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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

『災厄』のお話

災厄の涙

作者: 有寄之蟻

謁見の間を去った後、少女は王城の中をある場所目指して歩いていた。


玉座の後方にあった控室のような部屋には、4人の女性がいたが、突然ひとりで(・・・・)に開いた(・・・・)扉に目を向けた瞬間に命を奪われた。


少女は姿が見えない事と少女自身がたてる音が聞こえないよう【設定】しているため、女性らには扉が勝手に開いたように見えたのだが、少女は扉を開くと共に把握していた4人の首をへし折ったのだ。


滑るようにその部屋からも出て、廊下を足早に行く。


廊下に人影はあまりなく、たまに地味な服装の女性がワゴンを押して通り過ぎたり、飾られた彫像を磨いていたりする。


おそらくメイドなのだろう、と適当に想像しつつ、少女は真っ直ぐに進んだ。


謁見の間に連れてこられた時、何回か階段を登っており、ここはそれなりの高所だと考えていた。


やっと見つけた窓から下を見下ろせば、想像通りの高さだったが、少女は頓着せずにその身を窓の外へとおどらせた。


と同時に浮遊の【設定】を体にかけ、自在に宙を移動し始める。


王城を外壁沿いにしばし飛ぶと、眼下にドーム状の屋根の建物が現れた。


少女はそこ目掛けて降下する。


これまた10m程の天井を持ちそうなその建物の扉もまた巨大で、その両側には槍を構えた騎士が控えていた。


浮遊を【解除】した後、その2人に気絶の【設定】をかけ、少女は巨大な扉を軽々と開け放つ。


中は高く吹き抜けになっており、ずらりと長椅子が列をなして奥へと続いている。


真ん中の通路には青い絨毯が敷かれ、最奥の長机の下で終わっている。


人は誰もいない。


少女はつかつかと遠慮なく足を踏み入れた。


長机の上には燭台や食べ物が置いてある。


その遥か上、天井のすぐ下には、銀でできた巨大な三重の円環が掲げられていた。


それは、唯一神を信奉する、オニリ教の神の象徴。


――ここは、王城にある王族専用の聖堂なのだ。




「・・・・・・・・・・・・」




少女は眉間にしわを寄せ、冷めた視線を円環へ向けた。


彼女を召喚した諸悪の根源の一人は、オニリ教の神官長。


そして、召喚の儀式そのものは、唯一神の聖域を用いた秘儀だった。


少女の怒りは、当然のように唯一神もその対象としていた。


少女はぐっと足に力を入れると、まるで浮かぶように跳び上がった。


一気に円環の上部近くまで接近すると、円環を掴む。


そして壁に足を打ち付けて、重量300㎏を優に超すだろう銀製の巨大な円環を聖堂の壁から引き(・・)剥がした(・・・・)


