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ふくらし魔女と苦労性伯爵  作者: 上田 リサ
5.”緋炎の魔女”が眠る土地
57/81

55 話

こんにちは!

「おいコラ、小娘っ!」

 本当に久々朝市でパンを売ろうとアレンシアから荷台を外していたわたしの頭上に、大きな怒鳴り声が降り注いだ。

「あっ!」

 見上げると、大通りのパン屋のご主人が太い腕を組んで仁王立ちしていた。

「お、おはようございます」

 ひきつりそうな頬を必死に誤魔化して挨拶をすると、ご主人はじっと見下ろした後腕をほどいた。

「領主様のとこでのゴタゴタに巻き込まれたんだってな。怪我はなさそうだが」

「え?あ、わたしは大丈夫です」

 どこからそんな話がもれたんでしょうか。

 ……緘口令なんて所詮無理な話だよね。

「ご心配ありがとうございます」

 ペコッと頭を下げると、ご主人はとたんに1歩交代して焦ったように早口でまくし立てた。

「かっ勘違いするな! うちの奴が毎日うるさいんで見に来ただけだっ! じゃあなっ」

 大股で足早に去っていくご主人の背中を見て、わたしはなんだか嬉しい気持ちになった。

 さあっ、張り切って売るぞっ!

 さっそくやってきた女性に笑顔で対応し、その後も馴染みの人達の「何があったんだい?」という質問をのらりくらりとかわしながらパンを売り切った。


。・☆。・☆。・☆。・☆。・☆


「御覧! ミッドリーシェルフ牛特上だよ!」

 夕方に玄関ではなく、いつものように台所の裏口からお肉の塊と酒瓶を手にしてやってきたばぁーちゃんは、かなりのご機嫌だった。

「ミッドリーシェルフ牛ですかっ! 高級品ですわっ」

 一緒にいたミレイさんが手を合わせて歓声をあげる。

 実は夜盗事件の調査が終わった段階でほとんどの臨時雇い人は、元の職場へと帰っていった。

 だがリズさんとミレイさんは残ると言い張り、通いのアナさん母子だけでは何かの時対応できないからとの話から、今ではすっかり常勤メイドとして住み込んでいる。ちなみに警備員も3人残ったそうだ。

 で、わたしは相変わらず朝はパン屋として売りに出ているが、日中はログウェル伯爵家のメイド見習いをやっている。

 ちなみにカイン様いわく用心のために、ログウェル伯爵家でメイドをしている時は茶髪のあの鬘を使用している。

 朝パンを売っているわたしは昔から地毛だから、少しでもわたしとログウェル伯爵家の見習いメイドは別人と拡散したいらしい。

 だから最近は寝泊りはせず、ちゃんとザッシュさんのいる家に帰っている。パンを作って売っているとだいたいミレイさんが買いに来てくれ、その後帰宅してから仕度をし、途中で鬘を被って出勤している。

 ちなみにばぁーちゃんは「あたしがそんなヘマするもんか」と、ピンクのローブ姿で堂々とやってくる。


 ……主に台所の裏口から。


「おや? ちっこい娘は帰ったのかい」

「メイちゃんなら帰ったよ」

「せっかく上等な肉買ってきたのにねぇ。鮮度が落ちるから煮付けて明日渡しな。あ! 今夜は丸ごと塩焼きにしておくれよ。妙な草と一緒に焼いたりしないで塩のみっ!」

「かしこまりました」

 苦笑しながらミレイさんがお肉を受け取る。

「若造はいるかい?」

「カイン様なら執務室だと思うよ」

「そうかい」

 スタスタと歩き始めたばぁーちゃんを見送ると、ミレイさんが塩瓶を片手に近寄ってきた。

「アリスさんも行って、カイン様とジェシカ様の仲裁をしてあげて」

 仲裁、と復唱しかけて「あぁ」と納得してうなずいた。

「ちょっと行ってきます」

「頑張ってね」

 万能メイド長リズさんのお墨付きがでているミレルさんに見送られ、わたしは足早にばぁーちゃんの後を追った。


「今日は機嫌がいいね」

「何言ってるんだい。配当金が入ったんだよ」

「あぁ、それで」

「若造は嬉しそうじゃなかったのかい?」

 はて、とわたしは首を傾げた。

「普段とあまり変わらなかったよ?」

「ふーん」

 特に気にした様子もなく、執務室の前まで歩いていくとノックをしようとしたわたしを片手で制して、ばぁーちゃんは前触れもなく扉を開けた。

「お邪魔するよっ!」

 中にいたのはイパスさんと執務机に座っていたカイン様。

 不愉快そうにカイン様は顔を上げた。

「ノックをしてくれ」

「不倫してるとか何か後ろめたいことがないんだったら、そんな細かいこといちいち気にするんじゃないよ」

 はははっと笑いながらばぁーちゃんは遠慮なく、部屋の中央にある長椅子に座った。

 わたしはちょっと恐縮しながら、ばぁーちゃんの座る長椅子の後ろに立った。

「浮かない顔だね。配当金の連絡はきてるんだろ? もう少しいい顔しなよ」

「……夜盗の件以来心労が溜まってるんでね!」

 イライラしたように言葉をぶつけたカイン様は、ふとわたしと目が合うとバツが悪そうに目をそらした。

 ニヤッと意地悪くばぁーちゃんは笑うと、ちょっとだけわたしのほうを向いて口を開いた。

「アリス、とうとう貴族の一部にフォロア金山の出資者として若造の名前が流失したんだよ」

「え、バレちゃったの?」

「で、だ。あの机の上にある手紙の数々は話を聞きたいとか、援助は必要ないかって言うお誘いだとみたね」

 うわぁ、今更援助申し出るとか露骨過ぎる。

「余計なことを言うなっ!」

 ジロッとにらみをきかせたカイン様を、ばぁーちゃんはフンッと軽く鼻であしらった。

「まだまだ序の口だよ。お前さんからあたしにたどり着くなんて時間の問題だろうね。ハイエナの鼻と感は本当にいいからね。まぁ、あたしはバレても自衛できるし返り討ちにしてやるけど、最初の約束通りアリスを守るのはあんたの役目なんだからね。覚悟しなっ」

