4 話
また今日もよろしくお願いします。
「いらっしゃいませー!」
今夜も元気に愛想を振りまく。
「アリス!3番テーブルだ」
「はーい」
持って行った先には、うちの店には似合わない2人組が座っていた。
1人は老紳士といった、旅装束の分厚いマントよりタキシードが似合いそうな品のいい白髪のおじいさん。もう1人は20代前半くらいか、若い銀髪の男性で同じく分厚い黒いマントを羽織ったまま座っていた。
「お待ちどうさまぁ!」
麦酒2杯と炒め物1品。ずいぶん少ない注文だが、たまに飲みなおしで来るお客もいるからそういうことだろうと笑顔で麦酒を置いた。
無言で顔を上げた若い男は、せっかくの綺麗な緑色の目をぼんやりさせ、なんだかひどく疲れているように見える。対しておじいさんはにっこり微笑んで「ありがとう」と言ってくれた。
……どうしたのかしら?
お客に深入りするんじゃないわよ、と勤めだした頃お姉様方に言われたのだが、どうにも気になって彼らが席を立つまでチラチラと見ていた。だが、結局彼らはそれ以上は注文せず、わずかな時間で店を出て行った。
「なに?今のお客が気になったの?」
ウェイトレス仲間が含み笑いしつつ聞いてきた。
「んー、ちょっとね」
「あの男の人かなり男前だったもんね。でも残念なくらい暗かったわね。失恋でもしたのかしら」
「死にそうな顔だったもんね」
くすっと笑うと、手招きしている店主と目が合った。
「8番テーブル!」
「はいっ!」
あわててわたしは仕事を再開した。
翌朝いつものようにパンを焼き、今日は朝市ではなく近場を売り歩いたので少し早めに家に帰れた。
わたしとザッシュさんの朝食を準備する。今朝は人参パンとカボチャパン。それからベーコンとキノコのミルクスープだ。ばぁーちゃんとザッシュさんは野菜嫌いで、こうでもしないとお酒と肉ばかり食べている。まぁ、ザッシュさんは出されたものはとりあえず食べるからいいが、ばぁーちゃんは生の野菜をそのまま出すと暴れる。
……70年近く生きてるくせに、たかが生野菜で暴れないでほしい。
ちなみに捨て台詞は「あたしゃ絶対食べないもん!」だ。
美魔女といえど「もん!」はかなり無理がある。嘘泣きしてもダメだ。
「仕事か」
2階から降りてきたザッシュさんが、昼の分を包むわたしを見ていた。
「はい、臨時のバイトなんですけど今日面接なんですよ。春にお生まれになるだろう皇太子様御夫妻のお子様のお祝いに使う、ものすごく大きなレースのテーブルクロスを作る仕事らしいんです」
大勢である程度の大きさのレース編みを作って、後から繋ぎ合わせるらしい。
王家直系のご誕生とあって、今国のあちこちでお祝いの準備が着々と進められている。王都はさぞかし立派で盛大なパレードなんかがあるだろうが、地方だって負けてない。誕生祭には領主が私財を使って領民達にご馳走を振舞うことになっている。もちろんその他にも楽隊を呼ぶところもあれば、旅芸人を呼び寄せるところもあるという。
「その仕事をお前がするのか。妙なもんだ」
「言いたいことはわかってます。でも、わたしは自分のために働いてるんで!じゃ、いってきまーす」
無言で席に着いたザッシュさんを尻目に、わたしは町の大通りの裁縫店を目指して走った。
魔法使いは体が丈夫だとばぁーちゃんは言っていた。
朝から晩まで働いているが、この2年でいえば数回軽い風邪をひいただけですんでいる。
今夜も軽いボディタッチをかわしつつ、イラッとしたしつこいお客はよろめく振りして足を踏みつけてやった。しかも小指狙い。やっぱりウェイトレスもヒール付きの靴にしてくれないかな、店主に色気がでるかもとか勝手なこと言って提案してみよう。
そんなことを考えながらフーちゃんと一緒に帰宅していた時だった。
「ん?」
家のすぐ近くの路上に、妙な黒い塊が落ちていた。
「フーちゃん、ちょっと寄って」
やや高度を下げ、じーっと目を凝らして見てみると、その黒い塊がマントを羽織った人だということが分かった。
こんな寒空に行き倒れ、とか朝になったら凍死してるんじゃないだろうか。
