42 話
こんにちは!
その年、ビークの森の盗賊は3回出没した。
幸い重傷者を出すことなく、積み荷も大した被害もなくすんだ。
3回目に、カイン様達は盗賊の2人を捕らえた。残りは散り散りになって逃げ、そのままいなくなった。
捕らえられた2人は、異国の流人だった。
彼らは厳重に縛られて監視されていたが、最初から逃げる気などないかのように大人しかった。
出される食事や水はきちんと食べ、空の食器を差し出すときはその目に喜びすらあったという。
これも油断させるための演技かもしれないと、収容されているカサンドの自警団本部の牢屋では噂された。カイン様もビークの森とカサンドを何度も往復し、時折り彼らの様子を見に行っていた。
捕らえられた2人は頭に布を何重にも巻きつけ、それをとくことを極端に嫌がった。どうにか押さえつけて武器を隠し持ってないかの確認をして解放すると、2人はすごい速さで頭に布を巻きつけたと言う。
その見慣れない習慣を頼りに、カイン様は2人の異国人の国を探した。
そして彼らが捉えられて2週間後、ようやくその国がわかった。
海の向こうの隣の大陸のはるか南の国、パバール。
パバールは罪人の刑罰に刺青、そして孤島への島流しをおこなう国だった。
島流しは珍しいことではないが、それはあくまでも自国の領土内の孤島に送るものだ。間違っても他国の領土には放置しない。戦争の火種になるからだ。
カイン様はパバールの文字と、その訳が書かれた本を見つけ出し、単語の一覧を作成して彼らに見せた。
1人は首を傾げたが、もう一人はかろうじていくつかの単語が理解できたらしい。
また数日かけてカイン様や自警団の努力が始まり、どうにか少しずつわかってきた。
・自分達は罪人。
・船が流された。
・海で人に会う。
・陸で人に会う。
・命令聞かないは痛い。
「つまり彼らは流刑の途中海賊に襲われ、あの盗賊たちに引き合わせられたのだろう。そして奴らに従わなければ暴行されるので盗賊をしていたということだ。しかも下っ端で言葉もわからないから、仲間のことはわからないし、しかもあと3人他の国の言葉を話す奴がいたというんだ。一体なんなんだ、この一団は」
ガリガリとペンを持つ手に力を込め、カイン様は軍に出す報告書を書いていた。
「しかも扱いもひどかったらしくて、今の牢屋の生活に満足している。それどころか、噂で同情した者が差し入れを持ってくる始末だ」
はぁっと深いため息をつきながら、カイン様は書き続ける手を止め顔を上げた。
「間違ってもアリスは行くんじゃないよ。いいね」
「行きませんよ」
さすがのわたしも、いかに脅されていたとはいえ盗賊だった人たちに会おうなんて気にはならない。 最近ようやく自分のことをできるようになった、元護衛の人達を見ているせいかもしれない。
「同情っていっても、何か悪いことをして国を出された人なんですよね。大丈夫なんですか?」
「人を殺したりとかはしていないそうだ。罪名は盗みを繰り返したことらしい。まぁ、嘘かどうかは確かめようがないが、確かにあの2人は捕まえやすそうだと俺達が狙っていたのは確かだ」
いつも先頭を切ってくるが、すぐ逃げていたらしい。
捕まえたときにあった顔の傷も、仲間にやられたものだという。
「海賊ってローウェスの海賊でしょうか?」
「さぁね。海賊もあちこちいるから何ともいえないが」
カイン様は書き上げた書類をチェックし、丁寧に封筒に入れ蝋を垂らしてログウェル家の印璽を押した。
「そういえば、酒飲み魔女は帰ってきたかい?」
「ばぁーちゃんですか?いえ、まだです」
相変わらずカイン様はばぁーちゃんを決まった呼び名で呼ばない。奥さんなんだから名前でいいのではないかと思うけど、それは夫婦の問題だろうとわたしはあえて何も言わないでいる。
