57 話
こんにちは。ご無沙汰してます。
オルドの町は職人の町である。
陶器、ガラス、剣や盾、家庭にある包丁まで打ち直す鍛冶屋。それらが軒並み密集している町。
開けた通りが町中に2本あるのも特徴で、南通りと北通りと呼ばれているらしい。
お店は工房が直営のところもあるが、様々な工房から仕入れた品を売る店もあり並ぶ商品がその店の個性となっている。それを個人や商人が買っていくのだ。
「すごい賑やかですね」
アルシュの村を朝早く出立し、途中休憩と昼食を草原の真ん中でとり、計画通り午後にはこうして北道を馬車で移動している。
「ここでの滞在先は町長宅だ。アリスはまた俺が家族ぐるみで仲良くしている家のお嬢さん、ということになっているからね。一応お客さんだから、メイドの仕事とかはしないでいいからね」
「マオスの時と一緒ですね。わかりました」
わたしが一生懸命通りを眺めているので、カイン様はクスッと笑って自分も通りに目をやった。
「ここは北の大通りで、南の大通りより道幅が広くなっている。南の大通りは工房が多く店と店の感覚が広くて、主に商人が仕入れの買い付けでよく訪れている。いろいろ見て回るには北の大通りがお勧めだよ」
「ということは、属性持ちの人も南の大通りに集中して住んでいるってことですか?」
「詳しい統計をとったことはないが、職人が多いのは確かにそっちだからね」
自分の作るものや家族の為に属性の力を発揮している人達は、直接火や水を生み出すわけじゃないし、召喚する事もない。ただそこにある火や水の力を自分の魔力で倍増させるだけだ。ただ、そこに魔力が練りこまれるので、そうやって作られたものは良い品物になる。
多分どこかにいると思うが、水と火の属性持ち夫婦が作るパンは最高だと思う。
属性持ちの需要で火もかなり引く手数多だが、水は更に重宝される。やはり水は大切なものだとつくづく思い知らされた。
「アリス」
呼ばれてカイン様を見る。
「アリスはこの町に入って何か感じるかい? たとえば魔力とか体調の変化とか」
何か、と言われてわたしは首を傾げた。
特に目立った変化はないが、お尻の痛みが副魔法のおかげでないくらいだろうか。
「特にないです」
「そうか」
なぜかホッとしたようにカイン様は表情を緩めた。
それから北通りの露店が点々となると、前方に大きな赤いレンガのお邸が見えてきた。
「あれがオルドの町長、ケイシー・ウッドガン氏の邸だよ。代々町長を務めているが、やはり属性持ちが多くいる血筋でね。彼の弟君はオルドの商人教会の代表を務め、一族が経営する工房には腕利きの職人が多いんだよ」
つまりお金持ち、ということらしい。
前に収穫祭の予算決めの時に全ての町長を1度見たことがあったけど、どの人がオルド町長なのかはわからない。
でも1人身なりのいい人がいた。
口ひげを生やしていて、中肉中背の老紳士という格好でステッキのようなものを持っていた。確かそれの持ち手の下にガラス細工がついていた。
「お待ちしておりました!」
赤いレンガ作りの大きなお邸の玄関先で馬車を降りると、やはりあの口ひげの老紳士が笑顔で近づいてきた。
彼の後ろには同年代の奥さんらしき女性、そしてカイン様より上の年くらいの男女が笑顔で並んでいる。
「少し遅れたな。待たせただろうか?」
馬車を降りたカイン様の問いかけに、ケイシー町長は首を振った。
「いえ、さほど予定の狂いはありません。ご無事で来られてなによりです」
カイン様はうなずき、後に続くわたしに手を貸してくれた。
ビィラウさんにも家人の1人が近づいてきて、彼が下りた馬を預っていた。
「いらっしゃいませ、アリス様」
「お世話になります」
頭を下げると、ケイシー町長はますます笑みを深めた。
「いらっしゃいませ、領主様、アリス様」
顔を上げると、老紳士の横に少しふっくらした奥さんらしき人が並んでいた。
「妻のシーラです。後ろにおりますのは長男ボルド、その妻のケティです。それから4才と2才の孫がおりまして、騒々しいかと思いますがどうぞ御容赦いただければと思います」
紹介の都度頭を下げられるので、わたくしもペコペコとそのたびに小さく会釈した。
