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ふくらし魔女と苦労性伯爵  作者: 上田 リサ
4.降りかかる厄災と金山(仮)
50/81

48 話

 反省ってただ考えるだけじゃダメらしい。

 

 反省という監禁生活2日目。

 今、わたしは手本を見ながら清書している。

 

 昨日の朝ごはんはカイン様が持って来てくれた。

 アナさん達にはわたしはしばらく用事で休む、という話をしたそうだ。

 そしてなぜか一緒に朝ごはんを食べたが、味はしなかった。気まずい雰囲気で小さなテーブルを挟んで、手早く食べたものなんてそんなもんでしょ。

 朝ごはんという名の対面式の拷問が終わると、カイン様はわたしに紙の束を渡した。

「ここにマデリーン嬢に会った時からの出来事、会話を全て書くんだ」

 日記というより、報告書のようなものを書かされることになった。

 え?これってあの朝の恥ずかしい仕度も書くのかな。記憶はないけど、マデリーン様じゃない人の胸を膨らましたとかも書くの?

「お昼またチェックするからね」

 笑顔のないままカイン様は厳しく言うと、そのまま部屋を出て行った。

 もちろん南京錠はしっかりかけて。

 ジャララッて音とガチャンという音が、他人事のように聞こえる。

 幸いトイレもお風呂も続き部屋に備えてあるし、生活するだけなら問題ないのだが、おしゃべりできないのは辛い。

 でも報告書を書いて合格をもらえば、きっとすぐに出してもらえる。許してもらえるはず。

 そう思ってわたしは前向きに報告書を書き出した。

 お昼はカイン様も忙しいようで、持って来てくれただけで一緒に食べず、わたしはほっとしてようやく味のある食事を楽しんだ。

 夜はそうもいかず、しかも報告書の提出を促されたのでまたしても味気ない、そして重苦しい雰囲気だった。

 その場でカイン様は報告書は見なかった。

 ただ「無茶をするな」や「こうやって閉じ込めているのは辛いんだよ」と、それはそれは切々と言い聞かされた。

 

 もうっ!反省してますってばぁああああ!!


 と、何度叫びそうになったことかわからない。

 翌朝、説教され疲れからかぐっすり眠ったわたし。

 結構神経図太いのは前世の激務の賜物だろう。寝るときには寝る。これ大事。

 おかげで朝ご飯を持ってきたカイン様を前にしても、昨日のようなビクビクした態度は取らず、ほぼいつものように食べていた。

「これ」

 朝ごはんの後、差し出されたのは昨日わたしが書いた報告書。

 無事に戻ってきたということは、これで許してもらえたに違いない。

「はい、ありがとうございます!」

 いそいそと受け取って目が点になる。

 わたしが書いた文章の横に、いろいろ書き足してある。しかも数個所どころじゃない。

「書き直し」

「え?」

「俺から見たものも書いているんだ。客観的にどう見られていたか再認識して欲しい」

 なんということだろう。

 もっと高度な反省を促されてしまった。

 赤○ン先生のような修正いっぱいの報告書を渡され、わたしはカイン様を見送った後机に向かった。

 そして冒頭に戻るのだ。


「えーっと、マデリーン様と会場入りしたところは『震える子猫のようにビクビクしていた』?」

 こうしてカイン様の訂正文に何度首を傾げただろうか。

 カイン様子猫は子猫でも、きっとわたしはノラの子猫ですよ。近づく人にとりあえず爪をたてて、シャーシャーと頑張って威嚇します。マデリーン様のような血統書付きの子猫ならまだしも……っていうか、子猫ってどういう表現だ。精一杯着飾っていたのになぁ。

