第55話 【ダイナス恐怖の10日間】~最終日午後の部~
「ほらパパ、あそこのお店もちょっと覗いていきましょうよ」
「こ、こらアーシュラ!慌てて走らなくても店は逃げないから」
「でも、こうして2人きりで人族の街を見て回るのは初めてなんだから今日は思い切り楽しまないと♪」
(はぁ・・・いきなり魔界に帰ってきたと思ったら急に【大型転移陣】の動作確認をすると言い出して私をシスティーナに無理やり連れてくるから、今頃将軍達も対処に困り始めている頃だろう。ブラウンスライムの融合体キングブラウンスライムがまさか繁殖してしまうとは。そういえば、アーシュラの話だとランの婿殿はモンスターを喰えると言っていたな。調印式の前に1度魔界に来てもらうのも良い手かもしれぬ)
魔王カルーラは妻アーシュラと街を歩きながら、とあるモンスターの対応を考えていた。魔界側の【大型転移陣】出口からそう遠くない場所でブラウンスライム50体が融合して生まれるモンスター、キングブラウンスライムが見つかった。1体だけであればさほど問題は無かったのだが、そのキングブラウンスライムが繁殖し個体数を増やしていたとの報告が入り事態は一変する。ただでさえ凶暴なブラウンスライムが50匹融合しているのだからHPも多くLVも予想以上に高い。アーシュラの手を借りれば一瞬で終わるかもしれないが、周囲が焼け野原になる可能性も否定出来ない。そして何よりもこれ以上魔族軍の不甲斐無い姿を見せる訳にはいかないというプライドがその決断を邪魔していた。
今代の魔王となった直後、意気揚々とシスティーナに攻め込んだカルーラと魔族軍の兵士達は1人で全員を圧倒する女勇者の出鱈目な強さに肝を冷やした。文字通りコテンパンに叩きのめされたあげく瀕死の重傷まで負わされたカルーラは、目の前に女の姿をした死神が立つのを見た時死を覚悟したがその女勇者が取った行動はやはり出鱈目だった。いきなりカルーラの胸倉を掴むと
「そんなんで、よくこっちの世界に来れたわね。私がみっちり再教育してあげる!」
そう言うとカルーラを引き摺りながら生き残った魔族軍を撤退させると【大型転移陣】を破壊して人族が逆に侵攻出来ない様にした。この時点で女勇者が元の世界システィーナに戻る方法が失われた事になるが、意にも介さず魔王と魔王軍の再教育と再編成に動き始めるとその権限を得る為に無理やり魔王の妻の座に納まった。
(だが本当の所は若干違う、これは私と彼女の2人だけの秘密だからな)
アーシュラは魔王と魔族軍を再訓練する為だけに魔界に渡ったのでは無かった、他にも別の目的が有ったのだ。初めてカルーラと一夜を共にした時にアーシュラは打ち明けた。
「私はシスティーナとは異なる世界から女神システィナによって召喚された異物、この力は本来私の物ではなくシスティナが力を分け与えているだけ。そしてあなたを倒した瞬間に私は用済みとなり消されるかもしれない、だから私は私自身の身を守る為に魔界へ逃げる事にした。魔界に居る限りあの女は手出ししてこない、ここであなたを鍛え更には子を作りあの女に再度勇者召喚を行わせて力を削ぐ。これが本当の私の目的よ」
「おい!まさかお前は女神システィナに歯向かうつもりなのか!?」
「そうよ、悪い?最初に色々と要求した所為でこんな出鱈目な強さになってしまったけど、その分あの女も力を減らしている。もう1・2度召喚させれば、次に召喚される勇者を含めて力を回収する事も出来なくなる筈よ。私はあなたを守る為なら女神システィナだって討つ。こんな私を受け入れてくれた魔王カルーラに私の全てを捧げ生涯愛し続ける事が私に出来るせめてもの礼よ」
「そうか、ならば私はお前の手が女神の血で汚れない様に傍で見張らせてもらう。私もお前だけを生涯愛する事を誓おう」
あの夜の誓いを忘れた事は無い・・・忘れた事は無いが、うっかり酒に酔って侍女に手を出してしまった時の彼女の怒りは凄まじかった。だが、それも彼女なりの嫉妬を誤魔化す為の照れ隠しなのだと今では分かる。カルーラとアーシュラ、魔王と勇者として本来戦うべき運命を2人はお互いを愛する事で抗い続けているのだった。
見た目16歳のゴスロリ少女と一緒に歩く黒いマントを羽織った中年男性、傍目からすると怪しい事この上ないが都の住人達は塔を担いだり城壁を壊す姿を目撃しているのでスルーしてくれている。スルーしてくれないのは、アーシュラが見た目とはかけ離れた存在だという事を知らない者達だけである。
「ちっ!親父の所為で何で俺が王都で暮らさなくちゃならないんだ、大人しくしていれば領土も安泰だったのに爵位まで格下げされたから空き家に移り住む羽目になっちまった」
馬に乗りながら新しい屋敷を目指しているのはダレスという次男坊である、先日まで実家は公爵の地位にあったがコルティナイト領に無断で攻め入った罪を問われ伯爵に格下げとなった。父と兄は未だ監視下に置かれているが、次男坊のダレスは家から一歩も出なかったので罪に問われる事も無く2人に代わって家督を継ぐ事になった。新しい当主様は先見の明が有ったと家に仕える者達は褒め称えたが実際の所、面倒臭くて家から出なかっただけである。
