第61話 包丁セットと魔界への同行者
「私とシスティナとの間にはそんな因縁が有るのよ」
アーシュラさんは当時の事をハジメ達に話し終えるとカルーラの肩に頭を預けた。
「パパったらね、システィナへの復讐を考えている私の手が女神の血で汚れない様に傍で見張ってくれるなんて言うのよ。たとえ最弱の魔王と後世の歴史家から蔑まれようとも、私にとっては最強の魔王であり最良の夫よ」
照れ臭そうに惚気るアーシュラさんをハジメは羨望の眼差しで見つめた、自分も同じ様な理想の夫婦関係を築きあげたいと思えたからだった。
「それじゃあランの名前の由来ももしかして花から?」
少しだけ気になったのでハジメが聞いてみると、アーシュラさんは頷く。
「そうよランは蘭から取ったの、きくの分もこの世界で自由にのびのびと生きて欲しかったから。だけど余計な一言を言う癖を付けさせちゃったのは失敗だったわね」
それも魅力の1つだよと答えるとランは顔を赤く染め、アーシュラさんとカルーラさんはハジメに惚気返されて少し呆れながらも娘のこれからの幸せを願った。
ラン・サリーネの2人にギルドから戻ってきたミリンダが加わり3人で水と食料の買出しに出かけたので、ハジメにセシリアとマリアはダイナスに行く前に頼んでおいた物が完成しているか聞こうとガルフの店へ向かった。
「おう、待っていたぞ。中々取りに来ないから先日ギルドの連中に聞いてみたらダイナスからまだ戻っていないと言うからな、思わず何本か試しに刀を打っちまったぞ。ガハハハハ・・・・!」
血を見るのが嫌で防具職人になった筈なのに、それでも刀を打つ衝動に駆られてしまうとは教わった技術がそれだけ高度な物だったのだろうな・・・っとハジメは考えた。
「まずは頼まれていた包丁セットだ、刺身包丁・菜切包丁・万能包丁・ペティナイフ・小出刃包丁の5本注文通り完成しているぞ。忘れちゃいないと思うが5本全てに自己修復が付いているから砥ぐ必要も無い、刺身包丁なんてマグロの筋とかも軽く断ち切れるから最高に美味い刺身を食える筈だぞ」
その言葉を聞いた瞬間、セシリアの目が光った。おいおい、まさかここであの肉を出せと言う気じゃないよな?
「ハジメ、今すぐオークの肉を出してください。刺身包丁の切れ味をこの場で確かめてみようと思います」
「おい、オークの肉って食えるのかよ!?」
「まあな、しかも胴体部分なんて味がマグロだぞマグロ。あの図体のくせして脂が乗った最高の中トロと大トロの刺身になるから不思議だよ」
ゴクンッ! ガルフが唾を飲み込む音が聞こえた、こちらの世界で生まれ変わってからマグロの刺身なんて口にする機会は無かっただろうから当然か。
「ハジメ、店の前に臨時休業の看板を出してくれ!そこの机の上の物を適当にどかして良いから、すぐにそのオークの刺身とやらを食わしてくれ!」
ガルフ特製の刺身包丁の切れ味にはセシリアも最初驚かされていたが、慣れてくると表情は真剣そのものとなり食材であるオークの肉の塊を前にして精神統一を図っていた。
「これほどの素晴らしい包丁を使うのですから、ガルフさんにはぜひ最高のお刺身を食べて頂きませんと」
そこからのセシリアの動きは素早かった、あっという間に赤身・中トロ・大トロに切り分けると3枚の大皿にそれぞれを盛り付ける。そして小皿にワサビ醤油を入れるとガルフに箸を差し出した。
「はい、どうぞ。宜しかったら感想も聞かせてください」
ガルフはまず赤身を箸で取るとワサビ醤油を付けた。
「マグロだけじゃなくて、お前は醤油とワサビまで見つけたのか?」
「ああ、お前が作った調味料入れのお陰で無くならないし凄く助かっているよ」
「そう言われると作った甲斐も有ったってもんだ、それじゃあ早速いただくぜ」
マグロ(オーク)の赤身を口に入れたガルフはゆっくりと噛みながら目を閉じてその味を確かめる、そしてその様子を見ていたハジメとセシリアの前で涙を流し始めた。
「・・・・美味い、これしか言えねぇ。日本人に生まれてきて本当に良かった」
おい、今のお前は日本人じゃなくて異世界人だぞ。そんなツッコミをハジメは言いそうになるが、セシリアの出した刺身を食べたガルフの取った行動は予想外のものだった。
「おいハジメ、良かったら俺も一緒に魔界とやらに連れて行ってくれないか?」
「はあっ!?」
「まだオークの肉は一杯有るんだろ?それに魔界に行けば探していた物が手に入るかもしれないんだ」
「一体何を探しているんだ?」
「菌だよ」
「菌?」
鍛冶の仕事に何で菌が関係するのだろう? その疑問はガルフの答えですぐに分かった。
「一応な、こちらの世界でも米は有ったんだよ。ならば、米を使って作りたい飲み物が有るじゃないか」
「勿体ぶらなくても良い、要は麹菌を見つけて日本酒を作りたいって事か?」
「そうだ、それも最高の米を磨いて作る最高の純米大吟醸をだ!それを俺特製の一升瓶に入れればどんなに飲んでも無くならないのだぞ、それをセシリアの作る刺身の盛り合わせが更に味を際立たせる。想像するだけで涎が出るだろ?」
確かに。それに魔界はモンスターの生息数が結構多いらしいからスライムは無理でも他のモンスターを食って貰えるのは有り難いかもしれない。
「分かったよ、幸い馬車の中には空きが有るから必要な道具類とか移し変えると良いよ。だけど、ついでに俺からのお願いも1つ聞いて欲しいな・・・」
「どんな悪巧みを考えているんだ?」
「いや、聞いたらガルフも欲しがると思うよ。だって俺が作って欲しいのは冷蔵庫だから」
「冷蔵庫!?」
「そうだよ、一升瓶でなくて二合くらいの瓶に移し変えておいてキリッと冷えた冷酒と活きの良い刺身で晩酌する。脂の乗ったトロを食べて口の中に残った脂を冷酒で洗い流す・・・。しかも、お前が作った奴は中身が無くなればすぐに補充されるのだろう?一晩中でも飲み食い出来るじゃないか」
ガルフはハジメの手を握り返す。
「そうだ、その通りだ。冷蔵庫っていう発想をすっかり忘れていた、それさえ有れば刺身が無くなる心配もしなくて済む様になる。魔界に行っている間に試作品を作ってみるから完成したら1度調味料セットを貸してくれ、冷蔵庫に備え付けしたいからな」
この瞬間、オリベ防具店がオリベなんでも製作所に変わってしまった事にハジメ達は無論だが当の本人であるガルフさえ全く気付いていなかった・・・。




