ純粋に楽しめる気持ちになる余裕は無いだろう。
逆に言えば試験さえ乗り切れば修学旅行だという考え方もあるのだが。
「じゃあ行くか。」
俺は他の生徒と同様に席を立ち、勉強するであろう生徒が多く集まる場所へ足を進めるのだった。
「よう、待ったか?待たせて悪いな。」
俺は先に着いて席を取ってくれていた女子生徒に声をかける。
「いえ、私も先ほど来たところですし。」
高嶺あずさ。
1ヶ月前に保健室に同行した彼女とは、時々こうして図書室で勉強会をしている。
初めは高嶺から授業を休んでしまい、ノートを取れていないので見せて欲しいという旨の話をされたことがきっかけだ。
高嶺はクラスでまともに話せる友達がいないため、わざわざ他クラスの俺にまで話をしにきたということだった…あまりにも悲しすぎる。
俺と高嶺はそこまで学力には差がないのだが、俺は理系、高嶺は文系で得意科目が違うため試験が近づいたこともありそれぞれの得意科目を教え合うことにした。
実際俺に勉強を教える才能は皆無なのかもしれないが、高嶺曰く「先生より、生徒のわからないところをより丁寧に教えてくれるので助かります。」ということらしい。
生徒同士の方がどこで躓くのかは相互理解しやすいのかもしれない。
「今日は私が先生の番ですね。」
俺が席について、準備を終えると高嶺が話しかけてくる。
「あぁ、よろしく頼む。」
俺は文系科目はさっぱりなのだ。
文章から登場人物のことを理解するということが苦手なのは俺のコミュ力不足が関係しているのだろうかと思うほどに。
「では、教科書のーーーー」
「ーーーお疲れ様でした。新城くん、私なりに試験内容の要点をまとめたつもりなのですが、理解できましたでしょうか?」
約2時間ほど高嶺に教えてもらい、国語を勉強した。
高嶺は試験範囲を大まかに要点を掻い摘んで説明してくれたおかげで俺にも全体像が掴めてきた。
「あ、うん。やっぱ苦手なのは苦手だけど、高嶺のおかげでいつもよりはマシになりそうな気がしてきた。」
この後自分で学習するとしても全くの0から自分で理解していくのと、ある程度理解している状態からなら飲み込みの早さもだいぶ違うだろう。
いつもだってそこそこ試験勉強はしてきたが…自分でやるにしても点数は散々なものだったし玲奈に教えてもらっても彼女の頭脳と俺では天と地ほどの開きがあるため効果はほとんど得られなかった。
それでも昔は玲奈に少しでも追いつこうと勉強やスポーツに全力を注いでいた。
才能がないなら努力でどうにか埋めてやるって。
だめだ、すぐ玲奈のこと考えてーーー
「新城くん?どうかしましたか?」
「え、あ、悪い。なんでもない。」
俺が考え込んでぼーっとしてしまっていたため高嶺がこちらを見ていた。
「今、悩んでいることがあるんですか?」
「いや、そういうわけじゃ。」
「人間関係があまり得意じゃない私でも新城くんが何かに悩んでいることはわかります。ーーー言いづらかったらいいんですが、私に相談できることなら、お手伝いしたいです。あの時新城くんは私に声をかけてくれました、すごく嬉しかったんです。」
そうか…わかっちまうのか。
確かに高嶺に初めて会った時から自分と近い何かを感じてた。
拓哉や海星でも俺に何かあったなんて気づかなかった…それでも高嶺は気付いた。
薄々気づかれる予感はしていた、けどまさか本当に気づくなんて。
「そうだな…じゃあ少しだけ話聞いてもらってもいいかな。」
俺は高嶺に話すことに決めた。
少し長くなるかもしれないと考えながら。




