第11話 もう1人の【佐藤 始】が起こした騒動
ガルフの店から歩いて5分程の場所にちょっと高級そうなお店【ムーンライト】が在ったのでハジメは入る事にした。面倒な服の決まりとかも特に無かったので案内された席に座るとウェイトレスがメニューを持ってきた。
「いらっしゃいませ、こちらが本日のメニューとなっております。お決まりになりましたら御呼びください、あと大変申し訳無いのですが当店の名物の『猪のシチュー』の材料が揃わなかったので本日はお出しする事が出来ません」
「分かった、じゃあそのシチューがセットに入っていないディナーコースが有ればそれを2人分頼むよ。あと、そのコースに合うワインが有れば適当に見繕ってもらっても良いかな?」
「かしこまりました、少々お待ち下さい」
ウェイトレスがお辞儀をして奥の厨房に注文を伝えに向かった、店内には静かに曲が流れ始め良い雰囲気を演出してくれている。
「結構良い感じの店だね、入って正解だったかも」
「そうですね、でもこんなお店に私を連れてきて本当に良かったのですか?ハジメ様にはもっと良いお相手だってすぐに見つかると思うのですが」
「良いんだよ、俺はいつも美味しい食事を作ってくれる美人の家政婦さんと一緒に来たかったのだから。それに、こういう場を設けて自分の口から君にきちんと謝っておきたいとずっと考えていたんだ」
「私に謝りたい事?ハジメ様は私に何かしましたか?」
「初めてベルンウッドの屋敷で会った時、俺は君に酷い事をしてしまった。だから謝らせて欲しい、済まなかった許してくれ!」
「お顔を上げてくださいハジメ様、店の人に変に思われてしまいますよ」
ハジメが頭を上げるとセシリアは優しく微笑んでいてくれた。
「あの時、私は隠し部屋の場所を漏らしてベルンウッドに仕置きを受けるのを恐れて何も言おうとしなかった。だから、ハジメ様は強引に口を割らせて囚われている女性達の居場所を突き止める必要が有った。ハジメ様に落ち度は有りません、仕置きを恐れて素直に話せなかった私が悪いのです。それに・・・」
「それに?」
「ハジメ様は死罪となる恐れの有った私をこうして自由の身にしてくださったじゃないですか、それだけで謝る必要なんて無いのですよ」
「でも、それだけで済ませてしまったら俺自身が納得出来ないんだ。何か1つでも良い、償いをさせてくれ」
「分かりました、ではこの場で言うのは少し恥ずかしいので食事を終えて家に帰りましたらハジメ様に1つお願いさせて頂きます」
「ああ、遠慮無く言ってくれ」
その後2人は何気ない会話をしながら楽しく食事を始めた、そして軽く酔い始めた頃食事を終えて店を後にする。
「良い店だったね、時間が出来たらまた2人で来よう」
「また私なんかで良いのですか?」
「俺がセシリアと一緒に来たいから誘っているんだ、遠慮する事なんて無いって」
「ではその日が来るのを楽しみに待っています」
家の前まで帰ってきたハジメはセシリアからのお願いを聞く事にした。
「お店で言えなかったお願いって一体何なのかそろそろ聞かせてくれないか?」
「ハジメ様、まだ家の外ですから中に入ってからいたします」
セシリアから先に入り、ハジメが玄関の鍵を掛けるとセシリアはいきなりハジメに抱きついてきた。
「セ、セシリア!?」
「ハジメ様・・・私があの時恥ずかしいのを必死に我慢しながら誘惑していたのに気付いていましたか?」
(あの時・・・って、まさか風呂場での時の事か!?)
「私もハジメ様の事をもっとよく知りたいです、ベルンウッドの屋敷で酷い事をしたのを悔いているのでしたら今晩だけで構いませんので優しく私を抱いて下さい。それが私からの願いです」
「本当にそれで良いのかい?」
「はい・・・でも、アレはアレで良かったのでもう1度試されても構いませんよ?」
このセシリアの一言でハジメは衝動を抑えきれなくなり酔った勢いに任せてセシリアを抱き上げると寝室に連れて行くのだった。そして、翌日の昼過ぎ・・・。
((どうしよう、かなり気まずい・・・!?))
