31 話
こんにちは!
早速着替えて今度は自分の足で湖の岸辺に向かった。
やっぱり岸辺まで薄い氷が張っており、足先で蹴るとパキパキと割れる。
岸辺の地面には霜柱が立っており、歩くとザクザクと音が鳴った。
(湖に氷を張って地面を冷やしているのね。だから植物が冬と間違えて育たないんだわ)
あくまでわたしの憶測だが、おそらく間違いないだろう。
他に異変がないか、わたしは注意深く観察しながら湖に沿って歩いた。
学園の授業で行った、魔力観察という授業を思い出した。
自分達は火の魔力持ちだが、水、雷など他の魔力にはそれぞれの特徴がある。それを見極め何の魔力が使われたかを探し当てるものだった。例えば水の魔法は近くの水や大気中の水分も使うので、実はその辺りだけ乾燥していたりする意外性がある。氷結魔法は逆に水分量が固定化され、いつも不安定な屋外においてその症状が出ているところは要注意だとか、そういったものだった。
まぁ、今は魔力が確認されるし、氷も張ったままなので間違いないのだが……。
何の異変も見つけられないまま歩いていると、がやがやと人の話し声がするのに気がついた。顔を上げると、いつのまにか今日行われる奉納祭りの会場にたどり着いていた。
10人程の人々が集まり、凍った湖を前に話していた。
「どうする、また張ったぞ」
「割るしかない。氷が解けるのを待っていたら遅くなるからな」
仕方ない、と人々は舞台を立てるときに残った角材やらを手に、湖の氷を割り始めた。
「アリス、来てたのか」
急に呼ばれ後ろを振り向くと、クスファ町長と並んでやってきたカイン様がいた。
「あぁ、氷を割り始めたんだね」
湖の岸辺で角材を振り上げる人達を見て、カイン様は改めて遠くまで湖を見た。
「随分薄い氷のようだが、朝日で溶けないのか?」
「それが溶けないのです。昼までにはさすがにとけますが、神事は午前中にしなくてはなりませんし」
手につかめるほどの角材では、割るのもある程度の距離までしかできない。あとはボートを使って割っていくしかないようだ。
「あの、お手伝いします」
そう言って拾い上げたのは足元に落ちていた木の棒。長さは肘から手先くらいまでのものだ。
それを見てクスファ町長は苦笑しながら、軽く手を胸の前で振った。
「いえいえ、大丈夫ですよ」
おそらく拾い上げた木の棒を見て笑ったのだろう。
「大丈夫です。あの、わたしこう見えて魔法使いの見習いなので」
言うが早いか、副魔法をつかって木の棒をみるみる大きく長くしていく。
手にもてるくらいの太さで止め、長さは木の1本分に相当するものにした。
周りで作業をしていた人たちも、手を止めぎょっとしてこちらを見ている。
あんぐりと口を開けたままのクスファ町長の肩を、カイン様がポンと叩いた。
「大丈夫かクスファ町長、目が落ちそうだ」
「あ、いや、これは……」
ガクンと下がっていた顎を元に戻し、戸惑ったままカイン様に尋ねる。
「彼女の副魔法だ。合法的なもので害はない。まぁ、魔法使いがいるということはあまり知らせないように、彼らには伝えておいて欲しい」
チラッとやはり同じように驚いている人達を見て言う。
「わ、わかりました」
「あ、重さは元とかわりません。ただ、大きくなっただけなんで。それと、夕方まで元にもどらないので、邪魔になるからどこかに置いておいて下さい」
はい、と渡すと、クスファ町長はやや緊張しながら受け取り、その重さが軽いとわかると安堵したように表情を和らげた。
軽いが木だけに、振り上げて落とせば薄い氷はどんどん割れた。
結局もう1本同じものを作って、氷割りは1時間ほどで終わった。
使い終わった(元)小枝は邪魔になった。元に戻るには半日かかると言えば、仕方ないと近くの森の中に捨てられた。
みんなが奉納祭りの最終的な準備を始めたので、わたしとカイン様は1度町役場へ戻った。
「おはようございます!」
町役場の前でミラがおめかしをして待っていた。
昨日はしていなかった薄化粧に、フリルのついたスカート。髪も緩く巻いている。
あぁ、このくらいやらなきゃダメよね。わたしってばついついどうでも良くなって、化粧すら日に焼けないように帽子かぶっとけぐらいしかしない。今お肌のお手入れをさぼると、10年後、20年後の自分にツケが返ってくるとわかっているのに……。
前世で疲れた生活を送っていたせいか、どうも自分に無頓着だ。今のわたしは17才なので、ちょっとはおしゃれしよう。
何度思ったことかわからないが、まぁできる時にしようと心に決め、わたしはミラに挨拶した。
「朝から早いね」
「朝食を持ってきたのよ」
そういえば町長さんが届けてくれると言っていたのを思い出した。
でも朝食を届けるだけでこの装い?
