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ふくらし魔女と苦労性伯爵  作者: 上田 リサ
3.呪われたログウェル領
31/81

29 話

こんにちは。方位磁石を方位磁針に変更しました。

よろしくお願い致します。

 マオスはサマンドからさらに北東へ、辻馬車で1日弱の距離にある自然豊かな町だ。養蚕、養蜂が盛んでブランド品となっており、カイン様所有の製糸工場もここにある。町の真ん中にはフレビレ湖という大きな湖があり、町の背後にそびえる夏しか雪が溶けないというサンチュレ山脈を映し出すくらいに澄んでいる。

 まずマオスに入って感じたのは、町というより村に近いのどかで視界いっぱいに溢れる緑だった。

 高い建物はない。ほとんどの家がレンガ作りで、傾斜のある屋根をしていた。雪が積もるのを防ぐ為だろう。3階建てもちらほらあるが、それらが連なっているわけではない。昼間だというのに出歩く人が少ないのも特徴だ。

 辻馬車から顔を出すように覗いて見ていると、背後からカイン様がおもしろそうにわたしを見ていた。

 「アリスは初めてだった?」

 「はい。こんなに自然豊かなところは初めてです」

 「ここは村がそのまま大きくなっただけだからね。増えたといっても養蜂業や養蚕業を営む家ばかりだから、昼間は作業にかかりっきりで町は静かなものだよ」

 やがて町の中心部にキラキラ光るものが見えた。

 わたしの視線をたどって、カイン様が説明してくれた。

 「あれは町の中心にあるフレビレ湖だ。あの湖の岸で奉納祭りを行うんだ。サンチュレ山脈の雪解け水が湧き出ていると言われていて、とにかく夏でも冷たい」

 そうこうしているうちに、辻馬車はフレビレ湖から少し離れた所に立っている町役場へと着いた。

 町役場は3階建てで赤レンガで作られており、フレビレ湖に向かって入り口が設けられていた。

 玄関ではクスファ町長と数人の男性が出迎えてくれた。

 挨拶をするカイン様の後ろで、わたしは辻馬車を降りたばかりの位置から動かず黙っていた。

 「アリス」

 振り返るようにカイン様に呼ばれ、わたしは出迎えに来ていた人達の視線を全身に浴びて歩み寄った。 辻馬車の中で、カイン様はわたしを「家族」として紹介すると言ったが、それでは納得しない人もいるだろうし、いちいち詮索されたり聞かれたりしても面倒だからと「客人、もしくは親友の妹」ということにして欲しいとお願いした。

 さぁ、果たして反応は……。

 「こちらは『家族』のように親しい友人の妹のアリスだ」

 なぜか「家族」をつけたカイン様への疑問はさておき、わたしは笑顔で頭を下げた。

 「アリスです。カイン様にご同行させていただきました。どうぞよろしくお願い致します」

 所々から「ようこそ」という声と、笑顔で迎えられ、どうにか邪険にされずにすみそうだとほっとした。

 「ではお疲れのところ申し訳ありませんが、領主様には明日の打合せにご参加願います」

 「あぁ、わかった」

 早速荷物を持って、と言ってもほとんど持ってもらったまま3階へと上がった。

 ちなみに1人部屋。窓際に勉強机が1つあり、クローゼットと寝台が1つあるだけのシンプルな部屋。でも窓からはフレビレ湖が見える。

 ちなみにカイン様は隣の部屋。角部屋だった。

 外から見るとその部屋はバルコニーがあったような気がする。つまり客室なのだろう。

 窓から景色を眺めていると、トントンと軽くノックされた。 

 「はい」

 窓から離れず返事をすると、ガチャリとドアが開いて立っていたのはクスファ町長だった。

 「急に失礼します。これからのことで少しお話があるのですが」

 「あ、はい、わかりました。でも、その前にわたしには敬語は不要です。わたしは一般人ですので」

 そう言えば、クスファ町長も心なしかホッとしたように見えた。

 「では、アリスさん。あなたが始めてこちらに来たと聞いたのですが、あいにくと領主様は我々と行動することが多いのです。そこでうちの娘を案内役に呼びましたので、どうか楽しんでください」

 「そんなに気を使われなくてもいいですよ!?」

 「いえいえ、この町は娯楽は少ないですが、実はあちこち注意しなければならない場所があるんです。例えば蜂が多いところとか。だから安全面でも案内人をつけたほうが、領主様も安心されるでしょう」

