No 002 隣の通り魔 1
観察対象者000 観察対象者001 児童保護施設
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両親の墓石の前で流した涙は悔しさの涙。頭の中は怒りと復讐で赤く染まったが、幼い私にはこれをどう解決していいかわからず、歯をギチギチ鳴らしながら噛みしめて、その場で震えるしかなかった。
赤い脳みそが殺人という解を導き出した時、私は呪文のようにつぶやいた。
「あいつを殺す。あいつを殺す。あいつを殺す。あいつを殺す…」
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つまらない学校の授業が終わり、放課後。俺は有栖川と出会った場所で待っていた。
すると、背中にパンパンに膨らんだリュクサックを背負いながらこちらに向かってくる有栖川の姿があった。
「なんだその荷物は?」
「調査キットよ」
「なんだよその調査キットっていうのは」
「まぁ色々よ」
「答えになってないぞ」
「色々詰まってるから説明しなくていいのよ」
意味わかんねぇ。と樫原は思いつつ児童保護施設まで案内した。
「まぁ」
児童保護施設の玄関に来たところで保育士の千代子さんに出会ってしまった。
「その子は?」
「あー…友達の有栖川さんだ」
「どうも」
有栖川はぺこりと頭を下げる。
「ちょっと」
千代子さんは樫原の袖をつかみ引っ張って、耳元で囁くように話す。
「樫原君やればできるじゃない!」
「なっ…なにがです?」
「友達。ちゃんと作ってこれたのね。私、安心しちゃった」
「え、ええ」
「でも異性の友達なのね。あの子とはどういう関係なの?」
「どういうって…友達ですけど」
「違うわよ。その友達以上の関係なのかって聞いてるの!」
さっきからニヤニヤしながら何を聞き出そうとしているのかやっとわかった。有栖川と恋人関係かどうか聞き出したいんだろう。
「違いますよ。そういう関係じゃないです」
「そうなの?でも部屋に連れ込んでくるってそういう関係じゃないとできなくない?」
「あー」
谷口の調査が目的で連れてきたなんて正直に言うわけにはいかないし、ここは適当に話をつけておくか。
「勉強を教えに連れてきたんですよ」
「そうなの」
千代子さんはがっかりした表情であった。というか勝手に期待しないでもらいたいものである。
「違うわよ」
「? 違うの?」
俺が適当な言い訳で流そうとしたところを有栖川がせき止めてしまう。
「私が樫原君に教えに来たんですよ」
「はぁ?」
「そうなの? …樫原君。なんで最初に教えに連れてきたなんて言ったの?」
「えっ? それはその…」
完全に想定外である。なんでこんなところで話を引っ張るのか理解不能である。さっさと部屋に向かったほうがいいのになぜ? くそっ想定外すぎてどう答えたらいいかわからん。
「樫原くん。わからないことは恥ずかしいことじゃないのよ? 勉強頑張ってね」
樫原がアタフタしていると千代子さんは勝手に憶測で納得してしまう。
「そうそう。意地張ってないで素直に答えればよかったのよ」
なんだこいつ。黙ってろ。と心の中で思いつつ、樫原はめんどくなって、千代子と有栖川の話に『はいはい』と適当に相槌をうって、とっと自分の部屋に案内した。
「おい。有栖川」
部屋に到着しだい、樫原が部屋の静寂を破る。
「なに?」
「なんであそこで無駄に話を引っ張った? さっさと部屋に向かった方がよかったろ?あとなんで俺が教えてもらう立場に訂正したんだよ。完全にムダだったろ」
「あら。こう見えて私成績は学年一位なのよ? だから教えてもらう立場なのはあなたじゃないの?」
「いや、お前のことなんて知らんし、時間を無駄に過ごしただろ?」
「? あれが無駄な時間だったかしら?」
「完全に無駄だったろ。千代子さんと話をする必要なんてなかったんだし」
「少なくとも私のことは少しわかったじゃない。私が学年一位のことと、あんたが言う無駄な時間が好きってことが。これでも本当に無駄な時間だと思う?」
「それに千代子さんに私が施設にお邪魔してることを確認してもらうことも重要じゃない? いきなり私がお邪魔してることが発覚したら施設に迷惑がかかるのではなくて?」
「…」
むむ。確かに。一理ある。というか迷惑をかけるという点に関してはなにも言い返すことができん。
「まぁ。そんなことより、谷口さんの部屋はどっちなの?」
「右だ」
「うーん…」
有栖川は壁に耳を当てる。そんなんで谷口の声やらが聞こえてくるのだろうか?
