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ふくらし魔女と苦労性伯爵  作者: 上田 リサ
4.降りかかる厄災と金山(仮)
41/81

39 話

こんにちは!

 朝日よりも早く台所に立つ。

 噂のことを考えていたら眠れず、いや、少しは寝たのかもしれないがほとんど寝てない。

 結局そのままパンを作る。

 マオスから仕入れてきたチーズとか小さく切って入れちゃおうか、と昨日の昼前までは考えていたが、今はとてもそんな気分じゃない。

 いつも通りのドライフルーツ入りにジャムパン、基本の白パン。でもちょっと豪勢に、王都で仕入れたお砂糖をたっぷり振りかけたパンを焼く。

 焼けた砂糖の甘い匂いがたまらない。

 味見と称して1個ペロリと食べた。

 ……寝不足で食欲中枢がおかしくなったのか、全然おなかにたまらない。

 いつも作っているうちにお腹が膨れてしまい、食欲がわくのがパンを売り終える頃だと言うのに。

 

 やはりいつもより早い時間に家を出る。

 ログウェル伯爵家の厩舎とは雲泥の差がある、小さな小さな小屋をのぞく。

 「アレンシア」

 アレンシア、それはこのロバの名前。

 名付け親はばぁーちゃん。ザッシュさんには「これ」とか「おい」としか呼ばれていなかった。

 メスで大人しいアレンシアは、時々ザッシュさんとどこかへ出かける。

 だからアレンシアがいる時に粉や多めのパンを焼いて出かけるのだ。

 昨日ザッシュさんが出かけたので、やっぱり大量のパンは焼けないかなっと思っていたけど、夕方に鳴き声が聞こえたからあわてて世話をしに出た。


 アレンシアの引く荷台に、ほかほかといい匂いを漂わせながら結構な重さになったパンを運ぶ。

 わたしも荷台に積めなかったパンを籠に入れて持ち、アレンシアとゆっくり大通りを目指した。

 空が白んできた頃ようやく大通りにたどり着いた。

 すでに場所取りは始まっており、荷解きをする人たちがウロウロしていた。

 「あ、空いてた」

 いつも買ってくれる宿の前。

 すでに1人広げているが、どうやら木製小物売りのようだ。

 同業者でないことを確かめ、わたしは「おはようございます」と声をかけながら近づく。

 荷台をテーブルに見立て布を敷き、籠に山盛りのパンと、あふれたパンも今日は布の上に並べる。

 まだ並べきれない分は、仕方なく手持ちしてきた籠に入れ布を被せて足元へ置いた。

 「やぁ、あんたパン屋か。丁度いい」

 1番客は隣の商人だった。

 ドライフルーツと砂糖を振りかけたパンを買い、自分の敷地に戻ってさっそく食べていた。

 「あんた、これすごく美味いよ!同じものをもう1つずつおくれ」

 「ありがとうございます」

 さっそく手にとって渡していると、次のお客が来た。

 「おはよう、久しぶりだね。元気だったかい」

 「はい」

 「おはよう、あんた結婚するって本当かい?」

 別のお客が来て、早くもその話が出た。

 「違うんですよ。結婚もしなけりゃ相手もいません。みんなちょっとした勘違いで、噂だけ広がってるんですよ」

 やだなぁと、あくまでも困り顔で笑う。

 変に動揺すると勘ぐってくる人も多いからだ。

 こういう場合は余裕を見せて対応するのが1番だ。

 「親戚が顔見せに来て、昔良く遊んだお兄さんだったんでつい話し込んでしまったんですよ。それが勘違いで広まったみたいで」

 相変わらず困り顔を継続させ、次々に訪れるお客にパンを売る。

 もう余計な話はしない。

 とにかく同じ台詞を何十回と言おう、と決めてきたのだ。

 そうなんだねとあっさり引く人や、なぜか意味深に笑って行く人、照れなくていいと最初から話を聞いてくれない人など様々だった。

 「あんた結構大変だな」

 オウムのように朝から同じ台詞を繰り返すわたしに、やはり台詞を何十回と聞いたであろう隣の商人が気の毒そうに見ていた。

 えぇ、もう少しパンがあるから頑張ります。

 「にしても、商隊が来るって聞いたんですがいつも通りの朝市ですね」

 「そうだなぁ、せっかく準備してたんだが」

 大通りはいつも賑やかに人の往来があっている。商隊が来るとなるとお祭りのような賑わいになり、商隊も店をどんどん出すのであっという間に場所が埋まるのだが、今日はまだポツポツと開いている。

