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ふくらし魔女と苦労性伯爵  作者: 上田 リサ
4.降りかかる厄災と金山(仮)
52/81

50 話

 収穫祭2日目。

 深夜のログウェル伯爵邸の台所ではすでに灯りが灯っていた。

 

 度数の高い酒だったようで、ばぁーちゃんは今だ目覚めない。

 いや、度数の問題だけじゃない。あぁ見えて中身は70近いのだ。

 イパスさんが夜明け前に起きてきて手伝ってくれ、あぁ見えて実は責任感が強いばぁーちゃんは「寝過ごしたぁっ!」と叫びながら、夜明けとともに台所へ走ってきた。

 

 この日のログウェル伯爵邸は来客が多数訪れた。

 驚いたのは前々から約束をしていた人だけでなく、わざわざ祭りの見物に来たという人が飛び込みでやってきたのだ。その中には昨日のように庭先で話せるような人ではない、他領の領主や爵位持ちの貴族の姿もあった。

 イパスさんもカイン様待ちの来客対応におわれたようだ。

 用意された小麦粉がなくなった時点で、パン作りはようやく終わりを迎えた。

「これで最後だよ、ジェシカさん!」

「やっとかい!」

 半ば苛立ちながらも、ばぁーちゃんはパンを焼き上げた。

 わたしは最後のパンを仕上げ、ほっと一息ついた。

「終わったぁ~」

 木の丸椅子に座り込む。ばぁーちゃんはすでに腰掛け、足を投げ出していた。

「疲れたよ。先に部屋で寝てていいかい?」

「いいよぉ、ぼちぼち片付けるから」

 よろりと立ち上がったばぁーちゃんをテーブルに顔を付けたまま見送り、わたしはしばらくボーっとしていた。

 目の前には出来上がったパンが並んでいる。

 これは後でメイドさん達を含めみんなで食べる用なのだ。

 疲れからかウトウトしていると、ガチャリと台所のドアが開いた。

「おや、アリス様。大丈夫ですか?」

「あ、イパスさん。ちょっと疲れて。へへっ」

 照れくさそうに笑うと、イパスさんも苦笑しながらうなずいた。

「大変ご苦労様でした。おや?このパンは面に運びましょうか」

「いえ、これは後でお邸のみんなで食べようかと」

「それはありがとうございます。それとお知らせしたいことがあるのです」

 そこに部屋に戻ったはずのばぁーちゃんが、メイド服のまま戻ってきた。

「話ってなんだい」

 どうやらイパスさんに呼ばれたらしい。

 急にイパスさんは表情を引き締めた。

「今夜ファービー子爵様とそのお嬢様であるミレル様が、急遽ご宿泊なさることになりました。つきましてはジェシカ様、アリス様には、ザッシュ様のご自宅へお戻り頂きますようお願いに上がりました」

 えっ?と聞きかけて止めた。

「なんだい、いきなりなことだね。若造はどうしたね?」

「只今御歓談中です」

「ふーん」

 ばぁーちゃんは目を細めてイパスさんを見ていたが、やがてエプロンを脱ぎ捨てて背伸びを始めた。

「まぁいいよ。好きにしな。あたしゃ先に帰るよ」

「こちらは片付けます。アリス様もご一緒に」

「え、はい」

 なんとなく早くお邸を出たほうがいいような気がして、あたしとばぁーちゃんはメイド服から着替えて裏から出た。ちなみにばぁーちゃんはピンクのローブを止めて黒いドレスを着ていた。


 外は夕焼け空が広がっていた。

 何年ぶりだろうか。珍しく2人で歩いているが、お互い黙ったままだった。

 大通りの近くに来ると、まだまだ賑わいが納まっておらず、出店が多数並び人々があちこちで騒いでいた。

 そんな賑わいの中も黙って歩き続け、気がつくとザッシュさんの家まであと少しというところまで来ていた。

「ジェシカさん、聞いていいかな」

「……なんだい」

「わたしの両親から何か言われてるの?」

 チラッと横を歩くばぁーちゃんを見るも、彼女は前を向いたままだった。

「……修行ができないなら別の師匠をつけてくれ、とのことだよ。うちの一族もだいぶ力が落ちたからね。魔法使いになれる子を放っておけないのさ」

「やっぱり何か言われてるんだね」

「反感買うのは慣れっこだよ。あたしが”緋炎の魔女(リリシャム)”の名を継いだ時もそうだったし、あたしが生涯独身を宣言した時もそうだった。今だって一族以外からもいろいろうるさいのがいるし、だからって今更なびいたりもしないけどね」

