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ふくらし魔女と苦労性伯爵  作者: 上田 リサ
1.ばぁーちゃんの結婚
6/81

5 話

三連休のど真ん中、いかがお過ごしでしょうか?

ちょっとだけ暇潰しになってますか?

 今朝はちょっとだけお値段高めだけど、ドライフルーツ入りのパンを多めに作った。ついでに煮詰めておいたジャム入りのパンも作った。そしていつもの基本の白パン。だって今日は小麦粉買わなきゃいけないから、今日の売上は丸ごとその代金に当てようと思っているのだ。なんか手持ちから出すとがっぽり減るようで嫌なのだ。

 今日の分の売上がなくなるから一緒だろう、と言われてもわたしの気分の問題。

 「あら、今日はこれがあるのね!いただくわ」

 常連さんが嬉しそうにジャム入りパンを、いつもの数に追加して買っていってくれる。

 ドライフルーツパンもすぐになくなり、白パンもあっという間に売り切れる。いつもより20個くらい多く作ったが、やはり甘いもの入りのパンを置いた日は減りが早い。

 売り切れです、と何度か頭を下げ残念そうな人達を見送り、わたしは粉屋へ寄った。

 朝なのにすでに白い粉で汚れた顔をした恰幅の良いおじさんが、わたしが差し出した白パンとドライフルーツ入りのパンを受け取ってにんまり笑った。

 「うわ、また上がったね!」

 値段を見て思わず言ってしまった。

 おじさんは奥からでてきた小さな息子にパンを渡し、喜ぶ息子を部屋に戻しながら困ったようにわたしを振り向いた。

 「すまんね、うちもなんとかしたいんだが、ここ数年ここら一帯冷害やらでやられちまってるだろう。こうしてよその領地の粉を回してもらっているんだが、やっぱり運搬料なんかがかさんで上げざるを得ないんだよ」

 「そういえば食品や他の商品もだいぶ値段が上がったよね」

 「領主様も色々してくれているそうだけど、先代がこしらえたアレがあるからなぁ」

 はぁっとため息をついたおじさんだったが、すぐ気を取り直したように笑顔になる。

 「まぁ、今の領主様は若いがやり手だと聞くし、こんな苦労もあと少しさ!」

 「そうかなぁ」

 「そうさ!そうでもしなきゃ誕生際のお祝いをするなんてできっこないさ」

 いやいや、おじさん。あれは借金してもしなきゃいけない暗黙のルールみたいなもんがあるんだよ、なんて言えない。

 「そういえば、パン屋さんの値上げについてなんだけど」

 実はわたし、ほとんどのパン屋に出入り禁止をくらっている。来るなって言われたわけじゃないけど、お店に行くと露骨にじろじろ迷惑顔で見られるわけだ。なんたって目の上のたんこぶですから。

 だから値上げ調査もできない。

 でも粉屋のおじさんとおばさんはわたしを応援してくれる味方なんで、困ったときは話題を振って情報をもらっている。ちなみに報酬は先程のパンだ。

 「誕生際まではどうにか値上げせずに様子を見るところが多いな。アリスはどうする?」

 「うーん、じゃあわたしもそのくらいから考えるよ。とりあえず秋に作ったジャムがまだたくさんあるから、ジャムパン多めに売ってしのぐよ」

 「そっか、頑張れ」

 とりあえず業務用小麦粉を1袋購入し、荷台に乗せてもらった。

 その後食料品を少し買い足して帰宅した。

 「ただいま」

 一応挨拶をするが、リビングには誰もいなかった。

 ちょっと緊張しながらわたしの部屋を見に行くと、彼はまだぐっすり眠っていた。体が温まったせいかずいぶん顔色もよくなっており、良く良く見ると高い鼻に今はうっすら開いているが薄い唇、すっとシャープな顔立ちで、これはかなりの美形だと思わざるを得なかった。

 あの綺麗なエメラルドのような緑の目が開き、どんな声で話すのだろう。

 想像したらなんだかドキドキしてきたが、期待しすぎてはいけないと頭を振って煩悩を叩き出した。

 部屋を出ると、せっせと床を掃いているフーちゃんがいた。

 「フーちゃん、あの人が起きたら普通のホウキのふりしててね」

 ピッと直立になり「はい」との返事をすると、フーちゃんはまた掃除に戻った。ちなみに彼女は綺麗好きだ。1度、2階からザッシュさんを叩き出すように追い出して怒っていたことがあった。さすがのザッシュさんも、あの時は無言でフーちゃんが下りてくるのを待っていた。

 さて、今朝は白パンとドライフルーツ入りパンを切って、ついでにチーズも添える。卵が手に入ったから目玉焼き。昔はスクランブルエッグ作ってたけど、ザッシュさんがこっちがいいと言ったから今では定番。ミルクをコップに注いで出来上がり。

 コツコツと足音が聞こえてきて、ザッシュさんが2階から下りてきた。

 「おはようございます。あの、ばぁーちゃんは?」

 「まだ帰ってないようだ」

 実はばぁーちゃんの部屋は2階にある。仕事は辞めたと言っていたがやはりそう簡単には行かなかったようで、何度か話し合いをして特別顧問として扱われるようになった。特別顧問といっても名ばかりで、魔法省からの依頼を報酬をもらってこなしている。しかもこれ幸いと魔法省が持ってくるのが結構な難題ばかりで、暇な時は何日も家にいるが1度仕事が入ると半月いないことも少なくない。しかもその予定は突然で、時々ふっといなくなったりもする。

