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ふくらし魔女と苦労性伯爵  作者: 上田 リサ
6.カイン様のために……(仮)
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67話

こんにちは!

 ガクガク……ブルブル……カタカタ……。

 

 一体この状態をなんと表わしたらいいのだろう。とりあえず、思いつく擬音語を並べるが、どれも当てはまらない。

 ピッタリ合うのは、そう、あれ! ブリザードだ。

 ……凍えて、このまま眠りにつきたい。


 コツコツと音がする、気がする。

 さっきまでざわざわと人が話して、音楽が静かに響いていたはずなのに、まるでホールに響くような足音が聞こえる。

 ……耳までおかしくなったかな。いや、なりたい。


 冷たい飲み物が温かく感じる。

 手先が冷えていますか? そうですか。

 ……では、この妙な汗はなんでしょう。


「しばらくだな、アンソニー」

 腕を伸ばせば掴めるくらいの距離に、カイン様はうっすら笑みを浮かべて立つ。

「あぁ、久しぶりだな」

 ぎこちなさ“0”で、何事もないように握手を求めるアンソニー様。

 それに応じるカイン様。


 おや? もしや気のせいですか? わたしに気づいていない!?


 まともに顔を見れず、カイン様の磨かれた靴だけの視界から、ほんの少しの期待と結構な勇気を振り絞って目線を上げる。

 うかがうように顔を見上げると、カイン様の目が……まったく笑っていないことに気がついた!


 ひぃいいっ! バレてます! バレてますよぉおおおおお!!


 とっさに下を向くこともできず、わたしは蛇に睨まれたカエル、という状態になる。

 体は硬直しようとも、頭の中は逃げることでいっぱい。


 どうする、どうする!? ここはひとつアンソニー様に責任取ってもらうか!?

 だが、結局ここに来ているのは事実だから、お咎めナシというわけにはいかないだろう。

 ……それに、前世社会人。生まれ変わってもやっぱり、叩き込まれた社会人の大人の良心というものがある。

 全部の責任を人に押し付けるのは最低の行為だ。

 母が兄弟喧嘩したわたし達によく言っていた。

『誰が悪いじゃない。どっちも悪い!』

 社会人になると殊更だ。フォローし合う。助け合う。これ大事。

 ……うん、頑張ろう。


 もうガリガリに削られた最後の力を、コルセットに絞められたお腹に入れて意識を目の前の現実に戻すと――――アンソニー様が青ざめていた。

 

陥落早っ!!


 わたしがいろいろ頭の中に意識を集中して考えている間に、アンソニー様は握手をした状態でカイン様に白旗をあげたらしい。普通よりギュッと握られた握手のおかげで、アンソニー様は若干腕が震えている。

 良く見ると、カイン様はアンソニー様の親指の付け根のツボを押している。

 ――アレは痛い。

 そっと合掌したくなったけど、あのツボどこが悪いんだっけ? 自律神経? 頭痛? なんか疲れたらそこ押せって先輩が言ってたなぁ。確か万能のツボ。

 青ざめているアンソニー様を見る限り、そのツボのせいだけじゃないとしても、結構疲れてそうだから相当痛いよね。

 なーんて冷静ぶって分析していたら、わたしに順番が回ってきた。

「それで、こちらは」

「あ、あぁ、エメリーだ」

 絶対初対面の相手に言う挨拶ではない。

 おそらく「それで役名は?」と聞かれ、アンソニー様が答えたのだ。

「お元気そうですね、エメリー(元気すぎるようですね、アリス)」

「は……い、元気です(ごっ、ごめんなさい!)」

「お隣失礼しますね(逃がさないよ)」

「…………!! (ごめんなさぁあああい!)」

 ホッとしたアンソニー様を左に。笑顔のまま特大のプレッシャーをかけてくるカイン様が、わたしの右側に立って逃げ道はふさがれる。


 始末書で済みますか? 

