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ふくらし魔女と苦労性伯爵  作者: 上田 リサ
3.呪われたログウェル領
25/81

23 話

こんにちは!今週もよろしくお願い致します。

 ”緑の月11日  魔法省までとにかくきなさい。そこでお話しましょう”


 平たく言えばそんな内容の手紙が来たのは、海賊討伐の日からわずか6日後だった。

 ちなみに緑の月は前世で言うと5月。ここでは1ヵ月30日で月が変わる。(うるう)年なんてのはない。

 夜の仕事は相変わらず1日行って2日休むシフトだ。

 海賊が討伐されたからといって、いきなり客足が回復するわけでもないのだ。

 ばぁーちゃんはまた金山の視察に行った。採掘計画とかいろいろ参加しなくてはいけないそうで、さすがこれは権利者でないといけないということで真面目に出席しているそうだ。

 出かける前に手紙は出しといたから頑張れー!と笑いながら手を振られた。

 きっとエールだ。応援だったのだ、と思いたい。

 カサンドから王都へは大街道を通っていくのが一般的。大小の町があり、巡礼者や旅人が多いので安全面からもオススメとなっている。歩きでは数日から10日かかるだろうが、乗合馬車が多いのでそれを使えば3、4日で王都の関所を通れるだろう。

 と、なると次に考えるのは滞在費だ。往復で約7日。魔法省の話とやらが文面から察するに、どうも数日かかるかもしれない。おおよそで15日くらいだろうか。

 しかも実費!!

 きっついわぁ。夜の仕事もパン売りも全部休んでいかないといけない。

 しかもパン売りは急用で長期にわたって休む、と知らせておかなくてはお客さんが離れるし、なにより地元パン屋のようやくゆるみそうな視線がまた厳しくなるかもしれないのだ。

 お客様第一。

 これをないがしろにしてはいけない。

 ふーちゃんで行けたらいいのだろうけど、王都の周りは警戒が強くて、魔法具にも使用範囲の許可証が必要らしい。ここは指定地域じゃないので自由だが、魔法具を使うのも結構大変だと聞いた。

 ただでさえ呼び出しをくらっているのに、フーちゃんまで見つかったら厄介過ぎて今度こそばぁーちゃんに死ぬほど怒られるだろう。そして最悪なんらかの罰金か罰則かが科せられる……。

 ファンタジーな世界のクセなかなか厄介な約束事が多いんだよね、この国独自かもしれないけど。

 嫌になるわー、と心の中で愚痴っていたが、続いて手に取ったのは上質な封筒の手紙。

 そう、あの依頼である。

 わざと気落ちする魔法省の手紙を先に読んだ。

 落ち込んだ気分を払拭するべく、わたしはいそいそとマデリーン様からの手紙を開封した。

 

 やはりマデリーン様からの手紙は幸運の手紙だった。

 

 緑の月6日と8日に夜会があるので依頼したいとのこと。両方合わせて12人分。

 小金貨6枚だよ、ひゃっほーい!滞在費余裕でゲットだ!

 しかもマデリーン様は今回王都の本邸に滞在しているそうで、旅費と滞在費を別途に支給してくださるそうだ。合計で大金貨1枚と小金貨1枚とのこと。充分過ぎてもったいないです。

 半月も仕事をしないでどうしようと思ったが、結果黒字になりそうでにやにやと口元が緩む。

 「いやぁどうしよっかなぁ。余ったお金でお砂糖買い込んでこようかなぁ」

 一昨年から冷害にあって、あらゆる農作物の収穫高が激減した。おかげでログウェル領は他の領地から食料を買い、それが店に卸されている。つまり例年よりかなり割り高なのだ。砂糖なんて塩の倍する。 

 でも最近食べてないんだよね、パンケーキ。

 わたしも自分が作るパンには少し多めに砂糖を加えている。だってどう考えても砂糖入りのほうがおいしいんだから。

 確かイースト菌とか発酵酵母って、砂糖をエサに増殖して膨らむんじゃなかったかなぁと考えているが、そもそもイースト菌とか使っていないわたしには無縁の話だ。前世においてもパン作りなんて一時のマイブームでホームベーカリーを使用したくらいだ。あれは楽だった。が、材料を何度か買い足すうちに飽きてしまった。

