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ふくらし魔女と苦労性伯爵  作者: 上田 リサ
1.ばぁーちゃんの結婚
9/81

8 話

パン屋開業を夢見るフリーター。主人公はそんな女の子です。

 全てのお嬢様の胸やお尻を膨らませれば、わたしの仕事は終わり、ではない。

 人を含む生き物を膨らませた場合、その効果は6時間。だから私はアフターサービスを行っている。

 パーティに出席される顧客の世話役として同行し、控え室や時には馬車の中で待機して、もし魔法がとけかかったら呼んでもらうのだ。

 お嬢様達の御仕度が整うまで、わたしはまた客間で紅茶を飲んでいた。

 そこへ1人のメイドがやってきた。

 「アリス様、マデリーン様がお着替えをとのことです」

 「え?」

 わたしは着ていた黒のワンピースを見て、いつも何も言われないのになと首を傾げた。

 「あの、私、無難なものを選んだつもりだったんですが…」

 「いえ、いつもならそのままで結構なんですが、今晩ご招待されているお邸は少々良くないことが続いておいでで、それを払拭する為のパーティですので、女性の黒はいかがかと。マデリーンお嬢様もお伝え忘れていたとのことで、代えのお召し物をご用意致しました」

 この服が失礼になるなら断れないな、とわたしは立ち上がった。

 メイドに付いていき、別室で用意されていた水色の光沢のあるシンプルなドレスに着替えた。

 ふんだんなリボンやフリルもないが、わたしにとっては十分素敵なドレスだった。

 つい鏡の前でにんまりしてしまう。

 「こちらの髪飾りも、いつもお世話になっているお礼とのことです」

 見せられたのは蝶をモチーフにした銀色の髪飾り。

 「そんな、いただけません」

 恐縮するわたしに、メイドは困り顔で言った。

 「しかし、御言いつけですので」

 仕方なく両脇の髪をすくい上げ中央で飾ってもらう。

 控えめな化粧をして準備ができたので、マデリーン様のいる部屋へ案内してもらった。

 しっかり襟の開いた赤いドレスはたっぷりとしたフリルに覆われ、首元や耳には黄色い宝石が輝いていた。

 マデリーン様は丁度御支度を終えたようで、部屋には他のお嬢様達も華やかに着飾って微笑んでいた。

 わたしはマデリーン様に服と髪飾りのお礼を言ったが、仕事のお金も貰っているので申しわけなく、次回の仕事を無料で引き受けることを伝えた。

 「あら、ダメよ。仕事は仕事。服と髪飾りはわたくしとシシーからの個人的なプレゼントよ。受け取ってちょうだい」

 「しかし」

 そこでマデリーン様はぷっとわざと頬を膨らませた。

 「気に入らないの?」

 「とんでもございません!」

 「ならいいじゃない」

 マデリーン様は座ったままわたしをじろじろ見ると、ふふっと笑った。

 「わたくし言ったわよね?いつどんな時も自信を持って立ち振る舞いなさいって。そうしなくてはわたくし達の間では、簡単に利用されてしまうわ。そのためにも見た目は大事だと」

 「はい」

 「わたくしは紹介はできるけど、その先はあなたが対処しなきゃいけないんだから。もう少しだけ(したた)かにになってもいいと思うわ」

 「はい、わかりました。では遠慮なく」

 「えぇ」

 にっこりと笑うマデリーン様を見て、わたしは頭を下げた。

 それからマデリーン様は立ち上がり、ぱんっと手を打ってお嬢様達の意識を自分へ向けさせた。

 「皆様、よろしいかしら?アリスの魔法は6時間程で消え始めますの。ですからパーティ中、必ず1回は控え室にいるアリスのところへ行って下さいね」

 こくりと各々にうなずくお嬢様達を確認し、マデリーン様はわたしを振り返った。

 「さぁ、参りましょう」

 「はい」

 一礼して時計を見ると、すでに2時間以上経っている。

 夜8時には全員の調整をしなくてはならないな、と計算し、もしいらっしゃらなければ会場へ出て探さなくてはならない。お嬢様達のお顔やドレスの特徴もそっと手帳にメモして、わたしは小さなバックにしまった。



 本日の会場はとある伯爵邸。

 詳しく聞けば冬の狩猟シーズンに当主の獲物獲得数が伸び悩んだとか、親戚筋の一家が高熱で長期間悩まされたとか、当主家のお嬢様の履いていた靴のヒールが折れ足首を捻挫したとか、などなど。

 わたしが聞いた限りでは大したことはなく、人が死んだわけでもなかった。

 きっと当主の狩りの腕が落ちたことや、たまたま風邪をこじらせたり、お気に入りの靴だからとずっと履いていたりしたせいで怪我したんじゃないかと思ったが、そんな暴言口が裂けても言えない。