……あ! でも(偽)ミレル様の件があるから、ちょっと拗ねてみようかな。

 マデリーン様にアドバイスされなかったら、絶対思い浮かばなかったよ。

 夜会の準備中に思いっきり深~いため息をついたら、マデリーン様に見つかって全部しゃべらされたんだよね。まぁ、マデリーン様もアンソニー様の目的が何かを聞くことはしなくて、わたしがアンソニー様のお仕事の手伝いをするとしか思っていないみたいだった。

『深く聞いてはいけないこととそうでないことがあることくらい、わたくし十分わかっているわよ』

 と、実に大人な意見をおっしゃっていた。

 で、そんな大人なマデリーン様が、カイン様のお怒りに怯えるわたしに授けてくださった知恵が、現在ログウェル伯爵家に滞在中の(偽)ミレル様へ嫉妬しろという、前世でもぼっちの自覚がないまま過ごし、現在もようやく両想いらしいと自覚を始めたばかりの超初心者のわたしにとって、なんともハードルの高い『プチ拗ね』なるもの。

 マデリーン様いわく、嫉妬し過ぎると醜いだけ。そこそこの嫉妬心とは、相手には「いじらしい・かわいい」と思わせ庇護欲を募らせる程度のものらしい。

 それってどのくらいでしょうか?

 ちょっと頬を膨らませて「ぷんぷん!」とか言ってみるか? わたし。

 

 無理ね。


 唯一のお怒り回避策ともいえる「嫉妬」について、頭の中で激論を繰り返していたら、いつの間にか主催者であるロードル侯爵が、会場に姿を現した。

 音楽が鳴りやみ、人々の口も閉ざされ、壇上へといっせいに注目する。

 わたしも背筋を伸ばし、壇上に現れた壮年の男性を見上げる。


 王家の血筋の方は、髪や目の色の色素が薄い。先祖返りのカイン様の目は濃いエメラルドグリーンだが、髪は銀髪。

 ロードル侯爵も、間違いなく王家の血筋を引いていた。

 五十才になろうとしているロードル侯爵の髪は、薄い桃色。長く伸ばして背中で一括りにしている。目は薄い黄色。若い頃は切れ長の目の美男子だっただろうに、今は頬がこけ、深い皺が刻まれている。年齢を知らずに聞かれれば、あと十才は上に思うだろう。

 だが、その切れ長の目だけはいまだ衰えを知らぬように、威圧的に輝いて見える。

 怖そうだな、というのが正直な感想。

 落ち着いた威厳ある声で挨拶が始まる。

 ただ、ふと違和感を覚える。

 ロードル侯爵は左手に黒い手袋、のようなものをしていた。ただ、指先はなく、丸まっている。


「……良き夜に、乾杯」

「「「乾杯!」」」

 

 慌てて軽くグラスを上げる。

 そうしてまた音楽と、人の話し声が始まる。

 ロードル侯爵も壇上から下に降り、挨拶に集まった人々に囲まれる。

「我々も落ち着いてから向かうかな」

「そうだな」

 カイン様が同意し、一口グラスのワインを飲む。

 すっかり仕事モードになったアンソニー様は、キリッとした眼差しで注意深く挨拶に行くタイミングと、周囲に気を配っている。

 カイン様も同じだが、逆にカイン様を見つけて近寄ってくる貴族もいた。

 さりげなくわたしとアンソニー様から離れ、近づいてきた貴族達の相手をする。

 また、アンソニー様にも別の貴族の方が挨拶に来たりしたので、わたしは言われていたように微笑んだまま黙って傍に立っていた。

 目の前から相手が立ち去ると、ようやくといった形でまずカイン様が先に歩き、続いてアンソニー様とわたしが歩き出す。

 

 わたしは『エメリー・モンドル』!