「わかっているっ」

「えっ!? なにそれ、わたしも自分の身ぐらい守れるよ!」

 とっさに割って中に入ったものの、ばぁーちゃんからは呆れた目を向けられた。

「貴族の尾行すらできない者が何言ってるんだろうね。魔法使いとしても中途半端で世間から隠れてるお前が、本気出した貴族の手から逃げられるとでも思っているのかい」

「ちゅ、中途半端って!」

「中途半端じゃないか。なんなら真剣に魔法使い目指して頑張るかい? 才能だけあってただ決められた道をすすみましたって奴はあたしゃ大嫌いなんだよ。前にも言ったけど、お前がちゃんと決めて魔法使いになるならいいけど、一生懸命魔法使いの修行してる奴らを踏みにじるような、どうしようもない覚悟でやるんだったらとっとと属性持ちになって生きるんだね。それでもお前に流れる”緋炎の魔女”の血はどこ行っても注目される。全部わかった上で口をききなっ!」

 わかったかいっと念を押されて、わたしは何も言い返せず黙った。

 それを見て、ばぁーちゃんはカイン様へ顔を向けた。

「2年も隠せるなんてあたしも思っちゃいない。ここまでもっただけでも上出来だよ。だけどそろそろ頃合いだから、アリスをオルドへ連れて行こうかと思っている」

 ピクッとカイン様が反応した。

 オルドは職人の町だ。確か火の属性持ちが多く誕生することで有名な町。

 ふとばぁーちゃんがわたしを見上げた。

「アリス、あたしは定期的にオルドの町に行っているんだ。なぜだか知ってるかい?」

「え? 知らないよ?」

 そんな話は初めて聞いた、とわたしは首を振った。

「そうだろうね、初めて言うからね。まぁ、あたしがオルドの町に行っている理由は、あの町が火の精霊達の溜まり場になっているからだよ。時々そのせいで精霊達が暴走するんで、そうならない為にちょっとした儀式をするんだよ」

「儀式?」

「そうだよ。精霊達が集まって発生してしまったエネルギーを、何の被害も出さずに拡散させる儀式。世界中にそういった精霊の溜まり場はあるんだけど、オルドの町は火の精霊の聖地みたいなもんで、他の地域はそうは行かないけど、あの町だけは年に2回は行かないとダメなんだよ」

「へぇ、そうなんだ」

 どこか他人事のように捕らえていたわたしはなんともマヌケな返事をしたが、ばぁーちゃんは別に顔色を曇らせることなく、次はカイン様の方を向いた。

「あんたもせっかくだから見に来るかい?なかなか見れるもんじゃないよ?」

 カイン様は眉間に皺を寄せていたが、イパスさんがうなずくのを見て口を開いた。

「オルドの視察も予定にはある。3日後出発だが、そちらの予定は大丈夫か?」

「そのくらいなら問題ないね。まぁ、一週間以内に儀式をすれば暴走は起きないだろうよ。じゃあ、あたしゃこれで」

 スクッと立ち上がったばぁーちゃんは、ピンクのローブを翻して歩き出した。

「待て」

 カイン様に引き止められ、ばぁーちゃんは無言で振り向いた。

「……アリスは本当に何も知らないのか?」

 チラッと見られたわたしは、やはり何のことだかさっぱりわからず黙っていた。

「そうだよ、知らないね。だからそろそろ選ばせるんだよ。これはあたしら一族のことであって、そっちの一族とは関係ないことだ。余計なことは言わないでおくれ、いいね?」

 いつもより低い声で念を押すと、ばぁーちゃんは扉のノブに手をかけた。

「行くよ、アリス。肉の焼き加減を言うのを忘れてたよ」

「あ、はい。ではカイン様、失礼します」

 頭を下げてばぁーちゃんとともに退出した。


 出る時、なぜかカイン様がじっとわたしを見ていたのが気になった。


「アリス」と、廊下を歩きながらばぁーちゃんがわたしを呼んだ。

「いいかい?全てはオルドの町で話す。だから黙ってついておいで。あの若造の言いたいこともわかるが、これはあたしら一族の話なんだ。お前も先走って若造に聞いて困らせるんじゃないよ?」

 少しだけわたしを見たばぁーちゃんの目は、昔修行をつけている時にたまに見せた本気の目だった。

「う、うん。わかった」

「ならいいよ」


 それから特に変わった様子はなかった。

 夕食時にはレアの塩焼きのミッドリーシャルフ牛の肉の塊を前に、持参したお酒をグビグビ飲んで上機嫌だったし、カイン様もそんな様子をちょっと覚めた目で見ていた。時々嫌味を言うものの、酔っ払いと化したばぁーちゃんには叶わず口を閉じたりしていた。

 そんな様子をわたしもミレイさんやリズさん、イパスさんも一緒になって笑って見ていた。


 でもわたしはちょっとだけ無理して笑っていたのかもしれない。

 きっとオルドには儀式以外に何かあるに違いない。聞いたことはないけど、それが秘密であるというのはわかった。

 小さな疑問に不安を持っていることを、ちゃんと隠せていたかな、わたし。




今日も読んでいただきありがとうございます。

実は仕事が忙しくなりますので、少し更新が遅れます。

できるだけ頑張りますので、どうか気長にお待ちいただければと思います。

ではっ!

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