第10話 普通の冒険者との経費の違いに気付く
「ええと、もう1度金額を教えて貰っても良いですか?」
「はい、現在ハジメ・サトウ様の身分証にチャージされている報奨金は総額で白金貨10枚相当となっております」
「でも、まだ本登録になってから1ヶ月も経っていないけど?」
「一応、入出金のデータを確認してみましたが不審な点は見受けられませんが。ただ・・・他の冒険者達と比べて出金がかなり少ない気がしますね」
「他の人達は結構お金使ってるの!?」
自分以外の冒険者の出金が多い事が気になったハジメはその理由を聞いてみた。
「装備している武器や防具のメンテナンスに報奨金の半分以上が使われますからね、あなたは武器のメンテナンスを全くされていないのですか?」
「いや俺はほら、モンスターを食ってるだけだから」
「・・・・・」
受付が絶句している中ギルドを後にしたハジメは家に帰りながら防具を新調する事を思い付いた。
(基本自分のスタイルはモンスターを捕まえて喰う事だし、武器は今のナイフのままで十分だからもう少し動き易い物に変えても良いかもしれないな)
家に帰りセシリアと一緒に昼食を食べながら、ハジメは良い防具屋を知らないか聞いた。
「なあセシリア、どこか良い防具を扱っている店が在ったら教えてくれないか?」
「急にどうされたのですか、ハジメ様?」
「今日ギルドへ身分証にチャージされている報奨金を確かめに行った際に気付いたんだけど、どうやら俺って他の冒険者よりも必要経費少ないみたいらしいんだ。だから今着ている初心者用の防具よりも動き易い物に新調しようと思うんだけど、どうだろうか?」
「それは良い考えです、ただ私はそちら方面には疎いので・・・そうだ!商業ギルドのアグナードさんに聞いてみるのは如何ですか?アグナードさんであれば、優秀な人材と接する機会も多いですし交友を深めておいて損は無い筈です」
「分かった、早速そうしてみるよ」
あの日の晩の1件から数日の間、2人の仲は少しだけギクシャクしていたが今は元通りとなっている。あれからセシリアはハジメを誘惑する様な真似をしないし、ハジメの方も恩に着せてセシリアの身体を求める事はしない。2人はどこにでも居る家政婦とその雇い主の関係を演じているつもりみたいなのだが、ハジメの家を訪れるごく親しい友人ミシェルからすると
「あの付き合い始めたばかりのカップルみたいな空気は正直独り身にはツライ」
っと、幼馴染のソニアとキャシーに酒場でボヤいていた。だが言っている本人がそのソニアとキャシーから想いを寄せられている事に全く気付いていないのでミシェルに春が訪れるのはもう少し先になるだろう・・・。
昼食を終えたハジメはセシリアを連れて商業ギルドを訪れた、食料品の買出し以外は家にずっと居るセシリアに気分転換をさせたかったのと仲直りの記念にディナーをご馳走するつもりでいた。
「お久しぶりです、ハジメ殿。今日はどのようなご用件ですかな?」
「今着ている初心者用の防具からもう少し動き易い物に新調しようと考えているのですが、もしお奨めの職人さんが居たら紹介して欲しいと思いまして」
「それならギルド長のミリンダさんに聞いた方が早いのでは?」
「いや、あの人の紹介だと何か裏が有りそうな気がして怖いから・・・」
アグナードは声には出さなかったが必死に笑いを堪えていた、しかしよく思い返してみるとグエンバルムの屋敷で目の前で大勢の私兵の首が落とされても眉1つ動かさなかった御仁である。
(セシリアの言葉を信用して来ちゃったけど、相談する相手間違えたかな?)