 自己暗示をかけながら歩く。

 やがて人の流れが切れ、その間にロードル侯爵が見えた。

 ロードル侯爵もこちらに気づき、見た目的には歓迎するように笑顔を見せる。

「ようこそ、ログウェル伯爵」

「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。何分新参者ですので、お許しください」

「かまわんよ。……ところでミレルは?」

 その疑問は演技ではなかったのだろう。

 一瞬後ろで待つわたしをロードル侯爵が見たので、驚きのあまりビクッと体が震える。  

「ミレル様は、昨夜から軽く熱を出されまして。今朝も気分がすぐれないとのことです。養父君に大変申し訳ないとおっしゃっていました」

「……そうか。まぁ、しかたあるまい」

 そうは言っても、顔にはあからさまに納得できていない感が浮かんでいる。

「わがままを言って困らせてはいないかね」

「いえ。逆に気をつかわせてしまい、熱が出たのではと思っております。申し訳ありません」

「なに、気にすることはない。あれのせいで何かあったら、遠慮なく言うがいい」

 カイン様は黙って頭を下げる。

 ロードル侯爵と言えば、最後まで娘を気遣う父として、大して声を潜めるでもなく話している。

 まだ周りには何人かの貴族がいたので、多分これでログウェル伯爵家にミレル様が滞在しているという印象を植え付けたのだろうと思う。


 ……転んでもタダでは起きない、か。


 その後もミレル様の話題で会話を弾ませるロードル侯爵を、わたしは顔に出さなくてもうんざりした気持ちで見ていた。

 最初はわたしも会話を聞いて、心の中で「そんなに心配ならさっさと引き取りなさいよね!」と愚痴っていて気が付かなかった。


 ……はぁ。なんか妙に熱気がする。愚痴り過ぎかしら。


 そのくらいでしか意識してなかった。

 だけど、愚痴をやめいくら冷静になっても熱気がおさまらない。

 チラリとアンソニー様を見るが、涼しい顔をしている。

 貴族様の一部には汗をコントロールできる人がいるらしいって噂、実は本当だったのかもしれないわ。

 そんな学園時代の噂を思い出し、ふと視界に入ったロードル侯爵の左手に注目する。

 おそらく四十年前の事件で大けがを負ったという話から、その左手が負傷しているのはわかった。だから、本来なら褒められた行為じゃないので、すぐに目を離すべきだったが、あることに気が付く。


 魔力が出てる。


 それは小さな魔力だった。でもとても濃いものだった。

 黒い手袋をはい回るように、ゆらゆらと纏わりつき、分散して消える。

 魔力には属性意外にあまり個性はないが、ロードル侯爵の左手から出ている魔力は見覚えがあるものだった。

 それはオルドの草原に眠る契約獣――火竜の魔力。

 この熱気は魔力が分散して辺りに散ったからだ。

 わたしにゾクッと一気に寒気がはしる。

 怖い、と思った。

 だから、背中を軽く押されて前に歩き出し、挨拶を終えたカイン様が少し後ろに下がったのもわからなかった。

 ただただ、アンソニー様の挨拶を聞き、ほとんどロードル侯爵を見ないまま小さく名前を言って挨拶をする。

 とても褒められたものではなかったが、アンソニー様が「普段はこうした場所に出る機会が少ないので、どうにも緊張しているようです」と、笑顔でフォローしてくれた。

 ロードル侯爵も、小さな小娘が震えるような声で、どうにか立っているだけの姿に「緊張している娘」と思ってくれたのだろう。

「やれやれ、どうにもわたしの顔は怖く見えるらしい。あちらに甘いお菓子を用意させているから、どうか機嫌をなおしておくれ」

 苦笑しながら、そうロードル侯爵が言えば、周りの貴族が笑って場を和ませる。

「お気づかいありがとうございます」

 アンソニー様も頭を下げ、緊張しているわたしをエスコートしてその場を離れる。

 会場の半ばまで歩くと、アンソニー様が心配してわたしの顔をのぞく。

「どうした」

 どうやらカイン様はついて来ておらず、あの場に残ったらしい。

 近くを給仕が通ったので、アンソニー様はグラスを受け取って近くの長椅子へとわたしを座らせる。

「どうしたんだ、急に」

 わたしはアンソニー様からグラスを受け取り、ごくりと一口飲んでから息を整えた。

「……アンソニー様。見つけました」

「え?」

 小さな声しか出なかったらしい。

 アンソニー様が横に座り、顔をわたしに近づける。

 わたしは間近でアンソニー様の顔を見て、もう一度言う。

「初代の指輪、見つけました」


さすがに人前で本性は出しませんでしたw

読んでいただきありがとうございます。

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