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第4話 信玄餅(シングェンモチ)

 翌朝目覚めた始は朝食を済ませると、早速ミシェルの案内で冒険者ギルドまでやって来た。

 ここで冒険者として登録する事で人に危害を加えるモンスターを倒すと、報酬としてお金を貰える仕組みとなっている。

 また商人達からの護衛などの依頼は追加報酬も入るので、ギルドの受付前は指名の無い依頼を求めて多くの冒険者が集まっていた。




「ここが冒険者ギルドか、かなり賑わっているなミシェル」


「そうだな、この辺りの町や村でギルドが在るのはルピナスだけだからどうしてもこうなってしまうんだ。 まあ今日のハジメの目的は冒険者登録だからすぐに終わる筈だ、さっさと済ませてしまおう」


 依頼確認の受付は混雑しているが、その隣の登録用の窓口は閑散としておりすぐに始の順番が回ってきた。


「こんにちわ、本日はどのようなご用件ですか?」


「ええと、冒険者登録をしたくてモンドール村から出てきたのですが……」


「冒険者登録ですね。 ところで武器を持たれてない様ですが、モンスターと戦われる前にどこかで調達する事をお奨めしますよ」


 受付の応対を隣で聞いていた連中が、始を指差して笑い出した。


「なんだ、こいつ! 武器も持たずに冒険者になろうってのか!?」


「スライムに喰われない様に気を付けな、ハハハハ!」


(そのスライムを食って生活しようとしているのに、失礼な連中だな)


 始は軽い憤りを感じたが、相手にはしなかった。

 だがミシェルは、命の恩人が馬鹿にされた事に怒り大声で叫んだ。


「いい加減にしやがれ! この方はな俺の命の恩人で、しかもブラウンスライム2匹を素手で掴まえて倒してしまう程の猛者なんだぞ!!」


 その途端、ギルド内が静かになった。


『おい、ブラウンスライムってスライムの中じゃレッドスライムの次に凶暴な奴じゃなかったか!?』


『それを1人で2匹、素手で倒しただって!?』


『もしかしてこいつ、【能力持ち】か?』


 周囲から小声で色んな事を言われている。

 【能力持ち】の言葉が気になったが、実際にスライムから多くの能力を手に入れているので迂闊に触れ回らない方が良いだろう。




「皆さん、勘違いなさらないでくださいね。 俺は素手で倒したんじゃなくて、腹が減っていたから2匹を朝飯代わりに食べただけなんで……」


『………』


 自分がそこまで強くない事をアピールしたつもりだったのだが、受付の女性ギルド職員も含めて呆然としていた。


『スライムを喰っただって~!?』


 何十人もの冒険者達が一斉に同じ事を叫ぶから建物中に声が響き渡り、奥から他のギルド職員達まで慌てて飛び出してきた。

 沈静化を図ろうとするものの、動揺は一向に収まる気配を見せなかった。

 するとその時


パンッパンッ!!


 全員の耳に聞こえる音で手を打つ者が居た。


「はい、騒ぐのはそこまで! ここは命知らずの冒険者共が集まる場であって、ガキ共の面倒を見る保育園じゃないのよ。 これ以上、騒ぐなら全員外に叩き出すわよ!」


 白いノースリーブのワンピースドレスを身に纏った女性が声を出した途端、喧騒は収まり騒ぎが起きる前の状態に戻った。

 この女性は一体何者だ?


「ミシェルとそこの君、この騒ぎの原因はあなた達ね。 お説教も含めて私がお相手してあげるからこっちに来なさい」


「「……はい」」


 ニッコリと微笑む笑顔の裏に鋭い殺気を感じた始とミシェルは、大人しく言う事に従った。




「さっき少しだけ聞こえたのだけど、ブラウンスライムを食べたってそれ本当なの?」


 女性に2人が連れてこられたのは、ギルド長専用の応接間。

 どうやらこの方が、ここの冒険者ギルドのトップみたいだ。

 道理で鋭い殺気を放つ筈だよ……。


「そういえば、まだ自己紹介をしていなかったわね。 私はこのルピナスの冒険者ギルドを治めている、ギルド長のミリンダよ。 あなたの名前を教えて貰ってもよいかしら?」


 ミリンダの問いに始は正直に答えた。


「俺の名前は佐藤 始、こちらの世界で言えばハジメ・サトウ。 モンドール村でスライムを食べながら生活をしていたんだが、これからルピナスの町を生活の拠点にしようと思って出てきた所だったんだ」


