65話
お久しぶりです。
時間がかかり申し訳ございません。
朝晩がめっきり寒くなり、冬の到来が近いことがうかがえるこの季節。
ローウェスの港町も、海賊騒ぎのあとは、徐々に船の往来が戻ってきており、少しずつ活気を取り戻している。
その港町の店の一つである『青い岬』。
すっかりご無沙汰だけど、通っていた時と同じように店の裏に降りて、フーちゃんを空になった酒樽が積まれた影へと隠す。
フーちゃんって普通のホウキとしてもキレイ過ぎるから、逆に目立ちすぎて盗難にあう。実際、二度盗まれたらしく、どちらも犯人を打ちのめしてフーちゃんは戻ってきた。
でもわたしが店で働いている間のことで、プンプンとなぜフーちゃんが怒っているのかわからず、家に帰ってザッシュさんが通訳してもらい驚いた。
そんなことを思い出しつつ、わたしは店の表へとまわる。
茶色いローブをしっかり着て、ざわざわと人の声が漏れる古い扉を見る。
久しぶりの照れくささと、緊張でドキドキしながら、そっと中に入った。
「はーい、いら……あら!」
見覚えある女性が目を丸くする。
「久しぶり! なかなか来ないから心配してたのよ」
「すみません」
ぺこっと頭を下げる。
元、同僚のファンさんはサッとわたしの前に来て、背中に手を回して奥へと勧める。
「店長~!」
ガヤガヤとわりと人が多い店内の真ん中を歩き、わたしは奥のカウンターへと歩いていく。
「なんだぁ!」
カウンターの後ろからのっそりと髭面店長が顔を出す。
「アリスちゃんですよ~」
「おう、来たか」
「お久しぶりです。あの、わたしがここに来るの知ってました?」
ファンさんの対応といい、店長の「来たか」といい、まるでわたしが来るのがわかっていたみたいだ。
またね、とファンさんが離れて行き、店長は何度か首を縦に振る。
「まぁな。二階の一番奥の部屋に行け」
「二階、ですか」
「ああ、早く行けよ。お前が来たら、こっちも料理を出していいってことになってるんだからな」
料理人を兼用する店長は、そう言ってまた奥の調理場へと戻っていく。
店の二階は三部屋の個室がある。
ローウェスが栄えていた時は裕福な商人がたくさん訪れていたので、どこの酒場もそういった富裕層向けの個室を用意しているのが当たり前だったらしい。今でも時々使われてはいるが、泥酔した客の一時的な置き場所となっていることが多い。
わたしはきしむ階段を上がり、二階の奥の部屋へと向かう。
部屋の前で立ち止まり、大きく深呼吸して気合を入れてから扉を叩く。
「失礼します」
緊張して扉を開けた先には、テーブルを囲む三人の姿があった。
最初に目に入ったのは、こちらに背を向けて座りながら、わたしが入ってきたので振り向いていたブラン。
ブランの前――つまり、テーブルの右奥には濃紺の髪を三つ編みが特徴的な、風の魔法使いのディゼさん。
そのディゼさんの隣りに、見たことがない男性が座っていた。
金色の短髪で、黒縁メガネの知的そうな男性。年はカイン様と同じくらいだが、一見して近寄りがたい雰囲気がある。
いわゆるインテリ系ってやつかな。
商人という風情でもないし、どちらかというと貴族の人みたい。そう、オーラっていうのかな、なんか違う。
入り口近くて立ったままのわたしに、その人は目を細める。
あ、見てたのバレた。怒った?
初対面なのになぁと思っていたら、ブランが立ち上がって近寄ってきた。
「なに突っ立ってんだよ。こっち」
そう言って、空いている自分の隣りにわたしを引っ張っていく。
結局あいさつもせず席につく。
座ったものの挨拶すべきだと口を開きかけると、先にディゼさんがうなずいて話し始めた。
「さて、アリスさんが到着したので、まずは自己紹介をしましょうか」
その言葉に、黒縁メガネの男性が黙ってディゼさんを見る。
黒縁メガネの男性の視線に気が付き、ディゼさんが苦笑する。
「ああ、実は彼女何も知らないできたんですよ。魔法省のブライント第二議長様から“緋炎の魔女”の家へ連絡をとってもらったのです」
その連絡って宛名の本人以外開封ができない、という魔法の手紙じゃないかな。
……いつ手紙きたのかな。ていうかどーして外出してたザッシュさんが、帰ってそうそうわたしに言うの? ばぁーちゃん寝てるっていってたし。
あー、もしかしてばーちゃんがオルドに行ってる時に手紙が来たとか。そしてそれを開封――なんでできるのかな、あの人は……。
本当に謎ばっかりだな、あの大家さんはっ!