すぐに円環から手を離し、浮遊を【設定】して宙に留まり、銀環が祭壇や長椅子を轟音と共に押し潰すのを眺めた。


吹き抜けになっている聖堂に反響し、開けっ放しの扉から外まで響き渡った。


人が集まるのはすぐだろう。


神の象徴が唐突に落下したとなれば、人々は驚き恐怖するだろう。




「ふん」




その様を想像して、少女はわずかに口を歪めた。


バタン、と大きな音をたてて、祭壇の斜め横から青い服の人間が聖堂に駆け込んでくる。


神官たちだろう。


ふと扉の外を探れば、多数の足音が聞こえてきた。


少女は神官たちが出てきた扉に向かって飛び、奥へと進んだ。


はじめの部屋を過ぎ、もう一つ奥の部屋へと向かう。


そこにはわずかな燭台しかなく、薄暗い中に書物や小さな三重円環、彫刻などが置かれていた。


その部屋の隅に、等身大の女性像があり、少女はその像に近づく。


目だけ床に向けると、暗がりの中、人ひとり分だけ入れるような穴が少女にははっきりと見えた。


少女はここから連れて来られたのだ。


この穴の深い深い底から。











梯子を下り、到達点からさらに下っていく石の階段をおりていく。


その終わりには、三重の円環が刻まれた石の扉。


少女は蹴破るように開いた。


そこは、少女が数時間前に召喚された時とほとんど変わりはなかった。


5m四方の部屋の中心には、青い燐光を放つ三重の光の円が部屋を青く照らし、その中央には色を全て失ったような白い人物がいた。


円環の外には青い服の老人――神官長が跪いて祈っており、その後ろに青い甲冑の騎士が2人、同様に跪いている。


召喚直後は、光円の中央に少女、外に神官長がおり、その真正面に白い人物がいた。


突然の出来事に状況がつかめない少女に、神官長はいきなり名乗り上げ、後ろの騎士2人に拘束され、穴を上った先、聖堂で4人の騎士に引き渡されたのだ。


その時、唯一神のまさに神聖な力が現世に顕現した聖域と神官長はいい、その御力を使って異界より少女を召んだのだと。




「む・・・・・・?」




扉が開いた事に気が付くも少女の見えない【設定】のため、神官長は訝しみ、騎士2人は立ち上がって警戒する。


少女は聖域に出入り不可の【設定】をし、騎士2人に接近して剣を奪い、手早く首を刎ねた。


血を避けて一度距離をとり、剣を神官長へと投擲する。




「ごばぁっ!?」




それは狙い通り老人の腹を貫き、聖域の壁に釘付けにした。


そしてすぐさま、出血しないという【設定】をする。


腹を貫かれた痛み苦しみは保ちつつ、すぐに死ぬ事のないように。




――さて、お次は?




かくりと首を傾げて、円環内の白い人物に視線を向ける。


彼、あるいは彼女は、『ミコ』だと神官長が言っていた。


唯一神と言葉が交わせる存在で、その御力の行使を許された存在だとかなんとか。


実は、召喚の秘儀そのものを行ったのはこの『ミコ』らしい。


しかし、この白い人物は一言も話さず、身動きもせず、その顔は青い布で隠されていて、少女を見る事もなかった。


少女の中に、『ミコ』に対する殺意は不思議となかったのだ。




別に恨みはないんだけどなぁ。




けれど、この場にいる以上、謁見の間で死んだ者のように殺すのが流れなのでは?と適当に考えた少女は、『ミコ』に気絶と心肺停止を【設定】し・・・・・・ようとしてできなかった。




"さすがに神子はダメだヨ"


「・・・・・・え?」




頭に響いた少年の声に、少女は思わず部屋を見渡した。




"ボクはカミだヨ"


「え、神って・・・・・・あの神?」




少女はオニリ教の唯一神という意味で、床の青い三重円環を指差した。


神の存在などさらさら信じていなかった彼女は、突然の接触に、聖堂で感じていた怒りも殺意も驚きに吹っ飛ばされた。


"そうそう"とその声は笑い、




"キミの気持ちも分かるけど、神子は殺しちゃダメ"


「ミコはだめって、なんで?」


"神子はボクの器になるたったヒトリの人間なんダ。だから、殺されると困っちゃウ"




まるで幼児がおもちゃを取り上げられて泣きそうな声音に、少女はただただ困惑した。




「別に・・・・・・そんなに殺したかったわけじゃないからいいけど・・・・・・」


"ソウ?なら良かっタ!神子を殺さないでくれるなら、他のヤツは自由に殺してもイイからネ!"


「えっいいの!?」




かわいらしい声とはあまりにもかけ離れた言い様に、少女は思わず素でツッコんでしまう。




"別にイイヨー?神子以外はどうでもイイシ"


「えぇー・・・・・・神官長は?」




少女が指させば、




"イイヨー"




少年の声はオヤツを分けてあげるような気安さで了承する。




「アタシ、この後大神殿に行くつもりだけど・・・・・・」


"大丈夫だヨ!ただ、キミに痛む良心があるなら、アッチには身寄りがなくて神官になった子や、真剣にボクを拝んでるだけの子もいるから、その子達は見逃した方がいいんじゃないかナ?キミのためにはネ!"


「あー・・・・・・うん」




少女はすっかり気を抜かれてしまった。


まさか信仰されている本人から、信者殺害の許可が出されるなんて、誰が想像できただろうか。


デセイト王国だけで数十万の信者たちの誰一人として、一生思いつくこともないだろう。











その一人である神官長は、かつてない苦痛と混乱の中にいた。


少女の姿が見えない彼からすれば、唐突に聖域の扉が開いたと思えば体が吹っ飛び、激痛と熱を感じて下を見れば、剣が体を貫いて壁に縫いとめられていたのだ。


足元には警護の神殿兵が血を流して倒れている。


いや、よく見れば首がなかった。


前方、神の円環と神子になんら変化はなく、理解を助ける材料が何もない中で、この超常的現象を起こせる心当たりは唯一神のみ。


欲に溺れているとはいえ、神官として相応しい信仰を持っていた神官長は、その考えに衝撃を受けて思考が止まった。


実際は少女のちょっとした報復行動だったのだが、彼女が唯一神の秘儀によって召喚され、それゆえに起こった事だと考えれば、唯一神の仕業と言えるのかもしれなかった。











少女は一度大きく息を吐くと、首を左右に回した。




「・・・・・・えっと、この聖域なんだけど」




気を取り直して、口を開く。




「ここも吹き飛ばそうと思ってたんだけど」


"えェ!?それもダメだヨ!困っちゃうヨ!"


