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ふくらし魔女と苦労性伯爵  作者: 上田 リサ
3.呪われたログウェル領
26/81

24 話

こんにちは。

 夕食は夜7時~9時、朝食は6時~8時に食堂でとる。チェックアウトは午前中。昼からは一泊料金加算、というのがこの宿だ。ちなみに富裕層が多いためか別途料金で部屋食が可能となる。

 荷物を整理しようかと思ったけど、長椅子に座ったままのカイン様は疲れたのか頭を抱えて下を向いているままだ。

 「カイン様、混んでいるかもしれませんが食事に行きませんか?」

 しかし、カイン様の反応はない。

 「カイン様?」

 「…………」

 まさか疲れ過ぎて寝てる、とか?

 起こさないようにそぉっと忍び寄って、左側から観察してみたが、銀の髪が顔を隠していてよくわからない。

 少しだけ近寄り声をかけてみた。 

 「カイン様」

 「うわっ!」

 弾けるように顔を上げ、驚いたまま固まったカイン様に、わたしも同じように驚いたがすぐに笑って見せた。

 「お疲れなんでしょう?ここの料理おいしいんですよ。お夕飯にしませんか?」

 「そ……そうか」

 すぐにいつもの優しい表情になったカイン様は、すっと音もなく立ち上がった。

 そしてわたしが案内する形で1階の食堂へと歩いた。

 食堂は大きく入り口がちょうど真ん中にある。左側に厨房が並び、個別の注文も受け付けるようになっている。

 その厨房の前にはズラリと料理が並んでいる。いわゆるビュッフェ形式だ。

 骨付きローストビーフ、パリパリに皮を焼いたチキンにたっぷりのキノコ入りのホワイトソースかけ、豚バラを焼き余分な油を落としたものに2種類のソースを好みでかけて食べるメインがならび、その横には、色とりどりの温野菜のサラダ、茹でたエビと魚のカルパッチョみたいなのと、ほぐした鶏肉と葉野菜のマリネのサラダ類。スープも具沢山のスープと、具の少ないでも大きな肉の塊が入ったスープ、それにミルクスープが1人前ずつカップに用意されている。その他にも緑のソースがかかったパスタ、たっぷりのチーズを絡めてあるパスタ、数種類のパンはもちろん焼き立てでふんわりとしている。バターやジャムも付け放題だ。ちなみにわたしの目当てであるスイーツは、香ばしい香りと焦げ目のついたプティングと果物だ。

 わたしはチキンのキノコのホワイトソースかけをメインにカルパッチョと具沢山スープを選んだ。カイン様は骨付きローストビーフと鶏肉と野菜のマリネ、肉のスープだ。

 食堂はほとんど満席で、それぞれに会話をしながら楽しんでいるようだ。ざわざわとしながらも、間違っても大声で叫ぶような人はいない。

 若干服装に気後れしそうになったが、隣に立つカイン様はここでも人目を引いているようで、大した服でもないが彼が着ているとそうは見えなくなるのが不思議だ。

 「騎士団の頃を思い出すよ」

 席に着き、骨付きローストビーフを優雅な手つきでナイフとフォークで食べていたカイン様が、くすりと思い出したように笑った。

 「もっともこんなに静かではなかったけどね」

 ざわざわとここも決して静かとはいえないが、騎士団は男性の集まり。大声、騒ぐは当たり前だったのだろう。

 「騎士団の方もまとまって食事をされていたんですか?」

 「王城に騎士団の専用食堂があってね、その隣が軍部の専用食堂だったんだけど、仕切りがあっただけでないようなもんだったから、結構入り乱れて騒いでいる奴らも多かったんだ。もちろん酒が入るとひどい」

 「騎士の方は貴族の方がほとんどだと聞いてますけど、大丈夫だったんですか?」

 「もちろん一部は嫌がる奴らもいたが、まぁ、そういう奴らはかかわりすらしないからな。遠巻きに見ている分には楽しい余興だったよ」

 「巻き込まれたことあるんですか?」 

 そのとたん、カイン様の目が遠くを見た。

 あるんだ、とわたしは逆に期待をこめてじっと見た。

 「あるんですか?」

 もう1度聞けば、カイン様は遠い目して視線をそらせたままポツリと言った。

 「あるよ。少し柄の悪い同僚と軍部の人間に捕まってね。まぁ、泣きそうになったが……」

 (えぇ!?)

