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ふくらし魔女と苦労性伯爵  作者: 上田 リサ
6.カイン様のために……(仮)
71/81

69 話

お久しぶりです。今回シリアス……。

前半胸やけ注意。

「んっ、これもおいしい!」

 二皿目最後の一口ゼリーを口に放り込むと、アンソニー様のところへ一人の給仕が近づいてきた。手には銀のお盆といくつかの飲み物のグラスを持っている。

「もらおう」

 アンソニー様は緑の小さな葉が浮いたオレンジ色のグラスをもらうと、一口飲んでからわたしを振り返る。

「少し席を外す。誰に誘われても動かないように」

「はい、わかりました」

 三皿目を膝の上に置いたわたしを見て、アンソニー様はやや顔をしかめた。胸やけでもしたのだろうか。

 この場を離れるアンソニー様の姿が見えなくなるまでじっと見送り、わたしはほっとして皿の上にフォークを置く。

 実は結構食べ過ぎていたのよねぇ。いくら好きでも、実際は胃が受け付ける限界をこえていたみたい。別腹は出現してくれなかった。いや、最初は出現していたはずだが、あっという間に容量オーバー。

 スイーツは甘いものという定番からか、この世界にはほんのり苦いスイーツや抹茶のような渋いスイーツはない。と、いうか見たことない。

 ゼリーだって、果物の果汁にわざわざ砂糖を足して甘くしている。

「さて」

 小さくつぶやいて、わたしは立ち上がる。

 アンソニー様との約束は早々に破ってしまうが、自分の意志で動くのだ。

 もやもやとしたまま夜通し心配してカイン様の帰りを待つ、というのは正直できそうにない。

 昔のわたしならクライアントの感想を聞くまで、どんなにもやもやしても胃が痛くなっても待っていられたけど、今のわたしは無理。きっとばぁーちゃんの性格が移ったのだと思う。



