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ふくらし魔女と苦労性伯爵  作者: 上田 リサ
3.呪われたログウェル領
30/81

28 話

 こんにちは。

 結局わたしの魔法省への召喚は1日で終わった。

 せっかくだから、とブランが魔法省の中を案内してくれた。でもいくつも見ないうちに、わたしに迎えが来た。

 

 もちろん、カイン様だった。

 

 立ち入り許可証の赤い腕章をしたカイン様は、わたしとブランが廊下を歩いている時に背後から音もなく歩み寄り、ぐいっとわたしを背後から抱きしめるように振り向かせた。

 「迎えに来た。用事はすんだようだな。帰ろう」

 優しい目をしたカイン様が、なぜか横にいるブランを見たとき一瞬冷たい目つきに変わった。

 「ご苦労。では」

 短い言葉を吐くとカイン様はわたしを抱き寄せたまま、ズンズンと歩き出した。

 「あ、え、またね、ブラン!」

 あわててわたしも挨拶をするが、遠ざかるブランは突っ立ったまま何がなんだがわからないような、ぼけーっとした顔のままだった。

 カイン様の都合でもう2泊させてもらい、わたしはカティーレさんとディレイ君とともに甘味店に行ったり、広場で開催されている市に行ったりして楽しんだ。

 そして荷物を増やしてカサンドへ無事帰り着いた。


 「おかえりなさいませ」

 混雑を覚悟していたが、どうにか昼過ぎにログウェル伯爵邸にたどり着いたわたし達を迎えてくれたのはイパスさん……だけではなかった。

 茶色い髪は白髪交じりで、背は低いががっしりした体格で肩幅も厚みもあるような壮年の男性が後ろに控えていた。

 「お戻りお待ちしておりました、領主様」

 「クスファ町長か、どうした?」

 イパスさんに荷物を預けつつ、目線は良い意味で待っていたのではない様子のクスファ町長から外さない。

 そんな2人を見てわたしはやっぱり付いて来るんじゃなかった、と1歩後ろに下がった。

 だが荷物を受け取り終えたイパスさんが、スッと背後に来てわたしの手荷物を掴んだ。

 「お持ち致します」

 「え、いえ、大丈夫です」

 「いえいえ。届いたばかりの紅茶がございます。ぜひ」

 さぁ、とばかりに背中に手が添えられ、戸惑いながら中へ入った。

 そしてあっという間に荷物を取り去られた後は、なぜかカイン様とクスファ町長との話に同席させられていた。


 (なぜっ!?)


 そう思ったのはわたしだけではないようだ。

 さっきからチラチラとわたしとクスファ町長の目が合う。


 そうですよね、なんでわたしここに座っているんでしょうか。はい、わたしにもわかりません。横に座っているカイン様に聞いて下さい。え?聞けない。そうですかぁ。わたしもさっき聞こうとしたら「彼はマオスの町長だ。あ、彼女はアリス。無関係ではないから同席させる。あぁ、アリスはお茶でも飲んでて」とサラッと言われたばかりなので……ごめんなさい。

  

 そっと目線を落とし、とにかくイパスさんにいれてもらったばかりの紅茶を飲む。

 あぁ、おいしい。ふんわり鼻に通る茶葉の香りが落ち着く。

 わたしがうっとりしていると、横でカイン様が動いた。

 「わたしもいくつか話があったので丁度良かった。だがわたしの話は後にしよう」

 キリッとした目には一切の微笑みがなかった。

 その表情を見てクスファ町長は、ギュッと1度唇をかみ締めてから話し出した。

 「実は数日前から町の湖に氷が張っております」

 「氷?この時期にか」

 「日中はもちろん溶けます。ですが朝になると氷があるのです。そして今咲くはずの花や芽吹く植物も成長が遅れています。……去年と同じです」

 シンッと沈黙が降りた。

 氷も驚いたが、後に続いた言葉は何度も頭の中に響いた。

 去年と同じ、ということはまた冷害がやってくるのか、ということだ。

 「綿花の様子はどうだ」

 「(かんば)しくありません。蚕のエサとなるオブワの葉も芽吹きが遅く、今ある分だけでは持ってあと1回分です。それ以後は代用品か買う他は秋の蚕を育てることができません」

 「夏の蚕分で精一杯と言うことか。もうすぐ春の蚕の出荷だったな。数はどうだ」

 「数はなんとか減らさず出荷できそうです。ですが秋の蚕は減らすしかないかもしれません」

 カイン様は眉間にしわを寄せ、難しい顔で顎に手をあてた。

 「代用品はダメだ。質が悪くなる。今まで培ってきた評判に泥を塗るわけにはいかない」

 「しかし、オブワの葉を求めるとなると、オブワの木の群生地は近くでも東の先にあるホルボル地方です。運搬費を考えると割高ですし、何より葉の質が落ちます。蚕が食べない場合も考えられます」