目の前の人物もやはり只者では無かった事に今頃気付いたハジメが不安になっていると、アグナードは笑いが納まったのかようやく口を開いた。
「それでしたら1件良い店が在りますよ、商店街から北に100mほど進んだ先に小さな鍛冶屋が並んでいるのですがその中の1つに『オリベ防具店』が在ります。一風変わった人でこの世界に存在しない様な防具を次々と生み出すのですが、気に入った相手でないとその防具を売らないので【変人】とも呼ばれています。けれども、あなたとはきっと気が合う筈ですよ」
アグナードから紹介された『オリベ防具店』は人通りの少ない辺鄙な場所に存在していた。スラム街にも近くセシリアも少し怯えていた。
「アグナードさんの紹介だからきっと大丈夫だよ」
「そうあって欲しいものです」
カランカラン♪
「ごめんくださ~い」
「ああん!?誰だてめえは!」
店に入るといきなりドワーフの店主に睨まれた。
「あ、すいません。実はアグナードさんからここの防具を奨められて買いに来たのですが」
「ああ、そうかい。だがここに並んでいる奴は全て俺が気に入った相手にしか売らないと決めているからな。悪いが他を当たってくれ」
「ハジメさん、アグナードさんには申し訳無いですけど言われた通り他の店にした方が良いですよ」
セシリアの話している内容を聞いた店主が何かに反応した。
「おい、ちょっと悪いがお前の名前を教えてもらっても良いか?」
「俺?俺の名前はハジメ・サトウって言うんだけど・・・」
「お前の本当の名前は『さとう はじめ』じゃないのか?」
「どうしてそれを!?」
「やはりな、アグナードの奴め俺の事を大体把握した上でこいつを紹介しやがったな」
ドワーフの店主の説明によると、今はガルフ・スミスという名前だが前世は織部 真という日本人だったそうだ。人を助けて代わりに死んだ事を不憫に思った神様がこの世界に転生させてくれたらしい、しかし戦ったり血を見るのは嫌いだから気に入った相手だけに防具を売って細々と生活しているそうだ。
「それじゃあ、やっぱり何か能力を与えられました?」
「もちろん、1つだけ【自己修復付与】を与えられた。自分の作り出した物に自己修復機能を付与出来るって能力なんだが武器に付与しちまうと狂った奴に渡った際にとんでもない量の血が流れてしまうからな。だから防具職人になって気に入った相手にしか売らない様にしているんだ」
「なるほど」
「それじゃあ、もう分かると思うが同郷のよしみだ。どれでも好きな奴を選んで良いぞ、サイズ調整とかは後でするから」
あっさりと防具の購入を許してくれた。
(やはりアグナードさんも只者じゃなかった・・・)
ハジメは店内を回ると、その中で非常に薄いプレートで出来た軽鎧を見つけた。プレート同士がぶつかる箇所も最小限となっており初心者用防具よりも動き易そうにも見える。
「どうやらそれが気になるみたいだな」
「ああ、これって値段は幾らなのかな?」
「そうだな・・・材料と諸々込みで白金貨5枚でどうだ?」
「白金貨5枚ですって!?」
提示された金額にセシリアが驚いた。
「その金額ですと並のライトプレートメイルの相場の3倍以上の値段じゃないですか!」
「ほう、少しは相場の勉強をしてきているようだな。だがな、これから言う説明を聞いてからもう1度白金貨5枚の値段が高いか安いか判断してみてくれないか?」
ガルフはまずこの防具の材料の説明から始めた。
「この防具のプレートに使われているのはな、フェイクオリハルコンと呼ばれるオリハルコンに似せた紛い物だ。数回も戦闘すれば壊れてしまう耐久性だが、その硬さはオリハルコンと比べても遜色無い物となっているのさ」
「数回で壊れる様な物をあなたは売るつもりなのですか?」
「さっき俺がハジメと話していた事をもう忘れたのか?俺が神から与えられた能力は【自己修復付与】、つまりこの防具はオリハルコンで作った物とほぼ同性能となる訳だ。しかも修理に出す費用も不要とくれば、こいつが白金貨5枚で高いか安いかの判断は難しくないんじゃないのか?」
「それでしたら、白金貨5枚はむしろ安すぎる位です・・・」
「彼氏の前で良い顔を見せたいからって前に出てしまうと逆に恥を掻かせてしまう事だって有る、前に出過ぎずにこいつの止まり木になっていれば良いんだよ」
「止まり木ですか?」
ガルフはセシリアに静かに語りかけた。
「転生者や転移者って奴は権力者達から利用されやすい、その最たる例はこの世界の住人の代わりに魔王を倒す勇者だ。国の戦力を損なわずに魔王を倒してくれるのだから、多少優遇しても十分お釣りが返ってくる。こいつも色んな奴から利用されて傷付く事も有るだろう、そんな時に傍で寄り添い心安らげる存在になってやれば良いんだ。まあ、それも恋愛感情抜きじゃ無理な話なんだがな」
セシリアは頬を赤く染めてしまった、それを見たハジメも釣られる様に顔を赤くする。
「まいどあり、サイズ調整は今夜済ませておくから明日にでも取りに来てくれや」
「分かったよ、それじゃあまた明日」
「あいよ、ところでここを出たら次は式場でも探しに行くのかな御2人さん?」
これ以上ガルフに茶化されるのも気恥ずかしいのでハジメはセシリアの手を取って急いで店から出た。
「まったくガルフの奴にも困ったもんだ。それじゃあ夕方にはまだ早いけどこの近くでちょっと高級な店を探して食事にでもしようか?」
「えっ、えっ!?」
「今日はセシリアの気分転換も兼ねてちょっと豪華なディナーに誘おうと思っていたんだ。これからは防具のメンテナンス費用も気にしなくて済むのだから、今日位贅沢したって罰は当たらないよきっと」
手を引いたまま店を探し始めるハジメの顔をセシリアは見つめながら、気付かれない様にそっと手を握り返すのだった。




