60 話
……遅くなりました。すみません。
「何度もバカな権力者が火竜を欲しがった。そしてそのたびに弟の子孫は害された。そうして火竜の一部が復活したりしたことも、何度かあったらしいよ。その度に権力者達は焼き尽くされ、残った者は弟の子孫達に泣きついたのさ。それを繰り返すうち、事の重大さに気がついた権力者、つまりはその時の王だけど、彼は弟の子孫達に封印された土地を任せることにしたのさ」
ばぁーちゃんはチラッとカイン様を見た。
「それがログウェル伯爵家の始まり。そして彼らが裏切らないように、数代に一度王族を嫁がせ血で縛り付けた。だから上位貴族ならいざしらず、地方伯爵家のログウェル家に、時々若造みたいな王家独特の銀髪がでてくるんだよ。血の契約だね」
吐き捨てるように言ったばぁーちゃんは、ふんっと鼻をならして、もう一度岩場の下の景色を見たので、わたしも一度目線を落としてから、思い切ってばぁーちゃんに聞いてみた。
「あの、王様とかって、やっぱり御存知なんだよね!? なのに、どうしてカイン様が大変な時に助けてくれなかったの?」
側でカイン様が苦笑し、ばぁーちゃんはまた呆れた目をわたしに寄越した。
「……あんた、本気でそう言ってるの? あのね、このことは極秘中の極秘なの。王族だって知らない者が多いんだ。つまり王様だけが代々知っているくらいだね。あとはログウェル家に降嫁する姫くらいだよ。まぁ、最近じゃ三女のアマティア姫が候補に上がったから、知ってるなら彼女くらいだね」
「え?」
候補? とわたしは頭の中でつぶやく。
キョトンとしたわたしを見ながら、ばぁーちゃんは続けた。
「……ログウェル家の能力が低下の一途を辿っているのを危惧した陛下がね、直系の生き残りである若造に姫を嫁がせようとしたのさ。まぁ、まだ計画途中だけどね」
「か……カイン様に?」
やっと出た声はかすれていた。
カイン様の顔は、見れなかった。
ばぁーちゃんは、わたしを見て辛そうに眉を寄せる。
「……この話は前があるんだ。……本当は、もう四十年以上前にその話は当時のログウェル伯爵、イグナート様に下った命だった」
「祖父に?」
初めて聞いた、とようやくカイン様が声を出した。
そしてばぁーちゃんは話出した。
四十年以上前、先代王様はログウェル家の虚弱体質と能力衰退に悩んでいた。
そこで、初代リリシャムの一族である”緋炎の魔女”の魔力はまだまだ強力だ、という血筋に目をつけ、すでに血の繋がりはなきに等しいログウエェル家との婚姻を提案した。
すなわち、同じ父母から生まれた姉弟が始まりなのだから、再び高い能力を持つ者がでてくるだろうという仮説をたてたのだ。
ところが問題があった。
当時のログウェル家当主イグナート様も、一族の長で、ばぁーちゃんの姉である先代”緋炎の魔女”も既婚者だった。ちなみにこの人がわたしの本当の祖母になる。
まだ”緋炎の魔女”の一族には、ばぁーちゃんという(もちろん当時は若い二十代)高い魔力持ちの候補がいたので問題はなかったが、ログウェル家の直系はイグナート様だけだった。しかも妻は妊娠中。
王族でない者が側室を持つなどできず、しかもイグナート様自身が大変な愛妻家であった。
結局、魔法省のお偉いさんが仲介役となって二人を、王都のとあるお屋敷で引き合わせた
『妻になんかなろうなんざ思っちゃいないよ。ただ伯爵様との子どもができればいいんだってさ』
どこか他人ごとのようにこう切り出したばぁーちゃんに、イグナート様は苦笑した。
『無理だ。それに次代ならもう妻が宿しているし、生まれてくる子どものことは誰にも分からないからね』
こうして終わった初めての顔合わせから三ヵ月後、イグナート様に女の子が生まれた。
この頃ばぁーちゃんは伯爵夫人のクラー様に会い、カイン様のお母様になるラナ様とも会ったらしい。
ログウェル伯爵家に次代が生まれても、イグナート様とばぁーちゃんとの間に子どもを望む声は消えず、その声に二人は酒を片手に愚痴る仲となり、クラー様は次のお子様ができないので悩み、それを二人で慰めるという奇妙な連帯関係ができた。
『うん、あたしゃあんたが好きだ。でもクラー様も好きだ。ラナも好き』
『そうだな。俺たちもお前が大好きだ。もちろんこれは家族愛だ』
『だったら、死んだらあたしも一緒に入れておくれよ』
『まぁ、いいわね! みんなでずっと一緒ね』
そう笑ったクラー様。イグナート様とクラー様、ばぁーちゃんは『家族愛』の仲だったそうだ。
「ラナが結婚する時、どういうわけかうちの家系に適当な男がいなくてね。それに好みもあるだろうし、ラナはずっと好いた人がいたからね。でもちょっと弱い男だったから、あたしがとやかく言うと夫婦仲が悪くなりそうだし、まぁイグナート様がいるからいいかって思ってたんだけど、本当にいなくなったらあっという間に没落! あの男、一度引っ叩いておけば良かったっ!!」
「……なるほど。あんたが俺にとにかくひっかかるのは、父が嫌いだったからか」
「そうだよ。ラナの子ってことで、かろうじて我慢して面倒見たんだ! これであの男に似てたら、手どころか足蹴にしてるよっ!」
あー、嫌だ嫌だと頭を振っているばぁーちゃんを、カイン様は何ともいえない表情で黙って見ていた。
そしてわたしは、ようやく考えがまとまった。
「……つまり、カイン様にもイグナート様と同じ話がきてるってこと?」
わたしはまだカイン様を直視できなかったが、カイン様からは無言の答えが返ってきた。
カイン様とお姫様の結婚、かぁ。
そうだよね。直系がもうカイン様一人なんだもんね。
どこか漠然とそんなふうに考えて、わたしは特に表情もなく立ってた。
そんなわたしのすぐ側で、ばぁーちゃんはひとしきりぶつぶつ文句を言い終えると、わたしをじっと見て不満げに目を細めた。
「なんだろね、この子。まさか一から十どころか、補足まで言わなきゃわかんないのかね。この様子じゃあたしがどれだけお膳立てしても、まぁーったく気がつかないかわいそうな子だよ。あんた、大変だね」
最後にチラッとカイン様を見て、ばぁーちゃんは視線をわたしに戻した。
「あのね、あんたも無関係じゃないんだよ。さっきも言っただろう? より強い子を残す確率を上げるためにあたしが選ばれた。つまり……今はあんたもその候補の一人なんだよっ!」
はっ?
