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ふくらし魔女と苦労性伯爵  作者: 上田 リサ
1.ばぁーちゃんの結婚
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2 話

本日もよろしくお願い致します。

 ばぁーちゃんと呼ぶと「あたしゃ独身で結婚もしたことなけりゃ子も産んだことないよ!」と怒鳴られる。まぁ、師匠なんだから外では呼ばないけど、家の中でも呼ばせないってどうよ。ちなみにわたしのことは「うちの姉の孫」と正直に紹介する。あくまでも自分の孫ではないというところを強調する、自称恋多き魔女だ。

 恋が多いくせに成就しないの?と聞いたら拳骨がとんできた。あぶないばぁーちゃんだ。

 仕方がないので、ジェシカさんと呼んだりする。心の中じゃばぁーちゃんが定着しているけどね。

 そんなばぁーちゃんは例に漏れず王宮勤めのエリートだった。

 魔法省でも上役の位置に君臨し、率先して現場で指揮をとっていたという。ただ、わたしという弟子をとったからには仕事はセーブしなくてはならないらしい。

 ばぁーちゃんの家は、うちと同じくらいの小さめのお邸で、王都の貴族街と商業区の間にあった。

 「1人で住んでるの?」

 「そうさ。お前も何でも1人でできるようになるんだよ」

 仕事柄不規則な生活だから誰も雇わないんだそうだ。わたしはたった2週間だったが、父から家事を積極的に手伝うよう言われていた意味がようやく分かった。

 「お料理はば……ジェシカさんが教えてくれるの?」

 「まさかっ!」

 ばぁーちゃんは笑い出した。

 「あたしゃ料理しないよ。主食は酒と肉があればいい」

 とんだ肉食系ばぁーちゃんだ。

 「とりあえずご近所の主婦に通ってもらうことにしてる。しっかり習いな」

 「はーい」

 「これからのことだけど、来年の春まではあたしが出した課題をこなすんだ。春からは魔法省が運営する魔法学園に通ってもらうからね」

 「はい!」

 魔法学園と聞いてわたしは期待に目を輝かせた。

 だが、ばぁーちゃんはそんな浮かれたわたしを見て、ずいっと指を突きつけた。

 「あんたの成績はあたしの評判に繋がるんだ。しっかり上位に食い込んでないと、すぐさま魔力を封じて属性持ちにしてやるからね!」

 ばぁーちゃんは一瞬でわたしの期待をへし折った。

 それからわたしはばぁーちゃんが仕事にでている日中に、毎日出される課題をこなしつつ、通ってくるご近所の主婦の方に料理を始め家事全般を習った。

 春になり、わたしは魔法学園に入学した。寮はあったがばぁーちゃんの邸から通った。毎日馬車が迎えに来て、同じ地区の生徒と乗り合っていた。

 成績はどうにかばぁーちゃんの合格点に食い込んでいた。なかなか超えられない、同じ火の男の子がいたがついに一度も勝てなかった。前世とあわせて考えてもこんなにがむしゃらに、そして悔しい思いをしたのは初めてだった。

 学園は5年制で、卒業と同時に師匠について実際の仕事の補佐になる。それを2年ほどこなし、師匠から認められると国家認定され一人前の魔法使いとして配属先が決まるのだ。

 魔法使いのための道具、魔法具の使い方も習った。

 国の許可を得て、神殿と魔法省の見届け人が必要になるが、召喚魔法による使い魔との儀式についても習った。

 わたしの火の魔法もなかなかで、14才の時に幸運なことに属性とは全く関係なく使える魔法。副魔法も使えることが分かった。実際これはあまり役に立たないと思って、在籍中はめったに使うことはなかった。

 順風満帆な学生生活。わたしのこの世界での人生の基板ともいえるものは、まさにエリートコースだった。

 なのに、まさか卒業式まであと数日という時に、わたしはその道から外れることになろうとは思ってもみなかった。

 単位も試験も全て終え、あとは卒業式の日まで待つばかり。当然学生最後の休みだと邸にいた、まだ冬の名残の残る寒い日だった。

 「引っ越すよ。荷造りしな」

 あいかわらずピンクのド派手なローブを着た美魔女は、いつもより早く帰宅すると腰に手をあて開口一番そう言った。

 夕飯の準備をしようとしていたわたしは、何のことかと首をひねったが、ばぁーちゃんはどんどん話を進めた。

 「今日付けで辞めてきた。この邸も売った」

 「えぇ!?」

 本気ですかっと怒鳴りたくなった。

 だって卒業したら師匠に付いて仕事をこなさなきゃならないのだ。ばぁーちゃんが辞めたらわたしの師はどうなるの!?

 あわててそのことを聞くと、ばぁーちゃんはちょっと遠い目をして言った。

 「あたしが王宮勤め辞めたってことは、師匠としての資格がなくなったんだよねぇ。つまり今日をもってあんたとあたしは師弟じゃなくなったってことだ」

 「じゃあ、どうなるの!?」

 「新しい師匠に付くか、未公認の魔法使いになるかだね」

 「未公認ってもぐりじゃない!社会的地位はないし、義務違反で罰則ものでしょ!?」

 涙目で訴えると、ばぁーちゃんは年甲斐もなく唇を尖らせた。

 「仕方ないじゃん、こうするしかなかったの」

 「なにがっ!?」

 「あんたには関係ないよ」

 「あるっ!」

 あるに決まっている。今思いっきり被害を被っている。

 しかしばぁーちゃん、どうやって辞めてきたんだろう。魔力が弱まったとか体の不調とか、それこそ辞めるほうが至難の業といわれているのに。

 じぃっとばぁーちゃんを見つめていると、彼女はようやく観念したかのように口を開いた。

 「……まとまった金が必要になったんだよ。今言えるのはそれだけ」

 「お金?借金あったの?」

 「借金はないけど、ちょっと必要なのさ。時間もないし、こうするしかなかったんだよ。あんたにゃ悪いが、あたしゃ今日で師匠降りる。代わりの師匠くらい紹介するから、これからしっかり頑張りな」

 そう言ってばぁーちゃんは自分の部屋に引きこもった。

 わたしも呆然としたままこれは夢じゃないんだ、と慌しく部屋に駆け込み荷物の選別を始めた。

 途中ばぁーちゃんがやってきた。

 「とりあえずあんたは実家に帰りな。卒業式の日は親も出てくるし、それまでは宿で暮らせばいいから」

 宿、ということは本当に限られた荷物しか持っていけないようだ。

 「わかった」

 むすっとしたまま答えると、ドアは無言のまま閉まった。

 5年間過ごした部屋とばぁーちゃんと別れる。

 悲しいはずなのに、わたしは突然のことに怒りを覚えていた。


 でも怒っていたのはその数時間だけ。

 その後ばぁーちゃんについて行くと決めた自分を、2年経ったわたしは後悔していない。


また明日更新致します。

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