27 話
こんにちは。今日もよろしくお願い致します。
翌日ダンレイさん、カイン様、わたしの3人は、カティーレさんとディレイ君に見送られてお邸を出た。
あ、ちなみに通いのメイドさんが3人いるようで、うち1人は最近入ったばかりだった。みんな年上の女性で、子育て経験のある人ばかりでカティーレさんは穏やかな妊婦生活を楽しんでいるとのことだ。
「では行ってきます」
王城と魔法省への分かれ道で、わたしは2人にお辞儀をして別れた。
受付で手紙に同封されていた召喚状を見せると、腕に赤い腕章をさせられた。
ようやく落ち着いて受付から離れると、そのままホールの中央にある水晶でできた大時計の下に長椅子がいくつもあり、丁度待合い用のスペースになっているようなのでそこに腰を下ろした。
改めて周りを見ると、どこもかしこも窓が極端に少ない建物のせいか魔石をふんだんに使ったシャンデリアや3つ、4つの魔石を十字に配置したランプが輝いてる。足元には汚れの目立たないような茶色の毛の短い絨毯が敷き詰められ、中央の水晶の大時計はその数字の横に宝石が埋め込まれている。天井も鏡張りのようで、下の様子がしっかり映っていた。
どこかひんやりとした静か過ぎる空間に、わたしは再び緊張しながら迎えを待った。
「お待たせ!」
やってきたのは青いローブを着たブランだった。
「あ、ブラン」
「なんだよ、愛想がねぇな」
緊張して損した、とは言わないけど顔に出てしまったようだ。
「あんたなら話やすいわ。ねぇ、わたしどうなるのかな」
「どうなるって、話を聞くだけだろ。あと、多分副魔法の実演くらいじゃねぇの」
それならいいけど、とわたしは腰を上げた。
ブランについていくと、まずは壁の中の小さな箱みたいなものに入った。丁度人が5人くらい入ればいっぱいになるような箱だ。良く見れば隣にも3つあった。
「なにこれ」
「乗れよ。柵をするから」
言われて箱に入って気がついた。
これエレベーターじゃないかな。
ガチャンと音がして、ブランが入ってきたところに木の枠の柵をしていた。
「浮力式移動箱っていうやつでさ、5年前にできたんだって。風の大きな魔石をつかったもんらしいよ」
中には階のボタンはないが、真っ白な手のひら大の大きな魔石が壁に埋め込まれていた。
それにブランが手をかざすと、ゆっくりと上昇を始めた。
「止まる階で出力を固定するんだ。そしてその柵を階に固定して止めるんだ」
止まったのは6階だった。
ブランが固定し、彼について歩く。
天井はホールと違って黒く、窓もほとんどない廊下にランプの明かりが一定間隔で輝いていた。
「さて、ここだよ」
壁と同じ黒いドアのノッカーを鳴らし、中からの返事を待った。
「入れ」
「失礼します」
ブランが姿勢を正してドアを開けた。
わたしも中から漏れる光を眩しく感じながら、でもできるだけ目を閉じないように立っていた。
「アリス・マーレイを連れて来ました」
ブランに続いて入ったわたしは、部屋の奥に3人の男性を見た。
まん前に重厚な大きな机に座る白髪のおじいさん、右には壮年になるだろう茶髪の男性、左には風の魔法使いであるディゼ氏が立っていた。
「初めまして、アリス・マーレイ。君のお師匠さんには大変お世話になっているよ」
そういったのは真ん中に座るおじいさん。
黒いローブに金の縁取りがしてある。
同じようなローブを着ている茶髪の男性もふっと口元を緩めた。
わたしはあわてて頭を下げた。
「こちらこそこの度はいろいろとでしゃばりまして、本当に申し訳ありませんでした!」
ばぁーちゃんにお世話になっているといったおじいさん。その意味は知りたくない。
とにかく先手に謝っておこうとわたしは頭を下げたまま、次の言葉を待った。
「顔を上げて。決して怒ろうとかそういうものではない。君が使ったのは副魔法なのだろう?」
そう言われて、わたしはゆっくりと顔を上げた。
先程よりニコニコしたおじいさんを見て、ホッとしたのはいうまでもない。
「あぁ、その前に自己紹介をしよう。わしは魔法省評議会第二議長のブライント。こっちは第一副議長のボレード。そして彼は会っているかな、ディゼだ」
「アリス・マーレイです。改めまして、本日はよろしくお願い致します」
落ち着きを取り戻したわたしは、もう1度深々と頭を下げた。
「さぁ、早速だが実演してもらえるかね」
「はい」
どう実演しようかと思っていたら、スイッと目の前にブランがりんごを差し出した。
そのりんごを受け取り、わたしはブライント議長に言った。
「わたしの副魔法は膨らませる効果があります。ですがあくまで膨らむだけですので、その物質の強度が変わったりはしません。また、1度膨らませると物は半日、生き物であるなら約6時間の効果があります」