 「葉も花も咲かないと成ると、養蜂にも影響が出ているな」

 「はい。すでに出荷量が落ちています」

 ふぅっとカイン様はため息をついた。

 目線は下をむいたまま前髪を書き上げた。

 「せっかく蜂の購入と絹の商談が上手くいったのだがな」

 「……申し訳ありません」

 搾り出すような声を出し、クスファ町長は深くうな垂れた。

 それをやんわり首を振りながら、カイン様が手で制す。

 「自然が相手だ。しかたあるまい」

 その話を黙って聞いていたわたしは、ブライント議長の言葉を思い出していた。


 『わしはログウェル領は意図的に攻撃されていると思っておる』


 確かにマオスは雪山があり、吹く山風は冷たい。氷だって先月までは朝まで見られるような所だ。

 でも、それでも今まで花は咲き、植物は芽吹いていた。

 ブライント議長の言葉が後押しになっているのか、わたしはおかしいとしか思えなかった。


 そんなことを考えていたら、いつの間にか話が飛んでいた。

 「では、明後日奉納祭りをするということで」

 「はい。どうぞよろしくお願い致します」

 では、とクスファ町長が長椅子から立ち上がり、ペコリと頭を下げた。

 カイン様も立ち上がり、わたしもあわてて立ち上がって出て行くファクス町長を見送った。

 パタンとドアが閉まってから、わたしはカイン様を見上げた。

 せっかく良い話を持って帰ってきたのに、あんな話を聞けば顔色も悪くなるだろう。そう思っていたのだが、意外にカイン様の表情に変わりはなかった。

 そう、無表情の仕事モードのカイン様のままだった。

 「あ、あの」

 おそるおそる声をかけると、ゆっくりこっちを向いたカイン様の目からは厳しいものが消えていた。

 「ごめん、退屈だっただろう」

 「いえ、あの、マオスで何かあるんですか?」

 「あぁ、奉納祭りだよ。山と大地の精霊達に感謝する儀式だ。毎年この時期と秋の2回行っているんだ」

 「それって、わたしも行くことが可能ですか?」

 「もちろん行けるよ。俺も行くから一緒に行こうか」

 そうか、それでさっきの話だったんだ。

 納得したわたしは「はい」とうなずいた。

 「じゃあ、明日出発するから、今夜はここに泊まるといい。……あの大家に許可がいるかい?」

 「あ、いえ許可と言うか、荷物減らして準備してきます」

 結構お土産というかお酒と砂糖を買ったし、手持ちのお金もちょっと散財したので少し補充したい。

 「結構重いものを買っていたからなぁ。よし、今から行くか」

 クスファ町長を送ったイパスさんが部屋に入ってくると、カイン様はわたしを家に送ることを伝えた。 そしてわたしの荷物を手に家に向かった。


 家に着くと、いつものようにザッシュさんがドアを開けてくれた。

 じっとわたしの後ろに立っていたカイン様を見ると、これ見よがしにため息をついた。

 「なんだ大家」

 「……いや」

 ふいっと視線をそらしてそのまま家の中へ入る。

 「荷物持っていただいたんです。ありがとうございました!あ、ザッシュさんにお土産があるんですよ!」

 さっそく酒瓶を1本取り出した。

 「ばぁーちゃんにも同じ物を買ってきました!」

 じゃーん、とばかりに差し出せば、カイン様を見て眉間に寄っていた皺の溝が浅くなった。

 だってこれはばぁーちゃんが飲んでいた異国のお酒。わたしが覚えている数少ない銘柄だ。美味しいらしい(・・・)

 「……王都はどうだった」

 「賑やかでした。まだ王子様ご誕生のお祝いがあっているそうで、あちこち人がいっぱいで宿がとれなくて苦労しました。結局どうにかなりましたけど」

 「魔法省は」

 「1日で終わりましたよ。ちょっと遊んでました」

 カイン様が運んでくれた荷物の中から砂糖やハチミツ、珍しい異国のドライフルーツや食用の粉末をなどを取り出していると、ザッシュさんはフンッと鼻で笑った。

 「狸がいただろう。面倒なことだ」

 「え?」

 「……気にするな」

 そう言ってイスに腰掛けると、そのまま土産の酒瓶を開けて飲みだした。

 「……昼間から酒か」

 「いつ飲もうが関係ない。あぁ、お前の新妻も四六時中飲むぞ」

 にやりと片方の口角を上げたザッシュさんに、カイン様はスッと目を細めて冷たい視線を浴びせていた。

 そんなやりとりもいつものこと、とわたしはさっさと自分の荷物を部屋に運んだ。

 久々に入った部屋には、掃除中のフーちゃんがいた。

 「フーちゃんただいま!」

 床を掃いていたのを止め、毛先を一束ピッと上げて「おかえり」と言ってくれた。

 「フーちゃんにお土産だよ」

 渡したのは小さな星が7つ付いたチャーム。毛先を束ねる紐に付けてあげる。

 「動くとシャラシャラしてかわいいよ」

 手をたたいて褒めると、フーちゃんはフルフルと小刻みに震えだした。

 「喜んでもらえた?」

 こくっと柄が前に倒れた。

 良かった。

 「あのねフーちゃん、わたし明日マオスに行くの。またちょっと留守にするね」

 そういいながら荷物を詰めなおし、机の奥の箱からお金を取り出す。

 荷物を背中にしょって部屋を出ると、フーちゃんも付いてきた。

 

