第77話 システィナの新たなる刺客ペイン
「ミシェル、お前が今回の騒ぎの原因だったのか」
「すまん、許してくれ」
「いや、許すもなにもお前の顔を見て怒る気すら失せた……」
ハジメにそう言われたミシェルの顔は、真っ赤に腫れ上がっていた。
アーシュラさん曰く、女性の顔を傷つけるのは趣味じゃないそうで代わりに4人分のお仕置きをミシェル1人が背負うこととなった。
ただし今回ミシェル達は、誰も為しえていない大金星をあげた。
それは、アーシュラさんに全く気付かれなかったという事だ。
アーシュラさんがミシェル達に気付いたのは、事を終えて洞窟を出た後。
気が抜けて消していた気配を戻した瞬間に、彼女が目の前に現れて4人は生きた心地がしなかったそうだ……。
「しかしコケに擬態って、一体何の為にそんなものになる必要が有るんだ?」
どうしても理由を知りたくてハジメは尋ねる、すると4人の口から魔界1周食い倒れツアーとその内容が明かされた。
「なるほど、レインボーヘッドドラゴンね」
「そうなんだ。 正面から倒そうとしても無理そうだから、コケに擬態して油断したところを捕食融合で喰おうと考えたんだ」
気を抜くと7属性の攻撃を受けるから必死で真似しようとした結果、アーシュラさんでも気付けない隠密能力を手に入れてしまったという訳らしい。
「そういう事なら、俺達も仲間に入れてくれよ。 ミシェル達4人に俺とセシリアにランとミリンダの4人が加われば、各自がどれか1つの首を相手にすれば大丈夫だと思う」
レインボーヘッドドラゴンがどのような場所に住んでいるのか、ハジメはこの時深く考えてはいなかった。
アーシュラ・ザ・イートキャンプの集大成と呼ぶに相応しい相手だと知るのは、現地に着いた時だった。
『見なさい。 あなたの敵を討つと言いながらお姉さんは誓いを忘れて、子供を2人も生んでいるわよ。 さらに3人目まで作ろうだなんて、薄情なお姉さんね』
「何故……ワタシだけ…苦しまナイと、いけないの?」
『そうよね、おかしいわよね。 あなたと同じだけの苦しみを、あの女にも味わってもらわないと変よね』
くすくすと笑いながら、システィナは目の前に浮かぶ白い塊を優しく撫でる。
もし敵対してきた場合を考えて苦痛を与えるよう、手元に残しておいた事に気付いたのが半月ほど前。
それからゆっくりと彼女がどんな道を歩んでいたのか、都合の良い部分だけを見せてきたのだ。
最初は全く信じようとしなかったこの無垢な魂も、今では強い憎しみに支配され殺意さえ抱き始めた。 丁度良い頃合だ。
『実はね、あなたにしか出来ない方法であの女に苦痛を与える方法があるの。 ただそれはあなた自身も痛みを感じる方法でもある、でもねそれを見せればあの女に後悔や自責の念でより強い苦痛を与えられるわ。 決めるのはあなた自身、今の気持ちに正直になりなさい……』
数分近く、白い塊は無言となった。
しかし返ってくる答えは予想通りになるのは分かりきっているので、それを見ているシスティナは内心で笑いが止まらなかった。
「良いワ、あなたのイウ通りにスる。 あの女は、もうワタシのネえさんデモ何でもナイ。 男にオボれ、汚らしい牝イヌと化したゴミよ」
『それじゃあ、あなたに相応しい身体をプレゼントするわ。 何度殺されても蘇る、不死の身体。 私の新たな玩具よ、あの女が苦しむところを見せてちょうだい』
白い塊にシスティナが力を注ぎ込むと、床から紫の炎が噴き出した。
塊はその炎に包まれ、周囲に肉の焼ける臭いが広がる。
鼻をおさえるシスティナの前で、炎の中から焼け焦げた手が伸びてきた。
そして1人の女が姿を現すと、炎は女の身体の内に吸収された。
