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ふくらし魔女と苦労性伯爵  作者: 上田 リサ
4.降りかかる厄災と金山(仮)
39/81

37 話

こんにちは。今週もよろしくお願い致します。

 昼前にマオスを出た。 

 夜になって着いたカサンドのログウェル伯爵邸で見たのは、ピンクの目にイタイローブを着て腕組みのまま仁王立ちして、ニヤニヤとしているばぁーちゃんの姿だった。

 なにごともないように、その横でイパスさんがわたし達を出迎えてくれる。

 「お帰りなさいませ」

 きっちりと腰を折ったイパスさんを見ず、カイン様は無表情でばぁーちゃんから目線を外さなかった。

 「なぜいる」

 「つれないねぇ。旦那を出迎えるのが妻の役目じゃないか。ひっひっひ」

 あきらかにからかっている。

 カイン様は魔法使いでも属性持ちでもないのに、一瞬でこの場の空気を下げてしまった。

 (ひぃいいい!なんだか黒いオーラが見える!!)

 髪が上手く表情を隠しているが、見えないはずのオーラが見えるのはなぜだ。

 そしてばぁーちゃん、頼むからそのニヤニヤ顔止めて。

 イパスさん、どーして平気なんですか。え、年の功?

 無言の会話を終え、わたしはオロオロするばかりで玄関に立ち尽くしていた。

 「カイン様、お茶の用意ができております。アリス様もお疲れでしょう。どうぞ中へ」

 動じないイパスさんが軽く頭を下げると、カイン様は無言で歩き出した。

 目の前に仁王立ちするばぁーちゃんと目線が合うと、まるでバチバチと火花が散るような鋭い目つきだった。

 でもそれも一瞬のことで、大げさにばぁーちゃんを避けて通り過ぎた。

 その様子を見てばぁーちゃんは、それはそれは悪い笑みを浮かべていた。

 お願いだから、もう刺激しないでと願わずにはいられない。

 「アリス!おいで」

 玄関に立ち尽くしていたわたしに、すでに見えなくなったカイン様から声がかかった。

 「お前さんの犬じゃないんだ。気安く呼ぶんじゃないよ!」

 「うるさいっ!話があるんだろう、さっさと話せっ!」

 廊下に響くカイン様の怒声に、ばぁーちゃんはやれやれと肩をすくめた。

 「キスで迎えなかったのがそんなに気にさわったかい?あたしのキスはイグナード様だけのもんだし、イグナード様はそのくらいじゃ怒らなかったよ」

 「人外魔女の思い出話などいらんっ!」

 さらに怒った様子のカイン様。

 さすがのイパスさんも、これ以上は収拾がつかなくなると思ってか、そっとばぁーちゃんを促した。

 「ジェシカ様、アリス様もどうぞ中へ」

 「あ、はい。行こうよ、ジェシカさん」

 「ふふん、このくらいイジメても罰は当たらないよ」

 イタズラが成功した時の子どものような笑みを浮かべ、ばぁーちゃんは軽い足取りで歩き始めた。

 はぁっとため息をつきそうになりつつ、フーちゃんを両手に持って後を追った。

 

 案内された部屋は食堂ではなく、いくつかある応接間の1室だった。

 応接間は白い暖炉と真ん中に白いテーブルと、深みのある赤いぶ厚いクッションのついた長椅子が一対あるだけだった。やっぱり装飾品も昔はあったのだろうが、ここも例外なく売ってしまったようだ。 