実はザッシュさんから手紙をもらったあと、ばぁーちゃんの部屋に言ってみたけど、扉に『起こすな 危険!』と張り紙がしてあったので断念。
……怖い。危険とか、いったい何が起こるんだろう。
昔、『起こすな、厳禁』とあったのに起こしたら、縄でグルグル巻きにされて庭の木に吊るされ、下でたき火された。ちなみにばーちゃんは、ベーコン炙ってお酒飲んでぶつぶつ愚痴ってた。
……熱いって言ったら、自分の魔力で中和しろっていきなり修行になった。
自分に伝言が伝わった経緯を思い出していると、ふいに大きなため息が聞こえた。
見ると、黒縁メガネの男性が片肘をテーブルについて頭を抱えている。
「……あいつになんと言われるか」
黒縁メガネの男性の小さな呟きに、ディゼさんが真面目な顔で答える。
「今のログウェル伯爵家には接触しない方が無難です。あのニセ令嬢はともかく、彼女が招いた使用人が滞在し始めましたので」
「最悪だ。だが、しかたないな」
もう一度重いため息をついて、黒縁メガネの男性が顔を上げてわたしをみた。
……どこかで見たような気がする。
じぃっと不躾に見ているわたしに、黒縁メガネの男性は少しだけ笑みを浮かべる。
「君に会うのは二度目だが、君は眠っていたし、わたしも妹にかかりっきりで余裕がなかったからね」
「妹?」
「妹の名はマデリーン。わたしは兄のアンソニーだ」
「えっ!?」
わたしは飛び上がらんばかりに驚く。
だってマデリーン様のお兄様といえば、次期アデライト伯爵で、この間たっぷりカイン様から怒られた、あの仮面舞踏会にカイン様を連れてきた人!
サッと血の気が引いた時、タイミングよく部屋の扉がノックされる。
ブランが返事をすると、入ってきたのは料理を持った女性が二人。
笑顔でテーブルにどかどかと大皿の料理を並べ、女性二人のうち、ファンさんはわたしにウィンクをとばしてにこやかに去って行った。
おいしそうな匂いが漂うが、わたしは絶賛硬直中。
軽食をつまんできたとはいえ、このおいしそうな料理を前に食欲がわかないとは……。
「まぁまぁ、そう緊張しないで」
軽く声をかけてくれたのはディゼさん。
ブランもうなずく。
「そうだぜ。別にお説教とかの話じゃないんだし」
「え? じゃあ、御用はなんでしょう?」
てっきり、大事な妹に近づくなって話かと思った。
夕方ザッシュさんからもらったマデリーン様からの手紙は、なぜか大部分が黒く塗りつぶされており、ところどころにある「ごめんなさい」や「無事に帰ってきて」など、あまりよろしくない言葉だけが残っていた。
家族の方が内容を確認したのか、とかなり落ち込んだ。
だから、黒縁メガネの男性がマデリーン様のお兄様だと聞いて、わたしは硬直したのだ。
少しだけホッとしたものの、わたしの緊張は完全にはとれない。
「用件は少し長くなる。まずは食べよう」
そう言ってアンソニー様はふっくら焼いた魚に、熱い油をかけた魚に手を伸ばす。
「では」
「ほれ、お前も」
ブランがわたしに取り皿をくれる。
えー! 気になるんで先に話そうよ、とは言いたくても言えない。
わたしはとりあえず、一番近くに置かれたエビの塩揚げに手をつけた。
ああ、やっぱりしょぱ過ぎるけどカリッとしたこのエビのフライは最高だよ、店長。
『俺の体は揚げ物の追及でできている!』と、自慢げに、揚げ物には妥協しない自分を褒めているだけのことはある。
気はすすまないものの、わたしもゆっくり食べ始める。
そうして料理の大部分がなくなった頃、アンソニー様がお酒を口にして手を止めた。
「さて、そろそろ本題に入ろう」
その言葉にわたしを始め、全員が顔を上げる。
私たちを一通り見たあと、アンソニー様は手にしていたお酒の陶器のコップを置く。
「最初に言っておくが、わたしはカインの友人だ。そのカインが大事にし、わたしの妹の友人でもある君を巻き込むことは不本意なことだ。本来ならカインに了承を得てから協力して欲しかったのだが、面倒なメス猫が入り込んでいるので、了承をもらうことができなかった。あとで一緒に怒られよう」
「えっ……怒られるんですか?」
「たぶん、な」
真面目な顔をしたまま、アンソニー様は重々しくうなずく。
……嫌です、とは言えない雰囲気に、わたしはチラッと目線だけ動かしてブランを見るが、彼も小さくうなずく。――諦めろ、と。
不安気に黙るわたしに、アンソニー様は難しい顔のまま話を続ける。
「まず、ロードル侯爵家というのは知っているか?」
「はい。ミレル様を養女に迎えられたお家ですね」
「他には? 当主のことは知っているか?」
わたしはザッシュさんの言葉を思い出し、戸惑いながらもうなずいた。
「……断絶する侯爵家、と伺ってます」
「結構。四十年ほど前の事件は知っているか?」
もう一度わたしがうなずくと、アンソニー様はようやく表情を緩めた。
「手間が省ける。君の一族とも因縁のある話だからな。そのロードル侯爵家で、シーズン外れだが夜会が開かれる。その夜会へわたしと出席して欲しい」
