No 001 ストーカーとの出会い
観察対象者000 観察対象者001 児童保護施設
テレビに映るニュースキャスターは冷静にニュースを読み上げていた。
「昨日の午後9時ごろ、会社員の松本敬さんが帰り途中、何者かに後ろから首を刺され、病院に送り込まれましたが死亡が確認されました。…ここ数日この地区では首の後ろを鋭利な刃物のようなもので刺される事件が多発しており、警察は前回起きた殺人事件と手口がまったく同じことから、同一人物による犯行である可能性が高いとして調査を続けています。」
最近この付近で起きている通り魔のニュースだった。似たような殺され方をしたのはこれで5人目であり、いまやこの町の至る所で警察官が見張りをしている。
俺、樫原 徹は食堂の大きなテレビを朝食を食べなら見ていた。
ここは児童保護施設。俺みたいに両親がいない児童や親の虐待から逃れてきた児童がお世話になっている施設だ。
食堂には他にも朝食を食べている人がいる。朝食は施設の入居者全員がそろってこの食堂で食べるのがここのルールだからだ。
その食堂に一人寝坊した人が扉を開けて入ってきた。長い黒髪で、常に凍てつくように鋭い視線をしている。ほぼ常に無表情の女子高生である。彼女の名は谷口 美鈴。黒色がお気に入りなのか今日もほぼ全身黒い喪服のような服を着ている。大きな胸が特徴的である。
「谷口さん?『おはようございます』は?」
ここの施設でお世話になっている保育士の大出 千代子が問いかける。
「…おはようございます」
「もう。ここにきたら挨拶するって何回も言っているよね?」
「…」
谷口は黙ったまま朝食を取りにキッチンに向かう。
「はぁ 美鈴さんは相変わらずねぇ…」
谷口はいつもこうだ。その無表情な顔は氷のように凍ったままで、顔の表情筋が動いたところを見たことがない。
「徹さん?あなたもですよ?ちゃんと挨拶はしましょうね」
「あっ…はい」
千代子さんの流れ弾が俺のほうに飛んできた。かくいう俺も美鈴ほどではないが無口なほうなのだ。今日も挨拶を忘れていた。
「はぁ。この2人は…そんな無口さんで将来どうするつもりなのかしら?」
千代子さんはため息をつく。
俺は高校へ向かって歩いてる。高校生だからだ。高校生じゃなければあんなつまらないところにはいかない。
「いいですか?あなた達は学校でお友達を作りなさい! いいですね?」
千代子さんはそんなことを俺と谷口に言って見送った。谷口がどう思って友達を作らないかは知らないが、俺は一人が気が楽だから友達は作らないのだ。できればこのまま独りぼっちで生きていきたいぐらいだが、世の中そんな甘くないだろう。しんどい限りである。
そんなんで、今日も学校で授業を受けてお昼ご飯を食べて帰る。そんなつまらない一日がまた始まるのだろう。
樫原はそう思いながらトボトボと10代とは思えないほど元気がなく歩いてた。目の前には少し離れたところに谷口が歩いている。流石に学校に行くときは黒い服は着ない。制服をきている。
俺と谷口はほぼいつも一緒に高校に出かける。そして谷口は俺より歩くスピードが速い。だからいつも俺の先を歩いていてる。そんないつもの光景になにか不純物のようなものが混じっていた。
電柱の陰に隠れて美鈴の後を追う謎の女性がいたのだ。うちの高校の制服を着ているからうちの女子高生だと思うが…なんで美鈴を尾行しているのだろうか。
俺は興味に引かれてその女子高生に声をかけてしまった。いつもはそんなことをしないのに…
「おい!」
その女子高生はビクッと飛び跳ねて、後ろを振り向いた。
茶髪で、ポニーテールの、まるでオパールのようなきれいな瞳を持った女性だった。
「…なによ」
その女性は不機嫌そうな顔で睨み付けてきた。
「…あの女子高生のストーカーか?」
「な!? 違うわよ!」
「じゃあなんで電柱の裏に隠れながらあいつの後を尾行している?」
「そっ…それは…あなたには関係ないでしょ!」
「まぁ谷口が魅力的な女性っていうのは理解できるが…」
谷口 という言葉にその女性は反応する。
「あなた谷口さんを知っているの?」
「え? ああ知っているが…」
「なにを知っているの? 住所? 趣味? メルアド?」
その女性は興奮気味に次々と質問を繰り出す。
「…すまないが、ストーカーに谷口の個人情報を無断に教えるわけにはいかない」
「だからストーカーちゃうわ。はぁ。私は彼女をストーカーしてるんじゃなくて調査しているの?」
「どっちも似たようなものなのでは?」
「ぜっっっんぜん違うわよ!私はストーカーなんて犯罪行為はしていないの!」
「ストーカーだろうが調査だろうが、その行為は止めろ。本人が知ったら気持ち悪がられるぞ?そういう風には扱われたくないだろう?」
「嫌よ。やめないわよ」
「とにかく今は情報が欲しいの。なんでもいいから教えて?」
こいつ俺の話を聞いていたのだろうか?
「教えないってさっき言ったよな?」
「どうしたら教えてくれるの?」
「…そもそもな。なんでそんなに聞きたいんだ? それ次第だな」
まぁストーカーから出てくる次の言葉なんて「好きだったから」とかに決まっているだろう。勿論、そんな理由だったら教えない。しつこいようなら学校の先生にでもいいつけてやるか。
「…最近この町で起きている連続通り魔事件知ってる?」
「? ああ。知っているが」
「私ね…人がその通り魔に刺されるところ見ちゃったの」
「ふーん。それで?」
「…なんかあんまり驚かないわね。もしかしてあんた、私の話嘘だと思ってる?」
「いまのところは」
「はぁ。とにかく私はサバイバルナイフのようなもので刺される瞬間を見ちゃったわけよ」
「それが谷口と何の関係が?」
「…昨日のことなんだけど、学校のいつもは鍵がかかっている屋上の扉が開いていたから、ちょっと覗いてみたのね。そしたらそのサバイバルナイフと同じ奴を谷口さんが持っているのを見ちゃったの!!」
「…その谷口が持っているナイフと通り魔が使ったナイフが同じものだという確証はあるのか?」
「ない!」
「そうか。この話はなかったことにしてやるからストーカーなんて止めろ」
「ちょ!今そのナイフが同じものか調べるためにこうやって調査してるのよ!」
昨日の午後9時、通り魔によって人が刺された時には谷口は施設に帰ってきていたから犯行は不可能だ。だからこいつの話は嘘か見間違えだと思うが…しかしあの谷口がサバイバルナイフを持っていたことは気になるな。こいつの嘘かもしれないけど…
「谷口は俺と同じ児童保護施設に住んでいる」
「あっ! 私の話信じてくれるの?」
「あまり信じてないが、気になることがあるだけだぞ」
「もーデレちゃって。素直に気になるって言えばいいのに」
「…やっぱりこの話はなかったことに」
「ま、待って待って 放課後ここで会いましょう? その時あんたの家に案内してね」
「…名前は?」
「ん?」
「お互い名前を知っておいたほうがいいだろう?」
「んーそうね。私は有栖川 要。あんたは?」
「樫原 徹」
「よし。わかった。じゃあ放課後ここで会いましょう」
そう言い残すと有栖川は嬉しそうに微笑み、走ってどこかに行ってしまった。まぁたぶん学校に行ったんだろうが。
ふと前を見るともう谷口はいなくなっていた。…さてと、俺も学校に向かうかな。