「金山の定例報告会議と納税額の推定申告、それに金山の増員も今月までだったな」
あれからすでに3ヶ月。
わたしはローウェスの酒場を辞め、カイン様の家で介護の手伝いをしていた。
週末には家に戻り、たまにマデリーン様の御依頼の仕事をして夜抜けることがあったが、毎日パンを焼いて、いつのまにかログウェル伯爵家にいることが多くなった。
季節は夏の盛りを越え、過ごしやすい時期へと移ろうとしていた。
「マオスの養蚕業に養蜂業もだいぶ持ち直しているし、今のところ新たな問題も起こっていない。ローウェスの海も今のところ穏やかで、少しずつ賑わいは戻ってきている。このまま作物が実ってくれるといいのだが」
ゆったりと執務椅子に背をもたれさせ、カイン様は遠くを見るようにつぶやいた。
「大丈夫ですよ。夏は暑かったですし、成長不良の話も来てないじゃないですか」
「……そうだね。考えすぎかな。つい今年はどこから食料を調達しようかとばかり考えてしまうよ」
ははっと笑っているが、去年もその前も相当苦労したのだろう。
作り笑いが痛々しい。
。・☆。・☆。・☆。・☆。・☆
3日後、元護衛さん達はそれぞれにログウェル伯爵邸をあとにした。
別れ際にカイン様にしっかりお礼を言い、なにかあったら声をかけて欲しいと、自分達と連絡がとれる所属するギルドという仲介紹介屋のことを書いた紙を渡していた。
「ギルドに頼むにも結構お金がいるんだけどね」
今のところ余裕がないからなぁと、カイン様は渡された紙を執務机の中にしまった。
「じゃあ、わたし片付け手伝ってきますね」
あの元護衛さん達が使っていた部屋に行くと、メイちゃんとお母さんのアマさんがイクリ君を背負って
せっせと片づけをしていた。
実はこの2人も、お邸に滞在するのが元護衛さん達だけになった時に、同時に契約を終了となるはずだった。だが、カイン様が不在でイパスさんがお邸の采配を一手に引き受けたため、結局人手不足解消にはならず延長をお願いした。
その相談をした時、アマさんは手を叩いて喜んだ。
メイちゃんもわたしのパンがまた食べられる、と喜んでくれた。
イクリ君は8ヶ月に入ろうとしていた。ころりと寝返りを打ってにっこにこでよだれをたらし、昼間起きている時間が多くなってきた。
そんな成長を見ていたイパスさんは、アマさんと今後について話し合った。
結果、メイちゃんは午前中今も時々行っている、教会で開かれている平民用の学校に通い、手伝いが必要な時は昼からの数時間通うことになった。アマさんはイクリ君の体調が悪くない限りは午前中を中心に通い、午後は特に用事がなければ帰宅することになった。
時間労働は短縮されるが、これはほとんどアマさんの希望通りだそうだ。
「メイちゃん、今まで学校休んでたのよね。ごめんね」
「ううん、大丈夫。家の手伝いが優先だもん。学校っていっても、みんな毎日行かないんだよ?」
「そうなの!?」
学園に入学したわたしは毎日学校に通っていたが、今思えばあれは魔法使いを育てる特殊な学校だった。あと貴族や裕福な家の子どもが通う、マナー学校や寄宿学校も一般人は通うことはない。
生きていくのに必要な知識を最低限教えるために開かれているのが、教会の慈善事業の一つである無料教育教室の解放だ。教室と言っても天気の良い日に、教会の敷地内に青空教室でおこなわれているものだ。そこには席も筆記具もなく、教科書という本も共同のものだ。おかげでこの国の識字率はかなりのものだ。捕らえられた盗賊の人達の国はきっと違うのだろう。
「書けなくても読めればいいしね。計算も少し覚えればいいし」
「えー、ちゃんと覚えようよ」
「ちゃんと覚えることは他にあるんだよ。例えば料理とかしきたりとか」
