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ふくらし魔女と苦労性伯爵  作者: 上田 リサ
1.ばぁーちゃんの結婚
4/81

3 話

こんにちは。

またも恋愛ランキングに載せて頂き、ありがとうございます!

ようやく大家が出てきましたw

 港町ローウェスから北東に行ったところに、サマンドという町がある。

 サマンドはローウェスを含む4つの町と7つの村を領土とする、ログウェル領を治めるログウェル伯爵の邸がある大きな町だ。ローウェスからは馬車で半日かからないくらいの距離で、魚介類も夏場以外なら新鮮なものが手に入るし、王都へ続く大街道の関所もある。

 そんなサマンドの町外れの二階建ての一軒家に、わたしはばぁーちゃんと暮らしている。

 まぁ、正しくは大家も一緒に住んでいるが。

 冬の夜空をフーちゃんに乗って帰るのは、正直かなり辛い。鍋掴みみたいな分厚い手袋をしているが、それでも手先は冷たくなり、気をつけていないと柄から手が離れそうだ。実際何度か落ちそうになったことがある。

 すっかり灯りの落ちている家が点々と建っている中、家をぐるりと囲む柵と簡素な門が葡萄の蔦で覆われた木造の家の庭におりる。

 さして広くもないが庭と呼べるものがある。そこには大家の許可を貰って家庭菜園を作っている

 ギィッときしむ音がして、玄関のドアが開く。

 暗い室内からランプの小さな明かりを持った手が見えた。

 「ただいま、ザッシュさん」

 ぬっと不機嫌極まりない顔で現れたのは、背の高い、がっちりした体型のザッシュさん。年齢は30半ばくらいだが、気難しい顔と左頬の傷のせいかもっと上に見えなくもない。珍しい赤毛は癖が強いのか短くしているが鬣のようにツンツンしていて、真っ黒な瞳はただじっとわたしを見ていた。全体的に野性味溢れる戦士や狩人のような雰囲気だが、顔はなかなか整っているので近所の主婦に人気だ。だが若い娘には怖がられるらしい。わたしも最初怖かった。

 ちなみに彼が大家だ。

 「……遅かったな」

 彼は毎晩わたしの帰りをチェックしている。

 「お店の片付けで、つい」

 「早く入れ」

 言うが早いかドアが閉まる。あわててフーちゃんと駆け込んだ。

 「ばぁーちゃんは?」

 「仕事だ」

 そう言ってザッシュさんは2階の居住スペースに引き上げていった。

 彼はばぁーちゃんの古い知り合いとのことだ。彼がわたしの帰宅を確認しているのも、ばぁーちゃんの代わりということらしい。

 この国は16才で成人として迎えられるが、ばぁーちゃん達から見ればわたしはまだまだ子どもとのこと。確かに背はあまり伸びず、見た目も遺伝なのかやや童顔。精神年齢だけ50近いなんてあんまりだ。

 1階の奥がわたしの部屋。

 フーちゃんの毛づくろいをしてから、姿見の鏡の前に立った。

 「そろそろかな」

 思ったとおり、変化が現れた。

 幼顔に不釣合いな丸い胸が徐々に小さくなっていく。お尻の出っ張りも小さくなる。

 けっして小さいわけじゃないが、夜の店で働くにはある程度不釣合いでも出るとこ出ていたほうがウケがいい。

 「おやすみー」

 冷たい寝台に潜り込み、早々に夢の国へ旅立った。


 そして冬の朝日がまだ出てもいない頃、わたしはたった数時間の眠りから目を覚ました。

 白っぽいワンピースにエプロンをつけ、髪をきちんとまとめて眠い目をこすりながら台所へ向かう。

 まず家庭用にしては大きい薪オーブンを、薪のかわりに魔石に火の魔力を注いで温める。

 次に昨日夜の仕事に行く前に作っておいたパン生地を取り出すと、食卓用のテーブルの上にシートを敷いて打ち粉をし、せっせとパン生地を切り分け形成する。

 すべてのパン生地を形にしたら、わたしはその一つひとつを触りながら魔力を注いでいく。すると発酵が不十分なパンがみるみるふっくらと膨らんでいく。

 「よしっ!」

 全て膨らませたらオーブンの中に入れてじっくり20分焼く。

 香ばしい匂いにが立ちこめる中、わたしは2回目に焼く分をせっせと形成する。こうして今朝作ったパンは約50個。ほうれん草や人参を生地に混ぜた野菜パンも最近人気で、今日も予約が入っている。これらをいくつものバスケットに詰め、包み紙も用意して、ロバの引く荷台に乗せて共同朝市の開かれている通りを目指した。