 。・☆。・☆。・☆。・☆。・☆



 うろうろと大広間を探してみた。もちろん、アンソニー様にも注意して。

 でも見つからない。

 最後に見たカイン様は、たしかロードル侯爵を取り巻く輪の方向へと歩いて行っていた。

もしかしたら、カイン様はロードル侯爵と一緒かもしれない。

 それで、思い切って廊下に出てみる。

 給仕達が出入りしているいくつかの扉があったから、ちょうど人の出入りがなくなった時にそっと扉をくぐる。

 落ち着いた紺色の絨毯が敷き詰められた廊下はシンとしており、扉を隔てた大広間の声だけが聞こえていた。

 扉から離れた柱の陰に身を寄せ、わたしはすぅっと息を吸い込み目を閉じ集中する。

 ここでなら、もし誰かに声をかけられたとしても「気分が悪くなったので」と言い訳することができる。

 かすかな香りを鼻でかぎ分けるように、少量でも震えるほどの記憶を呼び覚ます、あの濃い魔力の流れを探す。

 きっとあの魔力は特殊なのだと思う。

 魔力とはなんなのかをばぁーちゃんに習い始めた時、ばぁーちゃんは良く魔力の流れを感じ取る練習をさせてくれた。


『家の向こうにある魔力なんてわからないよ』

『わからなくても、わかるようになるまでやるんだ』

『学園でも目の前の魔力を探ることはあっても、こんな犬みたいなことやんないし』

『あんな授業と一緒にするんじゃないよ。今やっているのは魔力の違いを見極める勉強さ。わかったら、さっさと集中しな』


 おかげさまで異質な魔力には敏感になった。

 今もまた、あの特殊な魔力が大広間にないことだけはわかった。

 ……左、かな。

 魔力を感じたわけじゃないけど、どうしても左側が気になる。

 右を見ようとしても、まるで誰かに呼ばれるように振り向いてしまう。

 少し迷ったけど、ばぁーちゃんが良く言う『女のカン』とやらを信じてみよう。少し行って魔力を感じ取れなければ、また戻ってくればいい。

 ちょうど右側から一人のメイドがワゴンを押して来て、大広間に入ったのを確認してから左側へと足早にすすむ。

 どんどん歩いていくと、絵画や調度品の数が増えてきたので、これは当たりかもしれないと気を引き締める。


 ――やがて、わずかに感じた魔力に鳥肌がたつ。

 あとはこの魔力をたどればいい。

 分厚い絨毯だからそうそう足音がしないものの、ぽふぽふと絨毯を踏むわずかな音がやけに大きく聞こえる。

 胸の前で握りしめた両手が汗ばみ、段々濃くなる魔力の流れに足が止まりそうになる。だけど、一度止めたら、きっと次の一歩に躊躇してしまうとわかっていたから、わたしは立ち止まることはしなかった。

 途中二か所の角を曲がり、いつの間にか大広間のある棟ではなく、別の棟に入りこんでいることに気が付く。

 そして、魔力の源が流れるある部屋を見つけた。

 扉の隙間からゆっくりと漂っている魔力に、どうして大広間に着いた時に気が付かなかったのかと疑問になる。でも、その答えも昔のばぁーちゃんの授業の中にあった。


『特殊な魔法具?』

『そうだよ。呪いとかそういうのが一般的だけど、今も昔も、強い魔法使いは自分だけの道具を作ったりする。それらは持ち主や施された条件以外の者の手にある時は、ガラクタ同然になったりするんだよ』

『へー』

『条件で多いのは血だね。ただ、血だけじゃ親戚全部に反応するから、細かく条件を追加していくのさ。そしてそれを満たすと初めて機能する』


 もしかしてだけど、わたしが挨拶に近寄ったから、あの指輪の何かの条件に当てはまって魔力が少しだけ漏れ出したのかな? おかげで追跡できたけど。

 とりあえずこの部屋にロードル侯爵がいることは分かった。

 さて、問題はどうやって中にカイン様がいるか確認する方法だけど、その前にとわたしは廊下を見渡す。

 大きな調度品もない、見通しのいい廊下だ。

 つまり、隠れる場所もなく、いきなりこの部屋の扉が開いたら言い訳できないかもしれない。迷いました、で通用するかな? ――しなさそう。

 扉にへばりつくのはなしにして、わたしは手前の部屋の扉の前に立ち、そっとノブを回す。わずかに開いた隙間が真っ暗なことを確認してから、わたしは急いで部屋に入る。

 扉を静かに閉め真っ暗な部屋の中に入ったものの、へたに動いて音を立てては気づかれてしまう。

 わずかではあるが、カーテン隙間から月明かりでももらおうと、歩幅を小さくして慎重に窓があるだろう方向へ進む。

 と、ほんの少し動いたところで、わたしは小さな光が壁の上のほうに漏れていることに気が付く。

 それは窓があるだろうと向かっていたすぐ右側。やや高い位置だが、かすかな光が漏れている。

 ゆっくりと手探りで近づくと、棚のような硬いものが手にぶつかり、それに手を添わせてさらに近づく。

 やがて暗闇に慣れた目にぼんやり見えたのは、絵画の額縁。そのやや上の方から光が漏れている。

 今のままでは手が届かない位置だが、どうにかしてと、わたしはまず窓の方へと進んで、手に柔らかな布の感触を確かめてからそっと手繰り寄せてみる。

 厚手のカーテンのわずかな隙間から、本当にわずかな光が差し込む。

 急いで部屋を振り返ると、すぐそばに一人掛けの椅子があった。

 少しずつその椅子を移動させ、絵画の下まで持っていき靴を脱いで椅子の上に立つ。

 間近で見た絵画には貴婦人が描かれていて、光はその貴婦人のブローチから漏れていた。


 これ、ガラスだわ!


 貴婦人の絵のブローチ部分がガラスになっており、隣の部屋が覗き見られるようになっていた。

でものぞき穴と言っても、片目で見られるくらいの目立たない大きさ。

 つま先立ちして覗き込むと、光はどうやら隣の部屋の明かりらしい。


 カイン様!