なんちゃって料理を披露しているわたしには、ぐっとくる言葉だった。しきたりとかは、もはやないに等しい。国の祝辞くらいしか知らない。
年下のめいちゃんが、ちょっとだけ大人に見えた一瞬だった。
そういえば、アマさんはお昼を担当してくれていた。おかげでいくつか料理やコツを覚えることができた。わたしもちゃんと習おうかな。
その日の夕方、ログウェル伯爵邸に高貴な手紙が届いた。
受け取ったイパスさんがカイン様へ渡して終わり、というのが普通なのだが、どういうことかメイちゃんを見送ったわたしが呼ばれた。
イパスさんも同席する中、執務室でカイン様からわたしに手紙が手渡された。
すでに開封してあり、カイン様は内容を知っているようだった。
黙って手紙を読み始める。
手紙はボレード副議長の直筆の手紙で、末尾にはブライント議長のサインも記されている。内容はマオスで回収し、ブライント議長に送ったあの針金のボールについてだった。
おおまかにかかれているが、あの針金ボールの中にはやはり氷の精霊が存在し、どうにか救出する為の研究と弱った精霊の回復に努めたことが書かれていた。やがて判明したのは、数年前、騎士団が回収した”箱庭”と名づけられた魔法具で間違いないこと。しかも解放するための鍵は、それぞれの”箱庭”によって違うということだった。どうにか試すうちに3つの”箱庭”を開錠できたという。だが解放された氷の精霊2体はすぐに飛び出して行き、1体は敵意をあらわに残る”箱庭”を部屋ごと凍らせて閉じこもっているという。今は信用のおける水の魔法使い2人を中心に、説得に当たっているという。
読み終えたわたしが顔を上げると、カイン様が難しい顔をしていた。
「飛び出した精霊はマオスに戻ったのかもしれない。ずいぶん怒らせてしまっているようだ」
「そう、ですね。でも氷窟に連れて行った時は嬉しそうでしたし、山に戻っただけかもしれません」
「だが今年の冬には山から下りるだろう。豪雪や寒さの対策を考えたほうが良いかもしれないな」
仲間の氷の精霊はおろか、雪の精霊まで一緒になって報復してきたらマオスが大打撃どころか、壊滅するだろう。
「全てを話して早期に住人を移住させるにも、土地と時間がかかる。資金もなければ、理由を話すことも難しい。例え理由を話しても、今までの生活を捨てられない者も多いだろう」
元々が雪深い地域なので、自分達ならどうにか春まで耐えられるという考えも生まれるだろう。
「……わたしが接触できればいいんですが、火の属性なのでわたしは彼らに嫌われます」
説得しようにも、あっちがわたしに気づいて距離を置くだろう。
「せめて飛び立った精霊達がどこへ行ったのかだけでもわかるといいのだが、こういうことを話せるのがアリスしかいなくてね」
「ばぁーちゃんなら、何か方法を知っているかもしれません」
そうであって欲しいと口にする人頼み。
カイン様もうなずいて、まだ空けていない大ぶりの封筒を手に取って見せた。
「こっちはその本人からの手紙だ。今から開ける」
良い報告ではないのだろうな、とカイン様は遠回しに言った。
ばぁーちゃんなら良い報告は飛んで帰って来て、偉そうにカイン様に直接報告するだろう。
わたしもゆっくり開けられる封筒を、じっと緊張の面持ちで見ていた。
コトリとペーパーナイフが置かれ、中から折り曲がっていない書類を取り出した。
じっとその書類を見ていたカイン様の目が、徐々に見開かれる。
「……嘘だろ」
ポツリとこぼれ出た声に、わたしとイパスさんは顔をゆがめた。
続く言葉が怖い。
わずかな沈黙の後、カイン様の唇が動いた。
「……金が、出た」
その言葉に、今度は目を丸くするわたしとイパスさん。思わずお互いを見合ってしまった。
そこから忙しなくカイン様の目が動き、あっという間に数枚の書類を読み終えた。
