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第15話 魔族(ラン)からのありえない要求

『私は魔王の娘ラン!このルピナスの町は私の部下達によって完全に包囲した、また近くにおいて【大型転移陣ビッグゲート】も建設中であり完成すれば我が父にして魔族の王たる魔王がこの地に降臨する事となるだろう!』


街壁の上で懸命に構えを取っていた守備兵達はランの叫びを聞いて項垂れてしまった、目の前に居る軍勢を相手にするだけでも命の保障が無いのに魔王まで降臨されれば勝ち目など皆無となるからだ。この町の住人は全員魔族の奴隷とされるか見せしめとして嬲り殺しにされるか想像するだけで恐ろしかった。




様子を伺っていたランは外壁の上でこちらに向かい手を振る人物を見つけた、それは紛れも無く愛しい男の姿だった。


「ランさ~ん!」


(ハジメ様・・・)


『久しいのう、その節は私の命を救ってくれた事感謝する。この国に内乱を起こすという任務に失敗した私に父上は挽回の機会として橋頭堡を築く任務を新たに与えてくださった、この様な形で会わねばならない事を先に詫びておく』


「ランさんは本当に魔王の娘なの!?それと公女セレスティーナを攫って皇太子からの求婚を断ったのもランさんの仕業なの?」


正直に話してしまうとハジメに嫌われてしまうかもしれない、だが秘密を抱えたままハジメの隣に立つ事をランのプライドが許さなかった。


『ハジメ殿、私は魔王の娘で間違い無い。父上の降臨の手助けをしようと前回の歪みの際にこちらの世界に来て公爵家の侍女として潜入し幼い頃から面倒を見ていたセレスティーナ公女を攫いベルンウッドに渡した上でグエンバルムを唆し、公女に擬態して皇太子の求婚をわざと大勢の前で断り恥を掻かせて内乱の種を仕込んだ。だが、その種を芽吹かせなかったのはハジメ殿あなただ!』


「だから、今度は軍勢を率いてこの町を支配下に置くと言うのか?俺はランさんと戦わないといけないのか!?」


ランは胸が張り裂けそうになったが、自分の思い描く感動のシーンを演出する為に尚も演技を続けた。


『私もあなたとの戦いを望んではいない、だが父上の降臨を止める事は最早誰にも出来ない!ならば父上がこの世界に来ても侵略行為をしたくても出来ない様に魔族と人族で1人ずつ生贄となって勇者と魔王が戦う理由を消してしまう必要が有る!』


「誰かを生贄にする事でこの世界で魔王と勇者・・・佐藤 始が戦わずに済むと言うのかラン!!」


『その通りだ!その生贄となる覚悟があなたには有るか?ハジメ殿!!』


「始の奴が魔王と戦わずに済むというなら、俺が生贄となっても構わない!だが、魔族から生贄となる者が居るのか!?」


『ハジメ殿にこの提案を持ちかけたのは私だ、争いを止める生贄として魔王の娘である私は最も最高の供物となるだろう』


「2人で何をすれば争いを止められる?・・・・答えろラン!!」


長い沈黙の後、ランは重い口を開きその方法をルピナスの町中に轟く声で叫んだ。







【私をハジメ様のお嫁さんにしてください、勇者を仲人に立てて両界の縁を結ぶ夫婦になれば父上がこちらの世界を侵略したくても出来なくなります!】






ルピナスの全住人は勿論だが、町を包囲していた魔族の兵士達もランの叫びを聞いて凍りついた。


(え・・・もしかして俺達って姫が人族の男に求婚する理由をでっち上げる為に利用されたの!?)


いち早く立ち直ったお目付け役は大慌てで魔界の魔王に報告に戻った。


「魔王様、魔王様~!!ラン様がとんでもない事を仕出かしました~!?」


ハジメの足元で隠れていた始もこの予想外の行動に思わず立ち上がってしまった。


「おい、ちょっと待て。あの女が全ての元凶でセレスは利用されただけだと公表してくれたのは有り難いが、何で俺がお前とあの女の仲人にならなきゃならんのだ!?」


「っていうか俺がランさんを嫁にしないと、この騒ぎ収まらないのもしかして?」


「ハジメさん」


今度はギルド長のミリンダさんがハジメに近づいてきた。


「私、前にも言ったかもしれないけど大の為には小を切り捨てても構わないと考えているわ」


「多分言いたい事は分かるけど、一応確認しておきたい。何を言いたいのかな?」


「この世界の住人を守る為に、あの女性と結婚してくれないかな?魔王の娘を嫁にした男なんて早々居ないから外れ勇者から本命勇者に格上げされるかもしれないわよ」


「そんなので格上げされても、ちっとも嬉しく無ぇ~!!」


「だが・・・それがあの女の命を守る事にもなるかもしれないな」


そう言って会話に割り込んできたのは始だった。


「あの女は自らセレスを攫い擬態して皇太子の求婚を断ったと自白したからこの国の法に照らせば情状酌量の余地も無く死刑確定だ、だが仮に魔界に戻ったとしても【大型転移陣ビッグゲート】の位置をバラした上に魔王の意向を無視して停戦を持ち掛け更には異種族の男に婚姻を求めたんだ同族からもきっと命を狙われるだろう。彼女は自らを死地に追い込む事でお前と共に生きる道を築こうとしているらしい」


