77 話
ご無沙汰し過ぎてすみません!!!
ロードル元侯爵側の魔法使いが、魔法を放つ。
それはこちら側の魔法使いが応戦する前に、ロードル元侯爵とわたし達の間に落ちて地面をえぐり、砂を巻き上げ煙幕となって視界を遮る。
とっさに目をつぶって砂を防ぐと、周りからは怒号と言ってもいい罵声が飛び交う。主にロードル元侯爵をなじる言葉だ。
その中でも、一番ひどく長い罵声を上げているのが――ばあーちゃん。
「こぉおの、ファザコン鼻垂れとち狂いの大バカ息子!! こうなったらお前の下半身を全部癒着させてやるから覚悟しなぁああああ!」
「落ち着け、ピンクば……」
「お前もだよ、はりぼてボンボン息子!」
「は……はり、ぼ!?」
「騎士道結構! だがね、純愛ってのは横から掻っ攫われないように根回しできるようになってからにするんだね。もうちょっと骨のある男かと思っていたら、とんだ見かけ倒しな男だったね。たまにゃ思い切りってのを出さないと、お前なんぞたんなる監禁独占欲の裏を持つ、ただのアブナイ奴だよ」
「!」
……目が見えなくてもわかる。
カイン様は今、氷づけされたかのように固まってしまっているだろう。
ちょっぴりカイン様を哀れになりつつ、確かに独占欲は強いんだろうなぁと過去を思い出しそうになった時、後ろから一筋の風がビュンと吹いた。
その風は一筋で止まず、そのままあちこちの方向へと吹き抜ける。
「フー、よくやった!」
ばあーちゃんが褒める声で目を開けると、うっすらと砂が舞う中で視界がだいぶクリアになっていた。
そう、それはロードル元侯爵が歓喜で顔を歪ませて体を小刻みに震わせているのがわかるほどに。
チッ、と盛大にばあーちゃんは舌打ちし、ギリッと奥歯を噛みしめて睨む。
「……全員、かまえな。無駄かもしれんけどね」
決して大きくないばあーちゃんの声だったが、ブライント議長はハッとして「構えっ!」と叫ぶ。
その声でこちら側のほとんどの人が身構えたのに対し、ロードル元侯爵側は逆にざわめいており、周囲を伺うものも多い。
「アリス、下がれ」
カイン様が動けないわたしの腕を掴み、ばあーちゃんの後ろへと押す。
「……さあ、くるよ」
カイン様が剣を構える。
ロードル元侯爵はずっと何もない草原を、今か今かという期待を込めて見つめている。
「――うっ」
急に足元が抜け落ちるような感覚が襲ってきて、とっさにばあーちゃんのローブを握りしめる。
「踏ん張りな。魔力を根こそぎ持っていかれるよ。うちの一族の魔力はごちそうらしいからね」
構えていたこちら側の魔法使いはふらついたりしている人もいたが、ロードル元侯爵側の魔法使いは、その多くが膝をつくように地面に倒れ込む者が続出する。
ドッ……クン――!
「!」
目を見開いたのはわたしだけじゃない。
この鼓動のように震え始めた地面に、誰もが釘付けになる。
普通の地震とは明らかに違う揺れと、禍々しく押しつぶされそうになる圧倒的魔力の強さが、肌を刺すように刺激してくる。
両陣営ともカラン、と剣や杖を落とす者がいても、それを拾うものがいない。
ただただ、事の成り行きを見守るように立ちつくすのみ。
ドックン、ドックン――
と、はっきりと力強く鼓動とわかる揺れが徐々に収まり、草原の中に光り輝く渦が現れて螺旋を描く。
禍々しい魔力なのに、なぜこんなにキレイなんだろう。それに、なんだか――落ち着く。
いつしかそんなふうに思えて、強張っていたからだから力が抜ける。
ふらっと視界がぶれると、横から強烈な一発が頭に落とされる。
「バカ娘! 呼ばれているんじゃないよ!」
先ほどふらっとしたのは、わたしが一歩踏み出したせいらしい。
痛む頭を庇うことなく、わたしはハッと我に返って一歩戻る。
「あんたはまだまだ経験不足だね。このくらいの魔力で酔わされるんじゃないよ」
「さ、さすがばあーちゃんだね」
ごめん、と言いつつ褒める。
ばあーちゃんはフンッと鼻で笑いながら、
「あったり前さね。この経験豊富なあたしを酔わそうなんてちゃんちゃらおかしいね。もっと物珍しい魔力持って来いってんだ」
「……」
“魔獣”の魔力は十分珍しいと思うけどなぁ。
「さて、あのボンクラ大バカ息子は一体どの『部分』を目覚めさせたんだろうねぇ」
「『部分』?」
ばあーちゃんの言葉に、前のカイン様も少しだけこっちを振り返る。
「そうさ。アリスのあんな少量の血じゃ全体は無理。だけど片方の手とか足とか、はたまた尻尾くらいなら起こせるかもしれないね。ま、完全体は無理だね。それこそアリスの血を根こそぎ使わないとね」
あいつは知らないみたいだね、と嬉々として草原の渦を見つめるロードル元侯爵をせせら笑う。
「――あれ?」
ふとわたしは気がつく。
この禍々しい魔力に慣れた、というわけでもないけど、どこか恐怖を感じなくなっている。それどころか、この魔力がなんだか『あの人』に似てる……。
『あの人』は全然禍々しくないけど、うまく言えないけど質が似ているっていうのかな。でも『あの人』は――人間、だよね?
「あっ」
誰かが声を出したので、考えていた顔を上げる。
草原の金色の渦が禍々しい魔力を伴って中心部分から上昇を始めた。
やがて金色の渦が空中でとぐろを巻いて、黒く染まっていく。
そうして形ができたのが、黒光りする鱗に覆われた骨と筋だけのトカゲの足のようなものが一つ。足先の爪が鋭くとがっており、骨と筋といっても、その大きさは民家数軒分はある。
両陣営ともみんな空を見上げて、渦の先から出てきているそれに注目している。
と、そこへ『あの人』の声がすぐ近くから聞こえた。
「左手だ。爪は猛毒だからさけろ」
その声に驚きもせず、ばあーちゃんがフンッと鼻を鳴らす。
「耳とか髭とかならもっと良かったのにね。まあ、『目』のあんたが来たなら勝機はあるね――ザッシュ」
「さあな」
どうでもよさそうに言うその目線は、ビクッと震えて固まったわたしをじっと捕えていた。
読んでいただきありがとうございます。
ちょっと短いですが……区切りがいいので。
ああ……やっぱ恋愛ジャンルは無理があったかな(汗)。
前話で「来週」ってかいて半年かかった。
……そう。アレだ。 ③巻の依頼が来て……全文オリジナルになったんだった。しかも締切が間近で。
どうにか間を縫って書いていたのに、それが……原稿入れてたやつがデータ破損。しばらく落ち込みで書けず、資料もプリントアウトしてなかったから、本当にごたごたしてました。
どうにか再開。
ちゃんと書き上げます。
どうぞよろしくお願いいたします!!
上田 リサ