「元にはどうやって戻す?」
「元に戻すことはできません。わたしは小さくはできないので、時間が経って効果がなくなるのを待つしかありません」
「うむ。では始めてくれ」
ブライント議長のうなずきで、わたしは手に持ったりんごを膨らませた。
あっという間に両手よりも大きくして、止めた。
「破裂はしないのだな」
ボレード副議長が興味深そうに見ている。
「はい。破裂ということは今までありません」
「いいかね」
ボレード副議長が手を差し伸べながら近寄ってきた。
「あ、はい」
どうぞ、とりんごを渡すと、ボレード副議長はくるくるとりんごを回すように確かめていた。
「重さも変わらないようだな」
「はい、りんごをもっと大きくして測ったことがありますが、重さは変わりませんでした」
「そうか」
うーむ、と唸ってボレード副議長はりんごを持ったままブライント議長の横に戻った。
「あの、わたしはどうなるんでしょうか?」
不安げに聞けば、ブライント議長はにっこりと笑った。
「どうもなりゃせん。ただ、少し頼みたいことがあるだけだよ」
チラリとディゼ氏に目線を送ると、心得たように彼が書類を持ってわたしの前に来た。
続いてブランが隅から丸いテーブルを運んできた。
「これは副魔法持ちの登録書だよ」
「え!登録制でしたっけ!?」
驚いてディゼ氏、そしてブライント議長を見るがいやいやと首を横に振った。
ペンを差し出したディゼ氏がやんわりと言った。
「副魔法は自主登録制なんだけど、その中でも有益かつ研究対象となりそうなものについてはぜひ、とお願いしているんだよ。あ、でも研究と言っても強制じゃないし、危険とかそういうのはないから安心して」
「はぁ」
と、気のない返事をしつつ、やはりここは書かないと帰れそうにないので渋々ペンを受け取った。
特に隠すこともないので、現在の住所も書き、ディゼ氏にペンと書類を渡した。
「さて、ディゼとブランは軍に提出する書類を書き上げてくれ」
「はい」
ボレード副議長に言われると、2人はスッと軽く一礼して部屋を出て行った。
さて、わたしはどうなるのだろう。
1人残され再び緊張するわたしに、ブライント議長は微笑んだ。
「緊張することはない。ただ、少し頼みたいことがあるだけじゃ」
ボレード副議長はりんごをブライント議長の机に置くと、手近にあったイスを持ってきた。
「まぁ座りなさい」
イスとボレード副議長を何度か交互に見て、では、と会釈しながら座ることにした。
「さて、まぁ頼みたいと言うのはログウェル領のことじゃ」
ん?と頭にひっかかりを覚え、わたしはじっとブライント議長を見つめた。
「一昨年からログウェル領が稀に見る厄災に見舞われておるのは知っておる。だが、規定によりあと1年厄災がなければ我々は調査ができない。これは知っておるかな?」
「はい。か……伯爵様もそう言われてました」
「うむ、なら話は早い」
ブライント議長がちらりと目線でボレード副議長に合図を送ると、彼はローブの中から何かを取り出してわたしに歩み寄ってきた。
差し出されたのは方位磁針だった。
なんだろう、と顔を上げるとボレード副議長が話し出した。
「これはある一定以上の魔力を感知しその方向を示す魔法具。ただ感知範囲が直径数キロと限られている」
「例えば、ほら」
ブライント議長が左手にパリッと小さく光る雷を出した。
すると方位磁針の針がグンッと反応し、その方向を指す。
「これは副魔法にも反応するが、持ち主が魔力を使う分には反応はない。あくまで遠隔地での探査と言う目的に作られている。もちろん属性持ちは魔力の具現化ができないので除外される」
さらっとボレード副議長が説明して、わたしの手をとりそれを握らせた。
「え、あの?」
困惑するわたしを、ブライント議長が呼んだ。
「アリス・マーレイ」
さっきより力の篭った声で呼ばれ、わたしは知らないうちに背筋を伸ばした。
「そなたはリリシャムの弟子ではあるが師匠の個人的な理由により、今現在は修行を中止しているとなっている。本来なら他の者の弟子として再修業となるはずだが、それを留め置いている。これは一部の者しか知らない特例じゃ。その意味がわかるかね」
さっきまでの温和そうな目とは違い、射ぬかれるような鋭い眼光にわたしはぐっと手を握り締めて耐えた。
「2年だ。そろそろ小さな不満も出ておる。そこで、我々はそなたに提案することにした」
少し間を置いてブライント議長が口を開いた。
「魔法使いの道を諦め明日にでも属性持ちとなるか、それともログウェル領を調査する諜報員としての任を受けるか」
(……え?)
