47 話
こんにちは。
(どうしようっていうか、何でこの人がいるのっ!?)
仮面の中で大きく目を見開いて考えたのだが、上手く考えがまとまらない。
そうこうしている間にも、会話は途切れ途切れに続いている。
「息をして」
そっとささやかれた声に、わたしは急に息苦しさを覚えた。
急にカタカタと震えもくる。
「大丈夫」
優しくかけられた声に、わたしはなぜか安心感を覚えた。
スッと背筋を伸ばすのと同時にわたしの肩に乗せていた手を腰に回し、グッと力強く引き寄せる。
そのままお互いの首筋に顔をうずめるように、しっかりと抱き合った格好になった。
(……えぇええええ!?)
一瞬の間の後、カッと顔に熱がこもった。
急いで身じろぎしようとしたが、男性は抱き寄せる力を強くしてまた耳元でささやいた。
「静かに、そのまま」
ぎゅっと抱きしめられた腕の中で、わたしは膝がガクガク震えるくらいの緊張をしていた。
ドレスで見えないことを祈りつつ、目は狭い視界から男性の肩を見ていた。
ガサリと葉っぱがこすれる音がした。
「わぁっ」
「おぉっ」
最初にわたしを抱きしめている男性が驚きの声を上げ、それにつられて誰かが声を上げた。
わたしの顔は抱きしめたまま固定し、男性だけが顔を上げた。
「失礼」
「いや、こちらこそ」
「若いとはいいことだ」
笑いを含んだ物言いで、彼らは去って行った。
きっと彼らがさっき話していた人達だったのだろう。
あぁっ!わたしは後姿すら見れなかった。
緊張が取れ、わたしは男性の腕の中でがっかりしていた。
でも今からでも追えば見れるかも、とわたしは男性の腕に手をかけた。
「あの、放してもらえますか」
「後を追ったりしたら危険ですよ。あなたは危なっかしい」
「なっ……」
頭の中を読まれたようで、わたしは急な言い訳ができずにたじろいだ。
「あの、でも、放してもらえますかっ」
言い訳はともかく、いい加減この格好が恥ずかしくなった。
スッとした香水の匂いも嫌いじゃないが、こんなふうにベッタリとくっついているところをマデリーン様に見られたら、更に恥ずかしい。今日は恥ずかしいことだらけだ。
もぞもぞと動き出したわたしをしっかり押さえ込み、男性は静かにクスリと笑った。
「とりあえず今日はここまでだよ、アリス」
いつの間にか口にあてがわれたハンカチの香りを吸い込み、わたしは驚いて硬直したまま意識がなくなった。
。・☆。・☆。・☆。・☆。・☆
白い光が見えて、ゆっくり目を開けると天蓋の裏が見えた。
ボーっとしたまま毛布やシーツの温もりを感じていると、わたしの制御無しにお腹がグゥッと鳴った。
その音にビクッとしてすべてを思い出す。
「えっ!?」
ガバッと上半身を起こした。
仮面パーティにマデリーン様と出席し、夜の庭で妙な会話を聞いて、あの白と緑の仮面の男性に抱きしめられて……どうしたのだろう。
マデリーン様と再会した記憶もないし、帰宅したような記憶もない。
ただ今の格好はドレスもメイクも落としてあり、ゆったりとした夜着を着ている。
ふと枕元を見れば、読みかけの本があり、それは間違いなくわたしが連日寝る前に読んでいる本だった。
と、いうことはここはわたしの部屋、というかログウェル伯爵家のようだ。
寝台の下ろされているカーテンをそっと開くと、ひんやりした空気、そして近くのテーブルの上にわたしが身につけていた仮面や装飾品が置いてあった。
「夢じゃない……」
どういうことだろうと、わたしは寝台から下りてテーブルに近づくと、そっと仮面を手にとって眺めた。
ハッと思い出したのは全部ではないが、聞こえてきたあの会話だった。
精霊が解放され仕返しを恐れているようだったが、あいにくとその精霊はログウェル伯爵家に何時居ついている。
そして彼らはログウェル領の各地で行われる収穫祭で、何かをするようなことを言っていた。
何をするかわからないが、カイン様に伝えないといけない。
そういえば、この間ばぁーちゃんも釣れる釣れないと言っていた。きっとこのことだろう。
時間を見ればまだ夜明け前のようだ。
でもこのまま待っていることもできず、迷惑を承知でわたしはカイン様の部屋へ行くことにした。
着替えることもせず、ただクローゼットから上着だけ羽織ると、急いでドアノブを回した。
「あれ?」
カチャカチャと音だけが鳴り、肝心のドアノブは全然回ってくれない。
鍵か、と内側からの鍵を解くが、ドアノブは回ってくれない。
「え!?なにこれ!壊れてるの?」
焦って部屋を見渡すも、フーちゃんはいない。
ドンドンと扉を叩いた。
イパスさんが気がついてくれないかと思ったのだ。
ひとしきり叩いてみて、はぁっと扉にもたれかかっていた時だった。
ガチャン、ジャララと扉から妙な音がした。
咄嗟に扉から離れて様子を伺っていると、ゆっくりドアノブが回り扉が開いた。
なぜかそれが怖くて、わたしは身構えていた。
「起きたんだね、アリス」
扉を開けてくれたのはカイン様だった。
……ただ、その左手に持っているものが気になります。何ですか、その南京錠と鎖みたいなの……。
「どうしたの」
口調は優しいが、目が全っ然笑ってない。
前に見たな、えーっと、そう!マオスでずぶ濡れになって帰って来た時と似てるけど、体感温度は今の方が低い。
こっ、今度こそフラグってやつかな!?