2人はこれからどう接していけば良いのか分からずお互いの部屋で困り果てていた、昨晩は優しく抱くつもりが盛りのついた猿状態と化してしまった上に今朝も起きた早々から更にもう1戦交えてしまった。お互いに罰が悪い事この上ない、だがいつまでも部屋に閉じ篭っている訳にもいかないのでセシリアは先に部屋を出て昼食の準備を始めた。
コンコン・・・。
「ハジメ様、昼食の準備が出来ました」
「あ、ああ分かった、今行く!」
遅い昼食を始めた2人だったが会話がどこかぎこちない。
「きょ、今日も良い天気だねセシリア」
「そ、そうですね。今日も相変わらずお元気ですねハジメさ・・・」
『お元気ですね』の言葉で今朝の事を思い出してしまったのかセシリアが固まってしまった。そうなるとハジメの方も迂闊に喋ると墓穴を掘りそうで話しかけづらくなってしまう。
「急に黙ってしまって大丈夫か、セシリア?身体の具合が悪いなら、無理・・をしな・・・いで」
今度はハジメも固まってしまった、何の言葉に反応してしまったのかはご想像にお任せする。何とか先に立ち直ったハジメは頼んでおいた防具を受け取りに『オリベ防具店』へ向かった。
「よう、遅かったじゃねえか。さては朝から彼女と1戦交えたりでもしたのか?」
「うるさい、そんな事を答える義務は無いだろ!」
こんな受け答えをしてしまえば『はい、実はそうなんです』と自分からバラしている様なものだ、ガルフは少しの間だけニヤニヤしていたが急に真顔になるとハジメに話し始めた。
「まあ、何にせよケジメを付ける時が来たらお前なりの誠意を見せてやれ。それがどんな形であれ、彼女との関係を壊す事は無い筈だ」
「・・・・・その忠告、忘れない様にしておくよ」
それから1時間ほど防具の装着の仕方などを教わったハジメはもう1人の『さとう はじめ』に関する噂が入っていないかガルフに聞いてみた。
「そういえばさ、ガルフ。もう1人の【佐藤 始】の噂は耳にしていないか?」
「もう1人の【佐藤 始】?」
「ああ、昨日利用されやすい者の最たる例として挙げた勇者だ。俺は同姓同名の人違いでこの世界に放り出されてしまった外れ勇者みたいなものだ」
「【佐藤 始】なんてどこにでも居そうな名前だからな、何人も居れば神様だって人違いする事だって有るだろう。そのもう1人の【佐藤 始】は既にこっちの世界に来ているのか?」
「ああ、しかも処刑される寸前の公女を奪って国から追われているらしい」
これまでに耳にした勇者と公女の話をハジメから聞いたガルフは暫し無言になった。
「その公女って奴は馬鹿か?」
「大勢の人の前で恥を掻かせたのだから馬鹿としか思えないんだけど、このルピナス近郊まで1人で逃げてきたとも考えられないから少し不気味なんだよねこの件は」
「だがそうなるとその勇者の【佐藤 始】はこの国の軍隊だけでなく冒険者達からも追われる身になっているのか?1人でそれだけの数を相手に出来るとはとても思えないが」
「その件については公女の処刑共々一旦保留になったわ」
「「誰だ!?」」
急に話に割り込まれた2人が驚いて振り返ると、そこにはギルド長のミリンダが立っていた。
「・・・・ミリンダさん」
「お久しぶりね、ハジメさん。それと初めましてガルフ・スミス、私はこのルピナスの冒険者ギルドのギルド長をしているミリンダと申します。以後お見知りおきを」
「お、おお、宜しく頼む」
どこから入ってきたのか聞いても無駄だと思ったハジメは本題から聞く事にした。
「公女の処刑共々一旦保留になったってのは一体どういう事だ?」
「そんな風に割り切れちゃう所、結構好きよ。実はその勇者【佐藤 始】なんだけど、事もあろうに公女を連れたまま国王の居る王城に攻め込んだらしいのよ」
(王城に攻め込んだ!?)
ハジメが絶句する中ミリンダの説明は続く。
「王城やその周囲の城壁を半壊させて、すっかり震え上がった国王や側近達を前に『こんな良い女を殺すなら俺が嫁として貰う、魔王とやらを倒したらそのまま式を挙げさせてもらうから会場の用意をしておくんだな』って言い残して魔王討伐に旅立ったそうなの」
一緒に聞いていたガルフも唖然としている。
「だけどこの勇者、自重って言葉を知らないらしくてつい先日も魔族の軍勢を相手に極大の爆裂魔法を使いその爆風の所為で近くに在ったオリアナの村の住人が住む家の屋根が全て飛ばされてしまったそうなのよ・・・」
(おいおい、そこは自重しなきゃ駄目だろ!?)
しかし、処刑寸前の公女の身柄を奪ったり王城に攻め込む様な男に自重を求める方が無茶なのかもしれない。
「こんな非常識な勇者を相手にして公女を捕らえ処刑するのは割りに合わないと判断した国王と皇太子は公女の処刑命令を一旦凍結、勇者に魔王討伐の褒美として与えてから2人を国外に退去させる事でこれ以上国内で被害を増やさない様にしようって結論に達したみたい」
「でもそれって、爆弾を隣の国に押し付ける格好にならないか?」
「ご名答、その事を知った隣国の重鎮達は秘密裏に冒険者ギルドの本部を訪れてどうすれば良いのか話し合っていたら偶然ルピナスの支部に同姓同名の【佐藤 始】が登録されている事が判明した・・・」
「おい、ちょっと待て!それってもしかして?」
ミリンダはニッコリと微笑みながら残酷な依頼を言い出した。
「そのもしかしてよ・・・冒険者ハジメ・サトウ!ギルド本部からの指名依頼です、異世界から来た勇者【佐藤 始】に大至急自重って物を覚えさせてきなさい」