 長椅子に座る銀髪のカイン様の後頭部が見え、机を挟んだ先にはロードル侯爵が座っている。

 なんだか会話がボソボソと聞こえるけど、本当にこのガラス見えるだけかなと指でゆっくり横にずらしてみる。

 と、動いた! 

 絵画の絵の下にガラスがおさまるようになっており、ようやく声も拾えるようになる。



。・☆。・☆。・☆。・☆。・☆



「いったい何の話だね」

 お茶を飲む手を止め、不快そうにロードル侯爵はソーサーにお茶を戻す。

「シエーユで我がアンバシーの商人が数人襲われ、身分証などすべて奪われた事件です。単なる物取りだと処理されていましたが、わざわざ身分証まで取っていくなどおかしな点があり、内密に捜査されていました」

「身分証? さあな。ただ、身分証をなくした商人はしばらくシエーユに足止めされたことだろう。それがどうした」

「そうですね。商人達は手続きに時間がかかりシエーユに足止めされた。おかげで事件がアンバシーに届くまで時間がかかり、商人達が帰国したのは一ヶ月後のことでした。でも、アンバシーには商人たちの名前で入国した形跡がありました」

 ロードル侯爵は黙って聞いている。

「商人達はその後いっせいに尋問を受けています。なぜなら、彼らの身分証で運ばれた荷物の中にある物が紛れていたからです」

「ある物? 劇薬でも運んだのかね?」

「いえ。少量過ぎて逆に不自然だったので見つかったのです。そのある物を全部集めると、シエーユで開発された小型の魔砲台ができるのです」

 はぁっとロードル侯爵は目を伏せため息をつく。

「……武器商人にでも成り下がったのか。嘆かわしい」

「いえ、彼らは無関係です。なぜなら部品の流通ルートをたどると、ちょうど商人達がシエーユで大変な目にあっていたころだからです。魔砲台の部品は、彼らが襲われた直後に運ばれていました」

「考えたものだ。犯人はシエーユで商人を襲った奴らだろう。だが、その話をわたしにしてどうする。話題としては興に乗らん」

 またお茶を飲みだし、その話は終わりだと態度に出す。

 だが、カイン様は動かない。

 ゆっくりとロードル侯爵がお茶を飲むのを待って、再び動く。

「その魔砲台はわたしの領地、港町ローウェスで使われ、鎮圧されました」

「あぁ、その話は聞いた。大変だったようだな。だがこれからは……」

「捕えた海賊の一部が死にました」

 ロードル侯爵の言葉に重ね、カイン様は遮る。

「捕えて王都への連行中、海賊の頭や主だったメンバーが、道中の食事に混ぜられた毒で死にました。残ったのは下っ端の連中ばかり。当然魔砲台の入手には携わっていませんでした」

「では、まだ偽の商人がいるというのか。だがわたしには何の権限もない。わたしにできることは、潰えるしかないこの家の資産の提供だな。養女にした娘のミレルを妻に迎えてくれるなら、すべての財産をそなたに譲ろう。そうすれば今よりいくらかマシな防衛ができるだろう」

 聞いたわたしは思わず眉間に皺を寄せる。

 同時に「なるほど」と納得もする。確かに世間的にはロードル侯爵がログウェル伯爵を助けた形になる。そのための養女だったということなら、醜聞にはなるまい。むしろ美談とうたわれ、ミレル様は父を殺された不幸の中、侯爵令嬢として伯爵家を救った女性となるのだろう。

「ご心配はいりません」

 それはやけに冷めた声だった。

 ロードル侯爵の眉間に皺が寄る。

「わたしの友人が偽商人と接触しまして、とてもいい『お友達』となったそうです。それから療養中の奥様ですが、御静養先の別荘から保護させていただきました」

 その瞬間、ロードル侯爵の顔から表情が消える。

 眉間のしわもなくなり、ただ冷めた目がカイン様をとらえる。

「長年仕えていた執事を様子伺いに出したようですが、まさか到着後に自分が奥様と駆け落ちしたかのように装い連れ去られ、殺されるとは思ってもいなかったようですね。彼のおかげで、前ファービー子爵とのつながりも取れました。あと、人身売買はいけません。国として大罪です。しかも他国の罪人を拉致してくるなど、さすが三つの海賊を裏で援助して動かしていただけのことはありますね、フラベル・イル・ロードル侯爵様」