「えーっと『周りには狼がいるにもかかわらず、危ないことこの上なく、さも頼りなさげに佇んでいた』?え?狼なんていたかなぁ」

 カイン様童話書いてるのかな。子猫とか狼とかあの会場にはいなかったようだが……。

 まぁ、機嫌の悪い人には逆らうまい。

 深く考えず、ただ黙々と清書する。

 やはりその日も昼食時はカイン様は持ってきただけで、反省文の進行度を聞かれることもなくただ一言「充分考えて書くこと」という、ありがたいお言葉だけですんだ。

 そして迎えた夕食時間。

「できました!」

 南京錠を外し、ワゴンを押して入ってきたカイン様に、わたしはどーだとばかりに両手に持った束の紙を差し出した。

 それを無言で受け取ったカイン様は、やはりまだ厳しい目をわたしに向けた。

「ただ書くだけじゃなく、いかに自分が危ないことをしていたのか理解できたかい?」

「はい」

 こくっとうなずいて、わたしは言葉を続けた。

「特に最後に追いかけようとしたのは浅はかでした。暗い庭の隅ということもあって、もしわたしがいなくなっても誰も気づかなかったと思います」

「そうだね。そのまま会場からいなくなっても、あぁいったパーティは普通の夜会と違って出入りのチェックはあまりしないんだ。顔もわからないしね」

 回答が正解だったようで、カイン様の目が少し柔らかくなった。

「あの、お聞きしたいことがあるんですが」

「……なんだい?」

 うわ、ちょっと柔らかくなったカイン様の目が再び厳しいものになった。

「マデリーン様のことなんですが……」

 遠慮がちに口にすると、カイン様の目がまた少し柔らかくなった。

「彼女がどうかしたのかい?」

「い、いえ。あの今どうされているかと思いまして」

 昨日聞いた話だとお兄様に連れて行かれたという話だったが、まさかわたしと同じ目にあっているとは思わないが気になった。

「彼女なら、あの日君を連れ出すときに一緒に兄上に連れて帰ってもらったよ。今頃彼のお説教を受けて部屋で大人しくしているだろう。今後は正式な夜会以外は出席させないと言っていたし、まぁ、今のアリスと大差ない状況だと思うけど」

 いえいえ、さすがに部屋に南京錠はかかっていないと思います、と心の中だけで突っ込んでおく。

「申し訳ないです。マデリーン様はわたしの為にとして下さっただけなので」

 前に1度この世で1番怒らせて怖いのはお兄様よ、と真顔で言っていたマデリーン様を思い出すと、なんだかもやもやした気持ちになる。

「…………アリスはまだ反省しきっていないようだね」

 冷たい声の響きにハッとして、いつの間にか下を向いていた視線をカイン様に向けると、そこには険をあらわにした顔があった。

「はっ反省してます!」

 とっさにシャンと背筋を伸ばす。

「そう?だとしたらマデリーン嬢も同罪だと思うけど。彼女も夜会に慣れて危険なことを遊びと思ってしまっていたんだ。アリスが同情することも気を病むこともない」

 キッパリ言われてしまい、わたしは「はい」と小さくうなずいてまた俯いた。

 そしてカイン様は大きくため息をついて目をそらした。

「あのババアの言うとおりだ。仲間外れにするととんでもない方向から加わってくるぞ、と言われた」

 え?それってわたしのことですか?