 ついでにハチミツも買ってこよう。バターはここでも手に入るが、ハチミツはログウェル領内の1つマオスの特産ながら、冷害の被害でハチが大打撃を受けてやはり収集どころか、養蜂農家としての存続も危ういという。

 「おい、アリス」

 廊下からザッシュさんの声がしたので、わたしはドアを開けた。

 「はぁい!ここです」

 階段下に立っていたザッシュさんが、わたしがテーブルの上に用意していた籠を突き出した。

 「さっさと行け。またあいつが来たら面倒だ」

 「え?まだ早いですよ」

 「いいから行け」

 有無言わせぬように、籠を持った腕を玄関のほうへ向けた。

 「わかりました」

 わたしはお気に入りの帽子を手に取り、フーちゃんにお迎えをお願いして部屋を出た。

 ザッシュさんに見送られ籠を持って歩き出す。

 行先はログウェル伯爵邸。

 あれから週に2度カイン様がうちにやってくるようになった。それも用事と言う用事があるわけではない。ただわたしやばぁーちゃんの様子を見に来ているようだった。

 ただ、ばぁーちゃんと話すと必ず仕事モードの無表情と厳しい口調がでて、お互いに「ふふふっ……はははっ…・・・」と寒気のする笑いをしていることが多い。

 それでも手紙と言うか報告書というものでやり取りをしているそうで、お互い仲良く(?)しているみたいだ。多分……。

 あいかわらずわたしには世話をやきたがるようで、最近身の回りにあったことを聞いてきたりする。

 本当の孫扱いだ。

 やがてうんざりしたザッシュさんは、ばぁーちゃんがいない間の定期訪問はわたしを伯爵邸に向かわせると言った。それも夕食をはさんで夜になれば、フーちゃんがお出迎えにくる。

 それはそれは満足したような笑顔でうなずいたカイン様。海賊の一件がまだくすぶっているが、その日は必ずローウェスから帰って来ていた。

 ……無理しないでいいですよ。

 1度そう言ったが、

 「大丈夫だよ、アリス。心配ありがとう」

 と、気遣いだと思われてしまった。

 この一言から来るの面倒です、とは言えなくなった。だったら自分が来る、と言いそうだ。そうなるとザッシュさんがまた不機嫌になる。

 面会日の夕食はわたしが作ることにしている。

 あいかわらずの簡単料理だが、それでもカイン様もイパス様も喜んで食べてくれる。

 今日はパスタだ。ひき肉が安かったので、ミートソースにしよう。

 1時間ほど歩いてついたログウェル伯爵邸で、わたしはイパスさんに出迎えられた。

 「カイン様は一昨日からマオスへお出かけです。今日の夕方には戻るということですので、そろそろかと思います」

 「そうですか。じゃあ、先に夕食の準備しちゃいますね」

 「よろしくお願い致します」

 すっかり使い慣れてしまった大きな伯爵家の台所だが、使っているのは一部だ。

 最初に勝手口から裏庭に出て、あいかわらず草が生い茂った中からハーブを摘んだ。ここは最近見つけたがハーブ園の跡のようで、草よりもハーブが生い茂っている。

 炒めたひき肉に湯剥きして潰したトマトとハーブを入れ、塩コショウを加えてじっくりことこと煮てミートソースを作った。残ったひき肉は玉ねぎのみじん切りとハーブ、塩を入れて混ぜて食べやすい大きさに丸めておいた。それを小麦粉をまぶしてフライパンで焼いて、カリッとしたミートボールを作る。ソースは焼いた時にできた肉汁にミートソースを加えて、焦げないように煮詰めてからめた。付け合せは茹で野菜。カイン様もイパスさんも好き嫌いがないので、ただの茹で野菜でも文句は言わない。

