45 話
こんにちは!
使者様は翌日の昼前に帰路に立った。
シナスさんも意味ありげな笑みを浮かべて馬車に乗り込み、それを見送るカイン様の表情は終始無表情だった。これにはアナさんも気がついて驚いており、メイちゃんは怖がっていた。
「領主様ご機嫌悪いの?」
「んー、やっぱりお偉いさんには威厳見せないとね」
「いげん?」
「んー、強く見せないとナメられちゃうじゃない?」
「あぁ、そうかぁ」
ポンと手を打ち、メイちゃんは納得した。
それから数日後、カイン様に呼ばれ各町長がやってきた。
各町の定例報告と、来月に控えた収穫祭の予算と計画について話し合いに来たのだ。
5人の客人を迎え、去年までは近くの宿に部屋を取っていたそうだが、今年はお邸に宿泊してもらった。数年前まではそれが当たり前だったらしい。
お客様がいる間はアナさんとメイちゃんは1日勤務となり、わたしも朝市でパンを売る日は、いつもより早起きして朝食を準備して少なめにパンを売りに出た。
全体での話し合いや、個人対談のようなこともしながら、3日後、各町長は帰路に立った。
前にも言っていたように収穫祭の予算は、ここ数年の中では1番多く貰えたようだ。帰っていく町長達の顔色も明るかった。特にマオスでお世話になったクスファ町長は、懸念していた冷害もなく、養蜂業も導入した蜂の育成も上手くいったようで、ぜひまた遊びに来て欲しいと言ってくれた。
わたしは次の日から2日お休みをもらった。
「では、いってきまーす!」
「気をつけて」
カイン様に見送られ、フーちゃんに乗ったわたしは夜空へ飛び立った。
背中には着替えなどの荷物を入れたリュックを背負い、ランプを小さく照らしてアデライト領へと向かう。
そう!用事はもちろんボディメイク。ふくらし屋の営業日。
夜会は明日だけど、どうしても前日入りして欲しいと依頼されたので、夜に飛んで行きますと伝えたらあっさり了承された。夜分にお邪魔するのも気がひけるので、近くで宿をとろうと思ってたけど、どうしてもお邸に直接来て欲しいとあった。
フーちゃんで2時間くらい飛べばつくアデライト領。
早くなった日の入りのおかげで、まだ町の明かりがついているくらいにはマデリーン様のお邸につきそうだ。
今日のフーちゃんは、わたしが上げたブローチをつけてオシャレしている。
今回の夜会は早い時間から準備するんだろうなぁ。場所は遠いのかなぁ、なんてのんきなことを考えて飛んでいた。
アデライト伯爵邸はログウェル伯爵邸より大きい、白亜の大邸宅だ。アデライト伯爵家は武人を多く輩出しているが、文官としての功績もあり、伯爵位の中では上位に位置する上流貴族。
そんなアデライト伯爵家と繋がりがあったばぁーちゃん。繋がったきっかけについては何も言われないから、こっちも怖くてその経緯を聞くことはしない。
どーかうちのばぁーちゃんが迷惑かけて繋がったという話ではありませんように、と願わずにはいられない。
「待っていたわ!」
王都の時と同じように正門の護衛に案内され、玄関をくぐったわたしを出迎えてくれたのは、すでにお休みかと思っていたマデリーン様だった。
「お待たせしてすみません」
あわてて頭を下げると、マデリーン様はそっと手でそれを止めた。
「いいのよ。それより話があるの。ついてきて」
そう言われてついて行くと、そこは応接室とは違う客室のような場所だった。部屋の両側に続き間へ続くドアがある。
「座って」
言われるがまま、マデリーン様の向かいの長椅子に座った。
お茶を持ってきたメイドを下がらせると、マデリーン様はようやく口を開いた。
「明日、仮面パーティがあるの。あなたも来てちょうだい」
「わかりました。随行者にも仮面が必要でしょうか?」
わたしは仮面を持っていないので、必要とあらば明日急いでそういった店に行き用意しなくてはならない。
「随行者じゃないわ。わたしと一緒に出席するのよ」
「え?」
「え、じゃないわ。わたしと並んで会場入りするの。いいわね?」
有無言わせない口調ではあったが、わたしの驚きはそれを上回った。
「むっ、無理です、マデリーン様!」
「まぁ、何が無理なの?作法は学園で学んだでしょう?」
「そ、そういうことではございませんっ!わたしは庶民です。貴族の方がご一緒のパーティなんて恐れ多いことです!」
