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ふくらし魔女と苦労性伯爵  作者: 上田 リサ
6.カイン様のために……(仮)
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61話

お久しぶりです。ご無沙汰してます。

えーっと、今回この物語一番の甘い(?)話になっております。

塩煎餅食べたくなりました。上田の恋愛スキルのなさが反映され、多くの方には「この程度か」と言われそうです。

 き・ま・ず・い。


 カポカポとゆっくり歩く馬の背に乗ったわたしの視界は、規則正しく上下に動く。

 わたしの顔は前を向いているが、視点は定まっていない。

 左向いたり~、右向いたり~してもどっちも草原。じゃあ、と目線だけ上を向ければ眩しい日の光に、そう長いこと見ていられない。だからと言って下を向くと……。


 あるんだよね、手綱を握るカイン様の両手が。


 わたしは馬に乗れない。だから儀式の場へもカイン様の前に乗せてもらってた。

 片道だけで馬に乗れるようになったら苦労しないっていうか、馬は一頭しかいないのに、わたしが馬に乗って帰るわけない。カイン様放置、とかどんだけわたし酷い女なの。

 かといって「町まで走りますっ! じゃっ!」と、片手を上げて清清しく退場することもできなかった。まず、距離考えれば無理。何より逃げたところですぐ体力が尽き、カイン様に追いつかれて醜態をさらすこと間違いなし。

 そんなこんなで、今に至る。

 朝来た時と同じになるのは自然な流れ……な・ん・だ・け・どっ!


 きまずいっ!


 もうすでに何度も頭の中で繰り返したことを、またわたしは思い出す。

 ばぁーちゃんが去って、お互い目線を合わせないまま立ち尽くしていた。そしてどのくらい時間が経ったかはわからないけど、馬がようやく起きた。

「帰ろうか」

 気がつけばそう言う、カイン様の声。

 ハッとして顔を上げると、岩の端へと歩くカイン様の後姿。

 カイン様の後を追って岩の端へ行くと、そこには馬に跨ったカイン様がいて、その時ようやく顔を見れた。

 当然のように硬直してしまったわたしに、カイン様はやんわりと笑って両手を差し伸べる。

 いつもなら「よろしくおねがいします!」と、遠慮なく飛べたのだが、今の状態でそんなことできる女じゃない。逆に躊躇して固まってしまうヘタレ。自意識過剰と言えばいいのかな。


 でも……前世においてもまったく経験のないことなんだよっ!

 どーしたらいいんだ、わたしっ!


 顔は硬直したまま赤くなっていたかもしれない。逆行で見えなかったなら、感謝する。

 とにかく固まってしまったわたしを、カイン様はしばらく待ってくれた。が、やはり動かない……いや、動けなかった。

 そこでカイン様は足を(あぶみ)に乗せたまま腰を浮かせて立つと、ぐいっとわたしの手を引いた。それはもう、ほとんど引っ張られて落ちた、としか言い様がないものだった。

「ひぁっ!」

「さ、帰ろう」

 かわいくないわたしの悲鳴はそのままに、馬上でくるりと方向転換させられたわたしは、カイン様の腕に挟まれる形で跨った。


 そして、現在まで無言が続く。


 うな垂れるわたし。

 せめて馬を走らせてくれると、どこかに必死にしがみついていろんなことを考える余地すらなくなるだろう。だが、そんなことをすれば、まずわたしは落ちる可能性が高い。ついで酔うかもしれない。

 落ちるのも嫌だが、酔ってカイン様にアレコレ世話を焼いてもらうのはもっと嫌!

 まぁ、カイン様が騎乗になれない女性を伴って馬を暴走させるとかありえないけど。

 だけど、この無言。沈黙。どうにかしたい。

 前世において恋愛スキルなんざ皆無。あるのはおっさんや同僚の下ネタを、華麗にスルーするという特技。前世社会において有効だったこのスキルは、今の状況ではまったく役に立たない! 

 恋愛経験ゼロ!

 恋愛相談件数、したこともされたこともナシ!

 神社のおみくじ。大吉にも関わらず『恋愛:待ち人来ず』とか、とんだぬか喜びだよ! その代わり『仕事:万事叶いし』。プロジェクト成功だっと、心の中でガッツポーズしたわたしがいたなぁ。


 ねぇ、どうしよう。誰か教えて? この沈黙を打破する最良の策をっ!


