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ふくらし魔女と苦労性伯爵  作者: 上田 リサ
3.呪われたログウェル領
38/81

36 話

こんにちは!

最近ほっこりした話だと感想が届き、なんだかこっちがほっこりしてしまいました。ありがとうござます。

 「アリス」

 と、優しい声が聞こえた。

 ちょっと声は控えめだけど、起こそうと軽く頭をポンポンと叩いている。

 「んーっ……」

 もぞっと動いて、それからハッとして目を開くと同時に上半身を起こした。

 「おはよう」

 至近距離で声がして、横を向けばすっかり身支度を終えたカイン様が立っていた。

 薄暗い部屋なのに、その笑顔は輝いて見えた。

 あぁ、顔に汚れとか、涎とかたらした後はないかなと心配したのはいうまでもない。

 だが、この薄暗い時間に起こされたのは、間違いなく湖に異変が起こっているからなので、わたしはあわてて寝台を下りた。

 「反応がありますか?」

 「あるよ」

 テーブルの上に置いていた方位磁針が動いている。

 中央は光っており、針はカチカチとまるでメトロノームのように正確に動いている。

 「やっぱりまだあるようだね。動き方からして、2ヶ所かな。行ったり来たりしている」

 カイン様が確認している間に、わたしは厚手の上着を羽織ってスカートについた皺をのばした。

 「行けます」

 「よし」

 そう言って方位磁針をわたしに渡すと、カイン様は足元においていたバックを持った。

 なんだろう、と目線を向けていると、カイン様が中身を見せてくれた。

 「潜るからね」

 バックの中身は大判のタオルや着替え、ランプだった。

 ……気が効かなくてすみません、とちょっと心の中で謝っておいた。

 フーちゃんに乗ると、2人分の重さも平気なのかスィーッと滑らかに飛び始めた。

 これは初心者のカイン様を気遣ってのことなのかな。

 まずはボート乗り場へやってきた。

 カイン様は手早くボートを湖に出すと、繋いでいたロープをフーちゃんに巻く。

 「頼む」

 グイッとフーちゃんがボートを引っ張って飛び出した。

 グラッとボートは揺れたが、オールで漕ぐより早く進んでいく。

 ボート乗り場の近くは凍っていなかったが、北西に進むと徐々に氷が張ってきていた。

 「歩けるほど丈夫な氷ではなさそうだな」

 グッと指で押しただけでひびが入ってしまう氷だった。

 「大丈夫です、任せて下さい」

 わたしはボートの先端から右手を氷に付けた。

 そしてそのまま火の魔力を流して氷を溶かす。

 「行って、フーちゃん」

 今度はゆっくりとフーちゃんが引っ張っていく。

 カイン様はわたしの体を落ちないようにと支えてくれていた。

 「ここだ」

 方位磁針を見ていたカイン様の合図で、わたしは指先を氷から離した。

 同時に氷にボートが当たって、ガタンと止まった。

 「溶かしてくれ。すぐ行く」

 フーちゃんからロープを外すと、カイン様は上着とシャツを脱ぎ捨てた。

 ポォッと少し多めに火の魔力を手のひら全体で氷に流すと、たちまち溶けて水になっていった。

 「頼むぞ、フー」

 ランプを持ったカイン様がフーちゃんを右手に握ると、そのままドボンと湖の中に飛び込んでいった。

 ピピッとしぶきが飛んできて、それだけでも相当冷たく、おもわず身震いしてしまった。

 昨日のわたしは良く行けたもんだ。

 自分で自分を褒めた後、脱ぎ捨てられたカイン様の上着やシャツを拾い上げる。

 まだ人肌の温もりのあるそれを簡単にだがたたみ、バックからタオルを2枚取り出して帰りを待った。

 何度か薄く張り始めた氷を溶かして待っていたら、突然湖の中に光が見えたので氷から手を離した。


 バリンッ!

 ビシャビシャ……。


 やっぱり氷を突き破ってきたフーちゃんだった。

 ずぶ濡れのカイン様と、その腕の中に見慣れた針金のボールが見えた。

 「やっぱりあったよ」

 ボートにおりたカイン様は、身震い1つせず針金のボールをわたしに差し出した。

 代わりにタオルをカイン様へ渡して、いそいで目をそらす。

 「ありがとう」

 「い、いえ」

 用意したのはカイン様なんで、お礼を言われることもないのだが。とにかく前世においても裸体に免疫

がないのだ。

 海にすら行かず、もっぱらエアコンの効いた室内で相棒のパソコンと無言で語っていたら、あっという間に薄着の季節が終わっていた。高校生まではかろうじて上半身裸を目にする機会もあったというのに、最後は飲んだくれて体を支えられても何の感情も沸かなかった。


