35 話
更新忘れてました。
おはようございます。
「アリスを信用しないわけじゃない。ただ、君は一生懸命になりすぎることが多い。心配だから今夜は一緒に寝よう」
夕食後、食堂でお茶を飲んでいたわたしに、前に座るカイン様が真顔でおっしゃいました。
お茶を吹かなかったわたし、超エラい。褒めて。
手伝いの夫婦は片付けの最中で、今の声は聞こえていなかったようだ。良かった。
「大丈夫ですよ、カイン様。絶対明日の朝は1人で行きませんから。それにフーちゃんも後で帰ってきますし」
そう、今フーちゃんはセナさんが手配してくれたお酒を持って、ザッシュさんの所へ行っているのだ。
「フーは賢い。こっちに迎え入れても問題ないだろう」
そうです。確かにフーちゃんは話せばわかる魔法具だ。
「何も心配することはない。俺は長椅子で寝るから」
「そんなことさせられませんよ。わたしが寝ます」
「前にも似たようなことを話したが、今回は1つしかないんだ。アリスが長椅子を使うなら、わたしはイスで寝る」
「……カイン様って頑固ですよね。ばぁーちゃんみたい」
お茶を両手に持ったまま、はぁっとため息ついでに呟いてみれば、カイン様はムッとして顔を上げた。
「とんでもない。むしろ女性を差し置いて寝台で寝るという考えがおかしい。それに俺は元騎士だ。野営も何度も経験しているし、室内で寝るならどこでも同じだ」
言われてみれば、それもそうかという話だが、すぐに「わかりました。長椅子で寝て下さい」なんて言えるわけがない。
「それに一緒にいたほうが、何かあった時最短で動けるだろう?」
「……そうですね」
渋々うなずくと、カイン様は満足したようににっこり微笑んだ。
それから右手首を捕まれ一緒に立ち上がると、やっとこちらに目を向けた夫婦にカイン様が片手を上げて挨拶をした。
「世話になった。また明日も頼む」
「はい」
と、軽く頭を下げた夫婦は、姿勢を正すと同時に右手首をつかまれたわたしを見て、ものすごくにっこり微笑まれた。
(かっ、勘違いされてる!?)
どう言い訳しようかと、アワアワと口だけ動かしている間に、カイン様に引きづられるように食堂を後にした。
噂とかご勘弁下さいね。ミラとかいろんな意味で絶叫しそうだし、わたしの身の危険が……。
魔法使えないわたしなんて、本当に普通の小娘だ。こっちには痴漢撃退用グッズや護身グッズがあるわけないので、刺されたら大怪我、いや、死ぬ。防刃チョッキみたいなの発明されないかなっと、半ば本気で思っている。
あ、代わりに鎧があるのか。
でもアレは実用的じゃない。
いろいろ考えてるうちに、いつの間にか階段を上がり自分の部屋の前まで来ていた。
「とりあえず朝着替えるのはお互い難しいから、今着替えてそのまま寝よう。俺も着替えたら迎えに来る」
「わかりました」
「鍵かけても無駄だから」
「わかってますっ!」
わざと鍵をチラつかせたカイン様の背中を押し、隣の部屋へと押し込んで自分の部屋に戻った。
とりあえず寝るのだから薄い方が寝やすい。異変が起きてもそこそこ厚手のものを2枚も羽織れば大丈夫だろう。
さっさと緑色のワンピースに着替え、手に上着を持ってカイン様の迎えを待つことにした。
あぁ、そういえば魔石の魔力の補充をしなくては、とわたしが両手に包み込んで念じていた時だった。
トントンとノックされ、カイン様が迎えに来た。
でもドアを開けた先に立っていたカイン様は、なんだか渋顔だった。
「どうしたんですか?」
「これが届いたんだが」
スッと差し出されたのは、片手に乗るくらいのオレンジ色に光る玉。
「これって言玉じゃないですか」
言玉とは音声を閉じ込めた伝言板のようなものだ。
もちろんこれも魔法具で、魔力を練りこみながら記憶させる。記憶させる量はその人の魔力次第になる。
「フーちゃん帰ってきたんですか?」
「さっきな。これは俺宛てらしい。なんだか嫌な予感しかしないが、聞いてみようかと思うんだが」
「確かにばぁーちゃんは言玉を持ってます。なんでしょうね」
まるで気味の悪いものでも見るかのように顔を歪めるカイン様と、隣の部屋へ移動した。
中にはフーちゃんが立っていて、わたしに気づくと紙を1枚毛先で差し出した。
”酒ご苦労。チーズを買って来い”
几帳面な字が並んでおり、これはザッシュさんからの催促だなとため息をついた。
明日にでもおつりでまた買いに行こう。
クシャリと紙を無造作にポケットにしまうと、言玉をテーブルに置いて睨むカイン様と向かい合った。
「じゃあ、いいですか?」
「あぁ」
言玉にはもう1つ特徴があり、実は使用者が定めたものしか解除できない鍵をかけることができるという利点がある。鍵の多くは使用者が最初に込める相手の名であることが多い。
わたしは自分の名を魔力を練り合わせてつぶやく。
そうすると、ポォッとオレンジの光が輝きを増して発動が始まった。
『やっほー!美味い酒ありがとねー!さっそく飲んでるよぉおお!!』
いきなり大音量で聞こえてきたのは、やや飲んだくれているばぁーちゃんの声だった。
あ、カイン様のこめかみがひきつっている。
そんなことはお構いなしに、なおもばぁーちゃんの上機嫌な声が続く。
『神酒だっけ、これ来年分も予約ね。あ、大丈夫!来年死なないからぁああ!!これを飲まずに死ねるかぁああ!
