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ふくらし魔女と苦労性伯爵  作者: 上田 リサ
6.カイン様のために……(仮)
65/81

63話

お…お久しぶりです。

 翌朝、わたしはオルドの町を出発した。

 見送ってくれたのは町長さんのご家族。特にケティさんは目に力を込めて腕を小さく上下させていた。ガッツですか?

 帰りの馬車は急ぐ必要はないからか、ゆっくり進む。

 護衛のビィラウさんも、馬でゆっくり並んで歩く。

 馬車の中でわたしは、じっと誰も座っていない対面の席を見ていた。

 行きはカイン様が座っていた場所に、今は誰もいない。

 ……いや、正確にはケティさんがビィラウさんの娘さんへと、半ば強引にプレゼントした編みぐるみのウサギが三匹座っている。


 どうしよう。早く帰りたい気もするけど、何か大変なことがあっていたら嫌だなぁ。また泥棒とかかな。それとも盗賊? フーちゃんを使って飛ぶしかできないわたしなんて、何の役にも立たないし。

 

 はぁっとため息をついて気が付く。

 余程のことがあれば、きっとフーちゃんが迎えに来ているはずだ。だけど来ていないということは、そう大変なことじゃないのかもしれない。

 ……でもカイン様の様子が変だったし。

 急ぎの仕事かな。でもそれだったらあんな台詞言わないよね。

 信じてほしいなんて、なんか覚悟しておかなくちゃならないようで、わたしますます不安になっていくんですけどっ!!