 先に来て長椅子に座って待っていたカイン様の前に、わたしとばぁーちゃんは並んで座った。

 ちなみにフーちゃんは、ヒョコンとわたしのすぐ後ろに立った。

 「なんだか厄介ごとがあったみたいだねぇ。マオスの問題はもういいのかい?」

 おもしろそうに聞かれ、カイン様はムッと目を細めた。

 「どこから聞いた」

 「さぁねぇ」

 「……あの大家か」

 一瞬考えて、カイン様は眉間に深い溝を作った。

 「あの大家は何者だ?」

 「あいつはあたしの古い知己さ。大家で間違いないよ」

 ふふっと含み笑いで答えたばぁーちゃんに、カイン様は納得していないもののそれ以上追及はしなかった。

 「まずはそっちの話をしようじゃないか。特にアリス」

 ジロッとばぁーちゃんに睨まれる。

 「お前に厄介ごとを頼んできたジジイの検討はついてる。でもあたしは協力できない。わかるね?」

 「う、うん」

 うなずくと、ばぁーちゃんは少し口元を綻ばせた。

 「あたしが動くと騒ぎが大きくなっちまうからね。でも伯爵夫人(・・・・)としては相談にのるよ」

 横目でカイン様をおもしろそうに見るばぁーちゃんを、カイン様は完全に無視していた。

 「……おもしろくないね」

 チッと舌打ちして、ばぁーちゃんはローブの下に手を入れ何かを取り出した。

 「これをあげるよ」

 はい、と渡されたのは荷札だった。

 ただし普通の荷札ではないようで、紙面の縁を金色の金具が覆っていた。

 「これは任務に使う特別に配られた荷札だよ。前に使うために貰ったんだけど、そのままくすねておいたんだ。この荷札をつけた荷物は宛先人の所へ飛んでいく。しかも魔法省ではこの荷札がついた荷物は検閲されない」

 「つまり魔法具、だよね?いいの?」

 「いーんじゃない?使うために渡されたんだし。荷札の1枚や2枚、あのジジイがもみ消すさね」

 いや、それ絶対良くないことだし!

 渡された荷札をばぁーちゃんに返そうと思ったときだった。

 「そうか。それであの精霊達を直接送ればいいんだな」

 「そうだよ。あとはあのジジイが頑張ればいい」

 あっという間に荷札を使うことになった。

 こういう時だけ意見が合うな、この2人。

 「さっそく箱を用意しよう。マオスからどのくらいで着くだろうか」

 「2時間もありゃつくさ」

 話しながらばぁーちゃんは、またローブの下からペンを取り出した。

 「魔力を練りながら書くんだよ。しっかり練りこまないと、途中で魔力切れ起こして落下するからね」

 「何それ、危ないじゃない」

 「だから力のある魔法使いにしか渡されないんだよ。わかったなら、さっさと書きな」

 どれだけ魔力を込めたらいいかわからないのに、わたしはペンを持たされた。

 よし、途中で落ちないようにしっかり魔力を込めよう。

 指先から文字へ震えるほどの魔力を流し、ゆっくりと宛名となるブライント議長の名を書いた。そして差出人の欄にわたしの名を書く。自然と筆圧がかかってしまい、カクカクとした文字が笑える。