あ、で、若造っ!うちのアリスに手出してないだろうね!?王都にもマオスにも同伴とはやってくれんじゃないかっ。うちのアリスは初心なんだよ。ファーストキスもまだのような、ねんねな娘なんだ。うまく言いくるめて美味しくいただこうなんて真似したら、あたしが夜這いかけてやるからねぇええ!覚悟しなっ、わははははっ!』
アホか、ばぁーちゃん!とわたしが心の中で叫んだのと、無表情のカイン様が高笑いを続ける言玉をテーブルから叩き落としたのはほぼ同時だった。
しかし言玉は、ゴンッと床に鈍い音を立てて転がっただけで、今なお高笑いが続いている。
『ひーひっひっひっ!あ、そうだ、鉱山の件で吉報があるからね。さっさと済ませて帰ってきな。あ、アリスが大人になって帰ってきたら、あたしゃ泣いちゃうかもっ!ひゃーっはっはっはっはっ!』
延々と続く酔ったばぁーちゃんの笑い。
きっと近くにはザッシュさんがいるだろうが、魔力を練りこまないと録音されないため、雑音が一切入らない。
申し訳ない気持ちと呆れを胸に、チラッとカイン様を見て思わず「ひっ」と悲鳴が上がりそうになった。
暗い影を目元に落とし、無表情のまま床に転がる言玉を見下ろすカイン様。
見た瞬間に一気に部屋の温度が数度下がった気がした。
妙な寒気を背中に、変な汗が手の中に湧き出る。
「とっ、止めます!」
無駄に魔力が豊富なばぁーちゃんは、その先に続く小言まで録音していた。
最後に聞こえたのは「あー、笑った。あ、もう止めようかね」だった。
(とっとと止めておけよ、ばぁーちゃん!)
転がった言玉を両手に包み、わたしの名前で鍵をかけてようやく静まる。
そして訪れた静寂。
いっそ言玉が発動していたほうが良かったかな、と後悔しそうになるくらい居心地が悪い。
足も手も動かせず、一言も発せないまましばらく沈黙が続く。
ようやく息を飲んで、そぉっと目線をカイン様へは向けた。
すでに言玉はわたしが回収して手の中にあるが、カイン様の視線は床に向けられたままだった。
「っか……」
カイン様、と呼ぼうとしたのだが、喉と舌が乾いて上手く言葉にならなかった。
そのかすれ声にわたしが言いなおそうと気を取られていたからか、カイン様が小さく呟いたのに気づかなかった。
「……いっそしてやろうかこのババァ……」
「ひっ!?」
なんか重低音の呪うような声がぶつぶつ聞こえたので、おもわず1歩後ずさった。
とたんに、カイン様がパッと顔を上げた。
その顔はいつものカイン様で、さっきまでの暗い影が嘘のようだ。
「か、カイン様、うちのばぁーちゃんがすみませんっ!」
半分なきそうになりながら、わたしはがばっと頭を下げた。
「酔ってるとはいえ、本当にすみません!」
帰ったらいかにカイン様が紳士的か、きっちりばぁーちゃんに報告しなきゃならない。
「帰ったらちゃんとばぁーちゃんに言い聞かせますから!」
「え?何をだい?」
「例えば、寝巻きでウロウロしてたら怒られたとか、今朝だってずぶ濡れのわたしのために足湯を持ってきてくれたとか、馬が乗れないからって一緒に乗ってくれたとか、それから……」
「いや、いい!言わないでくれっ!」
突然カイン様は焦ったように一歩踏み出し、何を言おうかと考えていたわたしの口を片手でふさいだ。
「あのクソババァには俺から言う。だからアリスは何も言わなくていい。わかったね?」
「もがっ、ふっ」
鼻までふさがれており、意外と息苦しいわたしはこくこくとうなずいた。
やっと手を離してもらうと、プハッと息を吐いた。
「あ、でも鉱山の件で吉報があるって言ってましたね」
話題を変えようと言い出すと、カイン様はふと眉をひそめた。
「吉報かどうかは聞いてみないとわからんな」
「でもきっといいことですよ」
ばぁーちゃんはそんなことで嘘はつかない。
どのくらいの吉報かはわからないが、上機嫌に酒を飲んでいるので間違いはないだろう。
「じゃあ寝ましょうか」
寝台の上には予備の毛布が置かれていた。
それをカイン様が持ち上げ、長椅子に置く。
「あの、寝台をお借りしてすみません」
一応寝台に入る前にもう1度言っておくと、カイン様はふっと微笑んだ。
「遠慮することはない。むしろ一緒に寝るほうが問題だ」
「そう、ですね」
ははっと軽く笑っていたカイン様は、突然ピタリと笑いを止め真っ直ぐにわたしを見た。
なんですか、カイン様。ちょっと怖いです。
ビクビクして言葉を待っていたら、クスリとカイン様の口元がほころんだ。
ボケ~としたわたしの頭を軽く撫でる。
「本当にアリスはかわいいね。どうかあのクソババアのようにはならないでくれ」
最後は切実に訴えられた気がしたのは気のせいだろうか。
「は、はぁ」
と、あいまいに笑いながらうなずけば、カイン様はまた「おやすみ」と頭を撫でてくれた。
カッと顔が熱くなって、わたしは早口に「おやすみなさい!」と言ってから、寝台に潜り込んで身を丸くしていた。
フッと部屋の明かりが消え、布擦れの音がして静かになった。
あぁ、寝たんだな、とどこかホッとしながらわたしも眠りについた。
読んでいただきありがとうございます!