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ふくらし魔女と苦労性伯爵  作者: 上田 リサ
5.”緋炎の魔女”が眠る土地
61/81

59 話

お久しぶりです、こんにちは。

 まだ薄暗い早朝の町中を、1頭の馬が駆け足で通り抜ける。

 目的地は遠いらしく、わたしはまたカイン様に前抱っこされるような形で騎乗していた。


 北道の終着点だった町長のお屋敷を背に、さらに北へと向かう。

 家の並びがまばらになっていき、やがて田畑の向こうに、一面に広がる草原が見えた。


 オルドの町を出て、その草原をただひたすら北に向かって走っていると、地形の隆起のせいか上っていることに気がついた。

 馬の走りを歩きに変え、カイン様は周囲を見渡すようになった。

 わたしが後ろを振り向くと、すでにオルドの町は小さく眼下に見えた。

「カイン様、ここは?」

 鞍の取っ手を握っていたわたしは、振り向いたままカイン様を見上げた。

 カイン様は顔をまっすぐ向けたまま、答えた。

「ここはハバール草原。火の精霊の聖地で、いくら木を植えても全く育たないところだよ。火の精霊は木の精霊と相性が悪いらしくてね。森を作れば木の精霊が定住するかもしれない、と警戒しているんだろうね」 

「確かに小さな木1つありませんね」

 生えているのは腰まであるような、背の高い草だけ。それもひょろりとして、風にさわさわとなびいている。

「こんな目印も何もないところを、カイン様は場所わかるんですか?」

「慣れると意外とわかるもんだよ」

 苦笑したカイン様に、わたしは何度も来たことがあるんだ、と気がついた。

 それを口にして確かめようとした時、カイン様の顔がパッと輝いた。

「やぁ、あそこだ!」

 手綱を引いて右に方向を変えると、馬の足を止めた。

 そうしてカイン様が指を差した場所は、やっぱり何もない草原だった。


(全然違いがわかりません!)


 あるとすれば、草の間からようやく顔を出している大きな岩のような石が、ごろりと2つ転がっていることだろうか。

「降りよう」

 わたしとカイン様は馬を降りた。

 そして馬を引いているカイン様の後を、わたしは黙ってついて行った。

 やがて足元に黒っぽい岩がごつごつと顔を出しているのに気がついた。それまではただの地面だったはずなのに、歩いて近づくと大小の石が転がっているのだ。


「やっと来たかい」


 ばぁーちゃんの呆れた声が聞こえた。

 足元ばかり気にしていたわたしが顔を上げると、大きな岩の上に立つ、ピンク色のローブを着たばぁーちゃんが、あくびをしながら立っていた。

「女を待たせるなんて。まだまだだね、若造」

 ふふんっと、岩の上から見下ろしたばぁーちゃんに対し、カイン様は余裕の笑みを返した。 

「俺に祖母は、祖父にどんなに待たされても微笑んでいたがな」

「チッ! 口の減らない奴だね」

 ばぁーちゃんの一方的な横恋慕で、なおかつばぁーちゃんの恋を受け入れたというカイン様のお祖母様には、さすがのばぁーちゃんも頭が上がらないらしい。

 岩の上で背を向けて座ったばぁーちゃんは、お前が孫でなくて本当に良かった、とか。なんであの人の孫はここまでひねくれているんだ、とか。目の色だけそっくりとか詐欺だし、とか。とにかく盛大に文句を言っていた。