属性持ち、というのは理解したけど、その続きの諜報員というのはなんだろうか。
ちらっと近くに立つボレード副議長を見るが、彼は黙ってわたしを見下ろしている。
不安げに目線を戻したわたしに、ブライント議長は若干目元を緩めた。
「わしらも貴重な人材を失いたくない。リリシャムの血と力は他国への牽制ともなっている。今のところ火の魔法使いとなりえそうな者は、そなたと昨年修行に入った親族の者だけだと聞いている。見た目は若いがジェシカ・リリシャムもわしと変わらん年だ。そのあたりのことは良く知っているだろう。それをそなたに教えるのは彼女の仕事だから、わしもこれ以上は言わん」
いえ、充分プレッシャーになりましたよ、とは思っても態度には表れなかった。
忘れていたプレッシャーを思い出させてくれたおかげで、今のわたしは座っているのがやっとの状態だ。今すぐこの部屋から逃げ出したいがそれもできない。
「まぁ、それはさておき、諜報員とはなんだという話をしよう。だがその前にその二択、どちらを選ぶかね?」
ここで「属性持ちになります」なんて言える人がいるもんかっ!
横に立ったままのボレード副議長も結構威圧感あるし、ブライント議長にまたあの眼光で睨まれたら泣くかもしれない。
「……諜報員でお願いします」
「そうか。それは良かった」
にっこりと微笑んだおじいさんの顔になったブライント議長。
この笑顔に2度と騙されるまい、と誓った。
「では話そう。実はログウェル領が呪われておるという話があるくらい、今かの地は様々なことが起きておる。だが、異変はここ数年というわけではない。先々代伯爵が亡くなった直後から様々なことが起きておる。わしは先々代の伯爵と懇意であったから、先代と当代の伯爵のことも良く知っておる」
ふとどこか遠くをみるようにブライント議長は続けた。
「最初に感知されたのは8年程前。それから年に1度くらいだが、おかしな魔力の流れがログウェル領内で感知された。最初は自然発生するものの乱れだと放っておかれたのだが、去年暮れから2度感知された。その話をわしが見つけたのが先月だ。……これがどういうことかわかるかね」
いいえ、とわたしは首を振った。
単なる報告ミス、ではないような言い方だったが、まさか。
「……わしはログウェル領は意図的に攻撃されていると思っておる。それも魔法省の誰かが関与し、それとわからないように隠している、そう思っておるのだよ。だがこれはあくまでもわし個人の推測だ」
ゆっくり目を伏せ、そして背もたれに体を預けた。
「地位があるだけにリリシャムは動けない。魔法省も規定があるので表立っての調査はできない。そこでわしは考えた」
カタッと音を立て、ブライント議長は机の引き出しを開け中から書類を取り出した。
「魔法省に属さずログウェル領の調査をできるものを探そう、とな。そして幸運にもすぐに現れたのがそなただ。そなたにはログウェル領の魔力探査をしてもらいたい。できることなら原因を突き止めてほしい」
「わ、わたしがですか!?」
卒業試験より難しい、というかそれって立派な認定試験並の依頼じゃないの!?
「リリシャムの話は聞いた。そなた以外に適任はおらん。もし引き受けてくれるなら、海賊の件で使った副魔法について、仮に軍が召喚を求めてもわしが断固拒否してやろう。それに原因がわかればログウェル領もかつての豊かさを取り戻すじゃろう」
「……そう、ですねぇ」
かつての豊かさ。それが戻れば空腹、疲労、過労で倒れることなく、そしてあの美貌にあった生活をカイン様がおくれる。あの伯爵邸だってお化け邸みたいなものから、伯爵家の名にふさわしいものへと変われるだろう。
……何よりカイン様の銀髪が白髪になる心配もなくなる。
「わ、わかりました」
わたしは方位磁針を握り締め、ブライント議長を力の篭った目で見た。
「お引き受けします」
「ありがとう」
そう言うと、ブライント議長は先程取り出した書類にペンをはしらせた。
その書類を持ち上げると、ボレード副議長が歩み寄って受け取り、壁の金庫に保管した。
「あれはわしの議長の座の辞任表じゃ。そなたになにかあった場合はわしが全責任を負う。だから安心して励んでおくれ」
にっこりと微笑むブライント議長は、見た目通りならわたしを気遣っての決意だったのだろう。
「ありがとうございます。頑張ります」
と、表面は恐縮したようにお辞儀をしたわたしだったが、そんなことされたら余計プレッシャーかかるじゃないですかっ!と、手の中の方位磁針を痛いくらい握り締め心の中で怒鳴っていた。
読んでいただきありがとうございます。