41 話
こんにちは。今日もよろしくお願い致します。
「シナス・エングリー、37才。よろしく!」
あっけに取られたわたしに、シナスさんはニカッと歯を見せて笑って片手を上げた。
壮年の騎士は無表情のカイン様を前に、応接間の長椅子で堂々とくつろいでいた。
灰色の髪は両サイドを刈り上げ、短いモヒカンのようになっている。日焼けした肌を持ち、顎の先に短いひげが生えている。見た目は陽気な人。そして空気が読めない人らしい。
玄関先で出会ったあと、わたしはスッと腕をとられて「案内よろしく!」と引っ張られてしまったのだ。
すっかり馴染んだお邸の地図が頭にあったせいで、わたしは気が付いたらこの応接間にシナスさんを案内していた。
「いやー、疲れた疲れた!」
と、言いながら長椅子にどっかり座ったシナスさん。
入り口近くで放置されたわたしは、我に返ったもののどうしようかとオロオロしていたら、後ろからカイン様が無言で入ってきてドアを閉めてしまった。
……そして今、一緒に並んで長椅子に座っている。
なぜにっ!?と声を大にして叫びたい。
そして隣のカイン様の無言の怒りというか、不機嫌さ全開の雰囲気を壊したい。
あぁ、それなのに目の前の騎士は、ますます足を広げてだらけている。このままだと長椅子から滑り落ちるのも時間の問題だろう。
トントンとノックされ、唯一の救いの神、イパスさんがお茶を持って現れた。
「粗茶ですが」
珍しく前置きしてシナスさんの前に置かれたのは、透明な水が入ったコップ。コップが汗をかいているから、きっとキンキンに冷えているのだろう。
「なんだこりゃ!?水かよっ!」
大げさに驚くシナスさん。
「我が家の1番古い井戸から汲んだ新鮮な水です。冷えているうちにどうぞ」
無表情のカイン様が淡々と勧めるも、シナスさんはがっくりと肩を落とした。
「俺はマオスのハチミツ入りの紅茶が飲みたかった……」
「そんなものはありません」
と、言ってカイン様が手にとって飲んだのは紅茶。
「あるじゃねぇかっ!」
ガバッと顔を上げたシナスさんに、カイン様はカップを逆さまにして見せた。
「ありません」
「どんないじめっ子だお前ぇええええ!」
「討伐隊の皆様には柑橘系の果実水と、アリス様にご用意頂いた焼き立てパンを召し上がっていただいております」
丁寧に紅茶を注ぎ足すイパスさん。
「えぇっ!俺、水だけなんだけど」
「おかわりはたっぷりありますよ」
カイン様がワゴンの上の水差しを手で示した。
「イジメだ!」
シナスさんは水を一気飲みした。
「アリス様、少々お手伝い願いますか。パンが好評でして」
「あぁ、昼の分があるので、それ焼きますね」
早くこの部屋を出たいわたしは、さっさと立ち上がった。
「俺にもくれ!」
「おかわりどうぞ」
ドボドボとコップに水を注ぐカイン様。
「なみなみ注ぐな!こぼすだろうがっ」
「うちの数少ない家財です。濡らさないで下さい」
無表情が全く解けないカイン様は、シナスさんから目を離さないでいた。
「あの、失礼しました」
ペコリと形だけのお辞儀をして急いで部屋を出る。
ドアを閉めるとき「パンよろしく!」と聞こえたが、構わず閉めた。ごめんなさい。
今頃イパスさんがシナスさんにも紅茶をいれてくれていることを願いつつ、わたしは台所に行くと、昼の分のパンを焼くためにオーブンを温め始めた。でも人数がわからないから、どれだけ焼いたらいいかわからない。
形成したパンに、疲れているだろう討伐隊の人達のことを考えて白パンの半分に、砂糖をふりかけて焼く。
焼いている間にイパスさんが戻ってきた。
「何人くらいいらっしゃるんですか?」
「10名程です。ある方に軽食はないかと聞かれましたので、朝の残ったパンをお出ししたら好評でして。いつの間にか全員が食べたいとおっしゃいまして」
「嬉しいですね。今焼いてますから。あ、お昼の分は後で仕込みます」
「申し訳ありません」
いいんですよ、と手を振ってから、わたしはちょっと声を潜めた。
「あの、お聞きしても良いですか?」
「シナス様のことですか?」
しっかりお見通しだったらしい。
こくっとうなずくと、イパスさんはにこっと微笑んだ。