「賑やかで何よりですね」
「元気が良すぎて困ります」
と、苦笑する老紳士とその家族に、カイン様は優しげに目を細めた。
「どうか気を使わずに、子ども達にはいつも通り遊んでいただきたい。賑やかなところは大好きだから」
「ありがとうございます」
ではどうぞ、とケイシー町長に案内され、カイン様とわたし、そして護衛のビィラウさんはお邸の中に入った。
お邸の壁は漆喰で上塗りされていたが、暖炉や床から1メートルくらいはそのままレンガがむきだしになっており、落ち着いたレンガの赤と白の華やかなお邸になっていた。
そのせいか飾ってある装飾品や絵などは明るいものが多く、アクセントになるためか、一定感覚で黄色い花や小物が飾ってあった。
「素敵なお邸ですね」
「ありがとうございます。ですが、わたし共の年になりますと何だか派手に感じます。まぁ、飾りつけはほとんど妻とケティがしております」
言われて2人のほうを見ると、微笑んだまま軽く会釈された。
その時ふと目にとまったものがあり、おもわず「あっ」と声に出ていた。
それは編みぐるみだった。自分は作ったことがなかったが、一時期流行って、彼女にもらったという同僚の携帯にストラップというか、もはや携帯より重い重りとして大量にぶら下がっていたのを思い出した。
今廊下の飾り棚の上に置かれた籠の中に入っているのは、黄色い毛糸で編まれた犬のような編みぐるみだった。目や胴体に刺繍糸で更に飾りが施されていた。
わたしの目線に気がついたカイン様が足を止めた。それにより、全員が立ち止まった。
「あれが気になるのかい?アリス」
「あ、いえ、かわいらしいな、と思いまして。わたしはこういう編み物とかが苦手ですから……」
言わなくていいことまで言って、ごにょごにょと口ごもっていると、助け舟を出してくれたのはケティさんだった。
「今オルドの女性の間で流行っているんですよ。簡単ですし、飾りつけも楽しいですし」
「ケティさんが作られたんですか?」
「はい。これは余りの毛糸で作ったので小さいですが、少し大きく作れば子どもの玩具になりますので。良かったら差し上げますが?」
「えっ、いいんですか!?」
「はい。お時間いただければ新しく作りますし」
「い、いえ、そこまで手をかけるわけにはっ!」
あわてて首と手を振ると、シーラ夫人が微笑んだ。
「ケティはもう何体も作っているんですよ。孫が遊ばなかったものもありますので、そちらならきれいな状態ですし。よかったらお持ち下さい」
「あ、それじゃあそれを頂きます」
「でも余りを差し上げるなんて……。お作りしますのに」
なぜか残念そうにしているケティさん。隣の旦那さんは困ったように彼女を見ている。
もはやここまで来たら断るということはできない。
いらないわけじゃないが、初対面の家で図々しかったなと今更ながらに反省。
が、しかし。
余計なことというのは言ってから気がつくものだ。
「あ、そういえばビィラウさんにも娘さんがいましたね?いくつですか?」
ギョッとしたのはもちろんビィラウさん。
数度口だけあくあくと動かして小さく答えた。
「み、3つになります」
それを聞いてケティさんは手を叩いた。
「まぁっ!でしたらぜひお嬢さんにお持ちくださいな。うちは下が娘ですが、かなり気に入ってくれております。こういうおもちゃはなかなかありませんし、ぜひっ!」
「い、いや、しかし……」
戸惑うビィラウさんは、目でカイン様に助けを求めた。
「いいんじゃないか?いただいて」
そしておもむろにケティさんに目線を合わせた。
「随分オススメされますね」
「あ、いえ」
急に勢いをなくしたケティさんを見て、シーラ夫人がふふっと笑った。
「申し訳ありませんわ。ケティをはじめ、町の女達が寄り集まってこの毛糸のヌイグルミを広めようとしているんですわ」
「ほぉ、商売に?」
「戯れにできたおもちゃですので期待はできませんが、でも気に入っていただけるならと今は宣伝活動に必死ですの。ですから、どうぞ遠慮なく。アリス様も護衛の方も、ぜひお持ち帰り下さい」
真っ赤になって俯いてしまったケティさんに、ビィラウさんは軽く頭を下げた。