「大丈夫よ。仮面パーティだもの。それに仮面パーティは富裕層の庶民も参加するのよ。仮面を被っていれば身分はわからないわ」
なんでもないことのように言うマデリーン様に、わたしはどうしたものかと考え、ベタな言い訳をすることにした。
「で、ですがわたしには服がありません。前に頂いたドレスも今日は持ってきておりません」
「大丈夫。わたくしのものを貸すわ」
言うだろうなぁという答えが返ってきて、わたしは次はどう言い訳しようかと考え出した。
そんなわたしを見て、マデリーン様はふぅっと小さく息を吐いた。
「ごめんなさい。ちゃんと言うわね。明日の仮面パーティであなたに知って欲しいことがあるのよ」
「え?」
真っ直ぐマデリーン様を見ると、彼女はこくっと小さくうなずいた。
「シシーを覚えているかしら?」
「はい」
実は先週マデリーン様経由で、シシー様お1人のボディメイクのご依頼があった。
確かあの時も仮面パーティだと言っていた。なんでもお友達と一緒に行くのだと、恥ずかしそうに笑うシシー様を覚えている。
「あの子がね、妙な噂を聞いてきたのよ」
「噂、ですか」
ギュッと口をつぐみ体に力が入る。
「仮面パーティは顔を隠したパーティだから、相手が誰かわからずに日頃言えないことを言いあい、話題を提供するパーティなの。正直その噂も悪いものが多くて、まるで根拠のないものも多いの。でもわたくし達貴族はそういう話が大好きなの。だからひっそり開かれるパーティでありながら、暗黙の了解で招待客が知人を連れてやってくるのも珍しいことではないわ。あぁ、もちろん純粋に楽しんでいる人が多いのも事実よ。シシーもそうだったの。だけど、お友達と休憩していた時に、ログウェル伯爵の話が聞こえてきたそうよ」
「か、領主様の!?」
「えぇ。かすかにだったそうだけど、話し方からしてあまり良くない話だったそうよ。離していたのは男性で、妬んだような口調が気になってしばらく聞き耳を立てていたそうだけど、会話はすぐに終わってしまったみたい」
わたしは急に心臓が早打ちするのを感じていた。
「どんな話だったんでしょうか」
スッとマデリーン様は目を細めた。
「シシーが聞いたのは途切れ途切れの言葉だったけど、出てきたのはログウェル伯爵のこと、ログウェル領の町の名前。魔石のことと『奴らは失敗した』という言葉。そして金山という言葉だそうよ」
「き、金山ですか」
「そうよ。何度も言っていたそうだから、間違いないわ。でもログウェル領に金山なんてないのに。ね?おかしいでしょ?」
「そうですね」
ゆっくりとうなずいてから、わたしは考えた。
カイン様は確かに少し前に、金山の共同出資者としての登録をした。でもシシー様の参加されたパーティとあまり変わらない頃だったはずだ。それに『奴らは失敗した』という言葉は、あの盗賊なのか、それとも海賊のほうなのか。
「ね?気になるでしょ」
いつの間にか俯くようにして考え込んでいたわたしが顔を上げると、マデリーン様が優しげに微笑んでいた。
「わたくしはあなたが好きだし、あなたのお師匠様のことも知っているわ。あなたのお師匠様は先々代のログウェル伯爵に恋されて、今もお慕いされているというのも知ってる。そんなあなたが現伯爵の側にいるんだもの。この話はぜひあなたにするべきでしょう?」
「マデリーン様……」
わたしは今までカイン様のことを話したりはしていない。
なのにマデリーン様は、わたしが昼間どこで働いているかご存知のようだ。
「手紙は今までと同じように出してるけど、使いの者があなたに会えない日が続いたそうだからちょっと調べたの。悪気はないの。ただの好奇心。もちろん誰にも言ってないわ」
にっこり微笑みを深くして笑った。
「そうなんですか。驚きました」
「ごめんなさいね。でも黙っているあなたも悪いのよ」
フンッとわざとすねたようにそっぽを向くマデリーン様に、わたしは「すみませんでいた」と素直に謝った。
「詳しくは聞かないけど、昼間はログウェル家で働いているのね。手紙はあっちに送ったほうが良いのかしら?」
「いえ、今まで通りでお願いします」
「そうね。なんだか話だけ聞いてると妙な事が起こっているようね。もし何かあったら、あなた1人でもここに逃げてくるのよ?わかった?」