 それを一通り黙って聞いた後、カイン様が口に手を添えて叫んだ。

「年寄りの小言は長いなっ! まだ時間がかかるかっ!?」

 それにすぐさま反応して、ばっと振り向いたばぁーちゃんは、顔を真っ赤にして怒鳴った。

「お黙りっ! お前なんかあの人の孫でなかったら、とうに見捨てて放り出してたのにっ!」

「まさに、血に感謝だな!」

「あの人の若い頃がお前にそっくりだなんて、やっぱり絶対嘘だねっ! あの執事め、絶対嘘ついたに違いない!!」

 ばぁーちゃんの怒りは、どうやらイパスさんまで飛び火しそうだ。

 岩の上で立ち上がったばぁーちゃんは、今度はイパスさんに対する悪口をぶつぶつ呟いているようだった。

「まったく、どこが弱っているのかさっぱりだな」

 普通のトーンに戻ったカイン様に、わたしは深くうなずいた。

「言ったじゃないですか。ばぁーちゃんは大丈夫だって。だいたい『もうすぐ死ぬかも』と言いながら、結構みんな長生きするんですよ」

「だといいがな」

 そう言ったカイン様の横顔は、とても穏やかなものだった。

 それを見てわたしも、何となく心がほっこりしていたのだが、次の瞬間ばぁーちゃんがいきなり怒りの矛先をこっちに向けた。

「ちんたらしてないで、とっととここに上がっておいでっ! 本っ当に愚図だねっ!!」

 自分のいる岩をだんだんと踏みつけるばぁーちゃんを見て、カイン様が穏やかな表情のまま頬をひきつらせたのは……きっと気のせいだ。見なかったことにしよう。


 岩はわたしの背丈以上だった。馬に乗って先に上ったカイン様が、同じく馬に乗ったわたしを引き上げてくれ、ようやくばぁーちゃんの横に並んだ。

「じゃあ、このまま動くんじゃないよ?」

 まっすぐわたしを見て、それに答えるようにうなずいたわたしを見ると、満足そうにうなずき返して岩を飛び降りた。

「あっ」

 思わず前に出たわたしを、カイン様が肩を手で掴んで止めた。

 振り向いたわたしに、カイン様が口元に人差し指をあて黙るように「しーっ」と言った。

 何か言いたかったわたしは仕方なく黙り、一歩前に出た状態でばぁーちゃんが降りた草原を見下ろした。


 ばぁーちゃんは、岩から離れたところにぽつんと1人立っていた。

 黙ってみていると、急に風がばぁーちゃんを中心に渦を巻くように流れを変えた。

 そしてだんだんと風の勢いは強くなり、ばぁーちゃんのピンクのローブが大きく風に翻弄されていった。

 それをわたしとカイン様は無言で、ただじっと見つめていた。

 と、その時だ。

 フッといままで強く吹いていた風が、突然消えた。

 そして代わりにばぁーちゃんを発生源として、赤く燃えるような輝きを放ちながら、不可思議な文様が魔法陣のように大きく広がり始めた。

 じりじりとしたから突上げるように感じる威圧感は、焼け付くような熱も帯びていた。

 気がつけば視界いっぱいに赤い魔方陣が広がっており、威圧感はどんどん強まっていた。


 ゾクッ!


 熱気が篭ったこの空間で、不釣合いなほどの寒気が背筋を襲った。

 一瞬にして足が震える恐怖のような感覚に、わたしはビクッと体を硬直させた。


(見られてる!)


 冷や汗がじんわりと出たのがわかった。

 ガタガタ震えそうなくらいの恐怖がわたしを襲うが、視線を感じたわけじゃない。ただなぜか「見られている」とわかったのだ。

 誰、かはわからない。

 ただカイン様ではない。

 例えるなら、わたしの感じる視線は獲物を捕らえた捕食者のようなもの。人外だともいうべきものだ。


 めいっぱい広がった赤い魔方陣は、やがてばぁーちゃんを中心にぐにゃりと歪んで渦を巻き始めた。

 その合わせて、ばぁーちゃんが手を広げ動かしており、それはだんだんと上に高く伸ばされた。

 もちろん魔法陣もそれに引っ張られるかのように、ばぁーちゃんのはるか頭上へと吸い寄せられるように渦を巻き、そこに真っ赤な球体を作り上げた。

 まるでエネルギーの集合体のような球体。

 でも、わたしはそれを凝視することはできなかった。

 まだまだ背筋が凍るような恐怖にとらわれていたからだ。


「アリスッ! 自分を強く持ちなっ! 引きずり込まれるよ!!」


 ハッと気がつくと、はるか先のばぁーちゃんが顔だけこっちを振り向いていた。

 続いて、ポンと肩に手が乗った。

「下っ腹に力を入れて。大丈夫だ、側にいる」

 カイン様も横についてくれた。

 するとどうだろう。

 さっきまでのあの寒気のする視線がサッと消え、最初に感じた熱気が蘇ってきた。

「仕上げだ」

 ぽつりとカイン様が呟いた。

「え?」

 顔を上げて周りを良く見ると、赤い魔方陣がほとんど消え失せ、赤い球体の中に取り込まれていた。

 そして離れて立つばぁーちゃんが、両手を空高く上げながらこっちに体ごと振り向いた。

「行くよ、若造!」

 

 何でカイン様を呼んだんだろう、と思った。


 ふいにばぁーちゃんの両手が下ろされると、それに釣られるように頭上の赤い球体がこちらにゆっくりと降りてきた。


(ばぁーちゃん!!)