「お気になさらなくても、あの方は悪い方ではありません。騎士団に入団したカイン様が従騎士として仕えた方です。カイン様が正騎士になりましても交流がある方です」
「でも、なんだかカイン様おかしくなかったですか?よそよそしいというか、冷たいというか」
「大丈夫ですよ、アリス様。人にはそれぞれの付き合い方があるのです」
いや、それでもあの付き合い方は変ですよと言いたかったが、パンのいい匂いに気づき深入りするのをやめた。
「アリスさーん!」
パタパタと小走りにやってきたのは、茶色い髪を三つ網にした小柄な少女。最近ニキビができたと、前髪でおでこを隠して悩んでいるメイちゃんだ。
「うわぁ、おいしそうな匂い!兵隊さんに催促されちゃって」
「催促だなんて、どんだけお腹すいてるのよ」
「皆さんおもしろいんですよ」
くすくす笑っているメイちゃんを見て、わたしも何となく討伐隊の人達へ興味がわいた。
「そういえば、シナスさんは騎士なのに討伐隊を率いてきたんですか?討伐隊って軍所属ですよね?騎士団とは所属が違いますよね?」
「そうですね。わたしもそれが気になりますが、今それをカイン様もお話なさっていることでしょう。さぁ、それよりパンを運びましょう」
3人でパンを運んでテラスに出た。
若い人達ばかりの討伐隊のようで、シナスさんより年上は見当たらなかった。
聞けばやはり全員軍所属の兵士で、シナスさんとは今回初めて顔を合わせるとのこと。それでも軍の上層部からの命令だから、自分達もあまり深く考えないで任務のことだけ考えるようにしているとのことだった。
しばらくしてシナスさんが、やはり無表情のままのカイン様と一緒にやってきた。
「あー!お前らずるいぞっ!」
シナスさんが残り少ないパンを奪いに突進してきた。
何人かはカイン様を見て顔を引き締めたが、自分達の隊長の暴れっぷりを見てどうしたものかと目線をさ迷わせている。
「シナスさん、とっとと任務に行って下さい」
カイン様の良く通る声が響くと、隊員達は動きを止めて自分達の隊長を見た。
シナスさんはパンを頬張りながら、忌々しげにカイン様を睨んだ。
「あーもぉ、うるさい坊ちゃんだな!おーい、お前ら準備しろぉ、出発するぞ」
「はいっ!!」
と、全員の声が重なり慌しく出発の準備を整えて、15分後には全員が騎乗していた。
シナスさんが最後尾で手を振ってくれたが、カイン様は無表情で立ち尽くし、わたしはそんなカイン様に遠慮して控えめに手を振り、メイちゃんだけが両手で手を振ってお見送りしてくれた。
わたしはカイン様に呼ばれて執務室に一緒に上がった。
「驚かせて悪いね。あの人は昔からあぁでね」
ようやく疲れた顔を見せたカイン様は、執務室の中央にある長椅子にゆったりと座った。
わたしも向かいの長椅子に座るよう言われたので、遠慮なく座った。
「ローウェスで掴まった海賊達が所有していた魔砲台だけど、あれは間違いなく西のシエーユ国で作られた小型のものだったそうだよ。シエーユの武器商人数人のもとに我が国の商人が買い付けに来たらしい。しかも数回にわたって、他の商品と一緒に魔法台の部品を手に入れたそうだ」
「部品をですか?」
「そうだ。その商人達も依頼品だったらしく、依頼人に渡したあとは何も知らないというんだ。連絡方法もなく、それ以来連絡もないらしい。軍の関係者らしき書類を渡されていた者もいたようだが、ニセモノとわかったし署名印も架空の人物のものだった。つまり誰かが部品を手に入れ、それを国内で組み立てたようだ。シエーユも技術者の確認を急いでいるらしい。もちろんアンバシーにおいても技術者の確認を急いでいる。彼らは魔法使い同様国に従属する職業だからね。おいそれと国外に出ることは出来ない」
カイン様は立ち上がり、執務机の上から紙とペンを持ってきた。
「ログウェル領がどんな位置にあるか知っているかい?」
スラスラとカイン様はペンを走らせながら聞いた。
「えっと、王都の南にある沿岸沿いの領地です」
「そう、こうだよ」
描いていたのは簡単な国の形と王都、そしてログウェル領をあらわす丸が2つ。
「そしてこれが王都へ続く大街道」