 まさかの発言に、わたしはフォークで刺していたカルパッチョを落とした。

 どんなことをされたんですか、と聞きたいが聞いてはいけないだろうという葛藤をしつつカイン様を見つめていると、ようやくうつろな目のカイン様と目が合った。

 「絶対言わないよ」

 にっこり笑ったカイン様が、なぜかとても哀れに思えた。

 そして楽しい食事を再開すべく、わたしはこの料理おいしいですねー、作ってみたいけど難しいかな、とたわいもない話題を引っ張り出し、ようやくカイン様を現実の世界へと引き戻した。

 ちなみに現実の世界へ引き戻したきっかけは、カイン様が何気なく手に取ったパンだった。

 「あ、そのパンどこにありました!?」

 「え?あぁ、これかい?」

 手に取っていたのはクロワッサンだった。

 高いバターと砂糖をふんだんに使った、ただ膨らませるだけの一般的なパンより手間がかかってそうなクロワッサンは高級品。そしてわたしの大好物だ。それを見逃すなんて!

 すぐにパンコーナーに行き、パンくずの目立つ籠の中に1つだけ残っていたクロワッサンをゲットした。やはり人気のようだ。さっきの人だかりはこれが原因だったのか。

 「このパンが好きなんだね。亡くなった祖父も好きだったよ」

 「ばぁーちゃんもこのパンだけは食べてました。きっとカイン様のおじい様の影響だと思います」

 「祖母は俺が2才、祖父は5つの時に亡くなってね。正直あまり覚えていないことが多いんだ。でも優しい人だったよ。あの頃のように不安のない穏やかな領地にしたいもんだよ」

 一応金山という資産を手にして入るが、まだまだ資金という活用をするには難しいようだ。とにかく利益を出している製糸工場をメインに、そして先代伯爵が始めたという利益のない事業の切り離し、もちろん共同出資者として名を連ねていたのでそれなりの支払をして手を引いているそうだ。 

 食事を終え、部屋に戻るとなぜかカイン様の態度がおかしくなった。

 また長椅子に座ってずっと俯いている。

 「カイン様、やっぱりお疲れなんですね!さっさとお風呂に入って寝ましょう!」

 実は部屋に簡易だが入浴できるよう、ちょっとおしゃれな猫足のバスタブが設置してある。もちろん水しか通っていないので、お湯にするには魔石が必要だけど。

 王都の水道普及率は7割を超す。地方だと貴族や富裕層までだ。

 ちなみになぜ昔住んでいたばぁーちゃんの邸のお風呂に水道がなかったかというと、ある寒い日に壊れたという。そしてものぐさなばぁーちゃんは修理するのを忘れていた。そしていざわたしが使おうとした時には、水道管そのものが錆びて使い物にならず、大掛かりな修理が必要となってしまっていた。

 もともと入浴を毎日するという習慣がない国なので、ばぁーちゃんは必要な時に井戸から汲めばいい、もしくは大衆浴場に行け、とわたしに言った。

 修理で何日も知らない人が出入りするのを嫌がった、というのが修理しない理由だったとは後から知った話だ。

 持ってきた魔石で温かいお風呂を沸かすと、頑固に渋るカイン様を引きずるようにお風呂に閉じ込めた。いくら習慣がないからと言っても、疲れたときは湯船に浸かって体を温めたほうが良く寝れるものだ。

 ゆっくりいいですよ、と言ったのにわりと短時間で出てきたカイン様。半乾きの髪とお風呂上りというシチュエーションのせいか、いつもより色気が駄々漏れしてました。

 がっ!