 視線をわたしに戻すと、カイン様は厳しく言った。

「反省してるかい?今回は本当に危なかったんだ」

「はい」

「2度と自分1人でどうこうするんじゃないよ。何かする時は必ず俺に言うこと、いいね?」

「え、絶対ですか?」

 しまった、ついうっかり口が滑った。

 あわてて口を閉じるも、カイン様の顔色には暗雲が立ち込めていた。

「…………もう少し反省の必要があるようだね」

「いえっ!必ずカイン様に相談しますっ!」

 だが今更いくら言い繕っても無駄のようだ。

 カイン様の覚めた目は一行に良くならない。

「ちゃんと離すけど……反省は継続だ」

 今夜南京錠が解かれる可能性が潰えた瞬間だった。

 全力で自分の馬鹿!と思っていると、カイン様がワゴンをテーブルの横につけた。

「さぁ、まずは夕食にしよう。今日はイパスがアリスの好きそうなものを作ってくれたよ」

 さっさと気持ちを切り替えたのか、意外に普通のカイン様が被せてあったナフキンを取った。

 そこには確かにわたしの好きなものがあった。

 パイ包みのスープだ。きっと中身はトローリとしたミルクスープだ。チーズ仕立てならなお好きだ。あとはパンとバター、そしてパリパリと皮を焼いた鶏肉と野菜のソテー。黒いソースがかかっている。昨日はなかったデザートにミルクプリンがある。

「せっかく反省が終わると思っていたのに残念だ」

 ボソッとつぶやいたカイン様。

 あぁ、ミルクプリンを作ってくれたイパスさんごめんなさいっ。次こそ反省を終わらせます。失言しませんっ!

「さぁ、食べようか」

 にっこり笑った2日ぶりの笑顔に、ちょっとひきつってうなずいた。

 まぁそれでも食べ物の癒しは偉大だった。

 パイ包みスープはやはりチーズ仕立ての濃厚ミルクスープで、具はキノコとベーコンという王道に加えクッキーの型抜きで抜いたのか、丸と三角の形の人参が入っていた。きっと残った外側の人参は、明日の朝食のオムレツにでも入っているのだろう。

 なんだか反省室解除のお祝いをイパスさんがしてくれているようで、パイ包みスープを美味しく食べながら「ごめんなさい」を繰り返した。

 夕食を半分以上平らげた頃、カイン様が話しだした。

「アリスには危険なことをして欲しくないから言わなかったけど、今度ログウェル領一体で行う収穫祭には囮の役目を兼ねているんだ」

 食べようとしていたパンを口から離し、わたしはカイン様を見つめた。

「あまり派手なものではないけど、それでも今のうちの状況を知るためにきっと食いついてくるだろう。その間アナ達には祭りを楽しむようにと休ませるし、来客用のメイドもすでに手配している。本当はアリスにもこの家から離れて楽しんでもらいたかったんだが、協力してもらうことにするよ」

「何をすればいいんでしょうか?」

「そうだね。少し計画を練り直すことになるけど、まぁまずは(かつら)を被ってメイドを継続かな。そして祭り用のパンを焼いて欲しい。それもお菓子のような甘い砂糖を使ったもので、もちろんこれを無料で配布する」

「子ども達が喜びそうですね」

「そうだね。でも甘いものは大人も好きだろうし、配布場所はこの邸の門を開放して行うつもりだ」

「え!?」

 さすがにその配布場所はないと思う。

 だって領主、それも伯爵家の邸の敷地に入るなんて平民なんて一生縁のないことだ。

「とにかく最低限の警備はするが、隠れてやってくるだろう(ねずみ)をどうしても捕まえたいんでね。幸いうちはまだ盗まれるような宝飾品がないからね」

 きっと物珍しさから大勢の人がやってくるだろう。

「配布する人間もメイドもイパスが厳選してきた者達だ。これは収穫祭の1日目だけだったが、アリスが協力してくれるなら2日目もやろう。最初は町のパン屋に頼もうとしたんだが、せっかくならアリスの柔らかいパンを配ろう。しっかり頑張っておくれ」

 どんだけの数を作らなくてはならないだろうか。

 しかも砂糖と甘いパン。ちょっと欲張れば見た目もいいほうがいいだろう。しかし数をこなすには請っていられないから、砂糖まぶしのパンがいいだろう。

「1日数百個は覚悟しておいてくれ」

「す、数百ですか……」

 今まで焼いたことのない数に、わたしはちょっと気が重くなった。

「しっかりパンを焼いて人を集めるんだ。きっと鼠もまぎれてやってくる」

 あぁ、鼠ってスパイってことか。

 やっと鼠の意味に気がついたわたしが、パン作りの本当の意味を知るのは当日になってからだった。








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