 もやもやした気持ちをお土産のウサギにぶつけるわけにもいかず、わたしは馬車の中で悶々とした気持ちのまま黙りこくっていた。

 休憩時にビィラウさんが「大丈夫か?」と心配してくれたが、どう言うわけもいかずから元気で「大丈夫です!ちょっとお尻が痛いだけです」と自虐ネタで誤魔化した。

ビィラウさんがなんとも言えない表情をしたので、たぶん誤魔化せてないけど。

 その夜は途中の宿で一泊。

 あんまり寝れない夜を過ごし、そのせいで馬車の中ではうとうとして時々目を覚ますけどほとんど寝ていたみたい。


 休憩のたびにビィラウさんから起こされ、そうこうしているうちに昼過ぎにはカサンドの町が見えてきた。

 馬車の窓から見える街並みがどんどん近づいてくる。

 それを窓にへばりついてわたしは見ていた。

 もうすぐカイン様のお屋敷に着く。その時なにが待っているんだろう。

 いつも通りにぎわう大通りの中に見知った人たちを見つけ、わたしは帰ってきたなと実感する。別に大した日程じゃなかったけど、内容は凝縮されていたなぁ。

と、しみじみしていた時、コトンと馬車が止まる。

「ん? 着いたのかな」

 顔を上げて窓の外を見るが、そこは町並みの中。お屋敷まではまだ距離がある。

 何かあったのかな、と思っていると馬車の扉が軽く叩かれる。

「はーい」

 鍵を外して扉を開けると、ビィラウさんが立っていた。少し後ろに男の人がもう一人立っていて、わたしを見て軽く頭を下げる。

「あの?」

 とりあえず会釈したわたしに、ビィラウさんはなぜか難しい顔を向けた。

「アリスさん、予定変更だ。あんたはこのまま家に送る」

「え?」

「俺は今から急いでお屋敷に戻る。あんたはしばらくお屋敷に近寄ったらダメだ。いいな?」

 わたしはポカンとした表情をすぐに消し、ぎゅっと唇を一度結ぶ。

「何かあったんですね」

「そうだ」

 特にビィラウさんは隠そうとしなかった。だけどビィラウさんを迎えにきたであろう後ろの男の人は、少し咎めるように目を細めてビィラウさんを見た。

「……わかりました」

 カイン様の指示だ、とわたしはそれ以上追及するのを止める。

 席に腰を下ろそうとして、ふと目に入ったものに気が付く。

「あ、ビィラウさん!」

 閉められようとしていた扉が再び開く。

 真顔のビィラウさんを見て、今聞くのは場違いだと思ったが今しかない。

「あの、これどうしますか?」

 わたしが指差したのは、編みぐるみのウサギ三匹。

 馬で移動するビィラウさんの荷物に加えてもいいが、文字通り括り付けることになるので目立つし、何よりせっかくの編みぐるみが汚れそう。

 ビィラウさんは恥ずかしそうに目線をそらす。

「……このまま馬車に乗せておいてくれ。代金をもらうためにこの馬車はお屋敷に戻るからな」

「わかりました」

 今度こそ扉は閉められ、馬車は静かに動き出した。


。・☆。・☆。・☆。・☆。・☆


「ただいまー!」

 簡素な玄関をくぐれば、家の奥からフーちゃんが文字通り飛んできた。

「フーちゃん!」

 荷物をその場に落とし、わたしとフーちゃんは抱き合う。いや、わたしが抱きしめる。

「戻ったのか」

 二階からザッシュさんも降りてきた。

「ただいま帰りました。あの、ばぁーちゃんは?」

「さぁ。またどこかに行っている」

 特に歩みを止めないまま、ザッシュさんはリビングの木のイスにゆっくりと腰を下ろした。

 そしてわたしを見ないまま、どこか遠くを見る。

「……で、ちゃんと見て聞いてきたか?」

「え?」

「オルドの封印だ」

 なぜか忌々しそうにザッシュさんは目を細める。

 わたしはザッシュさんが知っていることに驚いて、抱きしめていたフーちゃんを離した。

「知っているんですか?」

「全部な」

「カイン様のことも、ですか?」

「あぁ。滅びそうな弟の家系の一族。日陰の一族と言われながら、実はあれが一番重要な一族だというのに」

 目を閉じ、はぁっと呆れたように大きなため息をつく。

 そんなザッシュさんをわたしはじっと見る。

「……なんだ」

「ザッシュさんって何者ですか」

「お前たちの大家だ」

 過去に何度も聞いた返答だったが、今日のわたしは引き下がれない。

「うそうそ! ただの大家じゃないでしょ」

「そうだな。同居もしている」

「違いますっ! そういう意味じゃなくて、ザッシュさんは魔法使いなんでしょ!? それも無登録の。違法なのによく見つかりませんね」

「俺は魔法使いじゃない。何度も言っただろう。ジェシカと古い付き合いのある大家だ」

「どのくらい古いんですか」

「そうだな」

 珍しく乗ったザッシュさんは、一度目線を遠くに投げてにやりと笑う。

「相当なジジイかもしれんぞ」

 ばぁーちゃんに続き、まさかザッシュさんまで謎のアンチエイジングですか!? やめてよ。

 むぅっとふくれたわたしに、ザッシュさんは笑みを消して目を細める。

「俺のことはどうでもいい」

「良くありません」

 憮然としているわたし。

「俺のことがどうでもよくなる話をしてやろう」

「え?」

 そう言ったザッシュさんだが、別にわたしをからかうとかそういった意図はないようだ。むしろ面倒そう。

「今ここで知ったほうがいいだろう。外で知れば面倒だ」

「何がです」

「小僧の屋敷に婚約者を名乗る女が押しかけている」


……は? 婚約者、ですか?


緩く口を開けたまま立ち尽くすわたしの周りを、フーちゃんがそっと気遣うように動く。

「そ、それってお姫様ですか?」

 確かアマティア姫が婚約者候補だって話だった。……わたしもだけど。

 だがザッシュさんは首を横に振る。

「姫じゃない。ロードル侯爵家の娘、と言っても最近引き取った養女だ」

「養女?」

「元ファービー子爵令嬢のミレル嬢だ。兄が家督を継ぎ、不祥事の後始末真っ只中の子爵家から、ロードル侯爵家へと迎えられた女だ」

「み、ミレル様が!?」

 グレーゾーンどころか、先代のファービー子爵は間違いなく手駒だった。一般的にもいろんな良くない噂のある、そんな家のお嬢様がより位の高い侯爵家の養女になるなんて普通じゃない。