 大勢の人が集まれるような場所は、もともと商隊のために確保されていたのだが、そこすら空いているという話だ。

 結局それ以上賑わうことがなく、わたしは残り数個となったところで店を閉めた。

 家を出るときパンとチーズを置いて出てきたので、いればザッシュさんは食べるだろう。わざと残した5つのパンはカイン様へ届ける為のものだ。

 アレンシアとともにてくてくと歩きログウェル伯爵邸までやってきた。

 いつも開いている裏手の使用人用の門から中に入る。

 ヒヒッとうちのアレンシアが鳴くと、少し離れたところに見える厩舎から馬の鳴き声が聞こえてきた。

 「あれ?アレンシア、あんた初めて来たのよね?やっぱり大きさは違うけど馬同士仲がいいのかしら」

 いつものように台所に通じる裏口のすぐ側にアレンシアを残し、パンの入った籠を持ってドアを開けた。

 

 「…………!」

 「……」

 

 台所は誰もいなかったが、お邸の中からは何人かの人の話声が聞こえてきた。それも早口であったりして、どうも普通じゃない。

 (なんだろう)

 籠を台に乗せると、わたしは足を忍ばせてその声の方向へ向かった。

 食堂は誰もおらず、廊下を玄関のほうへ歩いていく漂ってくる消毒液の匂い、そしていくつかの部屋のドアが開きっぱなしになっていた。

 そこから急に人が出てきた。

 男の人で、手に洗面器を持っていた。

 わたしも驚いたが、相手も驚いたようで一瞬立ち止まったもののすぐ歩みを再開した。

 「君は手伝いの子?」

 「え?」

 「悪いが水を汲んできて欲しい」

 差し出された洗面器を、わたしは小さくうなずいて受け取った。

 「頼むよ」

 そう言って彼は出てきた部屋に入っていった。

 よくよく周りの音を聞いてみると、人の話し声の間にうめき声も聞こえる。

 (大変っ!)

 あわててわたしは駆け出し、言われたとおり水を汲んでくると、急いで部屋に持ってきた。

 「持ってきました!」

 と、声をかけて部屋に入ると、そこには床にシーツを敷いただけの上に数人の人が寝かされていた。どの人も手当を受けている最中のようで、手足、顔が包帯やガーゼで覆われている。

 「ありがとう。ここはいいから隣の部屋へ行ってくれ」

 さっきの人から指示をされ、わたしは大人しく隣の部屋へ向かった。

 やはり開きっぱなしの部屋の中へ入ると、先程よりもっと強い消毒液の匂い、そして苦痛のうめき声が上がっていた。

 隣の部屋と同じように床にシーツを敷いて、その上に3人の人が横たわっていた。

 でもそのシーツも血と土か何かの汚れであちこち色づいており、上半身をほとんど裸にして血だらけの彼らを、医者と思わしき40代頃の男性が必死で手当をしていた。

 「アリス」

 呆然と突っ立っていたわたしに声をかけたのは、奥の人の右腕を手当していた人だった。

 振り返ったその顔を良く見ると、それはカイン様だった。

 「か、カイン様、あの……」

 どう切り出していいかわからないわたしは言葉を詰まらせた。

 「悪いが今は説明してる余裕がない。お湯が沢山必要なんだ。沸かしてくれるかい?」

 カイン様はポケットから魔石を取ると、わたしに差し出した。

 「すぐにやります。水は」

 「この中だ」

 部屋の隅に、人が入るくらいの大鍋が置かれており、たっぷり水も入っていた。

 見たところ魔石の魔力の残量は少なかった。

 すぐに魔力を補充し、大鍋の中に入れた。

 

 それからは目の回るほどの忙しさだった。

 お湯で医療器具を煮沸消毒したり、まだ血が固まっていない生々しい傷口の汚れを洗い流したり、お湯が足りなくなったので水を運んだりなどをした。でも1番大変だったのは、意識がない人の傷口を縫うお手伝いだった。この世界では麻酔は貴重で、数針縫うくらいの傷は麻酔無し。だから意識のない人たちは、その痛みに正直に体が反応して暴れるのだ。お手伝いとはそういう人を押さえること。

 人1人押さえるだけで数人がかり。

 中には軽傷を負っているが、押さえ込みに借り出されている人もいた。

 

 「助かったよ」

 その言葉が聞けたのは、汚れた何枚ものシーツを裏庭の洗濯場でゴシゴシと洗っていた時だった。 

 まだ消毒液の匂いがするカイン様が、洗い終えたシーツを手に取りパンッと広げて水を切ってから干していく。

 「あ、やりますよ!」

 「いいんだよ。それが最後なんだろう?こっちも干しておくから」

 言うが早いか、カイン様は次のシーツも水を切って干していく。

 「じゃあ、お願いします」

 わたしは再びしつこい血糊の跡をゴシゴシと洗った。

 そしてすっかり凝り固まって痛くなった腰をのばすように立ち上がると、近くでパンッと音がしてカイン様も最後の1枚を干し終えた。

 「ありがとうございました」 

 「いや、こっちこそ助かったよ。いきなり手伝わせて悪かったね」

 「いえ、お役に立てたでしょうか」

 「もちろん」

 深くうなずいたカイン様が、ふと思い出したようにわたしを見た。

 「ところで、アリスの用件はなんだい?バタバタしていてすっかり聞くのを忘れていたよ」

 「用っというか、パンを届けに来ただけなんです」

 「パンをってことは……」


 ぐぅううう。


 なんというタイミングの悪さ、いや良さだろうか。

 乙女失格。 

 マデリーン様が言っていた。

 コルセットを装着したご令嬢達は自由に飲み食いができないので、いつ鳴るかも知れない音に最大限注意して微笑んでいるのだと。その音を出さないためにも、強い腹筋が必要なのだと。