すでにカイン様からお礼を言われて幸せそうなミラを見て、わたしはちょっと声をかけてみた。
「ミラは朝食食べた?」
「まだなの!」
思ったとおり期待のこもった声でミラがわたしを見た。
「……そのバスケットずいぶん重そうね」
ミラが両手で抱くように抱えているバスケットは、白い布がかぶせてあるがかなり盛り上がっている。
「カイン様、ミラを朝食に誘ってもいいですか?」
「えぇ!?」
と、言いつつ、ミラの目は期待に輝いている。
それをきっとわかっているだろうカイン様は、すんなりうなずいてくれた。
「そうだな。もし良かったら一緒にどうだろうか?」
「喜んで!!」
つぶれそうなくらいバスケットを抱き込むミラから、あわててそれを受け取る。
このままだと朝食がダメになりそうだ。
昨夜と同じ食堂に入り、バスケットをテーブルの上に置くと、ミラがせっせとセッティングを始めた。
テーブルクロスをちゃんと3枚出し、わたしが調理場のほうから持ってきた食器を受け取るとそのまま「席に座ってて」と言われた。
いつも用意するほうだったので、年下のミラに用意されるのにはちょっと気が引けた。
だがミラは嬉しそうにあっという間に朝食の準備を終えた。
「町で1番人気のパン屋のパンと、お酒を飲んだ翌朝はこれが1番、なベーコンと野菜のトマトスープ、卵はゆでてます。それからマオス自慢のミルクにバターと、チーズは3種類持ってきました」
よくぞ持ってきた、という量が並べられ、ミラは自慢げに解説してくれた。
「ありがとう。重かっただろう」
「いえ!喜んでもらえたらそれでいいんです!」
素直なミラに、カイン様も笑顔でもう1度ありがとうと言った。
そのとたん、ミラは持ってきたトマトスープのように赤くなった。
朝食が終われば儀式の準備、とカイン様は部屋にこもった。
しばらくして出てきたカイン様は、白いゆったりとした服にローブ、そして先の尖った細長い帽子をかぶっていた。靴は白く塗られた木靴で、歩くたびにカツカツと硬い音がした。
「まるで神官様ですね」
「神官服を模した服なんだよ。神事を執り行う関係者はみんなこういう服だよ」
ポーッと見とれるミラの腕を掴み、わたしはカイン様の後について町役場を出た。
玄関を出た先に、帽子をかぶっていないだけでカイン様と同じ格好をした人が3人いた。
彼らと一緒に対岸にある神事を行う場所に向かう。
「領主様って大変なんですね。見てるだけかと思ってました」
「あぁ、この格好かい?父が参加したのは見たことがないが……」
「わしらが持ちかけたんですよ。ぜひ領主様に神官役をって。そしたら祭りにくる女性が増えましてね」
ほら、とクスファ町長が目線を会場に投げるので、そのままおって見ると、なるほどたくさんの人だかりが見える。遠目からでも服装から女性が多く見られる。
客寄せパンダだ。
「断る理由もないから着ているんだが、変かい?」
「いいえ、お似合いです」
「頼みますからやめないで下さいよ。領主様の姿を間近で見れるって結構評判良いんですから」
それって神官の格好しなくても見れますよね、と思ったが、きっとこの格好を見に集まるのだろう。大事な観光収入源ってわけですね。領主までダシに使うとは、なかなかやるな町長。
神官服の一行に囲まれていたわたしとミラは、ざわざわ、きゃあきゃあと騒ぐ声が大きくなったところでそっと離れた。目線でカイン様が見送ってくれたが、微笑んだその笑みを見た観客から更に黄色い悲鳴が上がった。
「さすが領主様。去年と違って宣伝してないのにこの人数!すごい」
「近くでは見れないわね」
すでに集まった観客で神官服ご一行は姿が見えない。
「大丈夫、とって置きの場所があるわ」
そう言ってミラが案内してくれたのは、人だかりから離れたところにある1本の太い木。
「去年探したの。この上に登って見えるのよ」
「登るの!?」
「そうよ、ほら!」
せっかくしたおめかしも何のその。スカートだというのにミラは器用に登っていく。
「早く、始まっちゃうわ!」
躊躇うわたしを上からせかし、仕方なく見よう見まねで登ることにした。
どうにかミラのアドバイスを受け登ると、木の葉の間からちょうど神事の行われている舞台が見えた。
「一昨日登って葉を落としておいたの。ばっちりね」