なんて言ったの?
候補?
…………あたしがっ!?
わたしの目がみるみる大きく見開き、ポカンと空いた口をした間抜け顔をさらして硬直する。
そんなわたしを呆れた目で見ながら、ばぁーちゃんは胸の腕を組んだ。
「話が来たのは二年前だったけどさ、あんたの両親は恋愛結婚させたいと渋っているし、でも上からは言われて断れないし。あたしだって、まぁ、責任がないわけじゃないし。こうなったら四十年前に夜這いでもかけてどうにかしてれば、今回の話はなかったかもしれないって思って。でもいきなり会って、はい結婚ってわけにはいかないだろ?あんたぼーっとして、そういうのダメそうだし。だからいろいろ頑張って、そこの若造にどうにか自然に会わせようとしたんだよ。……没落する家に嫁にだすわけにはいかないからねぇ」
最後はカイン様への嫌味だろう。
だが、わたしはまだ衝撃から立ち直っていなかった。
硬直するわたしの前で、ばぁーちゃんはカイン様の方へ近づいていった。
「ねぇ、若造。アマティア姫はまだ十四才だ。姫を婚約者にすると最低二年は結婚するまで時間は稼げるが、婚約解消なんて絶対出来ない。しかも二年の間に、あんたは姫を降嫁されるようなことを成し遂げなきゃならない。持参金はかなりのもんだが、なかなか厳しい条件だよ。そこいくと、うちのアリスは次の夏には十八になる。あんたのとこに問題なく嫁ぐには二年修行して魔法使いになれば、なんの問題もなく結婚できる。そしてあんたは二年でログウェル家を立て直す。……こっちも厳しいかねぇ」
にやりと意地悪く笑ったばぁーちゃんに、いつもならカイン様も応戦するのだが、今日は黙っていた。
カイン様のその様子に、ばぁーちゃんはフンッと鼻を鳴らしてわたしへ向き直った。
「いつまで呆けてるの、あんたはっ!」
「あっ」
ハッと気がついたら、目の前には腰に手をあて「ダメだね、こりゃ」とつぶやくばぁーちゃんがいた。
「あの……その……」
しどろもどろに何かを話そうとしたわたしの口を、ばぁーちゃんは片手で塞いで、少し小さな声で言った。
「今すぐに決めることじゃない。いい加減なんの進展もないから、ちょっとあたしがはっぱをかけただけだよ。ただ、これであんたが少しは意識してくれるんじゃないかって。もちろんあたしはあんたの気持ちが最優先だ。嫌なら嫌でいいんだよ。アマティア姫はまだ何も知らないから、そのうちどっかに降嫁する。それは変わらない、王族の使命だからね」
それだけ言うと、ばぁーちゃんはわたしの口を塞いでいた手を離し、姿勢を正してカイン様を見た。
「じゃ、そういうことでっ! あとは任せたよぉ~」
場違いなほど明るい声で言うと、ぎょっとするわたしとカイン様を残してスタスタと岩の縁に歩み寄り、ぴょんと飛び降りた。
「ババァ!?」
「ばぁーちゃんっ!」
あわてて駆け寄り下を覗くが、どこを見てもばぁーちゃんの姿はなかった。
「いない……」
「……いつものことだ。いつの間にか消える」
わたしのすぐ横で、はぁっとため息をつき前髪をかきあげたカイン様と、ばっちり目が合った。
「「!」」
サッと、先に目をそらしたのはわたしだった。
気まずい雰囲気に残されたわたしとカイン様。
それは気絶した馬が目を覚まし、嘶くまで続いた。
読んで頂き本当にありがとうございます。
やっと恋愛カテゴリーらしい話が続きそうです。