 そういえばわたしが魔法使いの素質があったと知れたとき、ものすごい数のお祝いの手紙や品が届いた。そのほとんどは知らない人だったけど、両親はほとんど親戚なんだよって言っていた。

「あんたは魔法使いになれる。でも嫌々やらされたら、あんたの人生はロクでもないものになるだろうね。魔法使いは国家の宝なんて言われてるけど、実際は自由な奴隷だよ。家族より何より国を守らなきゃならない。そう契約をさせられる。それは習っただろう?それが嫌なら魔力を封じて属性持ちになればいい。実際そういう魔法使いもいるんだ。ただ一度封じた魔力は元に戻せない。魔法使いと属性持ちの間には、高い権力の壁もある。どんなに奇麗事を並べても、この世界から権力の壁はなくならない」

「……そうだね、わたしもそれはわかるよ。持ってるのと持ってないのは違うって、こうやって普通の人の生活をしてると良く分かるよ。いいなって思うところも、不便だなって思うところもある」

 地面に伸びる短い自分の影を見つめて、わたしは迷っていた。

 庶民の暮らしをして、不便が多いけど自分が作るもので笑顔が見れることがわかった。

 カイン様やマデリーン様の近くにいると、美しいものや楽しいものがあるが、やはりきな臭い話もあるのだということがわかった。

 笑顔でばぁーちゃんの元へ送ってくれた両親が、実は強く魔法使いになって欲しいと思っていることがわかった。親戚もだ。

「……わたし長生きしたいんだぁ」

「はぁっ?」

 独り言のようにつぶやいたわたしの言葉に、ばぁーちゃんは目を見開いて驚いた。

「あんたまだ十代でそんなこと言ってんのかい!?」

「だって健康で長生きしたいの」

「あたしゃあんたが、なんでそんなことで悩んでるのかサッパリわからないよ」

 呆れたようにばぁーちゃんがため息をつき、足を止めた。

 腰に右手をあて、同じく立ち止まったわたしを左手で指差した。

「いいかい?人間はいつか死ぬ。今夜かもしれないし来年かもしれない」

「わかってるよ、そんなこと」

 口を尖らせたわたしに、ばぁーちゃんは「いーや!」と大きく首を横に振った

「これでも70年近く健康に美しく生きてきたあたしからすると、あんたは常にどれを捨てて生きようかと悩んでるんだ。そんなに捨ててばかりいたら、病気になるくらい悩む毎日だろうね。しかしどれも捨てたくない。で、毎日とりあえず頑張ってますってズルズル生きてる。そんな生き方するんなら、いっそのこと捨てるの止めたらどうだい」

「え?」

「魔法使いの権力もパンを焼くことも、副魔法もみーんな持つのさ。そのかわり自分の生き方に文句言われてもへこたれちゃあいけない。自分の人生だ。他人に口出しされたって止めるわけにはいかないんだからね」

「…………」

「やろうと思ったら一生懸命毎日過ごせるさ。パンを作りながら修行も出来ただろう?あんたがやろうと思わなかっただけだ。討伐隊だって、権力さえあれば優先的にうちに回すことだって可能だよ。そしたらあの若造が身を削って、領地内を駆けずりまわらなくったってすんだんだ」

「…………」

 わたしはいつの間にか俯いていた。

「別にあんたを責めるつもりはないけどね、あんたが成人するまであと1年もない。あたしが保護してやれるのも今のうちだけ。18になったあんたには、これまで以上の圧力がかかってくる。国は人材を欲しているからね。今なら属性持ちになれるよ。きっとこの冬が最後のチャンスだ。よく考えるんだよ?」