「ではぜひ頂いて帰りたいと思います。娘は最近カサンドに引っ越してきましたので、まだ親しい友人がおりません。きっと喜びます」
それを聞いてケティさんは、おずおずと顔を上げた。
「まったく、こんなところで立ち話をする者がおるかの」
困ったように大きくつぶやいたのはケイシー町長だった。
わたし達はお互い顔を見合わせて、笑いながらまた歩き出した。
通された客間でお茶をもらい、カイン様とケーシー町長、ボルドさんは明日の視察先についての確認を話し始めた。
そしてわたしはというと、別室でケティさんに籠いっぱいの小さな編みぐるみを見せられていた。
「大きなヌイグルミを作りますと、どうしても毛糸が余り、かといって毛糸の繋ぎが多いと見栄えも悪いので、いっそ小さなものをと作りましたの」
「刺繍も細かいですね!こっちはお花柄ですし」
「刺繍好きの人もいますので、そこは譲れないと彼女達が」
何かを思い出しふふっと笑う。
ビィラウさんはわたしに付くよう言われ部屋の隅に立っていたが、時折りわたしの座る長椅子に視線をはしらせる。
なぜならそこには、ケティさんがビィラウさんの娘さんにとさっそくメイドに持ってこさせた、ピンク色のウサギの編みぐるみがあったからだ。なかなかの大きさで、わたしが抱いても大きめと言われるものだ。3才の娘さんならさぞかし大きく映るだろう。
「かわいいですね」
「ついつい夢中で作ってしまうんです。最初はお花とかを毛糸で編んでいただけでしたのに」
毛糸同好会が夢中で新作を作っていくうちにできた、らしい。
「果物とかの編みぐるみもかわいいかもしれませんね」
ふと口にした言葉の違和感にわたしは気がつかなかった。
返事がないので顔を上げると、ケティさんが首を傾げた。
「あみぐるみ?ですか?」
(げっ!)
そういえば毛糸のヌイグルミとしか言っていなかった。
「あ、いえ、毛糸のヌイグルミって長いなぁーと思いまして。あの、編んで作るヌイグルミを短くして『編みぐるみ』なーんて……」
どうですか?と必死の笑顔で取り繕ってみた。
「いいですわっ!それ」
ケティさんは食いついた。
「名称をどうしようと悩んでいたところです。明日にでもみんなに提案しておきますわ」
「え、あ、はい」
嬉々として1人盛り上がるケティさんの気迫に押され、わたしは手にしていた編みぐるみを更にギュッと握り締めた。
そこへバタバタと走ってくる足音が近づいてきた。
「いけません!」とやや遠慮気味に静止する声が聞こえるが、1人ではないその足音とその大きさから、どうやら子どもなのだというのがわかった。
「ママーッ!」
バターンとノックもせず扉を開けたのは、やっぱりお孫さんだった。
「うーたん!」
2才という娘さんがわたしの横にあるピンクのウサギの編みぐるみを指差した。
「ほらいただろっ!」
妹にどうだ、とばかりに胸を張る4才のお兄ちゃん。
「あらあら、ダメじゃない来ては」
困ったようにケティさんが立ち上がると、お兄ちゃんはしまったという顔で逃げ腰になる。
「うーたん、うーたん!」
「アン、黄色のウサギさんいないの?またどこかに置いたのね」
娘さんを抱き上げて、その手に代わりの小さな編みぐるみを持たせると、アンちゃんはそっちに夢中になった。
「騒がしくてすみません。長男のホードと妹のアンです」
「こんにちは!」
「こんにちは、ホード君、アンちゃん」
元気のいいホード君。アンちゃんは人見知りしてケティさんの腕の中で、じっとわたしを見ていた。
そういえば、甥っ子も姪っ子もいたんだわ。兄と弟の子どもは確かみんな小さくて、年も離れていなくて次々に生まれて、母が元気で大変よと嬉しそうに笑っていたなぁ。そして次に言われるのがいつ結婚するかって話だったから、適当にはいはいと流してたっけ。
今となってはちゃんと聞いておけばよかった。
仕事で疲れてホッと一息ついた頃に電話がかかってきて、言われるお決まりの言葉にうんざりして聞き流していたから、甥っ子と姪っ子の人数も名前もろくに覚えていない。
結構酷いオバだったわ。
