25 話
短いです。
伯爵夫人は悪気があったわけではなく、純粋にわたしに「頑張って」と言いたかっただけらしい。マデリーン様が伯爵夫人を怒っていた。
「ごめんなさい、つい」
と、伯爵夫人に謝られてはわたしも詳しく聞くことができなくなった。
マデリーン様に聞こうかと思ったが、伯爵夫人の部屋からでたあとは夜会の準備のためにメイド達に連れ去られて行った。
誰に聞くこともできないまま、その日の依頼は終了し、伯爵夫人の分として小金貨1枚が追加で渡された。あわてて返そうとしたが、サラさんにそれは失礼ですよ、と言われておとなしくもらっておくことにした。
宿に帰ると、受付前の長椅子にカイン様が座っていた。
「アリス、遅かったな。心配した」
どうやら待っていてくれたらしい。
「すみません。でも明後日もこのくらいの時間になるかと」
「そうか」
「それよりご飯食べませんか?わたしお腹すきました」
と、いうのは嘘だ。
カイン様を見る視線からわき道をそれて、わたしにも注がれる視線から逃げ出したく言ったでまかせだ。本当はお茶とお菓子をたくさん食べてきたので、そんなに空腹感はない。
食堂では昨日程ではないがやはり視線を集め、わたしはそうそうに食事を終えて先に部屋に戻ろうとしたが、カイン様があわてて食事を終わらせようとするので、しかたなく今夜もようやくゲットしたクロワッサンをちびちびと食べながら待った。
部屋に戻れば、やはりカイン様は長椅子に座ってうつむく。
一体どうしたんだろうか。
昼間の商談が上手くいかなかったのか、と聞いてみると、それは大丈夫だそうだ。しかも同種の蜂を予算内で調達できそうだという。
「もう、なんで2年連続うちだけ冷害なんでしょうねぇ」
それは意図して言った言葉だった。
さぁ、と首を傾げるだけなのか、あるいは伯爵夫人の言っていた噂について聞けるのか。
何でもないようにぽすんとイスに座り、カイン様を見ないようにしてテーブルに頬杖をついた。
「だいたい去年も夏は暑かったですよ?なのに作物が育たないなんておかしいじゃないですか」
雨もちゃんと降った。王都よりも少し蒸し暑い夏が来た。
だけど作物だけは冷害と呼ばれ、成長不良、立ち枯れが目立った。
聞いた話ではまいた種の芽吹きも悪く、不安は2年連続的中した。
不作の年は納税が少なくなる。だが領主から国への支払は一定だと聞いたことがあった。
どこか諦めたようなため息をつき、カイン様は長椅子の肘掛けに肘をついて頭を支えた。
「うちは呪われているそうだよ。ちゃんと精霊や土地神への奉納をしているんだけど、2年前にみんないなくなったんじゃないかって噂が広まっていてね。聞いたことない?」
「んー、ないです」
「王都では有名らしいよ。俺も時々耳にしてたんだけどね、確かに不作続きに海賊の出没。2年前からなんて、まるで俺が呪われているような感じだよ」
やれやれ、と目を瞑る。
「もし今年も不良が続くなら、来年は魔法省に依頼を出すしかない」
「依頼、ですか?」
ゆっくり目を開いた後、こくっとカイン様はうなずいた。
「人の力が加わっているかもしれない、ということだよ」
「まさか魔法使いが!?」
ついていた頬を浮かせ、わたしはじぃっとカイン様を見つめた。
「可能性としては考えられる、という程度だけど、普通自然の冷災害なら3年も続かないだろう?だから領地の異変が3年連続見られた場合は、魔法省に調査を依頼することができるのさ」
「今年はしてもらえないのですか?」
「3年という前提がないと依頼できないんだ。結構な金額を出せば受けてくれるかもしれないが、うちにはそんな余裕なくてね。恥ずかしい話、やっと冬を越すために援助してもらった食料の代金を払ったところなんだ」
苦笑しているカイン様を見て、わたしは口をへの字にした。
「恥ずかしくないです。カイン様は領主としてみんなのために食料を買ってくださったんですから」
「満足な量を配給できなかったけどね」
