第32話 【ダイナス恐怖の10日間】~2日目午後の部その1~
セシリア達の待つ食い放題の会場に戻ると、何故かアーシュラさんが持ち場を離れていた。
「自分で壊した城壁を守る様に言っておいた筈なのに、何で離れてるの?」
「ああ、それなら皇太子の近衛騎士団が代わりに立っていてくれているわ」
アーシュラさんが手を振ると、騎士団の先頭に立っていた1番立派な装備を着込んだ騎士が嬉しそうに叫んだ。
「アーシュラ様~!ここは私共に全てお任せください、蟻1匹たりとも通したり致しません!」
「そう?私がOKを出すまで守り抜けたら、ご褒美にキスしてあげるわよ」
ドサッ! あ、馬から落ちた。
「もしかして・・・味見したんですか?」
ハジメはアーシュラさんの顔をジロリと見る。
「味見だなんて人聞きの悪い、私に代わってあそこを賊達から王都を守ろうとする勇気に見合うだけの至福の時間を与えてあげただけよ♪」
「賊達?もしかして、モンスター以外にも王都を襲おうとする連中が居たの?」
「居たのよ、周辺を根城にしていたのが城壁が壊れているのをみて好機と思ったみたいね。私も何時までも立っている訳にもいかないし後輩が串を投げつけていたからお願いしてみたのよ」
なるほど、賊退治なんて面倒な事をしたくないアーシュラさんは俺達を襲う為に待機していた近衛騎士団の団長を篭絡して丸ごと手に入れちゃったって訳ね。目的の為なら手段を選ばないっていうか浮気を正当化させちゃうっていうか・・・・本当にアーシュラさんは何をするか分からない存在だ。
「あれ、そういえばお前らが戻ってきたら急に飛んでいたハエとかが居なくなったけど何か有ったのか?」
始の問い掛けにハジメは頭を掻きながら答えた。
「有ったといえば有ったな、ドリアードからワサビと醤油を無事手に入れたよ」
「本当ですか!?」
始を押し退けてセシリアが飛び出してきた。
「ハジメ、今すぐ出してください。どれだけ味が変わるのか試したいんです!」
セシリアは味の探求に余念が無い、見るとセレスもメモを取り出して何か書こうとしていた。
「それから、虫が居なくなったのはワサビ(ドリアードのすり身)を口にしたのが原因だな」
ハジメは先程追加された能力を明かした。
【虫除け】・【腹下し防止】・【鼻づまり防止】
「・・・・・お前が近くに居れば蚊にも刺されなくなる訳か?」
「これだけじゃない、実はもう1つ嫌な能力も手に入れた」
「嫌な能力?」
その嫌な能力を始に見せると、始も嫌そうな顔をした。
【殺菌消毒液噴霧】
「なんとな~く予想が付いたからやらなくて良いからな」
「ああ、やらん。試してみて自爆したからな」
「自爆?」
「口一杯にワサビの汁を溜めてから噴くんだぞ、口ん中が麻痺しそうになるし鼻水だらだら出るし涙も止まらなくなるわ!」
完全な自爆能力に始は慰めの言葉も出なかった、だが【腹下し防止】と【鼻づまり防止】は案外良さそうに思えた事だけは気付かれない様にするのだった。
ゴブリンとオークを喰い尽くしたので北門を潜り一旦王都に戻ったハジメ達の前を18歳位の若いシスターが誰かを探しているらしく辺りをキョロキョロとうろつき回っていた。
「どうかしましたか?」
ハジメは何となく気になったので声を掛けてみた。
「あ、はい!私は教会に仕えているシスターのサリーネと言います。近衛騎士団の弓兵が数名気を失い倒れてしまったので教会で預かり治療を施していたのですが、先程全員意識が回復したので団長さんを呼びに来たのです」
「ああ、その団長さんならあそこの壊れた城壁の所で周辺の賊達から王都を守ろうと部下を連れて向かったわよ」
持ち場を離れさせた張本人のアーシュラさんが白々しく答える。
「そうなんですね、では私は1度教会に戻り兵士の方に団長さんが城壁に向かったとお知らせしてきます!」
何故かセレスの方を向いて一礼してから慌しく走り去っていくサリーネを見てハジメは思わず呟いてしまった。
「明るい元気そうな娘さんだったね」
「ハジメ・・・・あなた、あんな若い娘も守備範囲に入るのですか?」
「そ、そんな訳無いだろ!って守備範囲なんて言葉誰から教わった!?」
「セレスさんからです、あなたと同様に若い女の子に見惚れた始さんが言い訳に使ったそうで私に教えてくれました」
始の顔を見ると、わざとらしく横を向いて口笛なんか吹いてやがる!余計な言葉をセシリアに教えるな、無論ランやミリンダに対してもそうなんだが・・・。
「でも不思議ですね」
急にセレスが話し出した。
「彼女を昔社交界の場で見かけた事が有りましたが、確かシスティナイト伯爵家の令嬢だった筈。教会に身を捧げるなんて想像出来ません」
昔読んだラノベとかだと婚約者に捨てられた貴族の令嬢が修道女として残りの人生を過ごす話とか有ったりしたんだが、こちらの世界では珍しいみたいだな。
「そういえば・・・今彼女の実家の名前をシスティナイトって言ってたけど女神システィナの名前を家名に入れるのって許されるのか?」
「とんでもない!そんな神を冒涜する所業が許される筈有りません、システィナイト家は初代勇者を輩出した家柄でそれ故家名にシスティナの名を使う事を特別に許されたのです」
セレスがさっき言っていた意味がようやく分かり始めた、初代勇者を出した家の娘が出家してシスターになる筈が無いと言いたかったのだ。
「それなら何か事情が有りそうだね、俺さ一瞬だけど頭の中に【皇太子】って言葉が頭に浮かんだんだけど?」
「それは奇遇ですね、実は私もそのどうしようもない人物の顔を思い浮かべてしまい胃の中の物を出してしまいそうになりました」
顔を想像しただけで吐きそうになるってどれだけ嫌われているんだその皇太子は!?