 ロードル侯爵は動かない。

「ミレル嬢ですが、彼女は誰ですか?ファービー子爵があなたの領地の孤児院に、何度か慰問に行っていた記録があります。それなりの寄付も」

 沈黙が部屋に落ちる。

 だが、カイン様は間を置かずに左手を上着の内ポケットに入れ、何かを取り出して机の上に乗せる。

「これは模写です。本物はところどころ焦げているものの、大事な部分は残っていました。あなたと取引した偽商人の一人が、用心深く隠し持っていたあなたのサイン入りの証文の一部です。彼は証文を燃やすよう見届けにきた執事の隙をつき、手にやけどを負いながらも残しておいたようです。おかげで大変助かりました」

「…………。ふぅ」

 ロードル侯爵は目を閉じ、観念したように短い息を吐いた。

 ゆっくりと開かれた眼は穏やかで、とてもログウェル領に災いをもたらしていた人とは思えない。

「茶を入れよう。明日からはこの茶も飲めなくなるだろう。最後の茶だ、付き合ってくれ」

「……」

 カイン様は返事を返さなかったが、ロードル侯爵が立ち上がっても動かなかった。つまりは受け入れたということだろう。

 ロードル侯爵はみずからお茶を入れ、カイン様の前に置く。そして自分も席に着くと、机の上に用意してあったきれいな陶器の瓶を手に取る。

 その行動にカイン様が顔を上げると、ロードル侯爵は笑みをこぼす。

「心配いらん。ただの蜂蜜だ。マオスの最高級の蜂蜜だ。わたしの好物でな、こうしてお茶に入れると心が落ち着く。試してみるかね?」

 手にした瓶をカイン様へと渡すと、カイン様は用心深く添えつけのティースプーンですくい、少しだけ試したみたい。

「……確かに、何も入ってませんね」

「今さら逃げようとは思わん。ファービーの倅も妙な態度だからな。あれも裏切った、というより父親は倅から逃げていたからな」

 笑いながらロードル侯爵はお茶を飲む。

「蜂蜜を入れてみなさい。香りが変わるのだ。最後のお茶の相手が君で良かった」

「…………」

 カイン様が無言で小さく動く。

 たぶん、さっきすくった蜂蜜をお茶に入れて混ぜているのだろう。


 お茶……あれ? なんだっけ、誰かに……。


 カイン様から意識をそらし、わたしは妙な引っ掛かりを考える。


『飲み物はストレートにかぎります。覚えておいてください』


 ミレル様のくれたお茶を好まないと言い、そう不思議な忠告をした人。

 そう。現ファービー子爵のフィレイジー様!


 ガタンッ!


 突然の大きな物音に、ハッとして目線を戻す。

 お茶を持つロードル侯爵の前で、カイン様が机に倒れ込み、必死で腕をつっぱろうとしている。

「カイン様!」と叫びそうになるが、その前にロードル侯爵がお茶を置いて冷めた目でカイン様を見下ろす。

「用心の為にブレンドではなく、バルミーラ単体の茶葉を用意しておいてよかったよ。さすがにわたしも試したことはないが、どうかね、その倦怠感と眩暈は」

「あ、くっ……」

 苦しそうにもがくカイン様。

「まだ口がきけそうだ。普通ならすぐ気を失うか口もきけなくなるのだがな。まぁ、いい。バルミーラはわたしのとっておきだよ。普通に飲めば問題はないが、蜂蜜をいれると毒茶となる不思議なお茶だよ。なかなか栽培も難しい」

 ニンマリと笑うロードル侯爵が、ふと顔を上げる。

 それはまるで、わたしに気が付いているかのように……。

「……夜会の最中に手の中の指輪がおかしくなった。何十年も一緒にいるんだ。魔力がなくともわかるもんだよ、お嬢さん」


 ぴ、ピィイイーーンチ!!


読んでいただきありがとうございます!!


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