 「でもご迷惑じゃ?」

 まぁ、勝手にうろついて迷子になったりするほうが迷惑だろうけど。

 でもここは謙虚な前世日本人。しっかり態度に出します。

 クスファ町長はゆっくり首を横に振ると、口元に右手を縦にをかざした。

 「実はうちの末娘なんですが、領主様に憧れてまして。あなたの側にいればお目にかかれると、かなり思って張り切っているのです。ですからどうか」

 「そういうことなら」

 と、わたしはクスッと笑い、クスファ町長もにんまりと笑った。

 それじゃあ、とクスファ町長の末娘さんが来るまで部屋で待つことになった。

 荷物をほどき、方位磁針を取り出して窓の側に寄る。

 まだ何の反応もないようで、当たり前のように北を指しているだけだった。

 そういえば魔力を感知すると、針を止めている中心がほんのり光ると言われた。

 この話、できたらカイン様にも伝えようかと思ったのだが、ブライント議長に「できるなら内密に進めたい」と言われて今だ言えずにいる。

 カイン様も言えばきっとわたしを連れてきてくれなかっただろう。

 あの方の心配性は良く分かっているつもりだ。

 

 ほどなくバタバタと駆け足のような足音がして、部屋の前でピタリと止まった。

 ……どうやら来たらしい。

 そっとスカートのポケットに方位磁針をしまった。

 トントンとノックがされたので返事をすると、やはり入ってきたのは少女だった。

 茶色い髪を頭の高い位置で結んでおり、くりっと大きな茶色い瞳をした年下の少女だった。

 「初めまして。ミラ・クスファです」

 「こちらこそ。アリス・マーレイです」

 じっとわたしを見た後、ミラはにっこりと微笑んだ。

 「良かった。意地悪そうなお嬢様だったらどうしようと思ってたの」

 「わたしもよ。領主様に憧れているって聞いたから、わたしが意地悪されないか心配したわ」

 そう言い返すと、ミラはムッと口を閉じて目線を横にそらし呟いた。

 「お父さんったら余計なことばっかり言って」

 ぶつぶつと「口聞いてやらないんだから」とか「靴を磨いてやるもんですか」とか続けていた。

 「ねぇミラって呼んでいい?」

 「もちろん!アリスって呼んでいい?」

 うなずけば、ミラは早速ドアノブに手をつけた。

 「お父さん達は会議で部屋に篭りっぱなしだから、さっそく案内するわね。どこか行きたい場所ある?」

 「そうね、お土産頼まれたからお酒買いたいんだけど」

 「わかった。案内するわ」

 気さくなミラのおしゃべりを聞きつつ、わたしは販売もしている酒場に案内された。

 レンガの平屋建てで、丸いテーブルとイスだけが木でできているような酒場だった。

 奥のレンガのカウンターからゆったりとした服を着た女性が出てきた。

 まだ若く、年は10も変わらないように見えるが、ちゃんと薄くではあるが化粧をしていた。

 「ミラちゃんいらっしゃい。どうしたの?」

 「こんにちは、シナさん。お客さん連れてきたの」

 ほら、と背中を押されてわたしは前に出た。

 「あの、マオスは水がいいからおいしいお酒があると聞いたんですが」

 シナさんという女性はにっこり優しく微笑んだ。

 「嬉しいわ。うちは酒造をしているの。まだまだ数がないけど、わざわざ買いに来てくれるなんて!」

 どれがいい?とシナさんは、カウンターの近くの壁にかかっていた布をバサッと取り払った。そこにはずらりと酒瓶が並んでいた。

 うわぁとわたしはそれらを一通り見た後、シナさんに尋ねた。

 「あの、わたしお酒知らないのでどれがいいんでしょうか?」

 「あら、あたしは時々飲むけどこれがいいわ」

 と、ミラが指をさした。それを見たシナさんがふぅっとため息をつく。

 「子どもが飲むんじゃないのって言ってるじゃない」

 「もう15よ」

 「あと3ヶ月あるわ」

 なんと、まだ14才だった。

 そういえば、とミラはわたしを見た。

 「アリスは誕生日きた?」

 「わたし?秋で18になるわ」

 「18!?」

 目を丸くして驚くミラに、わたしは苦笑した。きっと童顔だと言いたいのだろう。

 とりあえず固まってしまったミラを放っておいて、わたしはシナさんを見た。

 「あの、オススメというか良いものを教えて下さい」

 「そぉね、予算にもよるけど」

 どれかしら、と考え出したシナさんにわたしは大金貨を1枚取り出した。

 それを見たシナさんは少し驚いたが、ふふっと意味ありげな笑みを浮かべて「ちょっと待ってて」と奥に行ってしまった。

 そして数分後、シナさんは1本の酒瓶を抱いて戻ってきた。

 「これは特別なお酒なの。奉納祭りに土地神様達にささげる神酒と同じ工程で作られた酒よ。1番いいのは神酒でささげちゃうけど、他の樽はこうして高級品として売られるの。予算的には6本分だけど、ほとんど予約が入ってて4本しかないの。どうする?」

 「じゃあそれを頂きます」

 「4本?」

 「はい。あと他にありますか?」

 買い占めるのは何となく後ろめたいが、あの2人ならまとめて買ってこいというに決まっている。むしろ何で買い占めなかったと言われるだろう。守銭奴ならぬ守()奴だからなぁ。