「まあ、このままだとどこかの家に婿養子に行くしかなかった俺も親父と兄貴が失脚してくれたお陰で家督を継いで当主となれたし折角だから可愛い娘の1人でも妾にして屋敷に連れて行くか」
確かに当主となれたのは運が良かったかもしれないが、妾にしようと目を付けた相手が悪すぎた。そう、事もあろうにダレスはカルーラの目の前でアーシュラに声を掛け始めてしまったのである。
「そこの娘、止まりなさい」
「私の事ですか?」
「そうだ、私の名はダレス。パーヴェヌー伯爵家の当主としてこのダイナスに今日から住む事となった、そなたの様な美しい少女をこれまで1度も見た事が無い、私の妾になれば衣食住の全てを保障するがどうだならないか?」
「私の妻を口説こうとするのは止めるのだな、若僧」
アーシュラの背後には、いつの間にかカルーラが立っていた。
「あら、あなた。自分の妻が美しい少女って褒められているのにお礼を返したりしないの?」
「お前の本当の年齢を言ったら、この若僧は腰を抜かしてしまうぞ!」
「・・・・あなた、バラしたら承知しませんからね」
両手の指を鳴らし始めるアーシュラ、普段カルーラにベタ惚れ状態の彼女が唯一機嫌を悪くするのは彼女の年齢に関する事を言おうとした時だった。この時ばかりは力加減を忘れてしまうので城を何回壊されたのか数え切れない。
「あの、アーシュラさん?ここで暴れてしまうと折角の停戦交渉とかが台無しになってしまうのでは?」
「大丈夫よ、あなた。死人に口無しと言うでしょ?」
(マズイ)
カルーラは咄嗟に周囲に結界を張った、ダレスを除いて・・・。
「ふんっ!」
アーシュラが地面を拳で殴るとその衝撃波が結界で守られていないダレスに襲い掛かる。
「うぎゃあああああああああ!!」
高々と宙を舞って地面に落ちるダレス、幸い噴水に落ちたので命は助かったがこの時の出来事がトラウマとなって以後若い娘に声を掛けられなくなったそうである。
「そろそろ機嫌を直してくれ、アーシュラ!」
「1発殴られてくれれば、機嫌が直りますわよアナタ♪」
「そんな事をすれば調印式に全身包帯姿で出なければならなくなるぞ!」
「その方が怖がられなくて良いのでは?」
「その分、お前が恐れられるわ!」
カルーラはこれ以上ダイナスに被害を出す訳にいかないので都の外へ飛び出したが、アーシュラは追うのを止めない。すると丁度目の前に束の間の休息を取っていた魔族軍の皆さんが居た。
「ま、魔王様!なんで、こちらに!?」
「話は後だお前ら、急いで逃げろ!アーシュラが来るぞ~!!」
「待~ちなさい、あなた~!」
慌てて魔王の後を追いかける魔族軍、しかしアーシュラは配下にも関わらず追い払い始める。
「あなた達邪魔よ!死にたくなければそこを退きなさい」
木々を薙ぎ倒し地面に大穴を開けながらルピナス方面に走り去っていくカルーラとアーシュラ、更地と化した平原では瀕死寸前で放置された魔族軍が残されアーシュラの名が再び歴史に畏怖と共に刻み込まれた。そして約束の出発時間になっても2人は戻ってこなかった・・・。
「仕方ない、もう一晩だけ泊まって2人が戻ってこなかったら馬車を使ってルピナスに帰ろう」
ハジメは呆れながら皆に提案し、満場一致で了承された。そして翌朝ダイナスに残るラーセッツとジィさん率いる魔族軍の皆さんやコルティナ公国へ向かうサトウ&セレス夫妻と別れの挨拶をした。
「調印式当日までダイナスの守りはお任せ下さい、ハジメ義兄さん」
「クレアを絶対に泣かせるなよ、それと何かおかしな事に気付いたらすぐに連絡をくれよ」
「もちろんです」
始は正式にサトウ・ハジメに名を改めセレスもまたセレスティーナ・ハジメとなってコルティナイトの名を棄てた。
「次に会うのは調印式の日だな」
「ああ、そうだな。だけど良いよな、お前は冒険者のままで。俺はそんな器でも無いのに公王だぞ、まあ小さな国だしセレスと上手くやっていくよ。時々はお前らも遊びに来いよな」
「遊びに行く時はアーシュラさんも呼んだ方が良いか?」
「それだけは絶対に止めてくれ」
軽口を叩きながら握手を交わすハジメとサトウ、2人の佐藤 始はお互いの道を選び歩み始めようとしていた。
「それじゃあ、クレア。次は調印式の日に来るから、その時はまた2人でゆっくりお話しましょうね」
「はい、マリア姉さん。その日を楽しみにしております」
「皆準備は出来ているか?それじゃあルピナスに向け出発!」
ハジメ達の乗る馬車はゆっくりとダイナスを去っていった、馬車の中にはハジメ・セシリア・ラン・ミリンダ・サリーネ・マリアの他に【ルピナス協和自治領】の領主となったアグナードも乗っていた。合計7人も乗るとかなり狭くなる筈だが商業ギルドの技術を結集させたこの馬車の中は空間拡張され10人位が住める屋敷が丸々収められていたのだった・・・。