「・・・・・・やっぱり?」


"うン!ココはボクのチカラが直接干渉できる場所だからネ!"


「でも、もうアタシみたいに召喚される人がでないように、せめて誰にも見つからない所にあってほしいんだけど」




少女は知らず目を伏せる。


この聖域に来た理由だった。


もう『化け物』になる人がいないように、あの円環さえなければいいと考えていたのだ。




"それなら、なんとかなるヨ。ただ、神子とお話しできるような場所にしなきゃいけないけド"


「ミコ以外が知らない場所ってあるの?」


"例えば、大神殿の神子の部屋の真下とかだネ"


「ふーん。・・・・・・まぁ、とにかく人に見つからない所にしてほしい」




少女はすっと光円に向かって頭を下げた。




"うんうン。キミの気持ちは受け取ったヨ。それより、ボクの方こそゴメンネ"




少年の声はズンとトーンを落とした。


すると、それまで微動だにしなかった『ミコ』が少女の方を向き、膝をつき、手をつき、額を地面につけて、土下座の姿勢をとった。


色々と仰天して、少女は『ミコ』を凝視してしまう。




"キミの召喚にボクは干渉できなかったんだけど、使われたのはボクのチカラだシ"




ふてくされたように一度言葉が途切れ、




"神子はボクの器だから、見えないし、聞こえないし、話せないいんダ。だから、そうやって謝ってるノ。「ごめんなさい」って言ってるヨ"


「あ・・・・・・そう、なんだ」




『ミコ』の沈黙の理由に納得したが、いつまでもされていて気持ちのいい姿勢ではない。


むしろ罪悪感がわいてくるからと、土下座はやめてもらう。


少女は聖域にかけた【設定】を【解除】して、神官長に歩み寄った。


目を閉じ、苦しげに呻いているが、こちらには全く罪悪感を感じる事はなく、肩を右足でおさえ、剣を一気に引き抜く。


げばっと吐き出された血を避け、無駄に布の多い神官服の胸元を掴む。


神官長を引きずり、聖域を出ようとして、切り捨てた騎士の屍体が目についた。




「アタシ、もう行くけど、それも持って行った方がいい?」




それ、と屍体を指差せば、




"キミが処分してくれると楽だナ"




という返事に、少女は即騎士2人に灰と【設定】した。


その瞬間、その鎧も剣も流れた血液含め、騎士と認識されていたものは灰塵と化した。


少女は聖域の扉をくぐって振り返ると、空いている右手を振る。




「じゃあね、神さま・・・・・・とミコさん」




若干ぎこちない挨拶になったが、『ミコ』は少女に深く頭を下げ、




"サヨナラ。元気でね。後悔の(・・・)ないよう(・・・・)にネ(・・)"




少年の声は意味深に響いた。


そして、青い三重円環が強く煌めいたかと思うと、ゆっくりと聖域が動き始める。


少女から見て右方向に部屋は動いていき、やがて扉の向こうは完全な岩盤の壁となった。


少女はしばし、暗闇の中で心中の寂しさの余韻に浸る。


わずかな邂逅にも関わらず、あの無邪気な神と『ミコ』に対する親愛の情が芽生えていた。


それは、この世界に召喚されて初めて触れた、対等で軽蔑や嫌悪や恐怖でない対象だったからかもしれない。


――やがて、少女は左手に神官長を引きずったまま、階段を上り始めた。


この隠し通路全体に、少女が通り過ぎた後、岩盤と同化するよう【設定】して。











穴から神官長を引き上げ、そこが完全に土でふさがれるのを確認した少女は、穴の上を床板で覆った。


ふと視線を上げると、この隠し通路の目印になっていただろう女性像があった。


無性にいらだちを覚えて、右足を繰り出し彫像を粉砕する。




「ふん」




鼻を鳴らして(きびす)を返し、その部屋を後にする。


直前に神官長の姿も見えないように【設定】し、聖堂へと急いだ。


慌ただしく行き来する神官たちをよけて聖堂に入り、すぐ浮遊を【設定】して天井近くまで飛び上がる。


神官長には【設定】していないため、少女が手を離せば、彼は真っ逆さまに落下する。


聖堂には、少女が狙った通り多くの人がいた。


みな銀環の周りに集まり、どうやら動かそうとしているらしいが、直径5mを超えそうな銀の塊は相当重いようで、少女が落としてからほとんど位置は変わっていない。


少女はそれだけを確認すると、天井近くまで開いた聖堂の入口を抜け、ドーム状の屋根を見下ろせる高さで動きを止めた。


聖堂の真上の空を指差し、そこに雷雲を【設定】した。


わずかにちらついていた白い雲が、徐々に設定地点に集まり、体積を増し、黒々と色を変えていく。


やがてあの特徴的な音が鳴り始めた。


聖堂周辺にいる者は、空を見上げ、指差したり、なにやら話し始める。


少女は『雷雨』と設定すると、空を指していた手を振り下ろした。




ドーーーーーン!!!