 いつも通りでいればいい、とはわかってる。 

 だが、それは二つの結果をもたらす。

 一つ目。普通に返事が返ってくる。これにより、わたしの自意識過剰を確定。カイン様意識し過ぎなわたしの失態っ! 告白前に失恋するってこういうことかな、という虚無感が生まれるだろう。

 二つ目。ぎこちない会話。それも短く終わり、再び沈黙するという無限ループに入る。よく言えばお互い少なからず好意を頂いている、ということだろう。だが、このギクシャクした関係はそのまま自然消滅する可能性が極めて高い。

 そしてわたしは、この二つの可能性を打破するスキルがないっ!!


 ばぁーちゃんの、バカァアアアアアアアアア!!


 大地に両足を踏ん張り、胸がはちきれんばかりに息を吸い込み、腹筋に力を入れ全力で叫びたい。 

 構ってくれる過保護な義理の祖父、として認識していたカイン様の実は婚約者候補でしたよ、だなんてどうすりゃいいのよっ!

 あれっ!? でもばぁーちゃんとカイン様って書類上だけとはいえ、夫婦なんだよね。

 え? そこどーするんだろう。

 ……なんか抜け道があるんだろうな、というか、抜け道用意してるんだろうなぁ、あのばぁーちゃん。


 カイン様もわたしが候補ってことは、知らなかったってわけじゃなさそうだし。

 そう考えると意識したわたしの態度に、カイン様もどうしたらいいかって悩んでるってことかな。

 その結果が沈黙って、それってわたしのせい!?

 あぁーもう、心の中じゃこんなにもペラペラしゃべっているのにねっ!

 意味もなく叫びたいっ!

 イヤァアアアアアアアアア! とか、ヒャァアアアアアアア! とか。あとは……。


「……ス、アリス」

「ひゃいぃっ!」

 またしてもかわいくない声が出た。

 ……もう、穴があったら入りたい。埋まりたい。

 心の中で絶賛大絶叫中だったわたしは、カイン様からの呼び声に、心臓が飛び上がるほど驚いた。

 今も心臓がドキドキしている。

 がっ、後ろは振り向かない。

「もうすぐ町に入る。日も高いこの時間に、騎乗しているのは目立つから下りようかと思うんだが」

「はっ、はいっ! 下ります、下りますともっ!」

 カイン様から離れられる、と思ったわたしは軽くテンパッていたらしい。

 まだ馬が足を止めていないのに下りようとして、慌てたカイン様から強く抱きとめられるという失態を犯した。

「!」

「危ない。ちゃんと下りる時は手を貸すから」

 窘めるようなカイン様の声が上から響く。

 わたしは黙ってうなずくしかできなかった。


。・☆。・☆。・☆。・☆。・☆


 結局馬上で体制を整えられなかったわたしを、カイン様は中心地に入る少し手前の農村部で下ろしてくれた。そこからは馬とカイン様が前を並んで歩き、その後ろをわたしが続く。

 わたしは時々前を行くカイン様の背中を見るものの、ちょっとでもカイン様が首を動かそうとするなら、サッと横に顔をそらした。

 多分、カイン様も気がついている。

 たまーに肩が小刻みに揺れているもの。

 あれ、間違いなく笑いをかみ殺しているよね。

 何回目かの震えを見たのは、町の中心地に入ってからだった。

「そういえばお腹すかないかい? ペルジャという、甘辛い肉を挟んだパンが人気なんだよ」

 振り向かないのはせめてもの気遣い、だろう。

「たっ食べてみたいですっ」

 口調が少し強くなったのは、もはや動揺としか言い様がない。

 本当はお腹だってすいたかどうかわかならない。だけど、朝から食べてないからいい加減お腹がすくはず。そうなったら、お腹の音がどこでなるかわかったもんじゃないっ!

