No 005 友達だから
観察対象者000 観察対象者001 廃工場
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殺せ。殺せ。
脳は命令し続ける。もう復讐の相手は死んだというのに。
あいつを殺せ。
もうあいつはいないというのに、誰を殺せというの?
誰でもいいから殺せ。
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町のハズレにある工業地帯。昔はそこそこ栄えていたらしいが、何年にも及ぶ不景気のせいでほぼすべての工場が海外に移ってしまった。今ここにあるのは誰にも管理されずにただ錆びていくのを待つ建物ばかりである。
樫原はある工場の中に入る。この工場も他の工場と同じように至る所が錆びていて、不良によるスプレーの落書きや割れた窓ガラスの破片がいたるところで目に入る。
工場の中には大広間があり、ベルトコンベアーやよくわからない大型の機械が管理もされずに放っておかれている。その大広間の真ん中に谷口がいた。
「はぁ…はぁ…」
激しい息遣い。遠目からでもわかる凄まじい汗。瞳孔ひらきっぱの目が睨み付けるかのように樫原を捉える。
奥には有栖川が両手、両足を縛られた状態で横たわっていた。のど元にはあのサバイバルナイフが突きつけられた状態で。
「谷口…」
樫原は一歩を踏み出す。
「近寄らないで!!」
有栖川ののど元に突きつけられたサバイバルナイフが、ものすごい速度で樫原ののど元に移動し、あともうちょっとで刺さるというところで止まる。
「!!」
「はぁ…はぁ…近寄らないで」
「谷口。ここに俺を呼んだのにはわけがあるんだろ?」
「それは…そ…ああああああ!!!」
いきなり大声を上げると谷口はその場にしゃがみこんでしまう。
「どうした!」
「…ここで2人とも殺すためよ。目撃者を殺すために」
「…」
谷口の雰囲気が変わった? 激しい息遣いが止まり、冷静にこちらを見ている。
「2人が集まった時点で殺してもよかったのだけれども、流石に大騒ぎになるからここに呼んだのよ」
「お前本当に谷口か? 人がいきなり変わったようだぞ」
「私は私よ。 でも脳みその中身は違う」
「脳みその中身が違う?」
「言うなれば二重人格」
「二重人格…」
「そう。私は私の願いを叶えるために存在する人格」
のど元に突きつけられたサバイバルナイフがガタガタと震えている。
「今すぐ処理したいところなのだけども私が邪魔するのよ」
「つまり本物の谷口が邪魔しているってことだな?」
「ええ。 そうよ」
「…本物の谷口のためにもこんなことはやめにしないか?」
「こんなこと?」
「人を殺めることだ」
「それは無理。なぜなら殺しと復讐こそが私のレゾンデートル…… 存在理由だから」
「谷口が殺しと復讐を求めた時があったと言うのか?」
「あったわ。 それを渇望していた時が。 一人の男性に対しての殺人欲求が」
「そいつはもう殺したのか?」
「ええ」
「ならばもう用は済んだはずだ。 なぜ殺しを続けている。 それもなぜ無関係な人を殺している」
「言ったでしょ? それが私のレゾンデートルだって? あなたは自分の存在理由を否定できるの?」
自分の存在理由…… そんなこと考えたこともない。 だからこいつの気持ちがさっぱりわからない。 とにかく『殺しはいけないことだ!』とか『復讐はなにも生まない』なんてテンプレ解答が通じるような相手ではないことは確かだろう。 なら、どうやってこいつを止める?
自分ののどに突きつけられたサバイバルナイフがブルブル震えている。谷口の中に存在する二つの人格…… 樫原を殺そうとする意志を持った人格と防ごうとする意志を持った人格が争い合っているのだ。 防ごうとする意思を持っている本当の谷口の人格が弱まったら最後、そのままのどにサバイバルナイフが突き刺さって俺は死ぬだろう。
いや、待てよ。一つの人格がもう一つの人格の動きを妨害することができるのであれば、サバイバルナイフの動きを封じることは可能なのではないか?