 思いっきり心の中で怒鳴ったが、足は動かなかった。

 ただゆっくりと降りてくる赤い球体を見ていると、ふいにわたしの視界に手が映った。

「え!?」

 驚いてその手をたどると、それはカイン様が空に向かって伸ばした両手だった。

「か、カイン様!?」

 危ないっと叫ぼうとした時、変化が訪れた。


 にゅうっと赤い球体の一部が伸びてきて、二手に別れてカイン様の両手に吸い込まれていったのだ。

 それもどんどん加速して……。


 何が起こっているのかわからないまま、わたしはただ呆然とすぐ隣で起こる光景を見ていた。


 カイン様はただ真っ直ぐに赤い球体を見ていたし、苦悶の表情もなく淡々としていた。


 やがて数分もせず、最後の一筋がカイン様の手の中に消えた。


「ふぅ」

 安堵するかのようにカイン様が息をつき、それに合わせてわたしの時間も動き出した。

「かっ、カイン様今のって何ですか!?」

 詰め寄るように言ったわたしに、カイン様は困ったように微笑んだ。

「やれやれ、随分溜まっていたようだね。しかもあんた時間かかったじゃないか。いつもみたいにさっさと吸い取っちまいなよ」

 疲れた声を出して、いつの間にかばぁーちゃんが岩の上に戻ってきていた。

 わたしはばぁーちゃんとカイン様を交互に見て、どっちに聞くべきかと悩んだ。

 そんなわたしを見て、ばぁーちゃんはカイン様に聞いた。

「あんた話してなかったのかい?」

「リリシャムのことは話した。だが、これは見たほうが早いと思って、まだ言っていなかった」

 ばぁーちゃんは、呆れたような顔でため息をついた。

「バカだね。もっと混乱するよ。あぁもういいよ、あたしが説明する」

 そう言ってわたしを見たばぁーちゃんは、あごを突き出すようにしてカイン様をさした。

「リリシャムに弟がいるのは聞いたね?」

 うん、とわたしはうなずいた。

「この若造は、というかログウェル伯爵家はその弟の家系なのさ。もう遠い遠い昔のことで、今では他人になってしまったけどねぇ」

「え、えぇっ!?」

 一瞬詰まってしまったが、なんとかカイン様を見上げると、カイン様はさっきより困った顔を深めて笑っていた。

 あぁ、だから弟の子孫はいるって言っていたのか。自分のことだから。

「アリス」と、呼ばれてわたしは、再びばぁーちゃんを見た。

「リリシャムは膨大な魔力を持っていた。でも暴走しなかったのは弟がいたからだよ。弟は魔力はなかったし、一見すると普通の人間だった。でも違うんだよ。弟には他人の魔力を吸い取って分散させる、という妙な力があったんだ。そのおかげで魔力を制御できるようになるまで、リリシャムは何とか暴走せずに過ごせていたんだ」

「えっと、つまり、その能力者が今はカイン様ってこと?」

「そうだよ。昔々は精霊だろうと、直接触れなくても吸い取れたらしいけど、今は血も薄くなって直接触れないと吸い取れない。しかも分散させる処理能力も格段に落ちているって話だ。実際数百年前のログウェル当主は、その当時の“緋炎の魔女”が集めた魔力の集合体を一瞬で消滅させたそうだよ」

「数百年前? それって信用できる話なの?」

 さっきみたいな魔力の集合体を一瞬でというのは、とても信じられない。そのくらい強大なエネルギーだった。

 胡散臭そうにするわたしに、ばぁーちゃんは余裕の笑みでうなずいた。

「実際見た奴がそう言ったんだ。信用できるさ」

「はぁ? 数百年前のことを見た?」

 それって相手が人外なのか、それとも、これまで人間だと信じていた若作りのばぁーちゃんが、実はとんでもなく長生きしてるとか……!?

「……あんた、あたしは人間だよ」

 わたしの思考を読み取ったのか、ばぁーちゃんが目を細めて口を尖らせた。

 いや、だから、ばぁーちゃんがそんなことしないで……。

 うわぁ、と思っているわたしに、今まで黙っていたカイン様が真剣な眼差しで口を開いた。

「アリス、本当のことなんだよ。俺の代くらいになると、1回で処理できる量が小さくなってしまって、さっきみたいに少しずつ処理しないと出来なくなっているんだ」

 そう言ってカイン様は残念そうに自分の両手を見た。

「つまりね、“緋炎の魔女”とログウェル当主は切っても切れない関係なのさ。どちらかが役目を放棄すれば、たちまちこの地に眠るものが起きちまうからね」

「眠るもの?」

 それは初めて聞く、とわたしはばぁーちゃんの目をじっと見た。

 するとばぁーちゃんは、再び呆れた目をカイン様に向けた。

「あんた、それも話してないの!? なんたる腰抜けだろうね。まぁ、どっちかっていうとこっちの血筋の話だからね」

 いつもなら言い返すカイン様も、今回はグッと口を閉じたままだった。

 ため息をつきながらも、ばぁーちゃんはわたしに教えてくれた。

「この地にはね、初代“緋炎の魔女”が使役したと言う、恐ろしい契約獣が眠っているのさ。蛇に似た形をした、巨大な火竜がね」

「ひ、竜?」

「火竜。全身が炎で出来たような契約獣だよ。吐く炎で町や国を滅ぼす、と言われる程の力を持った魔獣だよ。そんなもんを従えるくらいの魔力を持っていたが初代だから、化け物なのはきっと初代のほうだね。そして初代が死ぬと火竜もその地に自分を封印した。そうして眠った土地が自然と火の属性を帯びるのには時間がかからなかった。だから弟が墓守としてこの地にいついたのさ」

 ばぁーちゃんは何事もなかったかのように、風が戻った草原を見下ろしていた。

「い、今も火竜は眠っているの?」

 かすれた声で聞いたわたしに、ばぁーちゃんは「もちろんさ」とうなずいた。

「あんたもさっき感じただろう? あのまま引きずられていたら、下で気絶してる馬のようになっていただろうね」

 あの恐怖がそうだったのだと言われ、わたしはあの視線を思い出し、ぶるっと体を振るわせた。



読んでいただいてありがとうございます。

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