 「あんた、そんなに込めなくてもいいよ」

 呆れ気味にばぁーちゃんに言われたが、加減を教えなかったほうが悪い。

 「だって落ちたら大変だもん」

 「そりゃそうだけど」

 「では俺が貰おう。明日にでもマオスに行ってくる」

 差し出された手を見て、ちらっとばぁーちゃんを見たが軽くうなずいていたので、そのままカイン様へ渡した。

 そこへワゴンを押したイパスさんがやってきた。

 丁寧に1つずつ紅茶を置いていく。

 テーブルの真ん中よりややわたしよりに、クッキーを盛った皿を置いた。

 さっそく1つ手に取って食べた。

 クッキーはサクサクとして甘く、口の中で水分を吸ってすぐに溶けていく。

 「さて、マオスの件は今後要観察と言ったところだろうねぇ。地元の人間はいきなり氷が張らなくなったんで驚いてるんじゃないかい?」

 「氷が張らなくなったことで、先日行った奉納祭が土地神や精霊に届いたのだと喜んでいる。まさかその精霊が閉じ込められていたと思うわけがない」

 ふーん、と興味なさげにばぁーちゃんは紅茶を1口飲んだ。

 「そうそう、あたしの話だけどね。いろいろ邪魔が入る前に、がっつりやることにしたんだよ」

 「何をだ?」

 カイン様は訝しげに眉を寄せた。

 一方ばぁーちゃんはニッと片方の口角を上げて笑った。

 「金山の採掘作業員の増員だよ。許可はとったよ。有り金全部はたいて、どうにか3ヶ月しっかり掘ることにした」

 それがどういうことか良く分からなかったわたしは、へぇっとただ聞き流していたのだが、カイン様はみるみる顔色を変えた。

 「増員?採掘量を増やすだと?」

 「そうだよ。これで出なきゃ、あたしゃ3ヵ月後酒代もないね」

 あははっと笑うばぁーちゃんを、カイン様は怖いくらいに睨んだ。

 「あんた何考えてるんだっ!」

 バンッと勢い良くテーブルを叩き、カイン様は立ち上がった。

 握り締めた拳がブルブル震えている。

 「勝手に増員などして、事故が起こったらどうする!?自費で雇った作業員の補償は雇った者の責任だ。落盤事後だけじゃない。鉱山での作業に囚人や罪人を国が使っているのは知っているはずだぞ!?」

 「ちゃんと一般作業員と区別させて作業させるようになってるよ。監視の役人もいるんだし」

 「あんた最初に言ったじゃないか!一年はこのまま国に任せて採掘し、その後税を納める段階でうちの名を出すと。だから今、本腰を入れて領地の問題に取り組んでいるんだぞ!?」

 「事情が変わったんだよ」

 すっと冷めた口調でばぁーちゃんが言うと、カイン様も冷静さを取り戻したのか、前髪をかき上げてそのままストンと長椅子に座りなおした。

 ちなみにわたしはじっと息を殺して傍観してる。

 全く出る幕もないし、意味がわからない。いや、むしろわたしはここから退席したほうがいいのかもしれないが、それを言い出す勇気すらわかない。

 「……それは話せるのか」

 顔を上げたカイン様は、無表情でばぁーちゃんを見ていた。

 「全部はわからないね。あたしも調査中だけど、どうやら金山の所有者とあんたの話が一部に漏れてるようなんだ。ただの援助の話ならまだしも、正直胡散臭い連中がその中に混じって近づいてくるのは避けたいからね。まだまだ真偽が不安定なうちに、1番問題な金銭をどうにかしたいのさ」

 「今までの採掘量から見ると、あまり期待はできないようだが」

 「なぁに、大丈夫さ。あたしのカンは当たるんだ」

 おいおい、とついツッコミたくなるような台詞を、ばぁーちゃんは大真面目で言った。

 それを聞いてカイン様はしばらく黙っていたが、やがて諦めるように大きなため息をついた。

 もたげた頭を片手で支えながら言う。

 「吉報というのは増員許可が下りた、ということか」

 「そうだよ。あ、金もぼちぼち出ているから安心しな」

 「……そんなぼちぼち出ているような金山の増員が吉報とは思えんがな」

 「うるさいね。そんなこと役人にうんざりするほど言われたよっ」

 よっぽど言われたのだろう。やや怒ったようにふんっと鼻を鳴らして、乱暴に紅茶を一気に飲んだ。

 カイン様はもう1度ため息をつくと、ゆっくりとどこか吹っ切れたように顔を上げた。

 「確かに、あの金山はあなたのだ。増員も口を出すことではないが、今のログウェル伯爵家には充分な補償ができない。うちの名を出したところで果たして作業員が集まるかどうか」

 「大丈夫だよ、作業員は手配済み。7割方確保しているからね」

 普通、鉱山採掘作業員はさっきカイン様が言っていたように、囚人や刑罰を受けた人が携わる危険な仕事だ。一般の作業員は彼らと違い、地上に近い場所で作業し、給金も高く、そして何より補償がある。その補償は後ろ盾になっている国や貴族の名で決まっているのだが、正直なところそんな危険な仕事より安全な仕事を選ぶ人が大多数だ。