……1度見てしまったものは見なかったことにできない。きっといつまでもわだかまりができるに違いない。
……しかたない。
わたしは大きく白い息を吐いた。
その人を良く見ると綺麗な銀髪に青白い顔、前にお店に来てた若い男性だった。
「フーちゃん、ちょっとここでおいはぎに遭わないか見張ってて」
こくんとうなずいたフーちゃんを置き、わたしは家に走った。
葡萄の蔦の門を潜って帰ってきたわたしを、ザッシュさんは訝しげに出迎えた。
「フーはどうした」
久々全力で走ったので、息を整えながら人が倒れていることを伝えた。
「捨てておけ」
「そんな!」
いつもの仏頂面に戻り、ザッシュさんは「フーを呼べ」と言う。
「このままだと凍死しちゃうかもしれないよ!」
「仕方あるまい。気にするな」
「気になるっ!わたし一生後悔してしまうよっ!」
必死になって頼むと、ザッシュさんはそれはそれは面倒そうに目線をそらした。
「……いいだろう」
小さなその声に、ようやくわたしはほっとした。
ザッシュさんを連れて小走りに案内するが、やはり彼は急ごうとはしてくれなかった。しかし文句は言えない。言ったら「やっぱりやめる」と助けてくれないかもしれないから。
「こいつか」
冷たく見下ろした後、ザッシュさんは彼の顔を見て少しだけ目を大きくした。
「どうしたの?知り合い?」
「……いいや」
そのままだまって肩に担ぎ上げた。
やっぱりザッシュさんは力持ちだ。この間もパンを作る小麦粉を業務用で頼んでたら、ひょいっと担いで中に運んでくれた。
そういえば小麦粉残りが少なかったな。明日注文しよう。また値段上がってないといいけど。
人をザッシュさんに担がせたまま、わたしはこっそりため息をついた。
だって、ここ半年で1.5倍に上がったのだ。パンだって値上げしなきゃいけないが、それをお客さんに言うのが辛い。でも値段据え置きだとわたしもきつくなるし、何より周りのパン屋からまた何か言われるに違いない。ここは足並みをそろえないとなぁ。
家に入ると、ザッシュさんは家の中を見渡した。
玄関を入ってすぐ台所とリビングが一緒になっているので、ここにゆったりとした長椅子が1つあるが、夏ならともかく今は冬。とてもじゃないが彼を寝かせるわけにはいかない。
「お前が拾ったのだから、お前が責任を持て」
そう言って歩き出したのはわたしの部屋だった。
飾り気のない本棚と姿見の鏡、タンスと寝台だけの部屋。
ザッシュさんは彼を寝台に下ろすと、困った子を見るようにわたしを見た。
「熱はないようだが、おそらく疲労だろう。寝てれば治る」
「あ、はい、ありがとうございました」
ぺこっと頭を下げると、そこにポンッと温かな手が乗せられた。
「おやすみ」
それだけ言うと、ザッシュさんは部屋を出て行った。
わたしはそっと眠る彼の顔を覗きこんだ。
マントだけでも脱がせようかと、わたしは彼をゴロゴロ転がしながらどうにか脱がせることに成功した。そして予備の毛布も持ってくると、首までしっかりかけてやった。
あーあ、わたしは床だなぁ。
仕方ないと思いつつ、タンスの上部の小さな引き出しから魔石を取り出すと、飾り皿の上に置いて火の魔力を注いだ。
魔石がぽぉっと発火するような赤い火の気を帯びる。これで部屋を温かくして寝よう。いつもはしないけど、今夜は凍えそうな人がいるから特別だ。
魔石は再利用が可能で、割と高価だ。一軒に2つあれば充分といわれるので、一般の人は暖を取るのに薪を使うことが多い。しかも魔石の魔力が切れたら、役所に出向いて手数料を払い補充してもらわなくてはならないのだ。
実はこれもばぁーちゃんが仕事を辞めてから知ったこと。
一般の人の常識を本当に知らなかったんだなぁと、すごいショックを受けたことを覚えている。
それより、明日は朝市だ。帰りに粉屋へ寄って注文してこなきゃ、あとは食材も買わないと、と頭の中にいくつか浮かばせてゆっくり眠りについた。
ストックがある限り毎日できるだけ更新していきたいと思っています。
今日もありがとうございました。