「始は・・・ランの仲人になるつもりは無いと?」


「俺が仲人を断ればセレスの無実を証明出来る唯一の者がこの世から消える事になってしまう、断れる筈が無いだろう。王家の連中も彼女を殺したいと思うかもしれないが魔族との戦争だけは絶対に避けないとならないからこの結婚を嫌々だが認めるしかない、むしろ問題は魔族側の態度となる訳だが仲人に俺を指名してきた事で彼女を害そうとする者はまず俺を相手にしなければならないから魔王の最終判断でこの地は大量の血で染まる事になるぞ」


俺がランと出会って色々しちゃった所為で、俺と魔王の選択次第で人族と魔族が戦争状態に突入するかどうかが決まる事態にまで発展してしまった。だが今すぐ判断なんて出来る訳が無い!


(どうすれば、どうすれば、どうすればどうすればどうすれば・・・・)


ハジメの思考が徐々に混乱しだして、ついに魔族ランからのありえない要求に対して普通ではありえない答えで返してしまった。





「まだお互いの事をよく知らないし、急に結婚してと言われても無理だからお互いの事を知る為にとりあえず1年間一緒に暮らしてみないか?そして1年後にお互いの気持ちが固まっていたら、その時は勇者を仲人に立てて結婚しよう!」


『・・・・・・・はい、喜んで♪』





この瞬間、人族と魔族の間に期間限定ではあるが停戦条約みたいな物が成立した。だが魔王の娘が人族の男と1年も同棲するなど普通では考えられないし起きた事すら無い。この異例な出来事はミリンダからすぐにギルド本部と王家に報告されルピナスは急遽特別監視地域に指定され一部過激な行動を取る者によって戦争が引き起こされない様に監視される事となった。


ちなみにセシリアの作るお弁当が次の日から1週間の間何故か日の丸弁当に変わってしまいハジメを困惑させた。


「セシリア、今日もお昼のお弁当日の丸弁当だったけどどうしたの?」


「経費節減の為です」


「セシリアが作る気持ちの篭ったお弁当を食べないとやる気が出ないんだよ」


「これからは魔族の姫様に毎日作ってもらえば良いじゃないですか」


セシリアが焼きもちを焼いている事を知ってハジメの胸の中で何か温かい物が全身を流れた、そして何時までも家政婦とその雇い主の関係のままでいるのも今後の事を考えると良くないと思い始めた。その日の晩、ハジメはセシリアを呼び出した。


「もうすぐ1ヶ月になるよね、この家で働き始めてから」


「そうですね、あっという間でしたね」


ハジメは胸元から金貨30枚を入れた袋を取り出した。


「これ、少し早いけど今月分の家政婦として働いてくれたセシリアへのお給料だ。受け取って欲しい」


セシリアは袋の中を見て即座にハジメに突き帰した。


「こ、こんな大金受け取れません!私はそこまでの仕事をしていませんから」


「セシリアはそう思っているのかもしれないけど、俺はそうは思わない。家に帰れば美味しい食事を用意して待っていてくれると思うだけで心が安らぐ、これは俺からの感謝の気持ちも込められているんだ」


その時、セシリアは以前ガルフから聞かされた止まり木の話を思い返していた。


「そ・・・それから、セシリア。今、渡したのは今月分のお給料なんだけど来月からは家政婦ではなく別の仕事を手伝って欲しいのだけど良いかな?」


「別の仕事って、もしかして私にこの家から出て行けと暗に仰っているのですか?」


「そうじゃない!そうじゃなくて、セシリアには家政婦から俺の・・・」


「俺の?」


「俺の恋人になってくれないか?一緒に過ごす内に君は俺の中でとても大切な存在になっていたんだ、これからもずっと同じ家に住んでそして時期を選んで結婚しよう」


「あの・・・ハジメ様?」


セシリアが頬を染めながら上目遣いで何かを聞こうとしてきたので、ハジメはそれを困惑と勘違いした。


「俺の気持ちを無理やり押し付けられちゃうとやっぱり困るよね、嫌ならこの話は無しって事で構わないから!」


「違います・・・・・・私が聞きたいのは別の事です」


「別の事?」


「ハジメ様の恋人には、今すぐにでもなれますか?」


その態度が可愛らし過ぎてハジメは思わずセシリアを抱き締めてしまった、そしてそのまま夜戦に突入してしまうと何と翌日の夕方まで寝室から出てこなかった。お陰で始とセレスティーナは2人の邪魔をしない様に外で食事をする羽目となる・・・。




ランが魔族を引き連れ町を包囲した騒動からおよそ半月後、ルピナスのギルド支部で人族と魔族による初めての会議が行われる事となった。


議題は【同棲の開始時期とその他諸々について】

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