 向かったリビングは無言で不穏な空気が漂っていた。

 まぁ、これもいつものことだ。

 

 「お待たせしました」

 「よし、では行こう」

 サッと立ち上がったカイン様はすぐに玄関のドアノブをひねった。

 「行くのか」

 「あ、はい。ちょっとマオスへ行ってきます」

 少し遠慮がちに言えば、ザッシュさんは小さく「マオス」と呟いて立ち上がった。

 「ちょうどいい」

 そうして差し出された右手には何か握られているようで、わたしがその下に両手を差し出すとチャリンと大金貨が2枚落ちてきた。

 「ほぇ!?」

 びっくりして妙な声を出したわたしに構わず、ザッシュさんはイスに座りなおした。

 「マオスは水がいいから美味い酒がある。買える分買ってこい」

 「えー!重いじゃないですか」

 「大丈夫だ。夜にフーを行かせる」

 えっとフーちゃんを見ると、黙って反応はなかった。

 「艶出しをぬってやろう」

 その一言で、フーちゃんはぶんぶんと柄を振った。どうやら了承のようだ。

 「何回かにわけていろんな酒を買え」

 「……はい。じゃあ、行ってきます」

 大事に大金貨をスカートのポケットに入れた。

 「全く、そんなに酒ばかり飲んでいては体を壊すぞ」

 ドアをすでに半分開いた状態で、カイン様は眉をひそめていた。

 それをおもしろそうに方眉を上げて見たザッシュさんは、いつになく軽い口調で言った。

 「気遣いか?マオスの冷害も吹っ飛ぶぞ」

 ピクッとカイン様の指先がわずかに反応したが、ザッシュさんは気にすることもなくわたしに言う。

 「良い酒を選べ。いいな」

 「はぁーい。ちゃんと聞いて買いますよ」

 マズイ酒なんて買ったら無言で怒られそうだ。ばぁーちゃんは文句の嵐が吹き荒れたことがあったな。

 お酒なんて飲まないから味わかんないし。

 辛口甘口なんてのの前に、まず何をもってして美味しいのかがわからない。

 相変わらずザッシュさんを睨むように見ているカイン様に近づく。

 「お待たせしました」

 わざと明るく言えば、カイン様の表情が緩む。

 「では行こう」

 さっさと家を出たのだが、まだ数歩しか歩いていないところでカイン様は立ち止まった。

 

 「カイン様?」

 どうしたんですか、と続ける前にカイン様がくるりと振り返り、がしっとわたしの両肩を掴んで顔を寄せた。

 いつになく真剣な表情に、わたしは赤面するより先にたじろいだ。

 「やっぱり一緒に住もう、アリス」

 「は?」

 またその話か、とわたしは全身の力を抜いた。

 「あのですね、前にも……」

 「もう一緒の部屋に泊まったんだからいいじゃないかっ!」

 その大きな声に驚いて固まると、カイン様の肩越しに近所の見知ったおばちゃんの姿があった。

 少し離れているが、こっちを見て立ち止まっているところからすると、今の言葉が聞こえたのだろう。いや、聞こえなくても家の前で若い男女が近い距離で立ち止まっていれば見ないわけがない。

 「あ、いや、カイン様落ち着いて」

 チラチラとおばちゃんの様子を伺いながら言うが、カイン様は頭を振った。

 「ダメだ。あんな胡散臭い奴と一緒にいて何かあったらどうする」

 「何もありませんよ」

 ははっと困ったように笑いつつ、またおばちゃんを観察する。

 あ、立ち止まったまま誰かを手招きしてる。嫌な予感。

 「イパスが言うように女性1人でやってくるのが不安なのだ、ということが違うと今回王都に行って良く分かった。アリスは俺を信用してくれているのだろう!?」

 「え、あ、信用してますよ。あのですね、ここではその話は……」

 「殺風景だが迎える準備はある!」

 わたしの言葉を全然聞いちゃいないカイン様。

 ぎゃーっ!いつの間にかおばちゃんが2人になってこっち見てる!

 わわわっと、わたしは青ざめてあわてた。

 「だから一緒に……」

 「とっとと行きますよっ!」

 肩を掴む手をがしっと掴み返し、強引に引っぺがした後は、その手を引っ張って猛然と走ってこの場から逃げた。



 後日、近所でわたしが年上の男性から求婚され、だが何か事情があるらしく首を縦に振らなかったと噂がながれた……。


 そしてザッシュさんは、普段あまり接点のない数人のご近所さんから「あんたも大変だねぇ」とか、「俺も相手を怒鳴ったもんだ」とか言われて首を傾げたという……。

 

 


 読んでいただきありがとうございます。

 これからカイン様といる時間が増えるアリスですw(やっとかよ!)

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