『その炎はあなたの憎しみの心を具現化させたもの。 他者を焼き払い、己さえ身体の内側から燃やし続ける。 あなたは、ありとあらゆる苦痛を自在に操る不死の女王となった。 その魂が燃え尽きて灰となるまで、死ぬ事は決してない。 これからは
ペインと名乗りなさい』
「はい、お母様」
身体の内から炎を出しながら、姿を消すペイン。
最高の操り人形が出来た喜びからか、システィナは狂気じみた高笑いをあげた。
『アハハ、アハハハハハ…! 私に最高のショーを見せてペイン、いや……菊江』
システィナは自らの手で殺した菊江を、アーシュラ(美桜)を苦しませる為の捨て駒として利用しようとしていた。
地上に降りたペインは、魔界に移動する為にビッグゲートへ向かった。
そして移動し始めてすぐに、己が服を着ていない事に気付く。
「そういえば服は、身体ごとお母様に焼かれたのだったわ。 着直さないと」
口から炎を薄い布状にして吐くと、それは黄色い菊の花をあしらった着物に変わっていく。
同様に帯や下履きも己で炎で作り上げたペインは、アーシュラの若い頃と瓜二つの姿となった。
当然のことながらビッグゲートにいた魔族の兵士は、アーシュラが突如来たと思って慌てる。
「ア、アーシュラ様。 魔界に居る筈では?」
「アーシュラ様? ああ、私はその女に苦痛を与えるために来たの。 あの女と同じ目には、遭いたくはないでしょう? そこをどきなさい」
そう言われて、素直にゲートを通らせる兵士では無い。
「システィナとかいう女神の差し金か? アーシュラ様は、我ら魔族とシスティーナの人族が共存出来る未来の礎となられている御方。 貴様如きにどうにか出来る相手ではないわ!」
兵士は剣を抜きながら答えた、だがペインの取った行動は常軌を逸していた。
そのまま近づき構えている剣に手を添えると、自らの身体を刺したのだ!
「なっ!?」
「良いわ、この痛み。 内臓を貫き、腸さえ抉る。 あなたにも、この痛みを分けてあげるわね」
口から血が流しながら、赤く染まった手を兵士の顔に当てる。
次の瞬間、兵士は地面をのたうち回り始めた。
そして1分後、兵士の心臓は止まった……。
「この程度の痛みで死ぬなんて、情けないわね。 同じ痛みを私だって味わっているのだから、もう少し耐えてくれないと面白みが無いわ」
そう言いながら死んだ兵士の額に口づけをすると、死んでいる筈の兵士が起き上がり周囲に居た仲間の兵士を襲い始めた。
「あなたが受けた痛みと苦しみを、他の仲間にも与えなさい。 そうすれば、死ぬ事を許してあげる。 でもね私が許さない限り、あなたも私といつまでも苦痛を味わい続けてもらう事になるから精々頑張りなさい」
恐怖に襲われた魔族の兵士達は、一斉にペインに斬りかかった。
何度も剣が身体を切り裂くが、その痛みを糧として新たな死体を増やすペイン。
全てが終わる頃、ペインが着ていた服は見るも無残な姿に変わり黄色い菊の柄は赤い血の色で塗り替えられていた。
「あら嫌だ。 これじゃあまるで、彼岸花みたい」
新しい服に着直したペインが血に塗れた古い服を投げ捨てると、辺りをうろつく兵士の死体を焼く紅蓮の炎へと変わった。
「可哀相だから、あなた達だけは先に送ってあげる。 恨むのなら姉さん、いえ……アーシュラを恨みなさい」
その言葉を残して、ペインは守る者が居なくなったゲートに足を踏み入れた。
そしてその後ろに続くように、別の女も姿を現す。
「だめじゃないのペイン、このゴミクズ達も連れていかないと。 向こうで待つ家族に見せれば、アーシュラにも怒りの矛先が向くわ。 お前達も、すぐにペインの後を追いなさい」
システィナは焼いていた炎を消すと、死体をリッチへと作り変えた。
ゲートで起きた異変に気付いたアグナードが冒険者を現地に派遣したが、システィナの姿は既に無かった……。




