第79話 介入
「へぇ……ならあなたは姪だけでなく、義理の叔母となる私にまで手をだしてしまうのね? まるで、年中発情しているお猿さん」
「……何1つ言い返せません」
ハジメの腕の中でペインは半ば呆れながら、これまでの経緯を聞いていた。
姉のアーシュラがシスティナに何度も命を狙われていた事、生き延びるために魔王のカルーラを利用して魔界へ逃げた事。
そして彼と出会った事で、ようやく小さな幸せを掴めた事を……。
家から出てきたハジメとペインに、アーシュラが近づいてきた。
ペインは伏し目がちにしながら、声を出す。
「ね、姉さん。 私……
パンッ!
周囲に乾いた音が響く、ペインの頬をアーシュラさんは無言で叩いていた。
だがその瞳からは、涙が溢れている。
「あなたは、自分の名前の意味すら忘れてしまったの? 菊江の菊は秋明菊の菊。 今は辛く苦しくともいずれ明るい未来が訪れる事を願い、両親が付けてくれた名前。 きく、あなたはその自分の名前を汚してしまったのよ」
「……ごめんなさい、ごめんなさい姉さん」
泣きながらお互いに抱きあう姉妹を、ハジメだけでなくカルーラも遠くから見守る。
暫くしてようやく落ち着きを取り戻したペインはカルーラの前に歩み寄ると、その前で静かに正座すると己の犯した罪を詫び始めた。
「この度は私の愚かさの所為で多くの方の命を奪ってしまいました、その罪は自らの命で償うしかありません。 どうかその腰の剣で私の首を刎ねてください」
カルーラが妻を見ると背中を向けていた、だがその背中は細かく震えている。
幾つもの町や村に住む住人達が犠牲となったのだ、自分の感情で救う事が許されない事を理解しているのだろう。
これ以上苦しむ事が無いように楽にしてやるのがせめてもの情けだと、剣を抜こうとするとその手をハジメが押さえた。
「一体何のつもりだ?」
「彼女は、システィナに利用されただけだ。 それに恐らくこうなる事も予想して、送り込んできたと思う。 どちらに転んでも、アーシュラさんを苦しめられるように……」
ハジメの言う通りだとカルーラは考えた、だが状況は深刻である。
多くの兵士たちが、今回の事件を引き起こしたのはアーシュラの実の妹だと知られてしまった。
いずれこの出来事は全ての魔族の間にも知れ渡る、誤魔化す事は不可能だろう。
上手い名案がないか考えていると、ペインの指先から突如紫色の炎があがった!
「これは!?」
驚くハジメ、ゆっくりと肘まで燃え広がる炎を見てペインはその理由を何となく理解した。
(お母様は、こうなる事まで予想されていたのね。 どんな手を使ってでも、姉さんを苦しめたいようね)
最後の最後まで利用されて終わる訳にはいかない。
咄嗟に右の小指の先を噛み切ると、ペインはハジメにそれを口移しでやや強引に飲み込ませた。
「これが……私に出来る最後の贖罪。 せめて、あなたの力になりたいの」
それまで背中を向けたままだったアーシュラも、周囲の目も気にせずに大声をあげて大切な妹のそばに駆け寄った。
「きく、きく!!」
姉の手をその燃え続ける手で握り締めると、ペインは小さく微笑む。
「これで良いのよ姉さん、女神に良いように利用された女に相応しい最後だわ。 魂まで燃え尽きて灰になるって言ってた気もする。 もう2度と会えないと思うけど、姉さんの妹で本当に幸せだったわ」
アーシュラから手を離すと、ペインはその場に座り直した。
どうすればこんな穏やかな表情で、全てを受け入れられるのだろうか?
ハジメは耐えられず、天に向けて思わず叫んだ。
「ふざけるな! なんで、彼女がこんな目に遭わなければならないんだ!? 俺たちは都合の良い玩具じゃない。 これ以上、人の命を弄ぶな!!」
『やれやれ。 最初に手を出したのがこちらの世界の住人だったからずっと黙って見てきたが、流石にこれ以上見過ごす事は出来ないか……』
突然空に男の声が響き渡る、するとハジメ達の前に1人の若い男が立っていた。
「誰だ、お前は!?」
『誰だは無いだろう、折角救いの手を差し出そうとしているのに……』
そう言いながら男がペインに左手を向けると、全身を覆いつくしていた炎が霧散して瞬時に消えてしまった。
「あなた様は一体何者ですか?」
カルーラが問いかけると、男は自己紹介を始める。
『この世界の住人の前に降臨するのは初めてだから、始めにこちらから名乗ろう。 私はこの世界ゴルティアを治める神、ゴルトス。 女神のシスティナが幾度も起こす愚行を看過出来なくなったので、こうして降臨した次第だ』
そのゴルトスの前に、ペインが歩み出た。
「この度は、助けて頂きありがとうございました……とは言えません。 何故、私を助けたのですか? この世界の住人を、大勢殺してしまったのに」
『それは先程こいつも言っていただろう、システィナに利用されただけだと。 お前も1度、あの女神に殺されているのであろう? ならば助けるのは当然だろう、それに向こうを見なさい』
ゴルトスの指差した先では、今回の事件で犠牲となった約2000人の住人と兵士が全員甦っていた!
『殺される直前までの記憶も消してあるから、ここに居る兵士達が言わなければ事件も明るみに出る事は無い。 お前は甦り姉に会いに来た、そうであろう?』
それでも納得出来ないペインに、ゴルトスは誰もが唖然とするような爆弾発言を投下した。
『それとな……自らを責め続けると、お腹の子にも響くぞ』
全員の視線がハジメに集まったのは言うまでも無い……。