途端、一筋の雷が聖堂の屋根を貫いた。


同時に、人々の悲鳴がわき上がる。


雷は1つに止まらず、2つ、3つと次々に振りそそぐ。


『雷雨』。


少女は言葉そのままに、雷の雨を聖堂へと(くだ)しているのだ。


少女の元の世界の建造物でさえ、一度の落雷で全焼する事があった。


明らかに技術の劣るこの国の聖堂ならどうだろうか。


――屋根はすでに砕かれ、丸見えになった聖堂内は炎が上がっている。


雷が直撃したのか、人間だったらしき物体が長椅子だったらしき破片と入り混じって転がっている。


唯一神の象徴たる三重の円環も原型を留めておらず、生きている者は一人もいなかった。


少女が『雷雨』次いで雷雲を【解除】する。


それは、きっちり10秒の殺戮だった。




――まずは、王城の。




かくりと首を傾げ、少女は町の方へと体をまわす。


その目には、町の一角で広く光る青い建造物が映っている。




――次は、大神殿。




そこでそう言えば、と左手の神官長の存在を思いだした。


ぐっと持ち上げて顔をみれば、愕然とした表情を浮かべていた。


もはや茫然自失かもしれない。


目は開かれているが、焦点があっていないのだ。




ちょ、絶望に浸られると困るんですけど。




少女はむっとして、その呆けた顔に平手をくらわす。


神官長には、自分の信仰の象徴が破壊される様を見てもらわないといけないのだ。


内臓が多少破損しても、血を失わなければ人間はしばらく死なない。


そのためにわざわざ出血しない【設定】をかけているのだから。


三度目の平手でようやく神官長の焦点が合った。


瞬間、叫ぼうとした気配に、少女は声を消す【設定】をした。


大口を開き、肺が膨らむ様子があるが、そこから音が出ることはなかった。


少女は興味をなくすと左手をおろし、大神殿へと飛んだ。











青く光りを反射する建物を眼下に見下ろし、少女は建物内を把握していた。


聖域で唯一神に言われた言葉が残っており、殺す人間をちゃんと分ける事にしたのだ。


大神殿には、正面入り口すぐの小聖堂で祈る一般市民、唯一神が指摘したような孤児出身の神官や敬虔な神官、そして神官長と同類な俗物な神官がいた。


さらに言えば、大神殿最奥の離れに『ミコ』専用の宮があり、専任の世話係のような人間もいたが、『ミコ』に手を出す気はないため除外している。


少女はまず、【設定】の効力を『ミコ』の宮以外の大神殿と【設定】し、はじめに神官以外の人間に、神殿の外に出たくなる気分を【設定】した。


様子を見つつ、おおよそが建物を出た後、次は孤児出身の神官も外へと移動させる。


敬虔な神官には悪いが、少女の復讐の対象に入れる事にした。


欲深な神官たちは当然だが、敬虔すぎて、同じように唯一神の秘儀を行う狂信者が生まれたら怖い、と考えたからだ。


対象外の人間が全て神殿から出たところで、神殿への出入り不可を【設定】し、その屋根の中心を指差して、その真上に雷雲を【設定】する。


手を雷雲へと振り上げ、神官長の意識がちゃんとあるかどうかちらりと確認する。


やる事は変わらない。


『雷雨』の【設定】すると共に手を振り下ろす。


起こる事も同じだ。


間断のない雷の雨と、それに伴う人々の阿鼻叫喚。


王城の時と異なるのは、さっきよりも人が多く、見える範囲も広く、『雷雨』の時間が長い事。


今度はきっちり20秒で『雷雨』を【解除】し、少女は成果を眺める。


――徹底的に破壊され、広い瓦礫と化した大神殿。


所々炎の赤と煙の黒が高く空まで覆い、そこかしこからすすり泣く声が聞こえてきた。




――あーあ、終わっちゃった。




一気に体に怠さを感じ、こころなし高度が下がりかけた。


左手を持ち上げ、神官長の顔を横から覗き見る。


泣いていた。


ぼろぼろと、地上の人々と同じように。


しかし、声はなく泣いていた。


少女は急にこの老人の存在が面倒になり、跡形もない大神殿の中心へと飛んだ。


有害そうな黒煙を弾く【設定】をし、くすぶる残骸の上に着陸する。


そこで神官長を離し、仰向けにさせて、胸の上で手を組ませた。


彼は抵抗する事もなく、その精神的余裕も身体的余裕も持っていなかった。