 ……枯れてたな、わたし。


 こっちの世界でも上半身裸の少年は見たが、正直同年代の女子のようにきゃあきゃあ言えなかった。無駄に目が肥えていたのだろうか。ちなみに少々なりと腹の出たお方や、ご年配の方の上半身裸は平気だ。

 それがどっこい、無駄のない筋肉とばかりに鍛え上げられた細マッチョにお目にかかると、さすがのわたしでも恥じらいが沸きあがってきた。良かった。いや、差別か。

 針金のボールを観察するふりをして、別のことを考えていたわたしは、ふいに目元に影がかかったことに気がつくのが遅れた。

 「次に行こうか、アリス」

 肩からタオルをかけ、髪にも小さなタオルを被ったカイン様がわたしを覗き込んでいた。

 「ひゃっ、あっ、はい!」

 あわててボートから身を乗り出して氷に手をつけると、ドキドキしたまま火の魔力を注ぎ氷を溶かし始めた。

 グラリとボートが揺れ、カイン様がわたしを支えながら方位磁針を見て方向を指示する。

 針金のボールを回収したからか、進み始めて数メートルのところで氷が弾けるように次々に割れた。

 「きゃっ」

 完全にほかの事に気をとられていたわたしは、氷の異変に気づくのが遅れてしまい、指先に氷が当たって少し切ってしまった。

 「アリス!大丈夫か!?」

 わたしの悲鳴に驚いたのか、カイン様が心配げに右手の薬指から出る血を見た。

 「これで押さえて」

 髪にかけていたタオルの端で、出血部分を圧迫してくれた。

 「す、すみません」

 「いや、急に割れたからな。傷は痛むか?」

 「いえ、大丈夫です」

 本当に傷は小さなもので、多分指先だから最初だけ勢い良く血が出たんだろう。

 「それならいいんだが」

 まだわたしの指先を圧迫しているカイン様が、そっと目線を走らせたのは方位磁針だった。

 「このまま東の方へゆっくり進んでくれ」

 ピッと毛先を上げたフーちゃんが、ボートを引っ張り出した。

 指先を握られたまま、しかもタオルはカイン様の頭にかかっているのだから当然わたし達は距離が近い。もう真横に座っている状態だ。

 カイン様の手も冷たかったものが、火照ってきたのか熱を帯びてきた。

 「あの、もう大丈夫です」

 指先を握るカイン様の手に手を添えると、カイン様はそっと力を緩めてくれた。

 「舐めてれば治ります」

 抜き取った指を口にくわえて笑えば、カイン様が困ったように笑った。

 「でも後で消毒はしておくように」

 「はーい」

 おどけて返事をしていると、フーちゃんの動きが止まった。

 今、湖の上を覆う靄はずいぶん薄い。

 さっき回収したせいだろう。残り1つがあると思われる方向は極端に白くなっている。

 「溶かしますね」

 怪我をしていない左手で氷に触れ、どんどん溶かしてボートを進めた。

 ほどなくして点滅した地点で、タオルを脱ぎ捨てたカイン様がフーちゃんとともに湖の中へ飛び込んだ。

 ドボンッとあがる冷たい水しぶきに、わたしは自分だったら2度目は絶対躊躇するなと、自分の両肩を抱いて身を縮こまらせた。

 そぉっと暗い湖を覗いていると、ピシピシと妙な音が聞こえてきた。

 あれっと顔を上げ様子を伺っていると、音が段々大きくなってきた。


 バリバリバリンッ!

 ビシャアアア……。

 