確かに誰かが少ないと漏らしていたのは何度も聞いた。
でも、ログウェル伯爵邸の灯りが次々に消え、あちこちでカイン様が現状を聞いて回っている話しが伝わると、しだいに不満の声も少なくなった。
「資金援助の話もなかったわけじゃないけど、イパスが絶対止めろというからしなかったな。俺も彼等がどうも苦手で、なんとかリリシャムのおかげでしのいではいたからね」
「誰ですか?」
「誰、というか貴族もいたし、富豪の商人もいたよ。なんかみんな同じ目をしているようで、結構不気味だったな」
「やっぱり結婚とかの話もあったんですか?」
よくある話だけど直接聞いたことがないので、ちょっとした好奇心で目を輝かせて聞いてみた。
ところがカイン様はぷっと吹き出して笑うと、ないない、と手を振った。
「良くある話だけど、そればっかりはなかったよ。さすがに極貧のうちじゃあ親だって躊躇するよ」
そうか。そんなに酷い家計だったんですね。
笑い飛ばすカイン様に、ちょっとだけ同情してしまった。
8日、再びマデリーン様とご令嬢方、そしてすっかり気に入ってしまったらしい伯爵夫人を相手にしっかり仕事をして、わたしは宿に大急ぎで帰った。
「カイン様!」
ノックの代わりに名前を叫んで、バーンとドアを開けた。
びっくりした顔でカイン様が寝台から上半身を起こした。
「あ、あり……」
「カイン様は行かないんですか!?」
カイン様の言葉を遮って、肩で息をしつつよろよろと中に入る。
そのままツカツカと歩み寄ると、カイン様は何の話かわかったようだ。
「今夜の王城での夜会の話かい?」
「そうです!マデリーン様に聞きました。今夜は陛下のお孫様の初お披露目だそうじゃないですか。国中の貴族は爵位持ちなら誰でも招待されていると聞きました!」
「うん、招待状はきたね。でも断ったよ」
「えぇ!?」
わたしはカイン様がないがしろにされたのかと怒っていたのだが、まさか王家の招待を断っていたとは思いもしなかった。
「いや、さすがに『呪われたログウェル領』の領主がお祝いに行ったらマズイんじゃないですか、みたいに言ってみたらあっさり受諾されちゃってさ。担当者もほっとしたんじゃないかな」
「呪いを認めるようなことしちゃダメですよ!」
「いや、正直なところ礼服新調するのが難しかったし」
「……それが理由ですか」
目を細めて見下ろせば、カイン様は笑いながらうなずいた。
「それよりハチミツの良い店を聞いてきたよ。俺は明日は会合に出るから、暇なら行ってみたらいい」
渡されたメモを受け取りつつ、わたしは小さくお礼を言った。
だが、とてもぶすっとしていたので、カイン様にくしゃくしゃと頭を撫でられた。
「アリスが悔しがることはない。俺は元々夜会とかが苦手だし、長く騎士団にいたから社交術もない。もっともらしく断れて良かったと思ってるから」
「……それでも呪われてるっていうのは嫌です」
「だね。でもきっともう大丈夫さ」
更に笑みを深くしたカイン様を、わたしはきょとんとして見ていた。
「領地返還も免れたし、海賊も拿捕できた。アリスが現れてから、俺は良いことばかりだ」
そう言って、カイン様は寝台から立ち上がった。
そして少し前かがみになると、立ち尽くすわたしに顔を寄せ、額と額をこつんと軽くあわせた。
「きっと大丈夫だから」
それはわたしに言われたのか、それともカイン様本人が自分に言い聞かせた言葉なのかわからなかったが、一瞬呆けたわたしはみるみる顔が赤くなった。
無言でどーんっと両手でカイン様を押しのけると、鏡のある浴室に駆け込んだ。
「あ、アリス!?」
閉めたドアの向こうで、カイン様が戸惑ったように呼ぶ。
「どうしたんだ!?」
(あなたのせいです!)
全くわかっていないらしいカイン様。
書類上「孫」であっても、こっちは見た目17才の年頃の娘です。おでこごっつん、なんてされて動揺しないわけないじゃない。
「アリス、おーい!」
もう、呼ばないでっ!