 カイン様が帰宅したら頃合いを見てパスタを茹でよう、と思っていたらイパスさんが呼びに来た。どうやら戻ってきたらしい。

 エプロンを外して玄関ホールに向かうと、すでに廊下を歩いているカイン様を見つけた。

 「おかえりなさい、カイン様」

 「やぁ、いらっしゃいアリス」

 にこにこと笑顔を向けたカイン様が、スッとわたしに右手を差し出した。

 差し出された先にあったのは籠。

 「マオスからのお土産だよ。ヨーグルトとハチミツが入っている。デザートに食べようか」

 ぱぁっとわたしの目が輝いた気がした。

 「はい!」

 「ちょっと早いけど夕食にしようか」

 「すぐ準備しますね!」

 こんなことならベリージャムも持ってくればよかった、と思いながらわたしは籠を受け取ると、ヨーグルトを冷やすべくうきうきと台所へ向かった。

 パスタを茹で、準備したミートソースとミートボールを温めなおし、野菜の茹で汁に余り野菜とベーコンを入れて作ったスープを足して食堂に運ぶ。もちろんパンも持ってきた。

 3人そろって夕食を食べ、カイン様からマオスの話を聞いた。

 マオスは湖と山、緑に囲まれた自然豊かな町らしい。わたしは特に用事もないので行ったことがないが、ログウェル領の西にあり馬車で1日かかる。

 「それより、魔法省から手紙が来たんだって?」

 その話になったのは、デザートのハチミツがけヨーグルトをおかわりして食べていた時だった。

 「あ、はい」

 「俺も海賊の件と、別にちょっとした用事があるから一緒に行くよ。いつだい?」

 「えっと、緑の月の11日なんですが、実はわたしも用事がありまして、少し早めに行くんです」

 「用事?」

 飲みかけたお茶を戻し、カイン様がじっとわたしを見た。

 「もしかしてアデライト伯爵嬢の用事かい?」

 「え、どうしてそれを?」

 「リリシャムから聞いたよ。これについては1番の稼ぎなんだから文句言うな、という小言付きでね。確かにアデライト伯爵はうちよりずっと格上の貴族で、妙な噂もない貴族だ。だがいろいろ気をつけるにこしたことはないよ」

 「はい。マデリーン様からも貴族には気をつけろ、と言われてます」

 ふふっと笑って言えば、カイン様もつられて笑った。

 「王城で夜会がある。マデリーン嬢もそこに出席するのだろう。その仕事はいつだい?」

 「6日と8日です」

 「ならば3日に立とう。朝一番に迎えに行く」

 「え!?」

 あっという間の流れにわたしがとまどうと、カイン様はにっこり微笑んだ。

 「家族旅行だと思えばいいよ。王都では少し別行動になるが、仕方ないね」

 家族旅行ですか!?最後にしたのはいつだったか。

 「では王都までの馬車を予約いたしますね」

 「頼む」

 イパスさんがわたしにも「よろしいですね」と聞いてきたので、とりあえずうなずいておいた。

 

 

 緑の月の3日。

 早朝の相乗り馬車でわたしはカイン様と出発した。

 荷物はわたしもカイン様もトランク1つ。他には肩掛けバックのみだ。

 結局相乗り馬車のお金は受け取ってもらえなかった。

 大丈夫ですから、とイパスさんは言っていたが、本当に大丈夫だろうか。

 相乗り馬車には10人乗れるようになっていたが、壮年の男性とわたしより年上の若い夫婦の3人だけ乗っていた。これから先の町で増えるのだろう。

 5人が乗った馬車は早い時間だからか特に人が増えることもなく、隣の領地に入った。

 夕方に活気ある大きな町について、宿の前に到着すると御者が明日の出発時間を伝えた。

 宿では個室だった。食堂でご飯を食べ、部屋に帰って眠り、翌朝宿から朝食の入った包みをもらって出発する。それを繰り返し、途中2人の客を拾い、乗合馬車が王都についたのは5日の夕方だった。

 