問題は表に出ている人格の行動を、裏に隠れている人格がどうやって認識しているのか。 ということだ。 もし表に出ている人格が見ている光景を、裏に隠れている人格と共有しているとするならば、表にでている人格の行動を妨害することだってできるはずだ。 というか現にできている。 これは裏の人格が表が見ている光景を脳の中で共有している可能性が高いということだ。 ならば、音も共有している可能性が高い…… と見ていいだろう。
音を共有しているならば俺の声が裏の人格…… 本当の谷口にも届くはずだ。
「谷口! 聞こえているか!!」
「俺は今からお前を無理やり気絶させる! だからこのサバイバルナイフを少しの間だけこの場から動かないようにしてくれ!!」
伝わっただろうか? 裏に隠れている人格に。
「今からお前を気絶させる!!」
俺は懐からスタンガンを取り出した。 谷口の眉間がピクッと動いた。
「いまからこいつで気絶させるぞ!! 準備はいいか谷口!!」
俺はスタンガンがちゃんと谷口の目に映るように前に突き出した。 そして、のど元に突き出されたナイフを避けて一歩踏み出した。
「グッ…!!」
谷口はサバイバルナイフを動かそうとするが、空中でブルブル震えるだけでその場から動かない。
想定通りだ。 サバイバルナイフはその場を動かずにブルブル空中で震えている。 谷口はサバイバルナイフが動かなくて焦りだした。
「いいぞ谷口。 そのまま頼む」
俺はスタンガンのスイッチを押して谷口に近づく。 ビリビリとスタンガンは電気を飛ばす。
「フッ… フハハハハハハ!!」
突然谷口が笑い出した。 いや表に出ている人格の谷口が… だが。
「ここで私を気絶させてこの場を乗り切ったとしても、次目覚めた時はどうする? 私はお前を殺そうとするぞ?」
「次目覚める時はない」
「なに?」
「俺がどうにかするからだ」
「方法なんて知らないくせに。 どうやって止めるつもりだ?」
「止めて見せるさ。 助けるって言ったからには」
バリバリバリ!!!
谷口の体に電流が走る。と同時に谷口は倒れる。 サバイバルナイフも地面に落ちる。
「有栖川! 無事か!?」
まずは有栖川の無事を確認する。 縛られている手足のロープをほどく。
「ええ。 大丈夫よ」
「…よかった」
「そんなことより…」
有栖川は倒れている谷口を見る。
「谷口さんをなんとかしないと、次目覚めたら私達殺されるわよ」
「ああ。 だが方法がなにも思いつかないんだ」
「あんた何か秘策があるんじゃないの!?」
「秘策なんてない!」
「あんた『俺がどうにかする』なんて言うからなんか解決方法があると思ったじゃない!」
「解決方法なんて知らねぇよ。 これから考えるんだよ!」
「ど、どうするのよ」
「……」
くそっ! なにも思いつかん。
…谷口が復讐のために力を得たのなら、俺にだって救うために力を得てもいいはずだ。 でも現実には俺にはなんの能力もない。 力を欲しようと強く願わないといけないのか?
「んんんん!!」
とりあえず『力を俺にくれ!!』と心の中で願ってみたが、特に何か起きるわけでもなく。
「あんた何やってるのよ…?」
「くそっ! ダメか!!」
「だから何やってるの?」
「いや、願ったら谷口みたいに能力を得られるじゃないかなって」
「そんなことできるわけな… いやそれしか解決方法がないのかも」
「だろ? とにかくお前も願え!!」
「えっ? ええ。 んんんん!!」
「んんんん!!」
しかし何も起きない。
「とっ… とにかく目覚めた時のために、あのナイフと谷口さんをどこかに縛っておきましょう? たぶん谷口さんが目覚めるまでに解決なんてできそうにないし…」
「そっそうだな」
俺は有栖川を縛っていたロープを手に取り、谷口を柱に縛ろうとした。
あの表にでていた殺しと復讐の人格、それが消えてなくなるように。
そう思いながら谷口に触れた。
その瞬間。目の前が真っ暗になった。
なっ… なんだ! どうしたんだ!
動揺している樫原。真っ暗な世界に文字が高速で流れる。
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再構築中…… 再構築完了
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なんだ。これは?
そう思ったころには真っ暗な世界はもう消えてなくなっていて、俺は谷口の腕握っていた。 この瞬間はあっという間だった。
「徹君」
「!!」
谷口の目がもう覚めている!? まだ体を縛ってすらいないのに。 速すぎる!
「助けてくれたんだね」
「えっ?」
谷口の目から涙があふれる。 そして抱き着かれた。
「えっ? えっ?」
「ありがとう」
「い、いや、まだだ。 まだお前のもう一つの人格をどうにかしないと」
「いなくなってるの」
「え?」
「私の頭の中からあいつが消えているの」
「ほっ本当か!」
「うん。 ありがとう。 ありがとう…」
「あっ…ああ。 よかった」
谷口は俺の胸の中でずっと泣いていた。
どうして消えたなくなったのだろうか。 あの時のあの文字はいったいなんだったのか? 謎は深まるばかりだが、今は… 今だけはそれを考えなくていいだろう。