 よく今まで鳴らなかったな、と自分を褒めたい。


 北道が賑わってすぐのところに、噴水のある大きな広場があった。

 カイン様は噴水のところまで来ると、わたしに馬の手綱を預け屋台に歩いていく。

 馬は遠慮なく目の前の噴水の水を飲み始める。

 その姿を眺めていると「お待たせ」とカイン様の声がした。

 顔を上げると、二つのパンを持ったカイン様が立っていた。

「あ、あの」

「汚れるかもしれないから、気をつけて」

 はい、と差し出された手には、厚めのパン生地で包み込むように、茶色いタレいっぱいの肉と少しの野菜が挟まれていた。

 湯気と、甘辛い良い匂いが鼻をくすぐる。

 とたんにわたしの胃がぐるっと動き出すのを感じた。

「おいしそう!」

「あったかいうちに食べよう」

「はいっ」

 喜んで受け取ったわたし。

 噴水の縁に座ったカイン様が微笑んだのを見て、しまった! と気がついた。

 色気より食い気。

 しかし、この匂いに抗えるわけがない。人間の三大欲求の一つである『食欲』。ここで我慢して後でお腹を鳴らしますか? 答えはノーだ。

 わたしもカイン様の横に座る。

 ペルジャは角煮饅頭みたいだ、とわたしはタレが滴りそうな端っこにかぶりついた。

 甘いベースのタレが肉汁と一緒に口の中に広がり、ぶ厚いパンがそれを全部吸い込んでいく。

「おいしいっ!」

「だろう? おかわりする時はまた買うんだ。そうしなきゃ、パンにタレが染み過ぎて美味くない。ついでに冷めるからね」

 すでに半分食べ終えたカイン様。一度失敗した経験があるんだろうな。

 黙々とペルジャを食べていると、途中でカイン様は二つ目を買いに立つ。そしてそれをカイン様がまた半分食べた頃、ようやくわたしも一つ目を食べ終えた。指についたタレを舐めるのはご愛嬌。

「やっと笑ったね」

 美味しいものに釣られて、わたしは無意識にニヤニヤしていたらしい。

 ハッとして口元を引き締めるも、カイン様は噴き出した。

「はははっ! そういう意味じゃないよ。ずっと難しい顔ばかりして、全然話さないから」

「……笑わないでください」

 今度こそわたしはブスッと口を尖らせた。

「ごめん、ごめん。でも、気持ちが分からないでもないよ。いきなり儀式と昔話、そして婚約者の話とか

、本当にめちゃくちゃだと思う」

 ゆっくり顔を上げると、キレイな緑色の目をした真剣な眼差しがすぐ側にあった。

「三年程前から話はあったんだ。でも領地のことで頭が一杯でね、正直真剣に考えていなかった。母が死んでから儀式には俺が立ち会ってきたが、父は一度も立ち会ったことはない。あの人は逆にログウェル家の血を恐れていた。別にそれは構わないけど、まさか恐れる余り領地経営を破綻させるほど暴走するなんて思いもよらなかった。必死にあの人なりに逃げたんだろう」

 一族が多くて骨肉の争いをする家系もあるのに、ログウェル家はずっと少数で重責に耐えてきた。そんな中に“力”のない娘婿と、“力”を持つ幼い息子が残された。父親として当主として苦労した先代は、重責に耐え切れず暴走し、没落させた。

 しかもその先代の暴走に手を貸した人達がいる。

 今も勢いを取り戻そうとするカイン様を狙ってる。

 その人達、どこまで知ってるのかな。やっぱり肝心なとこは知らない、よね。知ってたらこの国がどうなるかわかってるはずだもの。

「……実は、金山も最初からログウェル家の援助だったんだ」

「えっ!」

 と、声を上げてあわてて口を閉じる。

 苦笑したカイン様が声を下げる。

「国王陛下とババアとの密約さ。金山を選んだのはババアだけど、そこで副魔法まで使うとは思わなかった。おかげで財政が持ち直している」

「じゃあ、婚姻届も?」

「おそらく。美味い具合に二年経ったらもみ消されると思っている」

 そこは詳しく知らないらしい。

 おそるべし、王室!

 うわぁ、わたしもばぁーちゃんもとんでもないところに目をつけられていたんだ、と今更ながら怖くなる。

 無意識に腕をさする。そんなわたしの肩に、ポンッとカイン様の手が乗る。

「大丈夫だよ、アリスは何も心配要らない。アリスが嫌ならそう伝えればいいだけだ。それにまだ提案事項だからね。俺にも拒否権はある」

「え? わたしのこと嫌いですか?」


 ……咄嗟に出たわたしの空気を読めない発言で、再びわたし達の間に沈黙が降りた。


 ぎゃあああああ! わたしのバカァアアアア!!






読んで頂きありがとうございます。


アリスが最後にやらかしました……。

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