用意周到だったようだ。すごいな、ミラ。
奉納際は舞台の上に設置された祭壇に、マオスで生産される農作物、乳製品、織物、糸、ハチミツ、酒などをズラリと並べ、それらを前に土地神様やマオスにいる精霊に感謝を述べる。もちろん決まった言葉があるようで、カイン様が良く通る声で告げていた。
この時は観客もシンと静まり、黙って見守っていた。
……そんな神事を木の上に登って見ているわたし達って、マナー以前にどうよ、て感じだけどね。
ミラも見つかったら怒られると言っていたから、やっぱり失礼なんだと思う。
やがて祭壇の上の供物を少しずつ白い小皿に、カイン様が1つずつ分けていく。それらを神官服を着た人達が1つずつ両手で受け取り舞台を降りる。
最後にクスファ町長が祭壇に飾っていた緑の枝を持ち、カイン様がその後に続いて舞台を降りた。
舞台を降りた神官役の人達は2人ずつボートに立っていた。ボートには白い服を着て布で顔を覆った漕ぎ手がおり、カイン様とクスファ町長が真ん中の大きめで飾りをつけているボートに乗ると、ゆっくりと湖の中心へ進みだした。
岸からは見えづらくなるので、観客も大きな声こそたてないがそれぞれ舞台の端に広がるように移動し、進んでいくボートを見ていた。
中央のボートが止まると、1艘のボートが近寄っていき、神官役の人が両手に持っていた小皿をカイン様に渡した。カイン様はそれを両手で受け取り、1度頭上に掲げてから静かに湖へこぼした。
そして空になった小皿を掲げて、それを後ろに控えるクスファ町長へ渡す。この一連の作業を何度も繰り返す。
やがて全ての神官役から小皿を受け取ると、最後にクスファ町長の持つ小枝を湖に浮かべて静かにこちらへと戻ってきた。
その後再び舞台に上がり、供物を捧げたことを告げクスファ町長が観客に向かって儀式の終了宣言をして神事が終了した。
終了とともに歓声と拍手があがり、わたしとミラもその隙にこっそりと木を下りた。
地面に足をつけて舞台のほうを見ると、何人かの神官役の人達が人だかりから離れるのを見たが、そこにカイン様の姿はなかった。おそらくあの人だかりの中でもみくちゃになっているのではないだろうか。
「この後何かあるの?」
「舞台の上の祭壇を片付けて、演奏が始まるわ。みんなで飲んで食べて踊るの」
神事はいろいろあるが、やはり最後はどこも同じのようだ。
しばらく様子を見ていたが、カイン様らしき人が出てくる様子はない。
「カイン様出てこないね」
「まだ中で動けないでいるんだと思うわ。去年も神官服がよれよれになってたけど、カイン様は微笑んでいらしたわ。あぁっ!でも今年はお側でご一緒に歩けたし、なんてラッキーなの!」
身もだえしながら喜んでいるミラ。
去年同様に、神官服がよれよれになりながらもカイン様は人ごみから笑顔で出て来たのは、それからずいぶんたって、ダンスがあちこちで始まった頃だった。
同行していたクスファ町長と2人の神官役の人は、着ている服はよれよれで顔には疲労が漂っていた。
すごいな、カイン様。
町役場に行列を作りながらもどうにか戻ったカイン様は、結局そのまま外に出てくることはなかった。
着替えたクスファ町長が出てきたとき、あからさまにがっかりした女性達に苦笑いしながらも「領主様はお疲れだから、みな静かに」と言っていたが、やはり大半は居残った。
それを少し離れてミラと見ていた時、3階のカイン様の部屋のバルコニーに誰かが現れた。
もちろん、それは着替えたカイン様だった。居残った人達に微笑む。
「今日は参加してくれてありがとう。どうか最後まで楽しんでいって欲しい」
その言葉に居残った人達から「はい」という声が次々にあがった。
下ではクスファ町長が、ホッとした表情で解散を促している。
それをうなずいて確認し、カイン様は部屋に戻る為に反転した。
と、その時だ。
ふと離れていたわたし達に気がついたようだ。
手を振ってくれたりすることはなかったが、かわりに……ウィンクされた。
「きゃーっ!」
それはミラの声だったが、居残った人達からもあがった。
カイン様、あなた何余計混乱させてるんですかっ。
必死で解散させようとしているクスファ町長が可愛そうになった。
カイン様は無意識です。
……三連休いかがお過ごしでしょう。誤字ありましたら、どうぞ教えて下さい。