「ロードル侯爵家はろくでもないところだ。誰を迎えようと今代限りで断絶が決まっている侯爵家だ」

「だ、断絶?」

 断絶が決まっているって、それって何やらかしたんですか。

 説明を目で訴えていると、ザッシュさんはため息をつきつつ説明をしてくれた。


 今から約四十年前。イグナート様とばぁーちゃんの婚姻話がでるきっかけとなる事件が

あった。

 当時の王(先代王)の弟であるモラス殿下は優秀ではあったが、あまり人望はなく、自分に甘い兄がいることをいいことに、かなり好き勝手していたらしい。

 その行為を諌めるために臣下として公爵家を彼に与えたが、逆にモラス殿下は不服と怒り心頭だった。また、彼は兄の妻、つまり王妃に横恋慕していたという噂もあった。

 はっきりと線引きされた立場。愛しい女性にも気軽に会えなくなり、次第に彼は自分を褒め称ええるだけの派閥を作っていく。

 そんな中、彼は王城のどこかで“緋炎の魔女”の契約獣の存在を知る。

 裏の根深い人脈を集い、彼はオルドの町の秘密。そしてログウェル伯爵家、現代に続く“緋炎の魔女”の儀式を知った。

 モラス殿下は十に満たない息子と、自分を敬う信者をつれ秘密裏に行動を起こす。

 契約獣をわが手にと願う弟の暴挙に気が付いた王が、あわてて兵と当時の“緋炎の魔女”、そしてばぁーちゃんとイグナート様とともにオルドへ向かった。


 結果として契約獣の復活とはならなかった。

“緋炎の魔女”とばぁーちゃんの二人が必死に抑え込み、イグナート様が残骸を分散させる。

 だが、復活を試みたモラス殿下陣営は被害が甚大だった。

 一瞬でも一部が復活したせいで、モラス殿下の陣営は炎に包まれた。彼をはじめほとんどのものが死に、一部が重傷を負った。

 焼死したモラス殿下の下から、彼の息子が重度のやけどを負いながらも助け出された。

 息子への愛はあったのか、と王は途方に暮れ、数人の貴族がかかわったこの事件を汚職事件として処理することを決めたという。

 公爵家は廃され、生き残った弟の子は王族の身分を剥奪。王は関係者の中で一番位が高かった、ロードル侯爵家の娘と結婚させた。まとめて監視するためでもあったのかもしれない。 

本来なら王位継承権を持つその子が、当代のロードル侯爵家当主。

 重度のやけどの後遺症から子の出来ない体の当主と、罪人として裁かれた侯爵家の娘。夫婦仲はないに等しく、ただ公にされないものの、断絶を待つだけの侯爵家。

 そこへ養女となったミレル様。当然養女となっても意味がない。ロードル侯爵家の後ろ盾などないも等しい。


「……もしかして、黒幕って」

「なりふり構っていられんのだろうな。若造のエサに食いついてきた」

「ミレル様かわいそう」

「かわいそう?」

 ザッシュさんはひょいっと片眉だけを上げる。

「バカをいうな。あの女が本物かどうか、兄の子爵が疑っている。お前も妙な親切心をだすな。あれも敵と思え」

 うんざりした顔でザッシュさんは肩をすくめる。

「ミレル様もやっぱり?」

「お前がそんな調子だから、若造も距離を置いたんだ。勝手に近づくな」

 それだけだ、とザッシュさんは立ち上がる。

「……少し出る」

 短く言うと、ザッシュさんは振り向かないまま外に出て行った。

 ぽつんと残されたわたしは、自分自身にため息をついた。

「フーちゃん、わたしって全然カイン様のお役にたてないみたい」

 どうしたの? といわんばかりにフーちゃんの柄がぐいんと曲がる。

「しばらくお屋敷にはいかない方がいいよねぇ。カイン様とミレル様が仲良くしてるとこなんて見たくないし」

 こくこくとフーちゃんは同意してくれる。

 ふと顔を上げると、台所の竈の隅に小麦の麻袋が見えた。


 そうだね。これなら……。


 わたしは急いで荷物を部屋に放り込むと、エプロンをひっかけて台所に立つ。

「フーちゃん、わたし今からパンを焼くわ! できたら、カイン様のところへおつかいに行ってくれるかな?」

 フーちゃんは毛の部分を一部持ち上げ、どんと自分を叩いた。


 よし! おいしいパンを作るぞっ!!


読んでいただきありがとうございます。

恋愛には王道のパターン(笑)。

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