 精神年齢が見た目の3倍近いわたしは、色気に騙されることなく母性本能が勝った。

 背の高いカイン様を座らせ、タオルを奪い取り髪を乾かし、櫛ですいて寝台へ追いやった。

 「しっかり寝て元気になって下さいね。おやすみなさい」

 さっきから「えっ、あっ」とかしか言わないカイン様を尻目に、部屋の明かりとなっているランプの魔石の出力を最小限に落とし、わたしはようやくお風呂を堪能した。

 夜着に着替えたわたしは、ふかふかの寝台の魅力に勝てずすぐさま深い眠りへとついた。



 翌朝、夜着のまま異性の前に出ることは恥ずべきことだ、という学校で受けた簡単な淑女教育の欠片を思い出したのは、目の前のカイン様が大真面目な顔で切々と語ったからだった。

 まぁ、目の下の薄い隈が気になったが、元気になったようで良かった。

 と、いうか夜着のままウロウロするなって、この部屋では無理ですよ。



 その日、朝食を終えたカイン様は養蜂業の本部へ行くと出て行った。なんでも冷害の被害で蜂が激減したので、その蜂の購入を考えているらしい。蜂と一口に言っても品種はさまざま。また、生息地も違うのでマオスに適応した蜂の購入を打診するそうだ。

 カイン様が海賊の件で王城内の軍本部へ呼ばれているのは10日。

 それまでの空いた時間に、カイン様はいろいろ予定を入れたようで製糸業者との打ち合わせ、絹織物業者とも会い、養蚕業の本部にも行くと言っていた。

 

 わたしは昼過ぎにアデライト伯爵邸へと向かった。

 見上げるほどの白い壁に囲まれた白亜の大邸宅。閉ざされた門の前には門兵が2人立っており、門の鉄格子のはるか向こうにあると思われる本邸は、巧みに配置された庭の木々や植物が見事に遮っていた。

 マデリーン様から同封されていたサイン入りの入門証を門兵に見せた。

 門兵は内側から同僚を呼んだ。その人にわたしが持参した招待状を渡すと、中から出てきたその門兵は軽くうなずきわたしを見た。

 「中へ案内する」

 門兵用の正門側の小さな広いドアのから敷地内へ入った。

 貴族や招待客としてきた人達は正門から入るが、わたしはマデリーン様の客と言うより仕事をしにきているのだから、本来は正門から見えない位置にある業者や使用人専門の通用門から入るのが普通だ。ちなみに通用門にも門兵がいる。

 だが、マデリーン様は通いの業者と同列にわたしを扱いたくないと言われ、特別待遇ながら正門横から門兵に案内されて玄関までくることになった。

 葉っぱの1つも落ちていない白い石畳の道を歩き、彫刻の掘られた太い白い柱が数本並ぶ玄関へと案内されると、ベルを押すまでもなく玄関の扉が開いた。

 出迎えてくれたのはマデリーン様付きの乳母の女性だ。

 黄色いゆったりとした服にきっちりと後頭部で纏め上げた黒髪と、少し丸みのある頬をし穏やかな笑みを浮かべたサラさんだった。

 「まぁ、いらっしゃい。お久しぶりね」

 「はい。こちらこそご無沙汰しております」

 丁寧に頭を下げると、サラさんは「ありがとう」と門兵を労ってからわたしを中へ案内した。

 案内された部屋にはすでにマデリーン様と、シシー様、そして3人の見知ったご令嬢がローブ姿で待っていた。

 「お待たせして申し訳ありません」

 時間より少し早めに来たのだが、お茶をしていた姿を見てあわてて頭を下げた。

 「気にしないで。少し早く準備していただけよ」

 ふふっとわらうマデリーン様に、4人のご令嬢もにこにこと笑顔を見せてくれた。

 「今夜はロードル侯爵様のお邸での夜会なの」

 「かしこまりました」

 格上の貴族の夜会には、よほどの事情がない限りついていけない。

 そういう時は1度昼間に体型を作っておき、出発直前にもう1度副魔法をかけるようにしている。

 メリットとしては手直しなしに夜中までの夜会に参加できる。デメリットとしては早々から副魔法をかけるための時間をとらなくてはならない、ということだ。マデリーン様は美味しいものを食べられるわよ、という理由でできる限りわたしを同伴させている。