 貴族は悪い事が続くと、パーティを開いて幸運を呼ぼうとする。

 特に社交シーズンが始まる直前や直後は、これからのシーズンで良い縁と出会えるようにと厄払いのごとく開催するそうだ。

 本日は馬車ではなく、会場から少し離れて用意された控え室の1つに待機していた。

 白い猫足のテーブルには果物のジュースと、肉や野菜、クリームがはさんであるパンの軽食が置かれていた。

 やはり上流貴族の家で使われるパンは柔らかく、ほんのり甘味もあり実においしい。

 それらをつまみつつ、私は持ってきた本を読んで時間を潰していた。

 会場から離れてはいるが、部屋を一歩出れば人々の歓声や音楽が控えめに聞こえてくる。

 すっかり軽食もなくなり、ジュースも飲み干してしまった頃、シシー様を連れたマデリーン様が最初にケアに訪れた。

 「まだまだ踊るつもりなの。ちょっと早いけど来てしまったわ」

 「いえ、助かります」

 ほんのり赤みのさした頬はアルコールではなかったようだが、シシー様も同じように頬が染まっている。

 「まぁ、シシー様も頬が染まっておいでですよ」

 楽しんでいるようだと、私も嬉しくなって言えば、シシー様もにっこり微笑んだ。

 お尻はパニエで十分カバーできているということで、シシー様も胸のケアだけで終わった。

 「あとは日付が変わりお開きになるまで、どうぞ御存分にお楽しみくださいませ」

 「えぇ、そうするわ」

 すくっとソファから立ち上がったマデリーン様だったが、ふと何かを思い出したように私に顔を向けた。

 「アリス、会場でいい話を聞いたの」

 「まぁ、どんなお話ですか?」

 マデリーン様はすっと人差し指を立てた。

 「最近国に慶事があったでしょう?」

 慶事、と聞いてすぐ思い当たったるのは、少し予定より早かったが、先週皇太子ご夫妻に王子がお生まれになったという話だ。

 何でも50年ぶりの直系王子の誕生で、王都だけではなく、国の端の村まで伝令が馬で駆け巡って知らせたという。

 ちなみに現在の皇太子ご夫妻は直系の姫に、分家筋の従兄弟様が婿入りされたらしい。

 「王子様御誕生のお話ですね」

 「そうよ。そのお祝いですごいことが発表されるそうよ」

 と、いうことはまだ発表前なのに、会場では話題になっているようだ。

 「まぁ、お祝いの式典ですか?」

 サマンドでも今週の安息日に誕生祭が開催される。

 わたしも頑張ったレースのテーブルクロスがようやくお目見えするのだ。

 「いいえ、もっとすごいわ。陛下がこの喜ばしい幸福を国民にも味わってもらいたいと、大変夢のあるご提案をなされたそうよ」

 私ははてな?と首を傾げた。

 国民にも幸福をってことは、お祝いの料理でも提供されるのだろうか。

 「驚きよ、アリス。陛下はお祝いに国所有の金山を賞品とした、国民一斉宝クジを開催されるらしいの!」

 「えぇー!?」

 あまりのことに漏れ出た声を、私はあわてて口を手で覆って遮った。

 「ふふふ、やっぱり驚くわよね。対象が貴族だけではなくて、全国民なんだし」

 「全国民といっても、一体どうやって……」

 「さぁ。生まれたら神殿で登録するし、漏れは少ないと思うけど。まぁ、どうやってするかは知らないわ」

 楽しみね、と言ってマデリーン様達は出て行った。

 すごいな、王様太っ腹!

 王子ってだけで世継ぎ誕生と盛大にお祝いするのに、50年ぶりとなると更にお祝いの仕方が違うのね。

 金山商品にするとか、どんだけジジ馬鹿かと思ってしまった。

 しかも議会が許したってことだよね。すっごいな、それ。

 まぁ、当たった人が貴族ならまだしも、一般人に当たったら、それこそいろんな厄介ごとがおきそうだな、くわばらくわばら。

 この国では使わないお祓いの呪文を唱え、わたしは残りのお嬢様の入室を待ったのだった。


 

 2度目の処置を施せば、パーティがお開きとなる深夜までわたしの出番はない。本当なら2度目の処置を終えれば仕事は終わりで、前金で料金も頂いているのでさっさと帰ることもできる。だが、やはり何があるか分からないので、わたしは最後までお供をさせてもらっている。マデリーン様には「心配性ね」と笑われるが、そこは前世日本人。きっちり仕事は致します!

 しかも、このボディメイクの仕事(勝手にわたしが名づけてる)は稼げるのだ。

 基準をつくってくれたのもマデリーン様だ。大体1人小金貨でどうかといわれたが、そこは庶民。さすがに怖くて受け取れず、それならと大銀貨5枚で落ち着いた。それでも高いと思う。だって今日だけで小金貨2枚に大銀貨5枚。しかもドレスと髪飾り付き!

 今夜もなにごともなく皆様楽しんだようで、わたしもおいしい夜食を追加で堪能してしまい、大満足で家に帰った。

 「どうした」

 いつものように出迎えてくれたザッシュさんに、わたしは照れ笑いしながら貰ったドレスを見せた。

 「髪飾りまでもらったの。マデリーン様って本当に良い方だわ!」

 ご機嫌なわたしに、ザッシュさんは少しだけ目を細めて笑った。

 「良かったな」

 「うん!でも滅多に着れないよね。次の依頼がくるまで無理だなぁ」

 さすがの誕生祭にもこのドレスは浮く。着飾るとはいえ布の質から違うのだから。

 「早く寝ろ」

 「はーい」

 浮かれるわたしを注意すると、ザッシュさんは2階に上がっていった。

 そしてわたしは部屋に戻り、もう1度じっくり鏡の中の自分を見てにへらっと笑った。

 

 翌日、フーちゃんが何気にわたしの髪飾りを付けていた。

 ……ごめん、それあげられない。

 誕生祭で出るだろう出店で、フーちゃんのためにできるだけいい飾りを買ってあげようと決めた。


本日もありがとうございました。

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