「共同出資登録料を払わなければ受け取れないだと!?金貨30枚!?」
バサバサと広げた書類を前に、カイン様は頭を抱えた。
「……しかたございません、カイン様。金山はジェシカ様の個人財産ですから、いろいろと制約があるのでしょう」
「……用意できるか?納付日まで時間がない」
「いくらか失いましても、どうにか」
「頼む」
一礼し、イパスさんは踵を返した。
わたしもざっと手持ちの財産を計算するが、金貨3枚にも届かない。
執務室の部屋からイパスさんが今まさに出ようとした、その時だった。
ドンッと強く執務室のドアが1度叩かれた。
ギョッとして顔を上げるカイン様と、足を止め顔を引き締めるイパスさん。
「アリス、こっちへ」
わたしを近くに呼ぶと、カイン様は黙って立ち上がり壁にかけてあった剣を取った。
それを見て、イパスさんがドアへ近寄る。
「誰だ」
強い口調で問いかけると、ガチャリとドアノブが回された。
ゆっくり開いたドアから、ヒュッと2つの白い光が入ってきて執務室の中を自由に飛び回る。
「え?あれ?」
ポカンと見上げたわたしに対し、カイン様はドアの向こうへの警戒を緩めていなかった。
「誰だ」
もう1度問いかけると、ドアが大きく開いた。
「そいつらがうるさいから連れて来ただけだ。すぐ帰る」
「ザッシュさん!」
開いたドアの向こうには、仏頂面のザッシュさんが立っていた。
何事もなかったかのように迎え入れるイパスさんの横を通り、数歩室内に入ったザッシュさんは飛び回る白い光を睨んだ。
「早くしろ。俺も暇じゃない」
剣を下げたカイン様の前に、白い光が2つ並んで下りてきた。
戸惑うカイン様に、ザッシュさんはフンッと鼻を鳴らして仕方なさそうに話した。
「そいつらはお前とアリスが助けた氷の精霊だ。お前達に渡したいものがあるらしい」
「せ、精霊!?」
「手を出せ」
言われるがまま、カイン様は剣を床に置き両手を差し出した。
精霊たちはゆっくり両手の上に並ぶと、そっとカイン様の手を包み込んだ。
そして離れた時には、カイン様の手の中に輝く小さなものが2つあった。
「これは……」
カイン様が自分の手の中のものを見た。
わたしも横から見て、それが何か気がついた。
「これって”氷の涙”?」
「え?」
どうやらカイン様は知らないらしい。
「”氷の涙”は宝石の一種で、ものすごく貴重な石です。冬の精霊が授けるという話を聞いたことがあります」
「それを俺達に?」
カイン様の問いかけに、精霊たちはいつかのように淡く点滅した。
「用事はすんだな。俺は帰る」
「あっ、ちょっと!」
と、あわててカイン様が引きとめようとするも、ザッシュさんは振り返りもせずに出て行った。
「お、お見送りしてまいります」
イパスさんがあわてて後を追った。
「あの、カイン様」
呆然とするカイン様に、わたしは現実的なことを言った。
「これ売ると金貨30枚じゃすまないですよ。登録料なんとかなりますね」
「え、いや、しかしっ」
チラッと気にするのは精霊達のことのようだ。
「怒ってないですよ。だってお礼に来てくれたんだよね?」
わたしの言葉に、精霊たちは点滅を繰り返す。
「せっかくですが、この際これは有効活用すべきです。ここにおいて置いても金貨1枚にもなりません。さっさと売るべきです」
「しかし、貴重な宝石ならアリスも」
「欲しくないです。それより何より資金ですっ!」
珍しくわたしが押していると、精霊たちもそれを応援するかのように点滅を始めた。
やがて戻ってきたイパスさんがわたしの味方につき、こうして登録料の心配がなくなった。
で、その後精霊たちはなぜかログウェル伯爵家の一室を凍らせ住み着いた……。
読んでいただきありがとうございます。