心配そうに眉をひそめるマデリーン様に、わたしは苦笑した。
「わかりました。もしもの場合はお願い致します」
「もちろんよ。でもそのもしもにならないように、明日あなたはパーティに参加して情報を得るのよ」
「……わたしに出来ますでしょうか」
弱気になるわたしに、マデリーン様はころころと笑った。
「大丈夫よ。ただ聞き耳をたてていればいいの。みんなそうしてるから怪しまれたりもしないわよ」
「それなら出来そうです」
「でしょう?後はお料理食べて、適当におしゃべりして帰ればいいわ。こういうパーティは長居することはないわ。みんな適当に切り上げて帰っちゃうもの」
そして笑みを止めてじっとわたしを見つめた。
「マデリーン様?」
「……わたくし、本当にあなたをお友達と思っているのよ」
急に悲しげな顔でポツリとつぶやいた。
「だからね、本当は今日お誘いするのも迷っていたの。でもあなたを探らせていた者が、ある人に手を引くようにクギをさされたの。これ以上あなたを探るなとね。わたくし達は家を守るための探りを入れることもすれば、危険と判断した場合は手を引くわ。そしてそのまま何もなかったこととして振舞うの。でもそれができなかったわたしは、こうしてあなたを誘ったわけよ」
「あの、あの人っていうのは?」
「シナス、という人よ。表向きは騎士団員だけど、諜報関係の世界じゃ別な意味で有名みたいね。知らないほうがいいと言われたからそれ以上は知らないけど、でもわたくしはますますあなたのことが心配になったのよ。何も知らないで迎え撃つより、知って迎え撃つほうがいいに決まっているわ。だから呼んだのよ」
悔しそうに目を瞑り、そっと息を吐く。
「……これ以上わたくしは何もできないわ。家を危険には晒せないの。ごめんなさいね」
「いえ!むしろここまでしていただいて、本当にありがとうございます!」
座ったままだが、頭を下げてる。
「止してよ。まだ情報が手に入ったわけじゃないわ」
「はい」
大人しく顔を上げると、今度はニィッと口角を吊り上げて茶化すように言った。
「全部終わったら教えてね」
「はい。無事終わりましたら、必ず」
「楽しみにしてるわ」
ふふっと笑ったマデリーン様は、冷めた紅茶を一口飲んだ。
「さぁ、そうと決まったら明日は朝から忙しくなるわ。今日はもう寝なさいね」
そう言ってマデリーン様は立ち上がり、かなりの上機嫌で部屋を出て行った。
ポツンと部屋に残されたわたしは、どうしたものかとしばらく考えたが、そのまま長いすに座っているといつの間にか寝てしまった。
だが、まだ眠りが浅い時にメイドが部屋に入ってきて、ひどく驚いた様子で起こされた。
寝ぼけた頭で理解できたのは、今夜はこの奥の寝室で寝て欲しいということだった。
ふらふらしながら歩き、服を着替えて寝台に潜り込むとあっという間に夢の世界に旅立った。
。・☆。・☆。・☆。・☆。・☆
(きゃぁあああああああ!!)
絶叫したいがなんとか声を抑えている。
朝起きて、すっきりした味わいの果実水を飲むように言われて飲むと、突然現れたメイド3人が笑顔で湯浴みをするように言った。
言われるがまま浴室へと歩いていったのだが、ここからが絶叫の連続だった。
メイドが2人がかりで服を脱がせ、体を洗い、髪を洗い、腕や足の無駄毛処理までされた。
(いやぁあああああああ!!)
魔力放出と絶叫をしないのを心底褒めて欲しい!
「これもわたし達の仕事ですから!」
と、輝く笑顔で言われたのだ。脅すわけにはいかない。
「こうされることも、今回のアリス様のお仕事とのことですわ」
そんなオプション聞いてません。しかも後付けとか酷い。
お風呂に入れられたネコの気持ちが良く分かった。ちょっと気が抜けると、足が震えそうなくらい疲れた。
ふんわり柔らかくて厚みのあるタオルで、全身を軽く叩くようにして水気を取られ、髪にも何か塗りこんでいる。
「赤い御髪がお綺麗ですわ。ふふふっ」
メイドの目が妖しく光る。
「本当にお化粧なさらないようですね。お肌にくすみもなく、これは腕がなりますわ。ふふふっ」
頬をこねくり回すように、化粧水やその他を塗るメイドの目も怪しい。
そんな2人の目が一層輝きを増した。
「次は全身エステマッサージコースですわっ!」
(まだやるのぉおおおおお!?)
読んでいただきありがとうございます!