「スライムを食べて生活って……ところでさっき『こちらの世界で』って言っていたけど、あなたもしかして転生者か転移者?」


(ミシェル達に自己紹介した時はスルーされてたから同じ様に挨拶しちゃったけど、『こちらの世界で』って言うのは間違いだったか!?)


 始はミシェル達に話していなかった事を、ミリンダに打ち明ける事にした。


「転生者か転移者のどちらかで言えば、転移者になると思う。 女神システィナに人違いで呼ばれたあげく、放り出されてしまったからな……」


「人違い? あなた、人違いでこちらの世界に呼ばれてしまったの!?」


「ああ、まったく傍迷惑な女神様だよ。 オマケに【食べ物が自分の口に合うか分からない】、【言葉が通じるかも分からない】のが不安だと言ったら、【丈夫な胃袋】と【共通言語】ってのをキレながら渡されてモンドール村近くに無一文の状態で捨てられた。 宿にも泊まれず食料も買えず餓死寸前まで追い込まれた所で、口にしたのがスライムだった訳だ」


「何と言うか、その……。 よくスライムを食べようって気になりましたね?」


 ミリンダが半ば呆れ気味に聞いてきた。


「あの時は意識が朦朧として、スライムの姿も判別出来なかったからな。 ただ口にしてみたら昔お茶菓子で食べた事のある信玄餅の味がしたから、スライムを食べる様になったんだ」


「シングェンモチ?」


「餅にきな粉を塗して黒蜜をかけて食べる菓子で、結構美味いぞ」


「キナクォとクルォミツとは一体?」


「きな粉は大豆を炒って皮をむいて挽いた粉で、黒蜜は黒砂糖を水に溶かして煮詰めた物だ」


「異世界では手の込んだ製法の菓子が存在するのですね、今度町の菓子職人に作らせてみても構いませんか?」


 始は快く了承し、後日試行錯誤の末に生み出されたその菓子は【シングェンモチ】の名でルピナスの町の名物となった。




 ミシェルを先に家に帰したミリンダは、改めて始と向かい合うと本題に入った。


「さて、シングェンモチの話も大変興味深いのだけど先に大事な事から済ませてしまいましょう。 女神システィナに人違いで呼ばれたと言っておりましたが、本来は誰を呼ぼうとしていたのか聞いていますか?」


「俺の居た世界じゃ【佐藤 始】って名前は珍しくないからな。 同姓同名の奴と間違えられたみたいだ」


「それではあなたと同じ名前の人物が、この世界に改めて呼ばれている可能性が高いという訳ですね?」


「そうなるな」


「それは困りましたね……」


ミリンダが急に考え込み始めたので、始も少しだけ不安になってきた。


「システィナが異世界から人を呼ぶと何かマズいのか?」


「文献によりますと、女神が異世界から勇者を召喚する時は必ずこの世界のどこかに魔王も誕生しているそうなんです」


(異世界から勇者ねえ? そうなると、自分は外れ勇者とでも呼ばれるべきなのか?)


始はそんな事を考えた。


「魔王が誕生しているとなると、これからはモンスター達の活動も活発になり凶暴さも増すと思われます。 ハジメさんも自身の能力を過信せず、1人での行動は謹んでくださいね」


「ああ、そうさせて貰うよ」


「ではハジメさんの本来の目的だった、冒険者の登録を始めましょう。 まず最初にあなたの現在の能力を確認させて頂きます。 私に見せて頂けませんか?」


 始はミリンダに見せると、ミリンダはそれを見た瞬間に凍り付いてしまった。


「どうかしたのか?」


「サブ職業……怪物喰い(モンスターイーター)!?」


 どうやら怪物喰い(モンスターイーター)は、とんでもない希少職らしい。

 始は日が暮れるまでに宿に帰れるか、心配になってくるのだった……。

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