そう思ったらますます、その左手のモノが気になってしょうがない。
「良く寝れた?」
「はっ、はい」
ビクつきながらうなずくと、カイン様の目が更に冷気を帯びた。
「そう」
カツッと1歩中に入ってきたので、わたしも思わず1歩引いてしまう。
カイン様は黙って中に入り、扉を閉めた。
数歩動いただけで、まだわたし達は扉の近くに立っていた。
気まずい雰囲気を打破しようと、わたしは口を開いた。
「あのっ、実はですね!収穫さ」
「パーティは楽しかった?」
声の大きさはわたしが勝っていたが、遮られた言葉に口を閉じた。
黙ったわたしに、カイン様は冷めた目のままほとんど無表情の顔を近づける。
「気をつけて、と言ったのに、君は場の雰囲気にのまれてしまっていたし、あの伯爵令嬢が側にいなかったらどうなっていたことか。俺が接触した時でさえも最低3回は誘拐されてるよ」
「え?ゆう?」
「最後はまた危ないことしでかそうとしてたから、もうダメだと連れて帰ってきたんだ。あのお転婆な伯爵令嬢はまだ夢の中だろうけど」
一体どういうことだろうと、視線をそらせないまま考える。
つまりあの会場にはカイン様がいて、わたしを見ていたという。そして接触したというが……。
困惑したままのわたしを見て、カイン様は目を細めた。
「まだわからない?白い仮面の黒髪の男が俺だよ。ちょっと声もいじっていたけど」
「あぁっ!」
思わずポンッと手を叩いてしまった。
だがニコリとも笑ってくれず、カイン様は相変わらず冷たい表情でわたしを見ていた。
「……すみません」
「マデリーン嬢の兄は小さい頃からの友人でね。損得無しで付き合える数少ない友人なんだ。そんな彼から妹が何か仕出かそうとしていると聞いた時は、まさかアリスをあの会場に参加させようとしているなんて、露にも思わなかったよ。君の仕度を手伝ったというメイドから連絡があり、会場であちこち探してみれば、君はガチガチに緊張して恰好の餌食になろうとしているし、余裕がないから挙動不審だし」
あれでも精一杯頑張って立っていたんですがね。周りから見ればそれがダメだったらしい。
「元々目をつけていたパーティだったから良かったものの、その特徴ある髪を隠そうともせず出向いて、何かあったらどうする気だったんだい。探偵ごっこじゃないんだ」
グサッと言葉が胸に刺さった。
カイン様から見たら探偵ごっこだったのだろうが、わたしはこれでも必死にしていたのだ。それを否定され、辛くならないわけがない。
努力を否定されたようで、じわっと目尻が熱くなるが泣くわけにはいかない。
ギュッと唇をかみ締めて、一言反論する。
「ごっ……ごっこじゃありません。わたし、本当に」
「わかってる、と言いたいが、今回は簡単には許さないよ」
姿勢を正したカイン様が左手に持つモノがジャラッと音を立てた。
「しばらくこの部屋で反省するんだ。食事もここに運ぶから、しっかり反省するといい」
「……はい」
わたしはもう顔を上げられないほどに落ち込んでいた。
「……俺もこんなことはしたくないんだが、今回は本当に危なかったんだよ」
最後は心配気なカイン様の言葉がかけられたが、わたしは俯いたまま立っていた。
やがて扉が閉まり、ジャララッ、ガチャンという鈍い音がした。
きっとあの南京錠がかけられたのだろう。鍵を持っているのはカイン様。
ずっと立っても扉は開かないので、わたしはトボトボと重い足取りで窓に近づいて、カーテンを少しだけめくってみた。
うっすら明るくなりつつある空は、まだ大部分が暗かったが夜明けが始まったらしい。
ぼんやり明るくなっていく空を見て、わたしはカイン様の言葉をずっと考えていた。
最初はしっかり反省していた。
でも明るくなった空を見ていたら、落ち込んでいた気分も徐々に上向きになり、あれこれ余計なことを考えるようになった。
そして気づいた。
(あれ?これって監禁っていうやつじゃないかな?)
冷静になった頭に「監禁」の二文字が踊る。
ぶつぶつと「監禁」という言葉を何度も唱えて、ようやくいつものわたしに戻った。
「えぇええええええええええ!?」
あのカイン様がありえないっ!本当に怒らせたのだとあらためて実感したわたしは、頭を抱えながら部屋の中を転げまわったのだった。
読んでいただきありがとうございます。
……隠していたようで隠していないカイン様ヤンデレ疑惑が浮上。とうとう南京錠を使っての監禁w 反省するまでの期限付きですがw
もちろんアナさん、メイちゃんには内緒です。ドン引きされること知ってますから。