「……ジェシカさんにも何か圧力がかかってるの?」

 ゆっくり顔を上げると、ジェシカさんは黙ってうなずいた。

「別に隠す必要はないし、それが跳ね除けられないほどあたしゃ柔じゃないよ。ただ成人したアリスには、あたしの権限が効かないんだ。国の古狸共がやたらとうるさくてね。この間も叩き潰してやったのに、また出てきそうだよ」

 チッと忌々しそうに舌打ちすると、はぁっと大げさに肩を揺らして息を吐いた。

「黙っておくのも案外面倒なもんだね。あんたも充分世界を広げられたと思う。あの若造も決められている領主と伯爵家を継ぐ前に、決断するために騎士団に入って見聞を広めてきたんだ。若造は今必死だよ。守るものが山ほどあるからね。あんたも守るものができたら、きっと長生きしたいって考えふっとんじまうくらい必死に生きれるよ」

「わたしはジェシカさんみたいに強くない」

「そうだよ、あたしゃ強い。でも守るもんが出来たら、男より女が強いことだってあるんだ。あたしはログウェル家が大切だからね。もうそろそろあんたばかりかまっていられなくなったってことだよ」

「危ないことしないでよ?」

「相手次第だよ」

 ふふんっと挑戦的に笑うと、また歩き出した。

「と、いうわけであんたも健康で長生きしたきゃ、あたしを見習って大事なもん見つけて突っ走ればいいよ!あっはっはっはっ!!」

 確かにお酒とお肉ばかりの食生活のくせ、ばぁーちゃんは健康そのものだ。それにあの若作……美貌に体型。羨ましくないとは言えない。

「行くよ!」

「あ、はーい」

 我に返ったわたしはあわててばぁーちゃんの後を追った。


(大事なもの。大事なものってなにかなぁ)


 魔法、パン作り、笑顔、ふくらし魔法。いろんなことをごちゃごちゃに考えながら、ようやく家にたどり着いた。


「なんだ。本当に帰ってきたのか」

 久しぶりに顔をあわせたのに、あいかわらずの仏頂面のザッシュさんに迎えられ中に入る。

「酒は届いてるかい?」

「来た」

「よし、飲もう」

 さっそくばぁーちゃんが席についた。

「あれ?なんだか寒くないですか?」

 家の中がひんやりしている。

「あぁ、あいつらのせいだ」

 両手に酒瓶を持ったザッシュさんが、クイッと顎で奥を指した。

「あいつ……ってまさかわたしの部屋にあの精霊達が!?」

 言うが早いか、部屋に駆け出すと、一気に冷気が濃くなった。

「ひぃっ!」

 部屋の前にくると、わたしは立ち止まってひきつった悲鳴を上げた。

 ドアがすっかり凍りついていたのだ。

 これでは入れない!