 だからばぁーちゃんの7割確保という言葉に、カイン様は驚いた。

 「本当にやるのか」

 「そうだよ。やらなきゃあたしの酒代までつぎ込んだ意味がないじゃないか」

 何より大事なお酒を犠牲にして賭けに出たばぁーちゃんに、わたしはようやくその本気度がわかった。

 まぁ、酒代で本気度を測るって言うのもどうかと思うけど。

 「あたしゃ足りない分を稼ぐ為に、明後日からまた仕事に行くからね。マオスの件が終わったら、さっさと次を解決しに行くんだね」

 「次?」

 ようやく口を挟むことができた。

 苦々しげにばぁーちゃんを睨むと、カイン様はいつもの穏やかな顔をわたしに向けた。

 意外と百面相なカイン様に、最近わたしも慣れたもんだ。

 「いずれ噂になるかもしれないが、オルドの町とカサンドの間にあるビークの森で盗賊が出てね。荷が強奪されたんだよ。自警団だけでは心もとないので、本当なら私兵を雇いたいがそうもいかないからな。この間王都に行った時に討伐隊申請をしてきた。そろそろ返事が来る頃なんだが、その前に1度視察に行こうと思っているんだ」

 「大丈夫なんですか?行って」

 心配して聞けば、カイン様はクスッと笑って自分を指差した。

 「元騎士だよ」

 「あっ」

 ポカンと口を開けて気がついて、あわてて頭を下げた。

 「す、すみませんっ!」

 「いやいやいいよ。心配してくれてありがとう」

 「貫禄がないからねぇ」

 ひひひっと声を抑えて笑うばぁーちゃんを、カイン様は射殺すような目で睨んだ。

 

 こわっ!この夫婦っ!




読んでいただきありがとうございます。


☆☆☆☆☆・・・☆☆☆☆☆・・・

 (その夜の話)

 今夜は疲れたし、遅いから泊まりなさいと言われて泊まることになった。

 ばぁーちゃんはすでに自分の部屋と決めた部屋へ向かい、わたしはフーちゃんと一緒にいた。

 「明日の朝は久々にパンでも作ろうかな」

 少し早めに起きれば大丈夫だろう。

 どこかの部屋に残っていたというドレッサーを前に、わたしは髪をとかして寝る準備をしていた。

 鏡を見ているとヒョコッとフーちゃんが背後に現れた。

 「ん?どうしたの、フーちゃん」

 ブラシを持つ手を止め振り返ると、フーちゃんはモジモジしていた。

 (なんだろう……)

 何かを要求しているのはわかる。

 少しして、わたしは「あっ」と気がついた。

 「ごめん、フーちゃん毛繕いだね!」

 いつもは家の柱に専用ブラシがくくりつけてあり、そこに自分でこすりつけて毛繕いしているのだ。

 しかし今はない。

 あるのはわたしのブラシだけだ。

 「……ブラシだよね」

 つぶやけば、フーちゃんはコクッとうなずいた。

 フーちゃんの毛はふわっとしているようで、実際はごわごわしている。かなりの剛毛だ。

 このブラシを使えば、確実にこのブラシは使い物にならなくなるだろう。

 だがフーちゃんの願いも叶えてあげたい。

 「ちょっと待ってて……」

 わたしは立ち上がり、上着を羽織ると部屋を出てイパスさんを探した。

 偶然廊下であったイパスさんに事情を説明すると、部屋で待っているように言われた。

 少ししてやってきたイパスさんの手には、前世でも実物は見たことないが知っている、あの花道のお花を生ける時に使う剣山(けんざん)が握られていた。

 ばぁーちゃんの愛しの先々代伯爵イグナート様が、どこからか持ってきて武器として飾っていたらしい。

 いや、武器じゃないと思いますよ。

 でもこれならフーちゃんも満足してくれるかも、とわたしはお礼を言って受け取った。

 さっそくフーちゃんに見せると、フーちゃんはブルブル震えていたが、床に置いた剣山の上を勢い良く往復し始めた。

 痛そう、とは人間の感覚で、フーちゃんはそれはそれは満足したようで、寝るときも側に置いていた。

 

 次の日、わたしは剣山を貰うことにした。


(終わり)

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