本屋でたまたま見かけた絵本とか、いつか送ろうと買っておいたのもあったけど、わたしの荷物整理したついでに見つけてくれたかなぁ。
「どうしたの?」
いつの間にかすぐ近くにいたホード君に気づき、わたしは驚いて顔を上げた。
「あ、いえ、なんでもないの」
「ふーん。あ、ねぇねぇ、うらに行こうよ。ひよこがうまれたんだ!」
「へーっ!見たい」
ケティさんはすまなそうにしていたが、ホード君に誘われたわたしは結構楽しくその日を過ごした。
。・☆。・☆。・☆。・☆。・☆
翌日、カイン様とケーシー町長、ボルドさんは職人さん達の工房視察に出かけた。
実は連れて行ってくれるかなっと期待していたが、カイン様から言われたのは間逆のことだった。
つまりお留守番。しかも出歩かないで、とのことだった。
シーラ夫人やケティさんにまでしっかり念押しして出かけたカイン様を見送った後は、ホード君に案内されてまた裏のひよこを見に行ったり、子ども部屋のおもちゃを自慢してくれたりと結構楽しく過ごしていた。
こういうお留守番なら楽しいな、と午後になって疲れて眠ったホード君を見て微笑んだ。
アンちゃんは丁度人見知りの時期とかで、なかなか遊べはしないが笑いかけてくれるようにはなった。
今は別室でお昼寝しているそうで、ケティさんも編みぐるみの名称を相談する為出かけていった。
つまり、暇。
ビィラウさんは護衛としてカイン様に付いて行った。
シーラ夫人はいるだろうけど、特にお話しすることもない。
お昼ご飯を食べてぐっすり眠るホード君を見ていたら、わたしも何だか眠くなってきた。
ホード君の眠る寝台の側に座り、うつらうつらとしていたわたしは、いつの間にかそのまま眠ってしまったようだ。
そしておかしな夢を見た。
見たこともない丘の上で、わたしは町を見下ろしていた。
その町がなぜか、ここオルドだとわたしは知っていた。
空がやけに鮮やかな夕焼け色に染まっていて、膝丈まである草がさわさわと凪いでいた。
そこへピンク色のローブを纏ったばぁーちゃんが現れた。
ジェシカさん、と声をかけようとしたが、なぜか声が出なかった。
横顔しか見えないばぁーちゃんもわたしに気がつかないようで、黙ってわたしのすぐ前を通り過ぎ、数メートル先で足を止めた。
そして、見守るわたしの前でばぁーちゃんの中心から黒い炎が現れて、あっという間に燃え広がって消えた。
ばぁーちゃん!!
思いっきり叫んだ声は悲鳴だった。
「ひっ!」
と、声を上げると同時に目が覚めた。
顔を上げて辺りを確認すると、スヤスヤ眠るホード君がいた。
「夢、か」
自分で呟いた言葉に安心したわたしは、部屋が妙に薄暗いのに気がついた。
窓の外を見ると、午前中はあれほど晴れていた空が黒い雨雲に覆われていた。
「少し寒いなぁ」
腕をさすりつつ、ホード君が起きても寒くないようにと暖炉の前に座った。
控えめに灯された火を見て、近くに用意してある薪を追加し、わたしは指先に小さな火を灯そうとした。
ボォッ!
「わっ!?」
指先に小さな火をつけたはずが、なぜか身の丈を越す炎が出てきた。
驚いて集中力が途絶えたので、一瞬にして分散して消える。
どういうこと!?
混乱しようとした頭を振り、もう1度確かめるように指先に魔力を集中させる。
するとあっという間に、思った以上の魔力が集まってくるのがわかった。
いつもの3分の1くらいの加減で火を灯し、暖炉の火を大きくする。
すごい、簡単に魔力が集まる……。
どうして、と考える前に思い出した。
ここは火の精霊の聖地だとばぁーちゃんが言っていた。
つまりこれはその影響なのだろうか?
「うーん、一応カイン様に伝えておこう、かな」
変わったことがあればすぐ言って欲しいと散々言われていたしね。
隠し事をすると、とんでもないお仕置きが待っているのは身を持って知ったわたしは、夕方にずぶ濡れで帰宅したカイン様が身支度を整えた後に時間をとってもらって報告しに部屋に行った。
「すごいんですよ、ほら」
やや得意げに暖炉の前で起きたことを再現してみせると、カイン様はみるみる顔を曇らせた。
え?どーしたんですか、カイン様。
まだまだ忙しいです。
ゆっくり更新ですが、どうかお見捨てにならないで~。