「わ、わたしが、ですか?」
「そうだ。もともとはマデリーンを伴うつもりだったが、状況が変わってな。マデリーンは急病で臥せったということにして、遠縁の娘として君に参加して欲しい」
わたしは焦って目を泳がせるが、ディゼさんもブランもうなずくばかりで、すでにこれは決定事項なんだと言っている。
「わたしで何かお役にたてますか?」
「そうだな。君は魔女の卵だ。だから魔力の流れを感じることができるだろう。それを探して欲しい」
「魔力の流れ? 魔道具ですか?」
アンソニー様はゆっくりと首を横に振ると、まっすぐにわたしを見据える。
「探して欲しいのは初代“緋炎の魔女”の指輪だ。四十年前、魔法省と聖教の共同管理下された偉人の宝物を納めた教会から盗まれ、無事に戻ったはずだったのだが、最近になってそれが偽物だと判明した」
「偽物って、その指輪が大切なのはわかりますが、どうしてロードル侯爵家にあると?」
「その指輪は四十年前に一度失われ、オルドの町で発見された。つまり、あの事件の首謀者であるモラス殿下が持っていたとされている。だが、現場に落ちていた指輪が偽物だと分かった今、疑うべきは殿下の息子であるフラベル・イル・ロードル氏であるということだ」
わたしは眉間に皺を寄せる。
「……その指輪がなんでオルドに持ち込まれたんですか? ただの指輪、とは違うってことですよね」
アンソニー様はうなずく。
「ログウェル伯爵家の古い文献に載っている話から、初代“緋炎の魔女”の指輪は、彼女の使役する魔獣との契約の証ではないかと推測されている。王家の文献にもそのように書かれており、モラス殿下が魔獣を使役するために手に入れたと推測されている」
魔獣、と聞いて背筋に冷たいものを感じた。
一度儀式に立ち会っただけなのに、あの引きずり込まれるような感覚がよみがえる。
顔色を悪くしたわたしに、アンソニー様は続ける。
「あの日、現場は混乱し、そうそうに指輪は教会に戻され長いこと確認されることはなかった。だが、二週間ほど前、当代の“緋炎の魔女”が確認に訪れ、偽物と判明した。その件でシナス氏が単独で動いていたのだが、数日前から消息不明となった」
「……シナスさんが探した所というのは……」
「ロードル侯爵家潜入とまでは連絡が来ている」
ひゅっと息を飲む。
シンとなった場に、階下からの賑わいだけが響く。
腕は確かだとイパスさんも言っていたほどの人だったのに、行方不明となってしまった。
「例の子爵によるメス猫排除はどうなっていますか? あまり進んでいないようですが」
ディゼさんの質問に、アンソニー様がうなずく。
「大ぴらに接触ができないので、こっそり裏で手をまわして手紙を送ったそうだ。あの娘が好みそうな派手な夜会の招待状をな」
「そうですか。子爵もお気の毒とはいいがたいですが、まぁ一役買っていただけるなら、いくらか目をつぶると上からも言われていますので」
子爵? メス猫? あれ、それってもしかして……。
なんとなく話の流れから想像していたわたしに、アンソニー様が気が付く。
「そうか。まだ君には話が来ていないんだな。カインも接触していないということだから、ついでに教えておこう。今カインのところに居座っているミレルという娘は本物のミレル嬢ではない。よく似た赤の他人だ」
「そうなんですか!? でも、ミレル様のお兄様は何も」
「彼も最近知ったのだよ。父親の葬儀で棺を納めるとき、縁のある教会に遺書が残されていた。本来なら掘られるはずの位置とは違った位置を、その遺書で指定していたのだよ。後日不審に思い、彼が本来の場所を掘らせると、小さなひつぎがあったそうだ。その中の人物は、彼が療養に行く妹に渡した万年筆と眠っていたそうだ」
わたしの目が大きく見開かれる。
ディゼさんとブランは無言で目を閉じる。
「フィレイジー氏は覚悟していたそうだ。そうして我々に協力を申し出てきた。ロードル侯爵家へ、シナス氏が潜入できたのも彼の働きだ。フィレイジー・ファービー子爵に偽物令嬢の件は任せてある。君を伴う夜会には彼女は来ないだろう。だから君の顔を知る者はカインくらいだと思うが」
「か、カイン様も夜会に出席されるのですか?」
「ロードル侯爵家がログウェル伯爵家と懇意であると見せつけ、盛り返しつつあるログウェル家に近づこうとする奴らへの牽制をかけるつもりらしい。そこに養女とはいえ娘を伴わせれば、半ば婚約ではと噂されるのも時間の問題だ」
婚約。
その言葉を聞いて、わたしは無意識に手を握り締める。
「まぁ、そういうわけで、君を無断で巻き込んで夜会に連れて行くとなると、カインが何を言うか想像できないくらい恐ろしい。と、いうわけで、一緒に怒られよう」
今日一番の深刻な顔で言われ、わたしの中の婚約という懸念が一気に吹き飛ぶ。
……そんなに怖いことになりそうなんですか? アンソニー様。
読んでいただきありがとうございます。