「えぇっ!ザッシュさぁああん!!」

 半分鳴き声でリビングに戻ると、すでに酒瓶片手に飲む2人の姿があった。

「わたしどこで寝るんですか!?」

「……お前が戻ってくるとは予想外だった。何かあったか」

「なんてことないさ。子爵と令嬢が泊まるそうだよ」

「ほぉ。それでお前達が邪魔だということか」

「ファービー子爵令嬢といえば、確か16くらいじゃなかったかね。領地持ちじゃないが、王城勤めの役人の家柄だよ」

「へぇー。そんな人が何しに来たの?」

 ふと2人の動きが止まり、同時にわたしを見て眉間に皺を寄せる。

「アリス、お前本当に大丈夫かい?娘を紹介しに来たに決まってるだろう」

「俺でも予想がつくぞ」

 紹介、と聞いてハッと気がついた。

「え!?だから追い出されたの?なんで!?」

「馬鹿だね。猫かぶりでも、他の女に優しくしてる所なんて見られたくないに決まってるだろう」

「あ、そーか。ジェシカさんのことやっぱり考えてくれてるんだね!」

 契約上の妻とはいえ、カイン様はすごい考えてくれてるんだ、とわたしは目を輝かせた。

 だが対照的にばぁーちゃんは残念そうな目をしていた。

「……ダメだね、こりゃ。南京錠まで持ち出して反省させたって言ってたのに、まるで効果がないよ」

「南京錠?」

「この子がむちゃしないように、若造なりの躾だったんだけどね」

「やり過ぎだろう」

「でもわかってないよ、ほら」

「えー、2人して何言ってるの?」

 こそこそと小声で話していて聞こえないので、わざとすねてみた。

「別に」

 と、2人して言うと、そのままお酒を飲み始めた。

「まぁ、とにかくファービー子爵は若造のリストに上がった奴さ。何かいい具合に食いついてくれるといいけどね」

 そうか、それもあってわたしとばぁーちゃんを避難させてくれたんだ。

 やっぱり優しいな、カイン様。

 ジーンと感動しているわたしは気がつかなかったが、実は2人にもう1度残念な目で見られてため息をつかれていたなんて知らなかった。

 で、結局わたしはというと、空き部屋もないのでリビングに寝ることになった。

 お酒と一緒に届けられていた食事を並べて、ふと気がついた。

「あれ?フーちゃんは?」

「ん?フーなら普通のホウキとしてログウェル邸にいるよ。何かあったら知らせてくれるからね」

 すごい、フーちゃん!隠密みたいだ。

 

 すっかり夜も更けて、ザッシュさんが用意してくれたお風呂にじっくり浸って疲れを癒して廊下に出ると、何やら聞き覚えのある声がしていた。

「アリス!」

 なんと玄関にいたのはカイン様。

 馬で来たのだろうか、頬が少し赤い。

 あ、わたし寝巻きに上着ひっかけただけで出てきてた。

 でも別に注意されることなく、カイン様はザッシュさんの横を通ってわたしの前に立った。

 そして湯上りで熱いわたしの手を、冷たいカイン様の手が包んだ。

「明日の午後の約束は必ず守るから、どうかそれまで待っててくれ」

 ……明日の午後、と聞いてようやく思い出した。そういえば一緒に祭りに行くって約束してた。

「あぁっ!気にしなくていいですよ。お客様がいらっしゃるんでしょ。大丈夫です、1人で行けますし、どうぞお相手なさって下さい」

「えっ……」

 なぜか固まるカイン様。

「チャンスですよ、カイン様。頑張って下さい!」

 ログウェル領を狙う悪者が見つかるかもしれない、との意味合いでわたしは強くカイン様の手を握り返した。

「…………」

「カイン様?」

 なぜだろう。目が点になっているようだ。

 黙って固まったまま動かない。

「カイン様?」

 もう1度呼びかけると、カッとカイン様の目に力が入った。

「違うんだ、アリス!違うんだよっ」

 ガッと両肩をつかまれ、必死に訴えるカイン様。

「大丈夫ですよ、ばぁーちゃんもわたしも気にしてませんよ?」

「それが違うんだよっ!」

 何が違うのか、カイン様は「違うんだ」を繰り返す。

 途方にくれていると、カイン様の肩にザッシュさんが片手を乗せた。

「夜間に近所迷惑だ。今日は帰れ」

「しかし」

「明日また来い。アリスは引き止めておくから」

「……わかった」

 急にショボッと勢いがなくなったカイン様は、弱々しげにわたしを見た。

「明日、必ず来るから」

「え?だからいー……」

 いいですよ、と言葉はつなげなかった。

 なぜなら、さっきまで傍観していたばぁーちゃんが、いつの間にか背後にいてわたしの口を両手で塞いだからだ。

「とりあえずうなずいて、おやすみって言っときな」

 ボソッと耳元でささやかれ、わたしはこくっとうなずいた。

 口を塞いでいた手がなくなると、わたしはカイン様にうなずいた。

「待ってますが、無理はしないで下さいね。えーっと、おやすみなさい」

 そんなふうに見送ったわたしを、カイン様は捨てられた犬や猫のような目をして出て行った。


「あんたって子はひどい娘だね」

 え、なぜかばぁーちゃんが非難めいた目線をわたしに送っている。

「無事に帰るといいが」

 あのザッシュさんまで、窓の外を見てカイン様を心配している。

「え、わたし何かしたのかな?」

 ひきつった笑みで聞けば、ばぁーちゃんもザッシュさんも思いっきりため息をついた。




読んでいただきありがとうございます。

そろそろアリスに自覚してもらいたい……。


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