 「神酒の2番酒もいいけど、味を変えるならこっちね」

 シナさんに勧められるまま、合計10本を購入した。正直どれもこれも高級酒だ。

 「重いから後で運ばせるわ。役場でいいのね?」

 「はい、お願いします」

 小銀貨3枚のおつりをもらい、わたしとミラは酒場を後にした。

 ぶらぶらと町を歩くのだが、とにかくどこからでもフレビレ湖と白い雪をかぶったサンチュレ山脈が見る。少し冷たさのある空気が清清しい。のどかな草原にはポツポツと家畜の牛や羊の姿が見える。その先には茶色いものが一面を覆っていた。

 緑のなかに広がる茶色いものを指差し、ミラに聞いたらあれはフォムという作物で綿が取れるという。いわゆる綿花だった。しかも春先と秋と2回収穫されるそうだ。

 「フォムは熱すぎても寒すぎても育たないの。ここは冬以外は気候が穏やかだから2回とれるのよ」

 ふふっと自慢げに解説する。 

 だがふと顔を曇らせる。

 「でも最近は春になってもなぜか花が咲かなかったりするの。病気も見られないし冷害ってみんな言うけど、花が咲く前に突然ダメになるなんて変なことが起こるの。でもおじいちゃん達は仕方ないって言うばかり……」

 「突然、なの?」

 「そうよ。ちょうど今頃花が咲いてくるんだけど、先週から湖に氷が張ったりしておかしいの。このままだとまたフォムも……」

 わたしはそっとスカートのポケットから方位磁針を取り出して見たが、中心は反応しておらず針も相変わらず北を指しているだけだった。

 「あ、そうだ!湖にボートがあるの。乗ってみない?」

 「ボート?乗ったことないわ」

 「大丈夫よ。あたしがこぎ方を教えてあげるから」

 ミラはわたしの手をとってフレビレ湖へ案内した。

 年上だからとわたしに遠慮がないミラは、ボート初心者のわたしにさっそくオールを持たせて漕げと言った。で、見よう見まねで漕いだらボートが傾いて回りそうになったりで、全然進まないのでミラが「ダメね」と早々に匙を投げた。根気が足りないぞ、ミラ。


 透明度の高い湖の上は、陸地よりもひんやりした空気が漂っていた。

 「キレイね!」

 うんしょうんしょ、と一生懸命漕ぐミラが「でしょ!」と笑った。

 しばらくして漕ぐのをやめ、わたしとミラは語り合った。

 ……いや、質問攻めにあったというのが正しい。

 いわく、カイン様の好きなものは何か、とか。先月のローウェスの件とか、そこで戦うカイン様を見たかったとか、ここに来るまでの辻馬車の中でどういう会話をしたのだとか……。

 あぁ、ミラがカイン様のファンだということを忘れてた。

 わたしに敵意はないようで、しかもミラはカイン様と恋人になりたいとかいう願望はないようで、むしろ遠くより近くで眺めていたい。できたらお友達の末端に入れて欲しいというタイプの娘らしい。

 「あ、見てみて!」

 ミラが話しの途中で何かを見つけたらしく、対岸を指差した。

 「お父さん達だわ。あ、領主様もいる!」

 大きな木の骨組みと舞台の設置作業をしている人達のところへ、3人が近づいていっているところだった。

 「あそこで明日朝から儀式があるの。その下見かなぁ」

 遠目ながらカイン様を見れたことで嬉しそうなミラが、目を輝かせていた。

 わたしも体を不安定なボートの上でひねっていたら、お尻の下にいつの間にか方位磁石が当たってしまい、もぞもぞとスカートをなおしていてふと何気に手にとって見た。

 「あ……」

 小さく漏れた声にミラは気づいていなかった。

 方位磁石の中心が小さく光り、北ではない方向を向いている。

 「ミラ、ボートをもう少し右方向に進めてくれない?」

 「え?えぇ」

 戸惑いつつゆっくりとボートを動かすミラ。

 わたしは手の中の方位磁針と湖を交互に見ていた。

 やがて方位磁針の中心が点滅した。

 

 『魔力の発する中心地にくると点滅します。点滅の光は感知した時と同様、強い魔力なら強く、弱い魔力なら弱く光ります。たとえそれが魔法具であっても魔力を帯びていれば反応するでしょう』


 説明してくれたボレード副議長の言葉を思い出し、ミラのオールを漕ぐ右手を握った。

 「ごめん、止めて」

 「え?うん」

 戸惑いながら目で「どうしたの?」と聞いてくるが、わたしは先にボートから湖を覗き込んだ。

 透明度が高いが、ここはすでに湖の中心で底も深いのだろう。先はぼんやりして水面に反射する日の光もあって良く見えない。

 

 (この下に何かあるんだ!)


 弱く点滅する方位磁針を握り締め、わたしはしばらく湖の底を見つめていた。





週に3回更新するのがやっとですが、読んでいただき本当にありがとうございます。


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