 サマンドの商業区の大通りでは毎日朝市が開かれている。店を持たない人達が多く、テントや敷布を広げて売買をしている。

 わたしは週に2度天気の良い日に売りに来ているが、パンを地面に敷布を広げただけの上に並べることが許せず、荷台に綺麗な敷布を広げて種類別にバスケットに詰めたまま売っている。

 「あら、またこんな片隅で売っているのね。あっちから来たから遠かったわ」

 馴染みの主婦がやってきた。

 「すみません、いつも皆さんのおかげですぐ売り切れますので、帰りやすいんです」

 「そうだね。あんたのパンはふっくらしてて、本当においしいからね」

 「ありがとうございます!」

 わたしがパンを売り始めると、すぐに買い求める人達に囲まれる。

 この国のパンは主食の一つだが、イースト菌なるものが一般化されていない。パン屋は独自で天然酵母菌を作って使用しているようで、いわばその店の宝なのだ。だからパン屋によってパンの硬さが違っており、ばぁーちゃんが辞めてから食べた宿のパンが硬くて驚いた。そしていかに自分が良い暮らしをしていたのか痛感した出来事だった。

 「夕方には硬くなってしまいますので、早めに食べて下さいね!」

 売るとき必ず言う言葉だ。

 わたしは火の魔法使いだが、運良く副魔法が使えた。それがこのなんでも膨らませる魔法というものだった。正直使えないなぁと思っていたのだが、今はとにかく大活躍している。むしろ主な魔法は火ではなくこっちではないかと思っている。

 だが、弱点がある。

 それは制限時間。

 自分の体で試したが、人体に使うと約6時間程で元に戻ってしまう。パンや物は半日持つ。魔力を注入したパンを食べても人体に影響はないし、手間もかからずふっくらパンが食べられるならいいだろうと始めた商売で、最初からかなりの数を売っていた。

 「毎日来れないのかい?」

 やはり馴染みの主婦が何度も聞かれた質問をしてきた。

 わたしはすみません、と顔に出しながら言葉を濁した。

 本当は毎日だって来たいが、世の中そんなに甘くない。

 最初は毎日来ていたが、ある日近くのパン屋だという数人がやってきて営業妨害だと言ってきたのだ。

 当時学校をどうにか卒業したばかりのわたしは、彼らの言い分を黙って聞き、技術を教えてくれるなら抗議はしないと言われたが、まさか魔力使ってますなんて言えないので断った。それからいろいろあって、週に2回なら文句は言われなくなった。しかたないので、他の日はあちこち歩いて売っている。

 お店を持ちたいと思ったのはそんな時だった。

 しかし資金がない。

 ばぁーちゃんに頼ろうにも、多額の退職金と全財産を何に使ったか知ってしまっていたわたしは言い出せなかった。

 唯一ばぁーちゃんが「卒業祝いだよ」とくれたフーちゃんに愚痴っていたところをザッシュさんに見られ、それならと家のオーブンを大きくして、ロバと荷台を買ってくれたのだ。

 ほとんど家に引きこもっているか、どこかへ出かけているかで何の仕事をしているかは知らない。ばぁーちゃんの古い友達という言葉を信じるなら魔法使いではないかと思っているが、聞けば彼は「大家だ」としか言わない。

 ……怪しい大家だ。

 家賃収入があるなら他にも家がありそうだが、今のところそんな話は聞かない。

 うちのばぁーちゃんが多めに入れている……なんてことはない。

 なぜなら、あの家に住む条件というのが家賃は無しでいいが、家事の一切をするのが条件だったからだ。もちろんそれはわたしがやることになった。

 食費はわたしが出すのだが、ある程度のものはザッシュさんが手配しているようだ。だが彼とばぁーちゃんの主食のお酒が、この辺りでは出回っていないものまでそろえてあるのは不思議といっていいだろう。

 まっ、そういうわけでわたしはパン屋開業を目指して、夜に朝にとせっせと仕事に精をだしているのだ。

  


読んでいただきありがとうございます。

また明日よろしくお願い致します。

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