 まぁ、特別顧問をばぁーちゃんがやっているおかげで、わたしも見習い魔法使いとしてまだエリートコース復帰のチャンスはある。だが不規則極まりない激務のばぁーちゃんを見てたら、こんどこそ長生きするために不摂生をしないという前世の誓いを思い出した。

 「王都に帰るかい?」というばぁーちゃんの勧めを何度も断り、わたしは規則違反にならない副魔法を使ってパン屋になります。一生見習い魔法使いとして生きますと宣言した。

 ばぁーちゃんはポカーンと口を開けていたが、弾けたように笑って「好きにしな」と言ってくれた。ザッシュさんも一緒に聞いていたが、彼は最初から面白そうに目を細めただけだった。

 わたしはもう1度部屋の様子を見に行った。

 あいかわらずぐっすり眠っている彼を見て、とりあえず、持ってきた水の入ったコップだけ寝台の側のイスの上に置いた。

 リビングに戻ると、ザッシュさんがドライフルーツだけ手でちぎるようにして食べていた。

 子どもじゃないんだから、そのままがぶっと食べてよと思うのだが、彼はこの食べ方を絶対やめない。なぜかナッツ入りでも先にほじくっている。

 「起きたのか?」

 「いいえ、まだです」

 答えながら席に着き、わたしもいただきます、と朝食を食べ始める。

 「あの、小麦粉を買ってきたんですが……」

 「あとで運ぶ」

 「ありがとうございます」

 えへっと笑って白パンにチーズを挟んで食べる。

 半分ほど食べ終わった頃、フーちゃんがあわてた様子でやってきた。

 「あ、もしかして起きたのかな」

 ちらっとザッシュさんを見るが、全く興味なさそうに黙々と2個目のドライフルーツ入りパンを手に取り中身をちぎっていた。

 ここに連れて来ると面倒かな、と思ったわたしは、トレイの上に朝食を用意して部屋に向かった。

 コンコンとノックしてから「失礼しまーす」と、遠慮がちに声をかけてドアを開いた。

 ……おぉっ!

 思わずたじろぎそうになった。

 寝台に上半身を起こしてこっちを見ていたのは、あのくたびれた疲労感漂う残念な美形ではなく、キリッとした精悍な顔立ちの美形だった。良く見ると上半身にも筋肉がついているようで、あのおじいさんが老紳士なら、こっちは物語に出てくる騎士のようだ。

 「君は?」

 声もいい!

 ちょっと低いけど、演説とかしたら間違いなく注目されるようないい声だ。

 「アリスと言います。あなたは昨夜うちの近くに倒れてらしたのですが、覚えていらっしゃいますか?」

 彼はちょっと考えるように目線を落とし、こくっとうなずいた。

 「人を探していたのだが、途中で気を失ったようだ」

 そう言って顔を上げたその視線が、わたしの持つトレイに集中する。

 「あ、良かったら食べて下さい」

 「いいのか!?」

 パッと顔色が明るくなった。

 なんだろう、まるで餌付けしているみたいだ。

 どうぞ、とトレイを差し出すと彼はすぐさまパンを口にした。

 「うまい!それにこんなに柔らかいなんて」

 「おかわりありますよ」

 すでに1個白パンを食べた彼の目が「いいのか?」と期待を込めたが、すぐに首を振った。

 「いや、それはあまりに図々しい」

 「いえいえ、このパンはわたしが作っているんです。だから遠慮なさらずに」

 こんなに目を輝かせてパンを食べてくれるなんて、ちょっとどころじゃなく嬉しい。嫌でもどんどん勧めたくなる。

 「それはすごいな。こんな柔らかなパンは上位貴族くらいしか食べられないと思う」

 「いやいや、そんなぁ」

 照れるが、半分事実だ。昔実家で食べていたパンは硬くはなかったが、歯ごたえはあった。こんなもっちりふっくらしてるパンではなかった。

 副魔法に改めて感謝していると、あっという間にトレイの上の朝食がなくなった。

 「パンとミルクでよければおかわりお持ちしますよ?」

 彼はちょっと戸惑っていたが、代わりにお腹の音が返事した。

 真っ赤になった彼が俯きながら「頼む」というのを聞いて、わたしはさっきより多めに準備して部屋に戻った。ちなみにザッシュさんはすでにいなかった。

 おかわりもだいぶなくなったところで、彼が「あっ」と思い出したように言った。

 「すまない、名乗るのが遅れた。俺はカインという」

 「カイン様は旅の方ですか?」

 「いや、旅人ではないんだが、実は人を探しているんだ」

 「人探しですか」

 ちょっと頭によぎったのは、あの夜、店で見たあの憔悴しきった顔。きっと探しているのは恋人だろう。

 「どういう方です?わたしはパンを売り歩いているので、もしかしたら見たことある方かもしれませんよ」

 ところが、カイン様はちょっと目を伏せて考え込んだ。

 「カイン様?」

 「……どのような姿かは知らない」

 はい?

 ぽつりともらすような声に、わたしは首を傾げる。

 「俺が探しているのはリリシャムという火の魔法使いなんだ」

 はぁっと深くうな垂れたカイン様を前に、わたしはどういえば良いものかとそっと目線を泳がせた。

今日も読んでいただきありがとうございます。

ようやく話が進みそうですw


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