 ポチャポチャのお腹には無縁の筋肉が今更だが欲しい。

 お互い動けないままの気まずい雰囲気がヒューッと過ぎ、カイン様はにっこり微笑んだ。

 「俺もお腹すいたし、実はあの人達もさっき食事を配ったんだ。台所にまだ残っているから食べようか」

 「は、はい」

 寝不足でおかしくなった食欲で、お腹がまた鳴りそうだと下っ腹に力を入れていると、さっきまで使っていた洗い道具一式をカイン様が持って歩き出した。

 「あ、そうだ。ロバがいたんだけど、あれはアリスの?」

 「アレンシア!すっかり忘れてたっ」

 焦るわたしを見てカイン様がククッと笑った。

 「大丈夫。うちの馬達に見せても嫌がらなかったから、そのまま厩舎に入れてきたよ」

 「すみません、ありがとうございます」

 「かわいい名だね」

 「はい、ばぁーちゃんが決めました」

 「……そう」

 「?」

 下からカイン様の顔をじっと見ていると、ハッと我に返ったらしく「行こうか」と歩き出した。

 台所に入ると、カイン様はその辺りに洗い道具一式を置いた。

 「良かった。アリスのパンは残ってたよ」

 「いい匂い。作ったのはイパスさんですか?」

 「そうだよ。あれ?イパスは食べたのかな」

 とりあえず鍋に用意されていた野菜のスープを皿に注ぎ、カイン様がマオスから贈られたチーズを切ってくれた。

 「あっちで食べるとうるさいから、悪いけどここでいい?」

 「もちろんです」

 小さな木の丸イスに座り、わたし達は遅い朝食を食べ始めた。

 聞きたいことはあったが、まずは食べてからとわたしは自分のパンを食べ、スープを飲んだ。チーズはねっとりとして濃厚で、ついつい手が進んでしまった。

 半分程食事を終えた頃、わたしはカイン様の様子を伺いつつ聞いてみることにした。

 「あのぉ、カイン様。あの方々はどうしたんですか?」

 みんなの顔を覚えたわけではないが怪我人は10人程もいて、入れ替わり立ち代りにやってくる人達も10人といわないくらいいた。そして部屋に留まって治療を手伝う人も。

 「彼らはオルドからの商隊だよ。本当は今朝カサンドに着くはずだったんだが、その途中で襲われたんだ」

 「あぁ、だから今朝の朝市に空きがあったんですね。でも襲われたって、この前言われていた盗賊ですか?」

 「そうだよ。ビークの森を過ぎる直前に襲われたらしくてね。重傷者は彼らが雇った護衛だ。噂があったから気になって見に行って良かった」

 「つまりカイン様も盗賊と戦ったんですか?怪我はないんですかっ!?」

 「ないよ。ほら」

 手を広げて見せてくれるが、確かに怪我してたら洗濯物干したりしないな。

 「少ないが荷は盗られた。でも死人は出なかった。あの護衛のおかげだろう」

 「助かりますよね?あの人達」

 「あれだけ暴れていたから大丈夫だよ」

 遠慮のない人間の暴れっぷりを思い出し、確かにと安心した。

 「まぁ、しばらく動かせないからこのままここで養生させることになるだろうね。俺とイパスだけじゃとても手が回らないから、あの医者にでも聞いて通いの者を探さないとなぁ」

 「あ、わたしも手伝います!」

 「でも」

 遠慮するカイン様に、わたしはドンッと胸を叩いた。

 「パンも焼けますし、食事に洗濯、掃除も頑張りますからっ!」

 「そうだね。食事の準備だけしてくれたら、あとはこっちでやるからね。じゃあお願いしようかな」

 「はいっ!」

 「じゃあ、今夜からアリスは泊まりだね」

 「は…はい?」

 通いとさっき聞いたような気がしたのだが。

 「パンはうちで焼いて売りに出ていいよ。朝食もイパスが作れるし気にしないで。あぁ、じゃあ食事が終わったら荷物を取りに行こうか」

 急いで食べるね、とカイン様はややスピードを上げて食べ始めた。

 「あ、でも泊まりは無理ですよ。今まで休んでましたけど、仕事がありますし」

 「あぁ、あの酒場?イパスが連絡とってたけど、まだ休んでいいって話だよ」

 「えぇえ!?」

 「さぁ、食べて。忙しくなるんだから」

 せかされるように朝食を食べると、わたしはついて来るというカイン様を必死に説得した。


 また新たな噂がたつのは勘弁ですっ!


 


読んでいただきありがとうございます。

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