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ふくらし魔女と苦労性伯爵  作者: 上田 リサ
6.カイン様のために……(仮)
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66話

こんにちは。

 一緒に怒られてくれ、と言ったアンソニー様の顔色は、気のせいかやや悪いように見える。

 それでも「はい、ぜひ」なんて言えるわけがない。

 前回はほぼ監禁、反省文かかされコースだったのに、またやらかしたとなれば、絶対それ以上のことがまっている。

 わたしは学習しない人間ではない。

 だが……残念ながら、上下階級を覆すほどの威勢も根性も持っていない。

 そんなわたしができたのは、あいまいな笑みで誤魔化すことだった。

 そしてすぐに違う話題を振る。

「あの、夜会にはお二人も参加されるのですか?」

 当然この場にいるのだから、と思っていたのだが。

「バカだなぁ。貴族じゃない俺が行けるわけないだろう。ディゼさんだって、前の海賊の件で顔がわれてるかもしれないし」

「じゃあ、なんであんたがここにいるのよ」

 ジトッと目を細めて見れば、ブランはフンッと胸をはった。

「実践試験ってやつさ。これが成功すれば、俺は飛び級で魔法使い認定なのさ」

「へー。あぁ、だから風使いのディゼさんにくっついているのね」

 別に羨ましくもないので、適当に流したつもりだった。

 だが、ブランの気に障ったらしい。いきなりむきになって言ってくる。

「あのな! 俺が前回の海賊の件でも活躍し、後処理もこなして優秀だからこそ、この事件に抜擢されたんだぞ!」

「ふーん。わたしてっきり、お師匠様から匙を投げられたのかと思ってたけど優秀だったのね。スゴイワー」

「全っ然、心がこもってないなっ!」

「ソンナコトナイヨ」

 すいっと目線をそらして、皿の上に残っていたお肉を口に入れる。

「あのなっ! 俺はシナス氏の捜索を依頼されてだなぁっ!」

「よしなさい、ブラン」

 とうとうディゼさんが、ため息をつきながら止めに入る。

 ブランもぐっと押し黙って、立ち上がりかけた腰を椅子に下ろす。

 それを確認してから、ディゼさんがわたしに顔を向ける。

「アリスさん」

「あ、はい」

 静かに、でも力のこもった声に、わたしは姿勢を正す。

「わたしとブランの目的は、あくまでシナス氏の消息です。わたしは何度か王城で侯爵と面識があるので、表立って動けませんので、夜会の潜入はブランが行きます」

 チラリとブランを見る。

 確かに学生時代は負け知らずではあったけど、大丈夫かなぁ。 

「あの、潜入ってどうやってですか?」

「ファービー子爵が教えてくれたのですよ。ロードル侯爵家が夜会など、急な使用人の増員をしなくてはならない時に使っている紹介所を。あの家は侯爵家ですが、落ち目ですからね。王城からも監視されていますから、普段は無駄な家人を一切置いていないんですよ」

 紹介所、というのは、いわゆる人材派遣会社のことだ。

 下級貴族や裕福や商人が、数日間だけの使用人増加を希望するときに使用される、国御用達のもの。もちろん、そこから派遣されている人たちは、一定以上のスキルを持っている。

 紹介所は国内に何か所かあるのだが、高位貴族が使うことはめったになく、ログウェル伯爵家も最近イパスさんがあちこちから人手をかき集めたさいに頼ったところの一つだ。

「……ブランに給仕のお仕事ができるかしら」

 ぽつりと不安を漏らすと、ブランがフンッと鼻を鳴らす。

「できるさ。ちゃんと訓練にでてるんだからな」

「猫背を指摘されてるんでしょ。気を付けてね」

 余計なお世話を言えば図星だったらしく、ブランはサッと顔をそらした。

 

 結局この集まりで決まったことは、わたしがアンソニー様とロードル侯爵家の夜会に行くこと。ブランが給仕としてもぐりこむこと。そして迷ったふりをして、ロードル侯爵家にあるのではと推測される、初代の指輪を探すことだった。

 

 帰りはもちろんフーちゃんに乗って帰る。

 当日まではカイン様にバレないようにと、アンソニー様から言われたものの、お屋敷出入りを禁止されてるので問題ない。……ちょっとさびしい事実。

 それにしても、ミレル様が本物じゃないって話はゾッとした。

 身代わりとかは聞いたことあるけど、成り代わりで数年って初めて聞いた。しかも現在進行形。

 じゃあ、あの前ファービー子爵が亡くなった時、部屋に閉じこもっていたのは悲しみとかじゃなくて演技? それも自分の心配して、とか……。だからお兄様に会わなかった?

 

 うわー、おそろしい。


 寒さじゃない震えが全身にはしり、わたしは一刻も早く家に帰りたいと急いだ。


。・☆。・☆。・☆。・☆。・☆


 (偽)ミレル様がログウェル伯爵家に滞在しながら、他家のお茶会やらに顔を出すようになったという噂が流れた。

 もう、黙ってパンを売って、ミレイさんの日に日に重くなる愚痴を聞き、黙って家に帰る日々が数日続く。

 パン生地叩きつける手に、無意識に力が入るよ。

 こねる生地はログウェル伯爵家の夜の分。

 いつもなら近くまでこっそり配達に行くのだけど、今日だけは夕方にミレイさんが取りに来てくれる。

 なぜなら、今夜からわたしはアデライト伯爵家の別邸へと移動することになっている。

 理由はそう、あのロードル侯爵家の夜会出席のための準備。

 着飾るのはあこがれるけど、結構苦労したなと前の仮面舞踏会を思い出す。

 ふとため息をつき、階段が目に入ったのでその先を見上げる。


 ……ばぁーちゃんは姿を消した。


 ザッシュさんは仕事と言っていたけど、これだけ相手が仕掛けてきてるのに本当に仕事かと疑う。だけど、確かめるすべはない。

 ばぁーちゃんだって、きっと指輪を探してるんだと思う。

 四十年前に盗まれた指輪が、本当にロードル侯爵家にあるのかしら……。

 