少女は神官長にかけた2つの【設定】を【解除】し、しゃがみこんだ。




「目、閉じる?それとも開けとく?」




神官長の腹に空いた(アナ)から、せき止められていた血が流れ出ていく。


もはや、いくばくもない命だった。


少女はそれが仏心か優しさか分からぬまま、ただその望みを叶えようとだけ考えたのだ。


神官長はもう声を出す力もなく、かすかに首肯した。


それを目を閉ざすと解釈して、少女はその瞼をおろしてやった。


立ち上がってしばし見下ろしたが、その死を見届けるつもりはなく。


すぐにかかとを返し、黒煙の中へと姿を消した。











瓦礫となった元大神殿をなんとなく彷徨う。


召喚され、怒りに復讐を決意した。


それは自分が得た『化け物』じみた力であっという間に終わってしまった。


少女は足を止め、じっと俯く。




――さて、どうしよう・・・・・・。




この世界での目的がなくなってしまった。


これから少女は何をすればいいのだろうか。




元の世界に帰る?




それができない事は、光を通った時に分かっている。




ここで暮らしていく?


知らない国で、知る人のいない町で?




幸い、言葉は通じるけれど。


ふと、空に雷雲をよんだままなのを思い出す。


少女は顔を上げ、右手で空を差すと、雷雲の【設定】を王都全域に広げた。


そして、広がりきったところで5時間、小雨が降るよう【設定】する。


人々が泣いていた。


神官長も。


涙は雨だ。


雨は炎を消すだろう。


悲しみを洗い出し、流し去る。


鎮魂の雨。


少女の復讐の死者も慰められればいい。


――少女も泣きたい気分だった。











異空間に【設定】したポケットから、王冠を取り出し、なんとはなしにいじる。


王冠は、『王権』の象徴。


戴冠式をしないと王にはなれないのだから、これがなくて困ればいいと拾ってきた。


そういえば、神殿にもそのような物があるかもしれない、と少女は思いつく。


オニリ教の『権威』の象徴ならあの三重の円環では?と考えたが、一応元大神殿の敷地を探る。


と、どうやらそれらしき物を見つけ、そこへ向かう。


そこは、元は聖遺物安置室だったらしいが、今は歩いてきた残骸と変わりがない。


少女が探ると、それは瓦礫の下に埋まっているようだ。


少しその場から距離を取り、目的の物が出てくるよう【設定】する。


すると、ガラガラと音をたて瓦礫の中から出てきたのは、青く発光する大きな石版だった。


高さ50㎝ほど、横30㎝ほど、厚さが5㎝ほどの青い燐光を放つ石版で、あの聖域の光円と同じ雰囲気を持っている。


なにやら文字らしきものが刻まれているが、少女には判読できなかった。


よくわかんないけどとりあえず持っていこう、と石版を王冠と共に異空間に放り込む。




・・・・・・ポツリ。




少女の頬に水滴が落ちた。


目を上げると、次々に降ってきて、どうやら【設定】した雨が降り始めたようだった。


少女は雨を避ける【設定】はせず、その場に座り込んだ。


立てた膝に顔をうずめ、腕で囲む。


――やがて、わずかな嗚咽が漏れ出した。


慰めの雨は少女の髪を濡らし、服を濡らし、目尻からこぼれる塩を含んだ水滴と混じって流れてゆく。




















――のちに『神の涙』と呼ばれる雨は、静かに王都の悲しみを抱いて降り続けた。











※補足

・唯一神の秘儀・"客人"召喚の儀式

唯一神の力を用いて行われる。世界と世界を渡る儀式。実は生贄が必要。少女の場合は、二人の生贄が少女の代わりに少女の世界に行っている。等価交換で、少女の存在スペースがないため、少女はもう帰ることができない。これは唯一神はまったくかかわりがない。人間が唯一神の力を乱用している状態。


・"客人"の異能

【設定】した事をほぼなんでも実現させる力。またそれを【解除】することで消す事もできる。元は唯一神の力の一部。そのため、唯一神は異能を止める事ができる。

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