 「さて、宿を探そう」

 王都の関所の前には商店が立ち並ぶ大きな道がある。その関所をくぐってすぐのところで降りたのだが、かなりの人が往来していた。

 「こんなに人が多かったですっけ?」

 2年ぶりの王都だが、正直学業専念という言葉通りだったので、こっちの商業区まではあまり来たことがなかった。

 「王子の誕生祭がまだ続いているからな。旅の一座もあちこちで公演しているのだろう」

 「すごいですね」

 馬車の中で聞いたところによると、緑の月いっぱいは旅の一座の公演や、楽団の公演会などが行われるそうだ。もちろんそれは国の招待で来ているので、見学者は無料とのこと。

 

 ……王様、本当に嬉しかったんだなぁ。

 おかげでカイン様はばぁーちゃんと結婚することになったけどね。

 

 賑わう人ごみの中を、カイン様の少し後ろについて歩く。時々わたしがついて来てるか振り返ってくれるので、なんど「ついてきてますよ」と言ったかわからない。

 そして、宿探しは難航した。

 旅の一座や楽団の公演を見ようとたくさんの人が来ているようで、めぼしい宿はどこも満室で連泊予定ばかりだった。わたし達の条件は個室2つで最低7泊できる宿だ。

 「そういえば、カイン様って王都に時々来られるんですか?」

 「あぁ、納税等の報告に年に数回だが」

 「その時はどちらに泊まってるんですか?」

 「下町の安宿だよ。ゴロツキが多いけど、まぁ安いし数日のことだから」

 王都といえど下町は結構治安がよくないと聞く。

 そんなところに伯爵が泊まる。それも無駄に綺麗な顔した場違いな人物が……。

 絡まれるのは当然だろう。

 ついでに身の危険もあるだろう。

 「今回はアリスがいるからそこは止めようと思ってたけど、このままじゃ無理そうだ。とりあえずアリスの宿だけでも確保しよう。2つ前の宿は個室が1つ空いてたはずだ。俺はいつものとこに行くから」

 「えぇ!?」

 「あそこは穴場だからね」

 あははっとなんでもないように笑っているが、そんな宿に何日もいる気だろうか。カイン様は帰りも一緒に帰ろうと言っていた。

 「ちょっと来て下さい!」

 先を歩いていたカイン様の腕を掴み、わたしは唯一知る宿へと足を向けた。

 その宿は商業区と貴族街の間にある、比較的富裕層の多く住む地区にある。

 そう、二年前にわたしとばぁーちゃんが一時的に滞在した宿だ。

 ちょっと高めの宿だが仕方あるまい。

 「個室は1つだけです。お2人なら寝台2つの部屋はどうでしょう?」

 少し丸みを帯びたおばちゃんが、にっこりとわたしとその後ろに立つカイン様を見て笑った。

 「その部屋なら5泊空いております」

 「つまり11日からは泊まれないのね。うーん」

 「御希望の日数にそえませんので、小金貨3枚と大銀貨4枚で結構ですよ」

 どうやらおまけしてくれたようだ。

 しかし悩むわたしに、カイン様が後ろからそっと耳打ちした。

 「アリス一人でいいから」

 それを聞いてわたしは決めた。

 「じゃあその部屋で!」

 「はい、かしこまりました」

 すでに握っていた小金貨5枚のうち4枚を女性に渡し、後ろで「アリス」と小さく咎めるカイン様を見上げた。

 「いいじゃないですか。馬車代貰ってくれなかったでしょう?」

 「それはそうだが、これでは高すぎる」

 「そうですね。余裕ができたら何かお返しを下さいね」

 約束ですよ、と言えばカイン様は諦めたように「わかった」と小さくうなずいた。

 「さぁさぁ、こちらが鍵です」

 3階の真ん中あたりの部屋に入ると、確かに左右に寝台が2つあり、テーブルとイスが2つ、長椅子も1つあり、コート掛けもあった。

 トランクを置き、寝台に腰掛けると高いだけあってふんわりと弾む。

 「とりあえず11日の夜からの宿は明日から探しましょうね」

 「そうだな」

 と、カイン様は落ち着かない様子で離れたイスに座った。

 

 ……あれ?やっぱり余計なことしたかなぁ。



誤字、お返事等は明日まとめてさせて頂きます。

いつも読んでいただきありがとうございます。


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