。・☆。・☆。・☆。・☆。・☆


 ふんわりと弾力のあるクッションに座るわたしを乗せ、馬車は王都中心部のロードル侯爵家へと向かう。

 ガラガラと音を立てて進む馬車の中は静かで、わたしの目の前に座るアンソニー様も目を閉じている。

 わたしはというと「ひぃやあああああ!」とか、何度も悲鳴をあげそうになりつつ磨き上げられて痴態を思い出し、どうにか緊張を抑えているところだ。


 一昨日の夜、アデライト伯爵家別邸に案内されたわたしの前に、メイド数人を前に目を輝かせて待っていたのは、なんとマデリーン様だった。

「わたくしが全部指揮を執るわよ!」

「えぇえええ!?」

 驚くわたしをよそに、さっさとマデリーン様一行に引き渡されると、手始めにと夜中まで全身マッサージを受けさせられた。寝たのは遅かったはず。寝台に連れていかれて、そのまま気を失うように寝た。

 翌朝も少し遅い時間に起こされると、マッサージと衣装選び。そしてマデリーン様による上級貴族の礼儀作法講習があり、その後またマッサージで寝台へ運ばれる。

 ……今朝も似たようなものだった。

 コルセットは泣きたくなったので、少しでも細く見せるよう、自分の副魔法を胸とお尻にかけた。メイドさんが渋々「いいでしょう」と納得してくれた。

 あのね、本気で胃が死にます。骨折れそうだったし。

 そのコルセットのおかげで猫背にならず、姿勢が悪くなることはないのは助かっている。


 はぁ、と心の中でため息をついて、白い手袋をした両手を膝の上でギュッと握る。

 赤い髪はありふれた茶色の鬘をつけて隠し、ゆるゆるとしたウェーブをかけてハーフアップしている。鬘がずれないように、とあちこちに髪飾りを付けて固定も忘れない。

 可愛らしくふんわりした黄色いドレスは、最近流行だという二重重ね。あえて濃い色の生地を選び、その上から同色のレースでぼかすというもの。

 礼服に身を包み、黒縁メガネをかけたアンソニー様は、見るだけで知的な紳士そのもの。スラリとした体形と、凛とした雰囲気を持っている。

 そんな人のとなりに立てというのが……胃が痛い。

 でも、なにより悩むのが、カイン様のこと。

 鬘かぶってもバレそうです!

 アンソニー様は真顔で「すでに腹はくくった」と言われましたが、わたしは全然覚悟できてません。ごめんなさい。


 そんなことを考えていたら、あっという間にロードル侯爵家へと到着した。


。・☆。・☆。・☆。・☆。・☆

 

 没落決定とはいえ、かつては華々しい勢いがあった侯爵家だけのことはある。

 門を二つくぐってしばらく馬車で走り、やっと見えてきたのは大きな白い大邸宅。薄暗い時間とはいえ、邸宅の端がわかりません。

 玄関までのテラスは十数段もあり、赤く幅広い絨毯がひかれている。

 順番を待ち、馬車から降りる。

 アンソニー様に手を取られつつ、ゆったりとした音楽が流れる玄関ホールを歩く。

 魔石をちりばめた大きなシャンデリアに、細かな金細工の入った白磁の陶器や美術品。それらが招待客の目を楽しませている。

 ……もちろん、わたしにはそんな余裕はない。


 緊張するわたしを会場のすみへと連れてくると、アンソニー様は給仕の人からグラスをもらってくれた。

 お酒ではない、冷たいレモン水のようなもの。

「落ち着いて、エメリー」

「は、はい」

 そう。今夜は偽名でエメリー・モンドルという、本当に伯爵家遠戚のモンドル家の娘ということになっている。

「挨拶は後になるだろうから、今のうちにこの会場の雰囲気になれるんだよ」

「わかりました」

 小さくうなずいて、きらびやかで、それでいてあちこちで小さな話し声と視線が絶えない会場を見渡す。

 たぶん、無意識にブランを探したんだと思う。

 たくさんの招待客に交じって見える給仕はどれも同じ格好で、動き回っているから見つけることはできなかった。

 

 やっぱりいないなぁ。


 そんなことを考える余裕ができた頃、ふと見覚えある一人の男性を見つけた。

 少し遠くにいたものの、その人もこちらを見ており、目が合った瞬間に、そのきれいな緑色の目が細められたのがわかった。

「~~~~!」

 ビクッと肩が震えるのと、アンソニー様が少し驚いて呟いたのは同時。

「うそ。もう見つかった」

 ひぃいいい! やっぱりですか!?

 緊張とは言い難い何かで体が動かなくなっている間に、その人目に付く容貌の銀髪の男性はツカツカとこちらに歩み寄る。


「久しぶりだな、アンソニー。……そして」

 その先は何も言わなかった。

 でも、言いたいことはわかる。

 カイン様の少しだけ弧を描いた口元を見た瞬間――わたしは土下座して謝りたくなった。


すみません。もっと頑張ります!!

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