~再生と喪失~ 運命の石
書き溜めその4です。
以降は執筆中ですので、少々お待ちいただくことになると思います。
遅筆ですが、読んでくださっている方の首がキリンさんになる前に投稿できればとお思います。(2014/9/15)
運命の石
「予想通り過ぎて何も言えないわね…」
一人ごちってエイクに肩を貸して歩くフィズ。
ここまで期待通り…嫌な意味での期待だが、ともかくこれで何度目になるのかというこの行為を振り返った。
初めて一緒にお酒を飲んだのは確か、二人一緒に依頼を終えた晩のことだったっけ…。
この時もエイクは深酒をして、フィズが彼の部屋まで肩を貸したのだった。
あの頃はまだ一人の異性として同じ部屋で寝泊りするのには危機感があったからなぁ…。酔っ払ってベッドに引き込まれそうになって、本気のボディーブローを入れたら大惨事になったっけ。
お金を節約する意味もあって同じ部屋で寝泊まりするようになったけど、いつからだろうか。彼を男として意識しなくなったのは…。
向こうは最初から異性という認識は無かったみたいだけど。
まぁ、変に意識されるより全然楽でいいんだけど、それはそれで女としての魅力が無いのかとも取れるわけで…。
どちらがいいのか良く判らないまま、この矛盾に頭を悩ませる。
肩の重みも忘れて考えつつ歩いていると、いつの間にか宿の前だった。
「私はいったいどうしたいんだろうね?」
自分の中で答えの出ない問いを空に吐き出した。
「おはよう」
激しく痛む頭にフィズの声が響く。
「…ああ、おはよう」
返事をするのも億劫なほどの二日酔いだが、返しておかないと続く言葉に頭痛が悪化するのが目に見えている。
フィズはこちらが返事をしたので用意していた水をベッドサイドに置く。
「毎度の事ながら、もう少し自重すればそこまでひどい思いはしないと思うんだけど」
返事をしても小言が返ってきた。
最も叱責ではなく小言なのは救いではあるのだが…。
水を飲み終え、少しだけ頭がすっきりする。
「で、今日はこのまま寝てていいのか?」
「まだ寝てるの?起こしてあげようか?」
間髪入れずに突っ込み。
それをもってこちらが復調してきたと見たフィズが今日の予定を話す。
「エイクの準備ができたらギルドに行くわよ。次の依頼もらわないとね」
もう次の仕事の話か…。
二日酔いも相まってげんなりするエイクはせめてもの抵抗を試みる。
「フィズ」
「なによ」
返事をするフィズに、すかさず飛び起きて背後に回り耳元で囁く。
「今日は二人ともベッドで過ごさないか?」
エイクは知る由も無いが、昨日二人の関係について悩んでいたフィズは固まる。
「エイクそれって…」
フィズの様子がいつもと少し違うことに気づかないエイクは続けた。
「ほら、お互いのベッドが呼んでるぜ?」
ため息ひとつ、フィズは振り向きざまのボディーブローを叩き込む。
「馬鹿やってないでさっさと準備しなさい」
崩れ落ちて床で呻いているエイクを、顔を赤らめたフィズはフンと鼻を鳴らしながらそっぽを向いた。
あれからしばらく経ち、のろのろと準備を終えたエイクをつれてギルドへ向かう。
「あっ、そういえばそろそろ薬草を買い足さないとね」
よほど効いたらしく、未だに腹をさすっているエイクにショッピングを提案する。
「そうだな。せっかくフェルナまで来て薬草を買わないなんてもったいないしな」
同意が得られたところで二人は市場へと足を向けた。
活気のある市場では商人たちが声を張り上げる。
「どこで買うのがいいんだろうね?」
「どこで買っても同じじゃないか?」
話を振っても当たり障りの無い返事が返ってくる。
まだ調子悪いのかしら…。
気を取り直して更に話を続ける。
「薬草の本場なんだし効果は大差ないだろうけど、値段とかを考えていいものを買いたいでしょう」
自分としてはもっともなことを言っているのだが、エイクの反応はやはり希薄だった。
「ならいっそ、薬草と言わすに薬にする?」
薬草は揉んで傷口に張ったり、乾燥させてお茶にして飲むなどそれなりの効果が期待できる程度だが、薬は薬草を原料に独自の製法と治癒魔法を組み合わせたもので瞬間的な回復効果が非常に高い。
ただし、それだけの手間と技術を注いでいるだけあって値段が薬草の何倍にもなる。
だが値段は高くともハンターをやっている以上、薬の一つや二つは持っていないと命に関わる。
「今あるやつじゃダメなのか?」
さすがにエイクも高い買い物に関しては意見する気があるようだ。
「あって困るものじゃないでしょう?懐が暖かいうちに必需品は買っておくべきだわ」