「それじゃあ、午後は空いてる時間で商業ギルドに行くつもりだったけど予定をまた少し変更して教会に行ってみよう。俺達と一緒に行動すれば皇太子も手出し出来ない筈だからね」
そう言うとハジメは姿が見えなくなったサリーネの後を追って皆で移動を始めた。
「婿殿・・・」
「ああ、分かってる。周囲に気配を消した連中が大勢集まっていやがる!」
王都の住人に道を聞きながら教会に向かっていると徐々に隠密と思われる気配を消した連中の数が増えてきた、そして都の隅でひっそりと建っていた教会が見えた時教会の前に白馬に乗ったいかにも厭らしい目つきをして態度がデカそうな男が馬の上からサリーネに話しかけていた。
「ようやく見つけ出したぞサリーネ、私の妾として後宮に入れてやると言ったのに教会なんぞに逃げ込みおって探すのに苦労したぞ」
口を横に開きながらニヤリと笑う皇太子ジェラルド、確かにセレスが嫌悪感を抱くのも無理はない。
「その事については以前からお断りしている筈です、私はあなたの妾にはなりません!」
「私にそんな口を聞いても良いのか、特別に城の塔の上に住まわせている伯爵とその奥方の身に何か有ったらどうする?」
「!? まさか・・・まさか父様と母様を幽閉していると仰るのですか!?」
「幽閉とは失敬な、恥ずかしがっていつまで経っても私の妾となろうとしないそなたを説得してもらう為に城にお招きしただけだ。何かの拍子で塔の床が抜けたりしたら大変だ、何分古い建物だからな」
サリーネの顔が蒼白になった、断れば両親の命を奪うと言うのだ退路を絶たれたと感じているだろう。
「皆、ここで待っていてくれ。彼女を助け出してくる」
「1人でどうするつもりですか、ハジメ?」
「まずあのバカには地面をのた打ち回って貰う事にするよ、それからアーシュラさん1つお願いしても良いかな?」
「何をして欲しいのだ婿殿?」
「こんな奴の話を聞く必要なんて無いから、元気を出すんだサリーネ」
「えっあなたは先程の!?」
「そういえば自己紹介がまだだったな俺の名はハジメ・サトウって言うんだよろしく」
「ハジメ・サトウ様・・・」
「何者だ貴様!下賎な者の分際で皇太子たる私と聖女の間を邪魔しようとは万死に値するぞ」
聖女? ジェラルドは初めて耳にする言葉を口にした。
「皆の者、この狼藉者を今すぐ排除しろ!サリーネが私の愛を受け入れようとしているのを邪魔する輩だ」
一体何時愛を受け入れようとしたというんだ、一方的に自分の物にしようとしているだけだろうが!一瞬で頭に血がのぼったハジメは後先考えずにジェラルドの隙を作る行動に出た。
「お前なんかに渡すくらいなら俺の物にした方が数万倍マシだ、こうしてやる!」
「!?」
言い終わると同時にハジメはサリーネの唇を奪うと同時に有る能力を別の相手に向け発動させた。
「な、な、何という事を!?」
驚愕のあまり動きが止まったジェラルドの顔に向けて、ハジメは口の中に溜めた物を噴きつけると涙や鼻水が止まらないのを我慢しながら叫んだ!
「思い知ったか、殺菌消毒液噴霧!!」
「ぐわぁ!目が、目が~!?」
大量のワサビ汁を顔面で浴びたショックでジェラルドは馬から落ちて地面をのた打ち回る、ジェラルドが呼んだ隠密達は既にミリンダや始の手によって取り押さえられていた。
「ずず・・・これで暫くは大丈夫だ、すぐにここから離れて篭城しよう」
鼻をすすりながら、ハジメはサリーネの手を握った。
「でも!王城の塔に父様と母様が!?」
「大丈夫、多分もうそろそろ来る頃だから」
「?」
ハジメが何を言っているのか分からないのかサリーネは首を傾げた、すると頭上から何やら大きな声が聞こえてきた。
「婿殿~!!連れて来たぞ~!!」
ズーーーーーーン!! 教会の隣に大きな塔が置かれた。
「あの、これは一体?」
「ああ、これ?君の両親が幽閉されている塔。アーシュラさんに引き剥がしてもらってここまで持ってきてもらった」
「はあっ!?」
「さてと、準備も出来たしこれからここで皆で篭城しよう。うっかり倒れない様に塔をどこかに糸で結んでおくか」
モンスター達の襲撃から王都を守って数時間もしない内に今度は王都の中で篭城を始めようとするハジメだった・・・。