「ダメね。なにも聞こえない」
そう言うと、周りをキョロキョロ見渡し始めた。
「あっ! いいこと思いついた」
有栖川は自分のリュックサックから小型カメラと錐を取り出した。
「おい。まさか壁に穴をあけようなんて思ってないよな?」
「…何言ってるの? そんな馬鹿なことしないわよ」
そう言うと有栖川がベランダから物干しざおを一本持って、部屋に持ち込んだ。
そして、物干しざおの先端についているキャップのようなものを取り、そこに錐で穴をあけ、小型カメラを仕込んだ。
「…まさかその先端に付いた隠しカメラで谷口の部屋の中を覗くつもりか」
「ピンポーン!! 正解!!」
このストーカー。発想力が凄い。というかそんな方法思いつく時点でキモイ。
有栖川はカメラが仕込まれた物干しざおを元に戻し、ちょっとづつ谷口の部屋の中が窓越しに見えるように、物干しざおを右へずらしていく。
「よし。これでおーけー」
有栖川は部屋に戻り、スマホを取り出す。スマホの画面には谷口が映っていた。
谷口は何かを磨いているように見える。なんだろうか…!!
谷口が磨いていたのはサバイバルナイフだった。それもギザギザがついていて刃が太い、なにかを殺すために存在しているようなナイフである。
「ほらね。言った通りでしょ?」
「…でもまだわからん。これが通り魔のナイフと同一かどうかわからないと、そう判断することはできない」
次の瞬間。2人は信じられないものを見る。
ナイフが浮かんでいるのだ。ふわふわと。なんの支えもなく。
「なにこれ?マジックの練習かしら?」
「…」
谷口はナイフが浮かんでいるのがさも当然のような感じで、驚いている様子がない。無表情だから何とも言えないけど。
谷口がベランダに向かって歩き出す。その間、ナイフは宙に浮いたままである。
ガラガラ…
ベランダの窓が開く音がした。すると宙に浮いていたナイフが凄いスピードに窓に向かって飛んで行ってしまった。
「な!?」
二人が驚愕すると同時に、谷口にばれないように窓の外をみた。夕暮れの中、何か黒い物体が猛スピードで空の彼方に消えていくではないか!!
あれはさっきのナイフだ。…これはマジックなのか?いや谷口がマジックやってるなんて聞いたことがない。それにあの速さ。羽ばたく鳥よりも速かった。マジックにそんなことが可能だろうか?いや、たぶんできないだろうあんな速度…まさか本当にナイフが空を飛んでいる?
二人は呆然と窓の外を見ていた。頭の処理が間に合わないのか。黙ったままである。
…しばらくして、最初に沈黙を破ったのは有栖川だった。
「ねぇ。あのナイフ自由自在に動かせるのかしら」
「…」
俺達が見たナイフの動きは、なんの支えもなく宙に浮くことと、すごい速さで直線を引くように飛んで行った2つである。この2つだけで自由自在に動かせるかどうか結論をだすには少ない気がするが、自由自在に動かせるのではないかと思わせるには十分であった。少なくともカクカク直線を引くように移動しながら動き回ることは可能な気がする。
「たぶん可能なんじゃないか? 上下に動けるかどうかがネックだが」
「…ならもう少し、いえ、あれが帰ってくるまでここにいてもいい?」
「ここに?なぜだ?」
「もし谷口さんが通り魔の犯人で、今日人を殺してきたのなら、血の付いたナイフが戻ってくるはずよ」
「…途中で血を洗ったりするかもしれない。血が付いた状態で戻ってくるのだろうか?」
「それはそうだけど、もし血がついて戻ってきたなら、それが証拠になるわ」
「…わかった」
二人は一緒にスマホで谷口の様子を確認する。谷口はベットに横たわって目をつぶっているようだ。
それから二人は時間を忘れてずっとスマホを見つめていた。そして午後9時30分。
「動いた!!」
「…」
谷口がベットから起き上がり、窓を開けた。そして、ナイフが手元に戻ってきた。
ナイフには……赤い血がべっとり染みついていた。