2つの丸を線で繋げる。ログウェルから先は急に北西の方向へ曲がり、王都の反対側から出た大街道へ、大きく迂回して繋がった。
「そしてうちの領地の周りはどうかな」
「ログウェル領の周り、ですか?」
うーんと考え、学園でも苦手な地理を思い出す。
「確か王都とログウェル領の間は国の直轄地だったと思います。隣の領地は確かこの迂回している大街道の横、この辺りにアデライト領があります」
アデライト領はマデリーン様のご両親が治めている伯爵領だ。
仕事の依頼がある時は、人気のないところでフーちゃんに乗っていく。
「そうだね。つまりログウェル領とアデライト領の間も国の直轄地なんだ」
アデライト領を示す丸を描き、周囲を斜線で表す。
「アデライト領の先は領主のいる領地が続く。こうしてみるとうちがどういう状態かわかるね?」
「……直轄地に囲まれてるってことですか?」
こくっとカイン様はうなずいて、ペンを置いた。
「ただ直轄地に領地を囲まれているだけじゃない。わざわざ大街道を走らせているという点でも、ログウェル領は昔から重要視されている領地でね。いろいろな特産品を輩出し国に納めているということで、地位以上の優遇を受けている土地なんだ。昔戦で手柄をたてた当主に、王族の姫君が嫁いだこともあってたらしい。まぁ、今から120年くらい前らしいけど」
「すごいですね!」
「そんなわけで時々俺みたいな先祖返りが出るんだよ」
そう言って引っ張ったのは自分の銀髪。
確かにアンバシーの王族は銀髪が多い。
「うちの両親も祖父母もこの色はないからね。おかげで騎士団に入ったとき、というかさっきのあの人に散々からかわれてね。それがまさか討伐隊としてやってくるなんてね」
「あ、それ疑問に思ってたんですが、どうして騎士様が軍の兵士さん率いてるんですか?」
カイン様はスッと目を細めた。
「あの人は無駄に人の弱みを握っているからね。まぁ、今回は俺と話すために引き受けたなんて言ってたけど、本当のところはどうだかわからないよ。あの人はちょっと特殊だからね」
「悪い人ではないと聞きましたけど」
「悪い人ではないだろうけど、あの人は知りたいことには貪欲なんだ。実際うちの領地が、一部の王侯貴族から狙われているって話を教えてくれたのはあの人だしね」
「えぇっ!?」
「いろいろ考えたらそういう結論になるのが1番だろうね。人は貪欲に何かを求めるから、力のある貴族なら精霊を閉じ込めたりするような無慈悲なこともするだろう。ログウェル家が爵位を返上すれば直轄地になるかといえば、それも難しいんだ。それならどこかの貴族の領地としてしまうほうが簡単でいい。最近のなりふり構わないやり方は、きっと相手がイライラしているんだろう。いつまでたっても俺が根を上げないから」
困ったように笑うと、カイン様はわたしを見て驚いた。
「あ、アリス!?どうして泣いてるんだ」
「え?」
言われてわたしは、初めて頬に涙が流れているのに気がついた。
「あ、あれ?」
おかしいな。わたし悲しくなんてなかったのに。
むしろ言い方は悪いかもしれないが、嬉しかった。
今までずっと自分の中だけにしまっていたカイン様が、わたしにいろんなことを話してくれたのだ。ようやく信用してもらったのだと思ってたのに。
「大丈夫だよ、アリス。きっと今回の盗賊もすぐに片付けるからね」
立ち上がったカイン様が、そっとハンカチで涙をぬぐってくれた。
え?ハンカチ携帯必須ですか。わたし今持ってないかも。
「ふぇっ」
まだ泣き止まないわたしに、カイン様はオロオロした。
「ごめん。木綿のハンカチは痛かったかい?絹のハンカチはどこだったかな」
「ち、違いますぅ、うぅっ」
何ですか、その気遣い。男性なのに女子力高いとかやめて下さいよ。
袖でゴシゴシしようとしたわたしはなんですかね。
しばらくして泣き止んだわたしの頭をなで、カイン様は目線を合わせた。
「明日からしばらくビークの森の近辺の村に行くことになったから、負担が大きくなるけど彼らの世話を頼むね」
「はい。カイン様も気をつけて」
翌日、カイン様はカサンドの自警団から特に腕のたつ5人とともに出発した。
読んでいただきありがとうございます。