 1時間程で5人を仕上げると、夕方の出発の際まで暇になる。ご令嬢達はそれぞれに室内ドレスに着替えてお茶をしている。

 「そうそう、ちょっといいかしら」

 「あ、はい」

 呼ばれて顔を上げると、なぜか1人席を立ちわたしを手招きするマデリーン様がいた。

 歩き出したマデリーン様に続き、サラさんと部屋の外へ出る。

 「今日はもう1人急遽お願いできるかしら?」

 「はい、喜んで」

 ふふっと笑うマデリーン様に案内されたのは、両開きの扉の左右に花がいけてある部屋だった。

 トントンッとサラさんがノックすると、中からゆっくりと扉が開かれた。

 その部屋の更に奥の部屋も扉が開き、マデリーン様に続いてその部屋へ入った。

 「お母様、アリスを連れてきましたわ」

 言われてわたしはどきっとした。

 マデリーン様のお母様は初対面だ。

 娘と良く似た意思の強そうな瞳に輝く金髪を結上げ、化粧は目立って濃いわけでもないのに赤い唇が艶かしい。すんなりとした細い手と指がローブの先から見えている。

 (ん?ローブ?)

 そう。マデリーン様のお母様はドレスを着ていなかった。

 「お母様が自分もしたい、なんて言うのよ」

 困り顔のマデリーン様に、伯爵夫人は口を尖らせた。

 「あら、女はいつでも好奇心旺盛で理想を求めなくてはならないのよ。年は関係ないわ」

 「アリスの魔法の説明はしてるわ」

 「よろしくね、アリス」

 微笑する伯爵夫人の色気なのか、それとも初めての年上のお客様が伯爵夫人というプレッシャーなのか、緊張するあまりかすれた声で「はい」とうなずくことしかできなかった。

 マデリーン様よりふくよかではあるが、もっと張りのある胸とお尻が欲しいとのことだった。それなら部分的にふっくらさせます、と震えそうな指先で胸を触り、そっと魔力を注いだ。

 コルセットなしにふくらと盛り上がった胸に、伯爵夫人は一瞬言葉を失った。

 失敗したかとひやひやとしていると、側のマデリーン様と目が合った。そしてまるで「大丈夫よ」というように少し笑ってくれた。

 「いいわっ!」

 伯爵夫人が鏡を食い入るように見つめ、大声を出した。

 「アレを持ってきてちょうだい!」

 控えていたメイドが戻ってくると、その手には胸元が大きく開いた光沢のある紫のドレスがあった。

 散りばめられた宝石もさることながら、見た目にも上質、いや、最高級といわざるを得ない生地の良さが伺える。

 おもわず見入っていると、微笑を浮かべた伯爵夫人がそのドレスの前に立った。

 「これはね、マオスの最高級の絹で作らせたものなの」

 マオス、という地名にわたしはハッとして伯爵夫人を見た。

 「あなたはログウェル領に住んでいると聞いたわ。先代の伯爵夫妻には何度かお会いする機会があったけど、御子息のことは何かご存知?」

 「い、いえ」

 まさか義理の祖父です、とかは言えないので否定しておいた。

 「そう。奥様が亡くなってから不幸なことが続いて、今はとても大変みたいね。お話によると領地返還も間近とか……」

 「お母様!」

 咎めるようにマデリーン様がきつい眼差しで伯爵夫人を見ていた。それに気づいた伯爵夫人も思わずわたしを見て目尻を下げた。

 「ごめんなさいね、口がすぎたわ」

 「いえ、いろいろ伯爵様がご苦労なさっているのは事実ですから」

 「そうね。でも『呪われたログウェル領』というのは単なる噂だと思うの。あなた達も当代の伯爵様と一緒に頑張ってね」

 「お母様……」

 わたしの近くでマデリーン様が額に片手をつけて天を仰いだ。

 (『呪われたログウェル領』?)

 初めて聞いた言葉にわたしは頭の中がいっぱいになった。


 うちの領地って呪われてるんですか!?




読んでいただきありがとうございます!

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