 「きゃっ!?」

 今までの中で1番大きな音と水しぶきを上げて、氷が弾けて粉々になった。

 大きく揺れるボートの上でよつん這いになって揺れをしのぎ、ようやく揺れが穏やかになると白い靄も徐々に晴れてきた。

 それからすぐ、カイン様とフーちゃんは戻ってきた。

 バシャッと水を盛大に滴らせて、空中に踊りでたカイン様とフーちゃん。

 最後の針金のボールを回収したおかげで、方位磁針は北を指す普通の方位磁針に戻った。

 視界が良くなってきて段々朝日が昇ってきているので、ボートに戻ったカイン様はタオルで自分を手早く拭いて、シャツと上着を羽織った。もちろん下は濡れたまま。

 「見られると厄介だからな」

 そう言ってフーちゃんをボートの中に寝かせると、代わりにオールを水に下ろして漕ぎ出した。

 ボートの漕げないわたしは、4つ目の針金のボールを手にとってみた。

 「これで明日からは氷がはらないんですね」

 「おそらくね」

 今のところ見渡す限り氷はない。

 「この2つも氷窟に置いておこう。後はどうやって魔法省まで届けるかだが、かなり不本意ながらあのクソババアなら良い方法を知っているかもしれない」

 「じゃあ、急いでカサンドへ戻らないと行けませんね!」

 「明日、氷が張らないことを確認したらすぐに戻ろう」

 「はい」

 幸いなことに(?)誰にも見られずに岸までたどり着いた。

 「着替えてくる。待ってて」

 下だけぬれたままのカイン様は、フーちゃんを片手に着替えに部屋に戻ったのだが、準備に来ていた夫婦に見られ大いに心配されたらしい。

 岸で待っていたわたしのところへ、あの農耕馬を連れて戻ってきたのは30分ほど経ってからだった。

 ちなみに待っている間に、わたしはどこのお店でチーズを買うか悩んでいた。特産品だけあってお店の数も多いのだ。

 「お待たせ、アリス」

 差し出された籠に針金のボールを入れ、またしても密着したかたちで馬に乗って氷窟へと向かった。

 最初1人で行こうかと思ったけど、よく考えたら氷窟の中の道を覚えていなかった。

 凍死とかマジ勘弁です。

 前日置いていた針金のボール達の側に今日回収した2つを転がすと、何か共鳴しあうように淡い白い光を放って点滅し始めた。

 「どうしたんだろうか。会話でもしているのか?」

 「さぁ、わたしもわかりませんが、多分そんな感じじゃないかと思います」

 カイン様は冷たい地面に片膝をつくと、そのまま宥めるように優しく言った。

 「もう少し辛抱してくれ。必ず魔法省で解放する方法がみつかるからな」

 4つの針金のボールは一瞬光を放つのを止めたが、数拍したのちいっせいにポォッと光って点滅した。

 それを見てわたしもカイン様も安堵した。

 

 今日はカイン様が明日帰るということで、クスファ町長や上役の人達と一緒にあちこち回っていた。

 わたしはミラと土産物屋巡りを楽しみ、チーズのほかにハチミツも購入して大いに楽しんだ。

 そして夜になって、またデジャヴが起こった。

 

 「一応心配はないとは思うが、もしものことがあってはいけないから、今夜も一緒に寝るとしよう」

 真顔でさも当然と言ったカイン様めがけ、わたしはまたしてもお茶を噴き出しそうになった。

 しかも今夜はこの台詞が聞こえたらしく、すでに熟女の域にさしかかろうとしている奥さんが、それはそれは嬉しそうに目を細めてこっちを見ていた。

 うわぁっと変な汗が出てきそうだったわたしは、あわてて誤解を解こうと口を開きかけたのだが、それより先に奥さんがよく通る声で割り込んだ。

 「領主様、あんまり強引に押すとまた湖に落ちちゃいますよぉ」

 実に楽しそうに言う奥さんに、わたしはマヌケな顔を晒していた。

 「は?」

 どういう言い訳をしたのだろうか。

 疑問が顔に出ていたのだろう。カイン様が苦笑しながら顔を寄せ、小さくささやいた。

 「俺が湖の岸の近くでアリスを口説いたと思っているようだ。それで恥ずかしがったアリスが俺を押して、あんな風にズボンが濡れてしまったということだ」

 「えぇえ!?」

 なんという誤解だ、とわたしは目を白黒させた。

 「まぁ、適当な言い訳も思いつかなかったので、そのままにしておいたよ」

 はははっと軽く流すカイン様。

 「そのままにしないで下さい!」

 顔を真っ赤にして、イスから立ち上がって言い募ると、またしても楽しそうな声がした。

 「あらまぁ!痴話ゲンカかい?仲がいいねぇ」

 違いますぅうう!と叫びたいが、それより早くまたしても横から声がした。

 「そうからかわないでやってくれ。結構恥かしがり屋なんでね」

 「そのようですねぇ、ふふふっ」

 とっても嬉しそうに笑うと、奥さんは奥に引っ込んだ。

 「さぁ、行こうか」

 1人ポツーンと置いていかれ、誤解が解けぬまま会話が終了して唖然とするわたしに、カイン様は立ち上がって右手を差し出した。

 その手を取るという選択はなかったものの、やはり固まったわたしの手首を掴み、ぐいぐい引っ張って食堂を後にした。


 その後は、やっぱり言いくるめられて一緒に寝た。

 2日連続寝台独り占め。

 ちなみにフーちゃんは先にカイン様の部屋にいた。

 (え、ちょっとフーちゃん、カイン様に懐き過ぎじゃない!?)

 やはりイケメンに弱いのだろうか。

 悶々といろいろ考えていたが、結局睡魔に勝てずにぐっすり眠った。



 「おはよう、アリス」

 優しい声に起こされたあくる日、すでに朝日は昇っており、部屋の中にもその光が差し込んでいた。

 目覚めたばかりの目をこすり、ゆっくり起き上がる。

 「おはようございます」

 「おはよう。いい天気だよ」

 カーテンを開いた窓からは、キラキラ輝いて反射している湖が見えた。

 そう。氷は張らなくなったのだ。




読んでいただきありがとうございます。

カイン様は口がうまいです。良い意味でw!!


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