既に買うことを決めて薬草を売っている店を探そうとした時、
「そこのお嬢さん、薬ならうちに良いのが揃ってるよ」
と、今までの会話を聞いていたらしい商人が声を掛けてきた。
「じゃあ見させてもらうわね」
エイクは止める間もなく、不承不承後ろをついてくる。
「意外と種類があるのね」
色々な薬を物色しながら店主に尋ねる。
「薬にもランクがあるからね、高いものほど効果は良い。これなんかお勧めだ。なんせ、瀕死だろうと生きてさえ居ればたちまち傷を癒す代物だ」
「へぇ、それはすごいわね。一応聞いておくけど値段はいくらなの?」
「1万金でございます」
突然敬語になり満面の笑みを浮かべる商人を見たフィズは呆れ顔になる。
「おじさん…。私たちがそんな大金持ってると思うの?」
金は最も高い硬貨で金貨一枚が銀貨五十枚の価値があり、銀貨一枚は銅貨二十枚の価値がある。銅貨一枚でお菓子や雑貨などを買うことができるので、一万金というと銅貨一億枚、銀貨でも五十万枚だ。
「というか、そんな超高級品が棚に無造作に置かれていることが怪しすぎるわ」
フィズが指摘すると、商人がバレタか…とでも言うような苦い顔をする。
「はっはっはっ鋭いねお嬢さん。まぁ、今のはただの冗談さ。そういう薬もあるにはあるが教会やフェルナの城ぐらいにしか置いてないだろう。
で、あんたらはハンターか冒険者だろう?それならこの薬がお勧めだぜ」
言って、棚から商品を取り出す。
フィズが値段を尋ねる前に商人は薬の説明をする。
「コイツの名はアロエル。この地方特産の薬草アルエといって、薬草の状態で傷や火傷に貼り付けても効果がある代物だが、それを乾燥させて細かく砕き聖水で清めてペースト状にしたものだ。
塗るなり薬湯にするなり使い勝手もいいし、軽い傷なら瞬時に治す」
店主は緑がかった半透明な液体の入った小瓶をフィズに見せつつ説明する。
「へぇ、それで肝心の値段は幾らなの?」
店主は指を一本立てながら言う。
「一つ銀貨一枚だ」
そう言われて流石に悩むフィズ。
それほど嵩張るものでもないし、効果について文句はない。
それを差し引いても一つで銀貨一枚は出費としては痛いものだった。
二人はこの国に来るための船賃で所持金がかなり少なくなっていた。
具体的にはその時点で銀貨三枚、先の依頼で五十枚増えたとしても薬以外にも買わなければいけない消耗品はあるのであまりここで消費するわけにも行かない。
酒好きもいることだしね…。
「じゃあ、十個買うから八銀に負けてくれない?」
フィズは店主に対して値切り交渉をする。
「お嬢さん、負けてやりたいのは山々だが生憎と今月は苦しくてね。代わりといっちゃあなんだが、代わりにこいつを付けよう」
と持ってきたのは見たところただの石ころだった。
「おじさん…。いくら生活が苦しいからってサービスで石ころを付けるのは流石に馬鹿にしすぎじゃない?
その石ころに私が銀貨二枚分の価値を見いだせると思ってるの?」
半目になって詰め寄るフィズに店主はたじろぐが、なんとか言い訳をはじめる。
「いやいや、この石ころなんだが不思議なことに僅かに暖かいんだよ。それに欠けてしまっても欠片をくつけてやると元に戻るていう不思議な石なんだ。前に金に困った冒険者から安く買い取ったんだが、買い手がなかなかつかなくてな。とりあえず触って確かめてみてくれよ」
と、フィズの掌にポンと石ころをおいた。
その瞬間、フィズは石ころがわずかに震えたように感じた。しかし一瞬のことだったので気のせいかと思い、改めて石ころを握りこむ。
「たしかにほんのりと暖かいわね」
どれどれと今まで気だるげにしていたエイクが興味を示して手を伸ばした。
「熱っ」
エイクは石ころに触った瞬間、まるで熱した薬缶を触ったかのように手を引っ込める。
大丈夫?と声をかけが触った手と石ころを交互に見やり、なんともないなとつぶやいた。
エイクは改めて石ころに触ってみると感想を漏らした。
「やっぱり熱いな。火傷するほどじゃないが、ずっと触っていたいとは思わん…」
そんなエイクの感想を聞いてフィズは閃いた。
「不思議ね。私たちで感じる熱が違うっていうのは…。おじさんこれ込みで十銀で買わせてもらうわ。
誰かさんが朝なかなか起きない時にほっぺに押し付けてあげれば効果ありそうだから」
そのセリフに思わず苦虫を噛み潰したような顔になるエイク。
しかしここで異議を唱えたところで、正論で言い負かされるのは目に見えているため憮然とした表情で無言の抗議だけを行っていた。
その後、薬屋を後にした二人は保存食やサバイバル用品を買い宿に戻って軽い休憩をとった。